第912話 六本の花交われば
周囲の空間がひび割れるように崩壊してゆき、ハルたちの視界は一変する。
といっても、変わらない物もある。遠く見上げる空と、足元の奈落、それだけは同じようにこの場に存在し、違う所は近くの構造物。
比較対象が一切存在しなかった先ほどまでとはうって変わり、ここには壁も地面も存在するようだ。
「また神殿の一室っぽいね? 一部吹っ飛んでるけど」
「バリアを抜けた荷電粒子ビームが直撃したのだろうね。さしずめここは、侵入者を捕らえる檻といったところかな」
セレステがルシファーの肩から降りつつ、周囲の部屋をそう分析する。
円形の大広間は周囲をたくさんの柱に囲まれており、まるでストーンサークルのような神殿らしさを演出している。
セレステが言うには、ここは祭壇ではなく鳥かご。あの柱は『檻』であるらしい。
その牢屋の格子を占める一角は、先ほどのハルの放ったビームによって無残に崩壊してしまっていた。
「さて、小鳥を閉じ込める無粋な籠は開かれた。大空に向けて羽ばたきたまえ、ハル」
「ずいぶんと羽の数が多い小鳥だね……」
ルシファーの翼は十二枚ほど存在する。小鳥と言うには、少々大きい気がしないでもない。
「セレステは残るの?」
そんなルシファーの機体から、セレステは降りてこのサークルの中央で腕組みをしている。
どうやら、ここからはハルと共に行く気はないようだった。
「うむっ。私と一緒でないのが不安なのは分かるけどね。私も私で、ここでやることがあるんだよ」
「まあ、いやに準備が念入りだと思ったよ」
自分自身と、ルシファーの機体までもゲーム内に侵入させることに成功したセレステ。これを『偶然上手くいった』と思うほど、ハルは彼女を過小評価していない。
恐らくは計算ずくで、最初からこうなることを予想した上で今回の準備を進めていたのだ。
「このトラップの内容を、予想していた?」
「いいや? どんな罠があるかまでは。しかしこの強制ログインの仕様に関しては、概ね予想通りだね」
周囲をつかつかと歩き回りながら、お姉さんぶって得意げに彼女は解説を始める。どうやら、セレステはセレステで、このゲームの運営のことを独自に調べていたようだ。
「運営の彼女たち、それぞれ個人の目的があるのは確かなのだが、その彼女らが何故『チーム』を組んだのか、私は気になっていた」
「一人でやるには大変だからでは? それこそ、セレステたちみたいにさ」
「なくはないだろう。しかし、理由としては少々弱い」
「そうなの?」
「うむっ。考えてもみたまえハル。いかに大規模とはいえ、所詮はバーチャル空間でのゲームだ。我々なら一人居れば、十全に運営可能だとは思わないかい?」
確かに。言ってしまえば人間にだって出来ていることだ、神様に出来ない訳がない。
もちろん六人集まったことで、今の品質水準が実現できているのは間違いないが、例え一人であってもゲームの形には出来ただろう。
「それに一番の問題は、報酬が六分の一になることだ。一人でやってれば、自分の目的の為に六倍の魔力が運用できた」
「……確かにそうだね。自らの目的達成を最大限に優先するなら、一人運営であるべきだった、か」
「まあ、もしかしたらそれでは、ジェード先生のコンペには通らなかっただけかも知れないけどね」
投資先を選ぶジェードとしても、一人より複数運営の方が安心できるだろう。それだけの理由かも知れない。
しかし、だとしても、神がただバラバラに六人集まるはずがないとセレステは怪しんだ。
そこには、集まることによって得られる相乗効果が絶対にあるはずだと。
「そのシナジーが、さっきの世界であり、今の僕らの身体?」
「うむっ。そう考えれば納得のいく話さ。点と点が繋がる、という奴だね!」
両手を広げてルシファーを見上げ、セレステは宣言する。
予想通りのトラップが発動したことから、自分の疑惑が正しかったことが証明された結果だ。相変わらず他勢力の動向を読むのが上手い神様だった。
「まず、この現実世界と違わぬ肉体はカゲツによるもの。そして空間の方は、ガザニアだろうね」
「ガザニアは広い世界は作れないが、バリアで閉じた限定空間ならば問題はない」
