第910話 果てなき世界の果てを目指して
「ところでセレステ。今になって、捜査の強行に踏み切った理由はなにかあるの?」
「《どうしたんだいハル? ゲーム内だけで、完結させたかったかな?》」
「まあ、可能ならね」
確かに開催期間も残り少なくなってきたが、それでも、もうしばらくは調べる猶予があったようにハルは思う。
半ば、意地のような物もあることはハルも認めるが、出来れば今までのように、ゲーム内においての接触で、ゲームの延長として調べていきたかった。
「確かに手詰まり感があったのは認めるけどね」
「《あそこからまだ何か手があったかい?》」
「それは、コスモスに語った通りさ。子猫の転移能力を利用して、裏世界からコスモスに迫る」
「《半ば賭けだね》」
「そうでもないさ。彼女が加護を与えるのを渋ったってこともある。つまり、追えば必ず見つかるんだろうからね」
「《自信たっぷりだね。流石は私のハルだ》」
そう簡単な話だとはハルも思ってはいない。むしろ、もし見つからなくても問題はあるまいと、無意識で思っているからだと自己分析している。
なんだかんだで、ハルは彼女らを信用している。見つけられないのは悔しいが、それでも、そう大事にはなるまいと心のどこかでは思っているのだ。甘すぎるだろうか?
こうして直接介入してしまうと、なんだか犯人扱いしているようで嫌だ、という気持ちも少しある。
「《セレステを責めないであげて欲しいっす。これは、わたしが頼んだことでもあるので》」
「エメがかい?」
「《はいっす》」
「《いつでも介入できるよう、準備を進めさせてもらっていたよ》」
「それが今だと」
「《先ほど、直接わたしたちが目にしたコスモスの部屋。あそこのデータを見て、ちょっとヤバそうな雰囲気を感じました。詳細はまだ調査中ですが、それに加えてこのあり得ないデータの活性化。調査に踏み切るべきというのは同意見っす》」
「《ちょーっと怪しいですよねー。『外部』のご意見も、気になるところですしー。勘ですけどー》」
「ふむ。なるほど……」
コスモスの部屋から得られたデータの解析を頼んでいた、エメとカナリーもこの作戦に同意しているようだ。
まあ、そこまで意見が揃ったなら、ここでハルが渋っても仕方ないだろう。彼女らの勘は当たる。もはや未来予知に等しい。
「……しかし、なぜここで外の神様が? 確かに、奥様の件で協力の依頼は流したけど」
「《そこについては、実はコスモスと直接関りがあるとは言い難い。まあ、色々複雑なのさ。そこは任せてくれたまえよ》」
「そうかい? なら、そこはセレステに任せよう」
今回、このゲームに関わっている神様の勢力は大きく分けて三つ。まずは当然、直接運営している六人が中心となる。
そして、外せない勢力がもう一つ。ジェードを中心とした、技術や魔力の提供者だ。ハルたちも全員ここに属している。
この二勢力で、かなりの神様が活動している。全て仲間と考えれば、それだけで星を二分する一大勢力。
更に、言うなれば『その他』に当たるのだが、残りの神様たちもまとめて一勢力と考えられる。ここが、複雑なところだった。
「《今回は不参加となった者達だが、彼らとて、完全に我関せずで遊んでいる訳ではない。むしろ、興味津々と思って間違いないだろう》」
「まあ、それは分かる」
「《あわよくば、次なる彼女たちになりたいでしょうからねー》」
「《その通り! しかし、その『次』を考えるが故に、今回このゲームがどう転ぶかが肝要となってくるのさ》」
来たる自分たちの番に向けて、着々と準備を進めているだろう彼ら。もしかしたらその中には、リコリスが協力しているという『アメジスト』なども含まれているのかも知れない。
そんな彼らにとって、今回のゲームは他人事ではない。むしろ死活問題だ。
分かりやすいところだけで言っても、ハルが今回限りで支援を止めてしまうような事があっては大変だ。絶対に、無事に次に繋いでもらわなければならない。
「《思えばぼくらも、大きくなった、ね。彼女らを仲間とする、なら、もう二十人近く、かな?》」
「《そうとも! ハルによる、神々の再統一も現実味を帯びてきた。だから私としては、是非とも彼女らを支配下に置いて欲しいところだね!》」
「それは、あの子たち次第だよセレステ。それより、僕が今何をすればいいかが問題なんだけど。このままで本当にいいの?」
