第904話 魔法の国の偉い人々
コスモスの国中の街を転移しながら迅速に周り、全ての魔力を抜き取ることに成功したハル。
なんだか一つ無関係の街も混じっていた気がするが、とりあえずはいいだろう。目的は達成したといえる。
だが、さすがにこのままにはしておけない。街に留められた魔力はコスモスの住人にとって、生活基盤であり、なによりモンスターの侵入を防ぐ防壁でもあるらしいのだから。
「無いとどうなるのか、興味もあるところだけど。人命が掛かっている以上このまま放置する訳にもいかないかな」
ハルは再び『神核石』を取り出すと、コスモス中から集められて手中に凝縮された魔力を少しずつ注いでいく。
魔石にエネルギーを込めるようにこの神の石に魔力を込めると、その分をそのまま吐き出すという性質を利用したものだ。
こんな面倒なことをしなくても、元はハルが集めた魔力なのだから戻すのも簡単に思えるが、そうもいかないのが面倒なところ。
集めすぎた魔力の渦は暴発の危険があり、こうして何か別のゲームシステムを通さないと危なくて扱えないのであった。
「ガザニアに感謝だね。今回ばかりは、絶対に他の物では代用がきかない」
「アーティファクトを便利道具扱いしてばっかりですねー。ハルさんらしいですー」
「だって、ねえ、カナリーちゃん。破壊不可設定が付いてないと、こいつに触れた時点で粉々だ」
「濃縮された魔力の攻撃力は凄いですねー。これを振りかざして戦えば、無敵ではー?」
確かにモンスターだろうとなんだろうと、この手の中の渦に触れれば防御の術なく削り取られるに違いない。
しかし、さすがに攻撃範囲が狭いし、取扱いが危険すぎる。ふとした拍子に制御を離れたら、街ごと大爆発だろう。
そんな危険物を処理しつつ、ハルたちはコスモスの首都の屋根を渡って中央の城へと近づいて行く。
首都だけあってプレイヤーNPC問わず人通りが多い。下からの視線に晒されて、同行しているテレサが羞恥でどうにかなってしまいそうだった。
「大丈夫、テレサ? 君はここで戻っておくかい? 護衛は付けるから安心して」
「いえ、お構いなく……、ですが、道路に下りないのですか……? 屋根の上だから、ここまで目立つのでは……」
「うん。下りたら囲まれちゃうだろうからね。屋根の上なら、囲まれない」
「は、はあ……」
意味不明の理屈であるが、ハルがあまりに自信満々に言うものだからテレサもそれ以上の反論が出来ない。真面目さゆえの悲劇であった。
実際、囲まれない為という理由もないでもないが、ハルはわざと目立つためにやっている。なのでテレサには、もう少し我慢してもらうとしよう。
「それに、目的地が屋根の上だしね」
「あのお城だね。やっぱり、警備が厳重なのかな、シャーるん?」
「そうでもない。お前たちの国の城と同じではないさ。……言っただろ? この国は王政ではない。……見た目が城っぽいだけで、用途は会議室のようなものだ」
どうやら、各地に拠点を置く評議会の面々が集まって会合を開くとき、このお城のような建物を使うらしかった。国会のようなものだろうか?