「うむっ。無限ループを上手く使って、小さな世界を最大に活用する手腕は恐れ入る」
「他の四人も?」
「だろうね。そもそも強制ログインがまず、ミントの仕業だろう」
ミントの目的は、電脳世界で永遠に暮らしたい人間を見つけてその者を閉じ込めること。
他者を強制的にゲームに引きずり込む手法は、なるほどミントらしいと言えばその通り。
「そしてここからは推測にはなってしまうが、リコリスの担当はスキル、特に超能力だったね。それは、ここから生きてくるのだろうさ」
「僕のこの再現された体が、ここからスキルを習得するってこと?」
「冴えてるねハル。そして、ここまで言えばもう分かるだろう?」
「……彼女らは六人で、完全に自分たち主導のゲームを作ろうとしている」
「その通りさ! ジェードの、いや私たち出資者の手を離れ、魔力を独占できる次代のゲーム。その開発こそが、あの子たちの目的だ!」
びしり、と力強く指を突きつけてセレステは宣言する。確かに、説得力のある話だった。
ハル自身も、なんとなく彼女ら個人個人のやる気が薄いような感覚はあった。己の夢に貪欲な神様にしては、諦めが良すぎはしないかと。特にガザニアなどは。
それでも、それは神様らしい気の長さだと納得していたハルだ。今叶わなくとも、十年二十年、いや百年とかけて達成すればいい。そこは。セレステたちだって同じだったのだから。
「ああ、そういえばアイリスは?」
「ふむ? あの子はどうにも分からないんだよね。まあ、ゲーム運営に資金は不可欠だ。その担当なのかもね」
「また適当な……」
まあ、このセレステの予想もあくまで予想だ。一から十まで正しいという保証もない。
アイリスについてはこれからまだ話す機会がいくらでもある。そこで改めて、探りを入れてみるとしよう。
「……それよりも今は、コスモスのことか」
「うむっ。早急に向かいたまえハル。あの子が何を目論んでいるのかは、私も興味が尽きない」
「それは、リコリスが言っていたけどね一応」
「また聞きの話は信用できない。君もそうだろう、ハル?」
その通りだ。だからこそ、今こうして強引にコスモスの調査に踏み切ったのだから。
「ということで私はここで、その胡散臭いリコリスについて探る。君もそろそろ行くがいい」
「分かった。ご武運をねセレステ」
「ははっ、武運を与えるのは私の役目なのに、武神の面目丸つぶれじゃあないか」
そう言いつつも嬉しそうに、セレステは飛び立つハルを手を振って見送る。
吹き飛んで崩壊した神殿の鳥籠を抜けて、小鳥はこの裏世界の空へと羽ばたいていったのだった。
*
「さて、道を間違えないようにしないと。そもそも現在地は何処なんだ?」
檻を出て飛翔するハルは、ひとまず上方へと昇り視界を確保する。
あの檻は単独の建築物ではなく、どうやら巨大な構造物の一部であったようだ。檻の上下にも、連なるように似たような様式の神殿が接続されている。
「まるで神殿をつぎはぎした塔だね。つまりラスダンか」
適当な軽口を叩きつつ推理するハルだが、ひとまずの心当たりは存在した。
表世界にも、塔はやはり存在した。中央神国の『六花の塔』、そしてカゲツの国の『成金の塔』だ。
なお、成金の塔は俗称である。呼びやすいので改める気はない。カゲツの抗議の声は無視することとした。
「まあ、今回はまず間違いなく、六花の塔の裏マップか」
「《それで正しいと考えられるっすよハル様。つまりはそこが、世界の中心っすね。さっきの場所が『表』で対応してるのは、例の『降臨の間』だと思われます。塔の地下ですね。だから、尻尾側に位置してんすよ》」
「なるほど。ナビありがとうエメ」
「《はいっす! 張り切ってナビしちゃうっすよ! えー、右手側にまっすぐ、道なりです》」
「道とは……」
道案内もなにもなかった。宇宙のように開けたこの空間。方角さえ分かれば真っすぐに直進して終わりだ。
ハルはエメの導きに従って、表でコスモスの国が対応している方角に向けてルシファーを加速させて行く。
「しかし、ここは裏世界とはいえ、普通にゲーム内だよね?」