ハルは今、特殊装備に身を包んだルシファーの機体を、魔力の中でうろうろと動き回らせている。
多くのデータを収集する為に必要なこととは分かっているが、どうにも間抜けな気分になって仕方ない。
「《大丈夫、だよ? ハルは今、ぼくの水槽でいうところの、『魚』の役目、なんだ》」
「《うむっ。水槽内を泳ぎ回り、デフラグをする大切な役目さ。それに、そうしていればそのうちに……》」
そのうちに、何なのだろうか? あまり良い予感はしないのだが、諦めて言う通りにするハルであった。
セレステとモノが、その有り余る暇を使って組み上げた作戦だ。悪いようにはなるまい。
出来れば何が起こるか教えておいてくれれば、より有難いのだが、ハルを驚かせることを楽しみに輝く二人の目を見ると、どうやら期待はできそうになかった。
「《むっ! 来たようだよハル!》」
「《総員、衝撃に備えよ、だよ》」
「総員、僕一名だけどね。というか、衝撃あるの……?」
ハルの嫌そうな疑問に答えたのは二人の声ではなく、精神を揺さぶる衝撃その物。
ルシファーの外殻を通してデータを取っているハルの脳に、恐ろしく膨大な量のデータが流れ込んで来たのであった。
*
視界が回復すると、そこは変わらずルシファーのコックピットのまま。しかし、機体の存在する外界の風景は、元の平原から一変していた。
足元の平和な草原は消えてなくなり、底を見通せぬ奈落の空洞が続いている。
それはハルの周囲のみに留まらず、見渡す地平の先までも、ずっと同様の状態だった。
一瞬で大地が消滅させられた訳ではない。どこか別の場所へと、強制転移させられたのだろう。
空を見上げれば、昼とも夜ともつかない天を飾るのは紋章の如き満点の星。
そう、ここはお馴染みとなったあの裏世界。『神界』、『バグ空間』、『認知外空間』、そんな呼ばれ方をした、彼女らの領域であった。
「なるほど。転移ではなく、強制ログインさせられたってことか。……姿は、『ハル』のままだけど」
「そうともハル。考えてみれば、当然だね。私たちはゲームを実行中の魔力内に物理的に飛び込んだのだから」
「この世で最もログインしやすい場所という訳か」
「うむっ! ゲームの原液という奴だとも」
「原液……」
分かるような、分からないような。なんとも味のある例えである。凄く甘そうだ。
そんな可笑しなことを言うセレステの声が、すぐ傍から聞こえる気がする。
確かに先ほどまで彼女と通信していたが、強制ログインさせられてもリンクは継続したままなのだろうか。
「セレステ。傍に居るの?」
「おや、どうしたハル? 心細くなってしまったかい? 安心するといい。お姉ちゃんが、傍で見守っていてあげるからね」
「黙れ。いいから現状報告しろセレステ」
「はっはっは。少しくらいの戯れは許してくれたまえよ!」
そんなセレステの声は、本当にすぐ近くから聞こえてくる。彼女がルシファーの近くに居る訳ではないというのに、まるで機体の肩にでも乗っているかのように。
いやむしろ、機体の中から聞こえてでもいるかのようだ。あまり潜り込むようなスペースは無かったはずだが、とハルが構造チェックしても、そんな様子はない。
別に、改造の際に内部も弄られた訳ではなさそうだ。となると、考えられるのは一つ。
「……セレステ君ね、まさかその特殊装甲、“君自身”だったとかそういう」
「うむっ! その通りだねハル! よくぞ見破った!」
「なにしてんだ……、この子本当に……」
ルシファーの外殻が溶けるように寄り集まって行ったかと思うと、一か所に固まり人型を作る。
それは青色に輝く鎧を纏った女性の姿で固着して、ひび割れ砕けた内部から美しい女神がその姿を現した。
「君の騎士、ここに見参! 『付いてこい』と言っただろうハル? 主君の命令には忠実に従うのが、騎士というもの!」
「こいつ普通に付いて来れないのか……」
まさか、これをやりたいが為だけにルシファーを改造したのだろうか? 外装を自分の鎧を使って塗り固めて、機体そのものとなってハルと同行した。
……確かに、見かたによっては、『どんな時でも』主人と同行する見上げた騎士道なのかも知れない。
いやそんなことはない。絶対にこのサプライズがやりたかっただけだ。
……もしかして、だからこそセレステは最近、鎧を脱いだラフな服装だったとでもいうのか?