確かに、そう言われてみれば機能性よりも見た目を重視しているようにも見える。
ハルたちはそのメルヘンなお城の屋根へと堂々と乗り移り、出現した封印石へと近づいて行く。
空中に浮かぶその石に、ハルが<飛行>で接触するが、やはり特別何かが起きることはないようだった。
心なしか、首都の石は他より一回り大きい気もしたが、だからといってイベントが発生する気配はない。
「どうしましょうかハルお姉さま! このまま、ここで調査を続けますか?」
「まあ、それもいいんだけどねアイリ。調べたところで何か分かるとも限らない。それに、どうやらお迎えが来たようだしね」
「むむっ!」
ハルの言葉にアイリを始め、仲間たちが周囲を警戒する。その視線は、城から飛び出たバルコニーの一つへと集まっていった。
そこには、こちらを睨みつける豪華なローブの男と、彼の引き連れた統一されたローブの面々。
どうやら、屋根の上をゆき目立った甲斐があったようだ。彼らとの接触を、ハルは求めていたのであった。
「貴様ら、誰の許可を得てそこに登っている! すぐに下りて来るがいい! この場は、魔導士協会の管轄だ!」
この国で最大の規模を誇るという評議会の一翼、『魔導士協会』と、ついに接触したのである。
*
大人しく彼らと合流し、広い会議室のような場所に通されると、ハルたちはしばしこの場での待機となる。
円卓のような丸テーブルの一角に陣取ると、この城について詳しいだろう、シャールとコスモス所属のプレイヤーに話を聞いて行くこととした。
「なかなか面白い形の会議室だねシャール」
「ああ。……建前上は、特別どの勢力が上位、という立場にないことを示す為の、この丸いテーブルだ」
「実際は?」
「……今、ローズが当然のように腰掛けている席が事実上の最上位だな」
「おやおや。これはこれは」
《絶対わかっててやったでしょローズ様(笑)》
《流れるように上座に座る》
《癖になってんだ、上座に行くの》
《体に高貴が染みついていらっしゃる》
《一番奥で目立ちそうだもんな》
《やっぱり魔導士協会が牛耳ってるらしいです》
《じゃあそこが魔協の席か》
《そんな農協みたいに……》
《錬金協会と椅子の奪い合いらしい》
《椅子取りゲームか》
《ずいぶん物騒な遊びっすね……》
先ほども、ここは自分たちの管轄と語っていた。実態はどうか分からないが、出まかせだとしてもそれだけの権限は持っているのだろう。
コスモス首都で好き勝手しているハルたちの前に、真っ先に現れたのが彼らであった。
「協会は警察みたいなこともやってるの?」
《いや、警備は他に居ますね》
《つえーんだこれが》
《俺らが屋根の上歩いてたら捕まりますよ》
《実際、さっきも下に居ました》
《何で来なかったんだろ?》
《そりゃお前、怖かったんだろ》
《あの魔力の前に出て来れたら尊敬する》
《でも警備兵でしょ? オートじゃないの?》
《このゲームではモブにも人生があるからな》
普通のゲームであれば、衛兵などは量産型のロボットのように際限なく湧き出し、自動で犯罪プレイヤーを狙ってくることが多い。
しかしこのゲームでは、彼らにも一人一人キャラクター性がある。ハルのようにどう考えても勝てない相手には、足がすくんでしまう事もあるというものだ。
「……奴らが出てきたのは、治安維持というよりはお前との接触に旨味を見出したからだろう、ローズ。……お前の情報も、事前にある程度掴んでいたに違いない」
「なるほど。この首都に来るまでに、そこそこ時間も使っちゃったしね」
「ああ」
この国には、魔法の通信機のような技術がある。それを使って、街の『栓』を抜いて回る頭のおかしいプレイヤーの情報を得ていたのだろう。
やはり、転移して来て正解だった。飛空艇で周っていたら首都に来る頃には対策されていたに違いない。
……ハル相手にどう対策すればいいのかは、ハル本人にも微妙に分かりかねるが。
「……どうあれ、姑息でカスみたいな相手だ。……気をつけろよローズ」
「……ふん! 外交官の地位を利用して好き放題している貴女には、言われる筋合いはありませんねシャールさん!」
ハルたちとシャールが話していると、その会話を遮るように部屋の扉が開いて先ほどの男が割り込んで来る。
ずいぶんとタイミングが良いのは、恐らく会話を聞かれていたのだろう。なるほど姑息で間違いない。