「《そっすね。まあ、『ログイン』させられたんだから、当然っちゃ当然なんすけど》」
「《表に出ないように、気をつけないとですよー? SF天使の謎のモンスターとして、討伐されちゃいますよー?》」
「いきなり世界の敵じゃないか」
「《はっ! まさか、それが彼女らの狙い!? なんて姑息な作戦なんすか、大人気のハル様を、そんな手で貶めようなんて! ……って、ハル様の方じゃないから、なんも意味ない話っすね。そもそもお顔が外から見えないですし》」
「《馬鹿なこと言ってないで警戒するんですよー》」
飛空艇をもってしても比較にならないルシファーの飛行速度。そのスピードにて、ハルはすぐにコスモスの国土に対応した位置まで到達する。
街が存在する位置にそれぞれ対応しているのだろう、巨大な魔法陣が舞台裏で準備され、正式に封印が解かれる瞬間を待ち望んでいた。
ここも、リコリスが準備していたバトルフィールドと同じく、今後のイベント展開で活用予定なのだと思われる。
何かの拍子に表に繋がるゲートが開かないとは限らない。あまり近寄らないでおくことを決めるハルだ。
魔法陣の周囲には相変わらず、人魂のような光の球体が群れを成してうごめいている。
あれは、ゲームに接続中の人々の意識であるとエメは推測していた。それを使って、コスモスは何かをしているのだろう。
「どうするエメ? このまま、この人魂を観察していくって手もなくもないけど」
「《んー、ん~~。いや、止めときましょうか。今はそれより、再びコスモスと接触するべきだとわたしは思うっすよ》」
「《ですねー。“こっち”への侵入を果たしたこと、絶対にバレてるでしょーし、ここは時間を与えないことが第一ですよー》」
「《っす!》」
「了解、じゃあ、首都の方かなやっぱり」
コスモスの部屋に対応する位置と推測されるのは、やはり中心の首都。そこに、先ほどまでハルたちが居た彼女の神殿がある。
ルシファーの圧倒的な速度にて、再びそこへと舞い戻ってきたハル。
人魂の行き交う大通りを抜け、巨大な門をくぐり、ダンスホールで踊り狂う人魂の竜巻を突破してその中心へと至る。
そこには変わらず、場違いでファンシーなベッドが鎮座していた。
目当ての小さな女の子、コスモスも相変わらず、そのベッドの中で目を閉じていた。ゆっくりと寝息で上下する胸が、睡眠中ですと主張しているようだ。
「やあ、コスモス。すまないがまた来たよ」
「むぅ~、んぁ~……」
ハルがルシファーのスピーカーを通して声を掛けるも、コスモスは目を開けることはなくうるさそうに寝返りをうつのみだ。
ごろりとハルに背を向けてうずくまる姿に、若干の罪悪感を覚えるも、ここで引くわけにはいかない。絶対に起きているのだ。
要は、ハル自身やメタの眠りと同じである。目を閉じてはおれども、神は眠りにつくことはない。常に外界の情報を、その状態でも感知している。
それは二十四時間休みなく、エーテルネットの平穏を守る為というハルたちの出自に由来する仕様だが、困ったことに存在の根底に根付いたその仕組みは削除不可。
どんなに休みたくても休めない、究極の仕事人間と言えるのだった。
「《……起きないっすね。どうしてやりましょうか、このちびっ子》」
「《こうなったら、どこまで寝たふりを続けられるか試してやりましょー。いたずらしちゃうんですよー》」
「《いいっすね。何からしましょっか。ここはやっぱ、定番のくすぐりとかどうっすか? 顔にらくがきも捨てがたいっす。いや、ここはやはり、ふ、服を脱がしちゃうべきでは! あ、いや、裸にはしないっすよ。恥ずかしい服に、着替えさせる程度っす》」
「《なーに一人で恥ずかしがってんですかーエメはー。それも楽しそうですけどー、ハルさんがルシファーを降りなきゃいけないのが問題ですねー》」
「《確かに! まさか、それを狙って狸寝入りを!?》」
「……二人とも、他人事だと思って好き勝手言うのやめようね?」
とはいえ、何かアクションを起こさねばならないのも事実だ。
ハルはこの眠り姫が、どうすれば目を醒ましてくれるのか。頼りにならない二人の神様は放置して一人考察に沈むのだった。




