第907話 魔法の国の大人気投票開催
まるで導かれるようにして、コスモスの寝室たる宮殿へと訪れたハルたち。
しかし、その主であるコスモスは、どうやらハルたちのことを歓迎はしてくれていないようだった。
「なにしに来たのぉ? 出来れば私、のんびりお昼寝していたいんだけどー」
「それはすまないね。ただちょっとばかり、君の加護とやらを与えて欲しくてね」
「え~~?」
「ダメなのかしら?」
「よろしくお願いします! コスモス様!」
「どしたん? ハルちゃんのこと、嫌いかな?」
「そなことないよぉ。大好きだよー。でもー、加護を与えるとゆっくりお昼寝できなくなっちゃいそうで」
「な、なるほど……」
嘘をつかない彼女の口から、明確に『大好き』だと聞き出せたのは朗報だ。だがそれでも、その上で、ハルに加護を与えたくないというのは相当手ごわい。
理由は『お昼寝出来なくなる』とのことだが、これはつまり翻訳するなら、どんな時であっても呼び出しを受ける状態になるのが嫌だということだろうか?
現代でも、個人連絡用のエーテルネット固有IDを伝え渋る者は多い。それを知られるという事は、知った相手に対し、無遠慮に自分の時間を侵害する権利を与えたと同義になるという考え方だ。
コスモスではないが、寝ている時に急な連絡で叩き起こされるとか。一人でゆっくりしたい時に呼び出されるとか。そんな無粋を許すことに繋がるのだ。
……とまあ、納得できそうな理由で擁護してみたが、コスモスに関しては当てはまらないと切って捨てることも出来る。
なにせ彼女は神様で運営だ。二十四時間、急な連絡などひっきりなしだし、そもそも彼女らは寝ないのだ。『お昼寝』というのも、ただのキャラ付け。
「それにねー? ハルさんがこうしてコスモスに会いに来たのは、そうじゃなくて私の国のイベントでしょー?」
「いや、それは建前というか、手段に過ぎないね」
「ぶっちゃけちゃったよハルちゃん……」
「正直者なのです!」
「だーめー。建前でも、お仕事はきちんと遂行するのー。そっちのお話が先ー」
「むっ、真面目な子だ……」
真面目というよりも、これは誤魔化されているのだろうか?
確かにワールドイベントたる封印石のイベント進行は重要だ。ハルとて、それを放棄するつもりまではない。
ただ、やはり大目的はコスモスの加護なので、先にその確約が欲しかった。
別に、加護を得たらそのまま帰る不義理をするつもりなどないのだが、コスモスは眠そうな声に反してテキパキと説明に入ってしまう。
……もしやこれは、テキパキと終わらせて再びさっさとベッドに潜りたいが為の行動か。
「……どしたんハルちゃん?」
「いや、僕らにねぼすけさんは居なかったな、と思ってね」
「さよか」
コスモスの行動について考え込んでしまうハルを、ユキが不思議な目で見つめてくる。何を疑問に思っているのかと。
睡眠を取らないハルなので、このことばかりは推し量るしかないのが実情だ。つい混乱してしまった。
「いいかなー? いくよぉ?」
「ああ、じゃあ、お願いするよコスモス」
「わかた。まかせて」
コスモスはふかふかのベッドの縁に寄り、こちらに周囲の巨大な本の一ページを開いて見せる。
そこには、コスモスの国の地図と、その中にある街を繋ぎ合わせて描いた魔法陣が記されていた。
「見ての通りー、あの封印はこの国全体を使って、巨大な魔法を隠す為の装置だったんだよ?」
「なるほど、封印していたのは魔法か。……まあ、『見ての通り』と言われても分からないけど」
「そこは、わかろ?」
《いやわからん……》
《り、理屈は分かった……》
《きっと厄災に対抗する魔法だ!》
《超強力なんだろうな》
《こんなでっかい魔法陣だもんな》
確かに、こんな国サイズの魔法陣であるならば、相応に強力だというのはひと目見て分かる。
その強力な魔法を復活させることで、推定『ラスボス』に対抗する手段を得るのだ。
「それで、その魔法の効果ってどんなだろうか?」
「それは……」
「うん」
「ドキドキするのです!」
「アイリちゃん、しーっ!」
「……それは、まだ決まってない」
《ずっこー!》
《まさかの未実装!》
《発酵前だ、やはり早すぎたんだ……》
《強引に呪文唱えちゃったから?》
《いやそんなギリギリまで未定なことある?》
《稀に良くある》
ハルも思わず体勢を崩しそうになる回答だったが、冷静に考えると別にそう変なことではない。
これは、別に運営が切羽詰まってシナリオがギリギリまで未完成という偶にある話とは違う。
プレイヤーや視聴者の意識を読み取って、その集合から導き出された方向へとイベントが流れるのがこのゲーム。ならば、魔法の効果もまたそうして決まるのも自然ではないか?