「……くくっ。……好き放題とはなんのことかな?」
「……見ての通りでしょう。他国の者をこうして招き入れ、その力を背景に、これ見よがしに議長席に座るとは」
「おや? ……この円卓は、どの席でも平等を建前に作られているのではなかったかな? ……評議会の理念を無視するカスな議長気取りさん?」
「また詭弁を……!」
「仲悪そうだね君たち」
《またマイペースな……》
《実際悪そう》
《ガルマくんが言ってた問題ってこのこと?》
《そうかも》
《権力争いかー》
《ついでにこっちも解決しちゃえ》
《シャールちゃん連れてきてよかったね》
《待て、封印石の件が先だ》
確かに、シャールの抱える問題も解決はしたいハルではあるが、今回はそこより優先したいことがある。
申し訳ないが、彼とシャールとの因縁は後回しにしてもらうよう、ハルは会話に割り込むことにした。
「旧交を温めているところすまないが、先に僕への用件を済ませてほしい。今回は、僕に何用かな?」
「……っ。何用、などと、決まっているではありませんか。議会城への侵入、はともかく。この街の共有資産である魔力を強奪するなど、許されるとお思いか」
「ああ、悪いとは思っているよ。だからもう戻した」
「はっ……? なにを……」
協会役員の男が周囲をキョロキョロと見回し、そしてハルの手の中に視点を合わせる。
確かに、その手から溢れる魔力は空を満たし、先ほどまで空だったこの地に魔力が戻って来ていることに彼も気付いたようだ。
「しっ、しかし、聞くところによれば他の都市でも! そうして魔力を抜いて回っていたそうではないか! そちらの対処は!」
「ああ、それも悪いとは思っている。だから今戻している」
「……はっ?」
「……こいつのやる事にな? ……いちいち真正面から向き合わんことをお勧めするぞ?」
犬猿の仲であろうシャールでも、つい彼に同情してしまうほどのハルのやりたい放題。
そんな真正面から向き合ってはいけないらしいハルは今、各地から奪い取った魔力を転移門を通して返還している最中だった。
子猫が再び開いたゲートを通し、コスモス各地に魔力を返す実験。これは今のところ上手くいっており、現地に戻してしまえばあとは各街のアイテムによる引力がどうにかするだろう。
「という訳で、あといくらかすれば全てが元通りだよ。お騒がせしたね」
「くっ……、そんな、『盗んだ商品を戻したから無罪』のような言い分が通るとお思いか……! そもそも、誰の許可を得てこの国で活動を! シャールさん、外交官にそんな権限はありませんよ?」
「ああ、それはね。もちろん『神の許可』だね」
「あー、これ聞いちゃったねぇー」
「ハルの鉄板ネタですものね?」
「ネタではないんだが……」
ユキやルナが可哀そうなものを見る目で魔導士協会員を見た直後、ハルのいつものゴリ押しが炸裂する。
その手に持った神核石に加え、神剣もその存在を主張するように“咲き誇らせて”ゆく。
この威光の前に反論できるNPCなどそうそうおらず、事実、目の前の彼も二の句が継げなくなってしまっていた。
「とはいえ、コスモス全土を混乱させてしまったことは本当にすまないと思っている。魔力の返還に加え、資金や魔石でもって、十分な補償は行わせてもらいたい」
「それならば、まあ……」
「……ふん、俗物のカスが。……金の匂いを嗅ぎつけた途端にこれだ、吐き気がする」
「なんだと!? 元はといえば、貴様が彼女を止めないから!」
また言い争いを始めそうになる二人をハルはなんとかなだめ、本来の目的へと誘導していく。
やたらと目立ってまで有力者と接触したのは、なにも暴挙を許してもらう為ではない。あの封印石とやらに関して、知っていることがないか手っ取り早く聞き出す為だ。
「……それよりも今は、今回姿を現した謎のアーティファクトについて話をしたい。あれが何なのか、魔導士協会は心当たりがないだろうか?」
実質、コスモス評議会を牛耳っていると噂の魔導士協会、それに錬金術師協会ならば、あれについて何かしらの情報を持っているのではないだろうか?
アイリスやリコリスでは、<王>や<武王>が情報を持っていたように、この国でも超重要イベントの情報は彼らが握っている。ハルは、そのように推測しているのであった。
※誤字修正を行いました。