「まあまあ。一応、きちんとした理由もあったりするさ」
「どんなだい? 本当にきちんとしていることを、願うばかりだけど」
「安心したまえよ。きちんとしている。君がこうして取り込まれると予想していた私たちだ。その対策を取ろうと思うのは当然」
「ふむ? つまり、君も同時にここに来る為に」
「その通り! データ収集用の装置に偽装していれば、強制ログイン用のデータも当然、同時に流れ込むこととなる!」
案外、きちんとしていた。驚きである。いや、仮にも神様なのだからそのくらい当然でもあるのだが。
しかしそこまで考えが回るのならば、もっと穏便な方法も取れただろうに。
「まあいいさ。せっかく来たんだ、僕の役に立てセレステ」
「もちろんだとも。さて、最初はどうするハル?」
「まずはここに引き込んだ犯人を捜す」
「十中八九コスモスだね。だが、向こうから出てくる気はなさそうだ」
トラップに嵌めるかのように、ハルたちを自分に有利なフィールドへ引き込んだその相手。しかし、ここで姿を現す気はないようだ。
カナリーたちのゲームであれば、お約束のようにここで神の本体が降臨し、ハルと力を競うバトルに発展した。
その流れを期待していたが、推定コスモスはここで姿を現してくることはないようだ。
「まさか、この空間そのものがコスモスだとか?」
「なんだいハル? 幼女のハラの中に収まりたい願望でもあるのかい? ヘンタイだね」
「黙れセレステ。君のせいだろこの発想は」
「はっはっは。確かに、言うなれば先ほどまで私が、君を体内に入れていたようなものか!」
セレステのせいで変な発想をしてしまったが、冷静に考えてみれば空間そのものが神の体ならば、既に回避不能の攻撃が加えられている。
ならば、姿が見えないのは普通に何処かに隠れていると考えていい。
「かくれんぼ、つまり時間稼ぎだね」
「うむ。今回は、あの子猫の時とは別だろう。解かせる気のない極悪パズル、防壁迷宮だ」
魔力サーバーに飛び込み、直接データを取ろうとする者を排除するための、防衛装置。
そうした備えがあること自体は理解できるが、それをハルたち相手に発動してしまってはもう言い訳が効かない。
明らかに、出資者に対する敵対行為。急だったハルも悪いとは思うが、急でなければ抜き打ちにならないだろう。
「厄介な迷路だ。まず壁が見えない。確かに、解かせる気がなさそうだ」
「一見、無限に空間が続くように見えるね。上下左右、どちらへ行っても果てがない」
無限に進み続けても、無限に何処にも辿り着けない。これこそ無限ループの発生した、本当のバグ空間と言えよう。
強制停止以外に、解決策なし。
「強制停止、ログアウト自体は出来るみたいだね」
「安全に、お帰りくださいということだ。しかし、私たちはこの先に用がある」
「ああ、戻ったところで意味がない」
ならば、無限に見えるこの世界の何処かにある、有限の壁を探さねばならない。
ハルはルシファーの肩にセレステを乗せて、この世界の謎解きへ挑んでゆくのであった。