「……その魔法の内容を決定づけるのが、今回のイベント、ってことかな」
「ん。そゆことー」
ハルの言葉で、視聴者たちも徐々に納得していったようだ。ここからは、多くのプレイヤーが参戦する大規模なイベントとなる。
これで、仮に『超強力な攻撃魔法』などと明らかになったとして、盛り上がるのは一瞬のこと。
その魔法をただハルが封印から解いて、めでたしめでたしだ。
せっかくのワールドイベント。ハル一人だけでなく、数多のプレイヤーが関われる作りになっている方が望ましい。それこそ、リコリスの武王祭のようにである。
「それでコスモス。具体的には、何をするの?」
「ん。今後コスモスの各街には、専用のイベントクエストが出る。そこでアイテムを作ったり、魔法を発動したりして、封印解除を進めるのー」
「その行動の結果如何で、魔法の方向性が決定づけられるということですねコスモス様!」
「そだよぉ」
アイリが、完全に理解したとばかりに両手を握り込む。視聴者たちも、徐々にこのイベントの真意について気付いてきたようだ。
クエストの進行状況によって効果が変わるということは、逆に言えば自分の望む効果へと魔法の完成を誘導することも可能という訳だ。
自分の選んだ<役割>を、最も輝かせる魔法効果。そこに到達すべく、他のプレイヤーと競い合う投票合戦。それがこのイベントの本質だろう。
直接の戦闘はないが、これもある種、武王祭に匹敵する決戦の場であった。
《どんな効果があるんだろ?》
《攻撃、防御、支援、回復……》
《自分の得意分野と似たのを選ぶべきかな》
《それは分からんぞ?》
《自分の得意分野つまり、自分の上位互換だ》
《な、なるほど……》
《絶対に勝てないライバルを生み出してしまう》
《そんなことまで考えないとダメかー》
《組織力が重要になってくるな》
《買収工作みたいな面倒なことするの?》
《ガチな人達はやるだろ》
そう、自分が頑張るだけでなく、ライバル勢力を蹴落とすことでも望みの方向へ導けるのがこの方式。
やっていることは人気投票に近い。投票の為のチケットを、ゲームプレイで集めるタイプのものだ。
頑張って自分でチケットを増やす。他者からチケットを買う。他者のチケット獲得機会を奪う。戦略はよりどりみどり。
そんな新たな戦乱の幕開けの予感に、視聴者たちも大いに盛り上がる。
今までは、『凄いことをする凄いローズ様を見る』、というだけだったが、視聴者の中にはプレイヤーも多い。やはり、自分が世界の行く末を左右する儀式に参加できるとなると嬉しいだろう。
「ハルお姉さまは、参加なさるのですか?」
「ん? いや、どうしようかね。僕は僕で、やることは山積みだしね」
「それがいいかも知れないわね? 武王祭と同じで、ハルが参加したらそれだけで結果が見えてしまうわ?」
「逆に盛り下がっちゃうかも知れない訳だ。難儀だねーハルちゃん」
プロお断りの大会のようなものである。いや、このゲームのスタートラインは誰もが同じであったはずだが。
「ちなみに~、イベントクエストでは普段よりもスキルの成功率が上がったりしてるよー」
「ほう。もしかして、レアが出やすくなっていたりも?」
「んっ。『賢者の石』も、実はここで出るはずだった」
それが、あんな序盤に出てしまうとは、番狂わせもいいところだ。やはり出禁が妥当なのかも知れない。
「まあー、そゆことで頑張ってねー。ちなみに、まだ封印石に関する情報は出そろってないから、そこは、そのつもりでー」
やはり、魔導と錬金の二大協会の他にも、各協会に情報は散らばっているのだろう。
