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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部終章 コスモス編

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第913話 世界を埋める無数の

「まあ、少し派手な目覚ましをかけてやればいいか」


 考えた末、いや大して考えていないが、ハルの取った選択はまたもや脅迫であった。

 ルシファーの片手の中に、反物質弾頭を、輝くエネルギー体を生成していく。この光を解き放ったが最後、内部に封じられた物質が対消滅ついしょうめつ反応を引き起こし、周囲一帯をまとめて吹き飛ばすだろう。


「んー……! んー……!」


 そんなハルの暴挙をベッドの中で察知して、コスモスは悪夢にうなされるようにその可愛らしい顔を歪める。

 目覚めないまでも、なんとか必死にハルを止めようというのだろう。いじらしいことだ。


「《セレステの変なとこがうつったんですかねー。もともとハルさんはー、いじめっこな所はありましたけどー》」

「《そっすね。いつも、嫌がるわたしに嬉々としておしおきしてきますし。趣味なのでは。あっ、すみません、今のナシっす。ナマ言いました! えっちないたずらして起こすより、よっぽど健全でいいと思うっす! 流石はハル様っす!》」

「……確かに。君らいたずらっ子に接するようにコスモスに接するのはやりすぎか」


 ハルが反物質砲を削除すると、うなされていたコスモスがその様子を落ち着ける。

 ……もう起きていると言っているようなものだが、彼女は断固としてその目を開くつもりはなさそうだ。


「《まあー、これはこれでいいんじゃないですかー? 元々起きてたところでー、素直に自白するとは思ってませんしー》」

「《そっすね。加護を与えたくなかった。再びこの場に来させたくなかった。ということはつまり、こちらを調べれば何か分かるってことっすよ。それに加えて、今はルシファーを使っての調査も出来ます。丸裸っす!》」

「《またエメはー。裸とか言ってえっちなんですからー》」

「《そそそそ、そーゆー意味じゃないっす!》」

「んっ……」

「《コスモスも寝ながら煽ってくんじゃないっすよ!》」


 顔をほんのり紅潮こうちょうさせつつ、色っぽい吐息を漏らしてエメを煽る、という芸当を寝ながらこなす器用なコスモスだ。

 ……ここまでコミュニケーションがとれているなら、もう起きているということで良いのではないだろうか?


 まあカナリーの言う通り、もし起きてくれたとして素直に自白するとは限らない。ならば、無理に起こすことに意味はないのかも知れない。

 ハルはひとまずコスモスを起こすのは後回しにし、この彼女の領域を探ることとした。


「とはいえ、この子は引っ張り出して連れて行こう。お布団はいでおけば、そのうち目覚めるでしょ」


 ハルはルシファーの指でつまむようにコスモスの被っていたふかふかの布団を引きはがし、やさしく引っ張り上げるようにしてその手の中に収納する。

 途中、服を掴んでしまったせいで、そのゆったりとした寝巻きがすっぽ抜けるように脱げそうになる事故などもあったが、無事に巨大な掌中しょうちゅうに収納できた。


 数々の凶悪な兵器を射出する危険な腕ではあるが、そんなことを気にすることもなくコスモスはすっぽりと手に収まって丸くなっている。

 こうして見ると、サイズ感的にも小動物のようだ。指にすがりつく姿が可愛らしい。


「《コックピットに収納して抱っこしたりはしないんですかー?》」

「《だめっすよカナリー! 危ないっす! 引き込んだコックピット内で、急に豹変ひょうへんして襲い掛かってきたらどーすんすか! 逃げ場がないっす! もし自爆でもされたらゲームオーバーっす!》」

「いや自爆しないだろ、君じゃないんだから。とはいえ、いまのとこ容疑者として捜査に来ている相手を招き入れるのは止めておこうか」


 柔らかなベッドから無骨なロボットの手に移したのは寝苦しそうで申し訳ないが、当のコスモスは大して気にする様子はない。

 すっぽりとしたフィット感が落ち着くのだろうか。何にせよ、気に入ってくれたのならこのまま連れ歩くとしよう。


「さて、どうするカナリー、エメ。ここはやはり、この場に渦巻く人魂ひとだまの調査だろうか?」

「《いえ、それは今はいいっす。そっちは大体分かりました。あれはやはり、プレイヤーや視聴者、このゲームに接続する日本の方々の意識からデータを抽出する工程のようです。今問題なのは、そのデータを使って何をしているかですから》」

「《意識のピックアップだけなら、ゲーム本編でも必要だーって言い訳できますからねー》」

「了解」


 人々の意識を読み取り、彼らが心の奥底で望んでいる展開をデータベース化する。そして、それに沿ったイベントを反映させ展開する。

 そうすることで、イベントを生成する労力を抑えつつ、なおかつ視聴者の納得する、評価の高い展開を自動発生させることが出来るのだ。


 画期的な機能ではあれど、それはコスモスの『仕事』であり『目的』ではない。

 その仕事の裏に隠れて、彼女の進行させているであろう望みを明らかにせねばならないのだ。


「《わたしの推定では、その複雑なイベント判定がどれだけリソース食ったとしても、現在稼働中の魔力の2%がせいぜいっす。わたしの設計した神界ネットを舐めないで欲しいっす。じゃあ、残りはなにしてんだって話なんですけど》」

「《ゲーム全体の実行データを多めに見積もってもー。10%(じゅっぱー)20%(にじゅっぱー)がいいとこなはずですー》」


 だが現在は、コスモスら運営の所持する魔力はほぼ全てが稼働中だ。それを内部から探れば、彼女の目的も見えてくるかも知れない。


 ハルは言われた通りルシファーを神殿の外へと飛び立たせ、まるで宇宙のように広がるこの裏世界の空を羽ばたく。

 彼女らの目的は、ほとんどがこちら側で行われており、元々こちらは実験室のような扱いだった可能性が高い。

 そこに、裏技的に持ち込んだルシファーの数々のセンサーを走らせていった。


「《魔力視の調子はどうですかー?》」

「問題ない。<神眼>は使えないけど、この体は『ローズ』ではなく外の物のコピーだ」


 加えてハル自身も、慣れ親しんだ自らの肉体で魔力感知が出来る。

 そんな、犯人側からすれば『反則だ』と泣き言を言いたくなるような捜査能力を全開にして、ハルたちはコスモスの目的を暴き立てていくのであった。





 コスモスはハルとの接触を極力避け、なるべくこの場にもハルを招きたがっていないようだった。

 それはつまり、長時間交流を続ければ、また長時間この場を探し続ければ、見つかってしまう何かが存在するという証左に他ならない。


 ハルの勝利条件は、その何かを探り当てること。このゲームを形作っている『ゲームエンジン』とも言える神界ネットの基礎を作ったエメの協力も受けつつ、広域探査を続けていった。


「《神界ネットの挙動に対応した調整は、わたしの方でバックアップするっす。ハル様は、あくまで物理的なデータ収集に専念してください》」

「《マリーゴールドの妖精郷に仕様は近いらしいですからー、あいつも引っ張ってきてますー。気になる事あったら、コキ使いましょー》」

「了解。頼りにしてるよ」


 この場に来た時の事を考えれば、現実の空間技術に似た技術による隠蔽いんぺいも可能だろう。

 まるで折り紙のように空間を折りたたんで、その場に何も無いように見せかけているかも知れない。

 ハルはそうしたSFの宇宙船がやるような空間潜航くうかんせんこうの可能性まで考えつつ、徹底的にコスモスの領地の中を洗い出していった。


「《むー、見つかりませんねー。ここは、その手の中のねぼすけをぶら下げて歩き回るのはどーでしょー?》」

「《いいっすね。コスモスダウジングっす。探されちゃ困る地点に近づくと、いやいやしてむずがるに決まってるっす!》」

「んな訳ないだろ……」

「うーん……、むぅー……」


 さすがにコスモスもそれは嫌なようだ。手の中でじたばたと、悪夢にうなされるように抗議する。


 それはやらないにしても、ここまで見つからないとなると、探し方が根本的に間違っているのは事実だろう。

 ハルのこの体は実際のものを再現した物だが、それでもここは現実世界ではない。何か、現実に無い手法も交えて考えなければ辿り着けないのかも知れなかった。


「《にゃうにゃう》」

「ん? メタちゃん。何か分かったことがあるの?」


 手詰まり感が出てきたところで、助け舟を出すように猫のメタが通信に割り込んできた。

 相変わらず猫語は分からないが、どうやらハルに無い視点について何か気付いたようである。


「《ふみゃー、なうん!》」

「《マスター、白銀たちがやる<隠密>を意識するといいです。と、メタちゃんは言ってるです!》」

「《ゲーム内の調査方法で明らかになる隠し方といえば、それが濃厚だと空木うつぎも思います》」

「なるほど」


 このゲームの気配を消すスキル、確かに盲点もうてんだった。それは、現実にある手段とまるで異なる次元の隠し方だ。

 加えて、実に論理的。ゲーム内での発覚をコスモスは恐れたのであれば、既存の方法で見つけられると考えるのは道理。


 ハルはメタ、白銀、空木の隠密三人娘に礼を言って、エメと協力しセンサーにその感覚を組み込んでいった。


「《対応、完了したっす。プログラム、ルシファーの方に送ります。これで、<隠密>系スキルで隠された物も見えるようになったはずっす!》」

「ありがとうエメ」


 仲間の力によって強化されたルシファーの知覚能力により、ハルはもう一度周囲を広域スキャンしていく。

 すると今度こそ、この世界に隠された何かの存在をセンサーが捉えた。


 その形は四角い箱状で、一つ一つはそう大きくない。しかし、その数が異常であった。

 まるで棺桶が無数に並ぶ墓地のように、この果てのない世界にどこまでも、どこまでもその箱は配列されていた。


「これは……、この箱の中身って……」


 何だか非常に嫌な予感を覚えつつも、ハルは現れたその箱にルシファーの手を掛ける。

 その蓋を開いてみれば、中から姿を見せたのは、ひつぎのようなその外見から予感された通り、物言わぬキャラクターの体だったのであった。

※誤字修正を行いました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人魂はあくまで抽出工程であり、抽出元の本体はキャラクター体として保存していた可能性ですかー。見た目通りのデッドストックなら言い訳のしようもあるかもしれないですが、無数の棺桶となると原液の視…
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