しかしそこもまた、やる気を出したプレイヤーに任せればいい。協会所属の者だって多いはずだ。今後はハルが動かなくてもスムーズに進む。
「んじゃねー。おやすみなさい」
「ああ、お休みコスモス」
そうして封印イベントの説明を終えたコスモスは、一仕事終えた顔で満足げに布団を頭からかぶって、ベッドの中に沈んで行ったのだった。
*
「…………」
「…………」
「……待てい。させると思ったか!」
……その布団を、ハルは思い切りひっぺがす。その下にて丸くなっていた小さな体の女の子は、急に防壁を剥がれた新兵のように、あたふた、とベッドの上を逃げ回った。
「うー……、なにするのさー、えっちだー……」
「えっちではない。さりげなく帰ろうとするなコスモス」
ベッドの上を後ずさり、その身を抱きかかえるように縮こまる姿は、その寝巻き姿も相まって背徳的だが、今はそんな態度に押されている場合ではない。
ルナが反応したり、更にはシステムに規制されたりする前に、本来の目的を果たすとしよう。
「……僕がここに来た目的は、君から加護を得ることだ。それを貰わないうちに、帰られても困る」
「誤魔化されてくれなかった」
「そりゃそうだよ……」
イベント説明を終えた流れで、そのまま消えようとしたコスモス。相当にリンクの形成が嫌であるらしい。
あらかじめ否定されていなかったら、嫌われているのかとショックを受けるところであったハルだ。
そんなに嫌であるなら無理強いはしたくないところだが、生憎ハルとしても引く訳にはいかない。ここで加護が得られなければ、<神王>への道は閉ざされたままだ。
「加護が貰えれば、僕はそれでいい。無暗に話しかけたりしないさ」
「でもきっと、緊急時には呼び出される~」
「まあそりゃ」
必要があるのに呼び出さないなどと約束はできない。そこは、我慢してもらうしかないだろう。
「かといってここで消えても、またお邪魔することになるよ? 君としては、その方が嫌なんじゃないかな」
「どやってここまで来るのー? もう、イベントは残ってないかもー」
「じゃあ次は、強引に来ようかな。この子を使って」
「みー」
「おー、コイツは……」
いつの間にかベッドの上に出現していた子猫を、コスモスが半目のまま恨めしそうに抱きあげる。
子猫の行う転移はここ神界を経由しており、試行錯誤すればこのコスモスの部屋を突き止めることも可能だろう。
「それを使って、加護を貰えるまで四六時中押しかけるよ?」
「ご、強盗だ……、ストーカーさんだぁ……」
「嫌でしょ?」
「悪びれもしないしー」
今は体面を気にしている場合ではないのである。例え視聴者からの評価が愉快なことになろうとも、成し遂げなければいけないことがハルにはあるのだ。
……いや、だんだん意地になって、後戻りのできない場所にまで踏み込んでいるのかも知れない。
今のハルは、ベッドの上で怯える幼女に強引に迫るお姉さんの構図になっているのだから。
「ん。ここまで脅されてしまっては、しかたない。いいよー」
そんなに嫌なのは、何か特別な理由があるのか、そうハルが考え出したあたりで、コスモスからは了承の返事が飛んできた。
なにぶん、急な心変わりが気にはなるが、受け入れてくれたのは喜ばしい。ハルもこれ以上、不審者にならずに済む。
そうして一波乱ありつつもコスモスの加護を得たハルは、今度こそ彼女をゆっくりとベッドで休ませてやることにする。
きっと目を閉じたところで、彼女も眠れることなどないのであろうけど、願わくばよい夢を。
そう祈りながら、ハルたちは元のゲーム本編へと戻っていったのだった。




