第903話 国から魔力が消えた日
子猫のいたずらイベントをクリアし、無事に賢者の石を手元に取り戻したハル。だがしかし、可愛い子猫と遊んでめでたしめでたしとはいかない。
渦中の子猫か賢者の石、どちらかに関する進展が欲しいところであった。
すぴすぴとのんきに眠る子猫を撫でていると、ハルを追って外に出ていた仲間たちもこの客室に戻って来たようだ。
「お、にゃんこ戻って来たねハルちゃん」
「イベントは、終わったのでしょうか!」
「そうみたいだね。みんなにも迷惑をかけた」
「いえ! こねこさん、可愛かったです!」
「私たちはあまり見られなかったわ? ハル、代わりなさいな」
眠る子猫をルナにそっと手渡すと、アイリと二人で愛おしそうに撫ではじめた。猫はそんな彼女らの腕の中で、なおも気持ちよさそうに眠っている。
お騒がせをしたというのに、いい気なものだ。人間の事情などまるで気にしていない。気遣いの達人(達猫?)であるメタのことを見習って欲しかった。
「さて、結局このイベントはどうなったんだ?」
見た感じ、何も起こっていない。賢者の石もこの通り手元に戻って来て、状況は最初と変化がなかった。
ハルが不思議がりながらも石を手に取ると、それまで可愛らしい寝顔を見せていた子猫が、ぱちくり、と急にその目を見開いた。
「お、にゃんこ起きた」
「立ち直りが早いですねー。もう体力回復したんですかー?」
「みー、みー」
カナリーの呼びかけなど耳に入らないかのように、子猫はルナの腕の中からじたばたとハルに向かって手を伸ばしている。
どうやら、お気に入りのおもちゃを再び手にしたいようだ。ハルが石を近づけると、嬉しそうににっこりと笑みを作った。
「これでまたかくれんぼ始まったらウケるっすね」
「ウケないよエメ。さすがにそれは勘弁して欲しい」
「そっすね、どうやら今度は、別のウィンドウが出たみたいですし、無限ループは回避されたみたいっす」
表示されたメッセージは、『猫に賢者の石を渡しますか?』といったもの。先ほどのイベントを経て、改めて条件が整ったようだ。
これなら最初から与えていても同じこと、などと言ってはいけないのだろう。ゲームとしてはこの手順こそが重要なのだ。
「ほら、あげるよ。大事にするんだよ、貴重品っぽいからね」
「みー♪」
《これでブルジョワにゃんこが進化するのか》
《育つってこと?》
《そんな、許せん!》
《今のままがいいのー》
《キャンセルキャンセルキャンセル!》
《もう十分に堪能しただろ》
《猫専門プレイヤーみたいの居るんじゃない?》
《ローズ様の猫がいいのー》
《わがまま言うな》
「まあ、残念ながら、僕にはこの子の転移機能がどうしても必要だ。その為に育つというのなら、止めることはないよ」
仲間の女の子たちも、なんとも名残惜しそうだが仕方ない。
ハルは表示された選択肢に『はい』を選び、賢者の石を子猫に譲渡する。この石の本来の用途はまだ知れぬままだが、この際仕方ない。
子猫のおもちゃ以上の用途が、存在する保証もないのだ。
そんな風に様々な理由からどきどきとしつつも、ハルたちは子猫にアイテムを渡していった。
何か起きるかと思ったが、猫は嬉しそうに石を体全体で抱え込み、前後の足でげしげしと蹴り叩いて遊んでいる。
その様子は何かの儀式という訳ではなく、本当にただ遊んでいるだけのようだった。
「参ったね。これでは、本当に高級おもちゃを与えただけになるんだけど」
「みゃっ! みゃっ!」
「この子は今忙しいわ? 邪魔しないであげてちょうだいなハル?」
「いや、そうもいかなくてね……」
腕の中で遊ぶ猫をルナが慈しむが、そんな子猫にハルは聞かねばならない。一体、何がどう変わったのかと。
そんなハルの視線に気付いたのか、子猫は抱えた石から視線を外すと、ハルと目を合わせて一声鳴いた。
「ん? どうしたんだい?」
「みゆ~」
賢者の石を手放し、そのまま何処かへ消し去ると、猫はもぞもぞとルナの体をよじ下りる。
そのまま駆けだした先でこちらを振り向いたかと思うと、次の瞬間にはこの部屋の何処にも姿が見えなくなっていた。
「あらら、またかくれんぼだ。いや、普段のアイテム収集のお仕事に戻ったのかな?」
「いや、どうやらついに待ち望んだ能力が出たようだよユキ。そこの『入口』が、まだ開いている」
猫が姿を消した位置には、空間の裂け目がそのまま消えずに残っていた。
ハルたちは注意深くそれを観察し終えると、意を決してその内部へと入って行くのであった。
*
入り込んだ裏世界では、子猫がお行儀よく座り込んで待機していた。どうやらかくれんぼの続きではなく、これからは飼い主の望みを叶えてくれるらしい。
今までは足元に存在した光の通路も今は無く、まだ出口は何処にも繋がっていない。
どうやら、行き先はハルに自由に選ばせてくれるようだ。
「みー」
子猫がまた賢者の石を取り出して足元で転がすと、その石からハルたちの前に地図を描いたウィンドウが表示される。
これを使って行き先を決めていい、ということのようだった。
《べ、便利すぎる……!》
《ついに転移機能の解禁じゃ!》
《ファストトラベルってやつ?》
《うおおおお、すげえええ!》
《ローズ様! 私も連れてってください!》
《俺も! お金はいくらでも払います!》
《今いくらでも、って言った?》
《ローズ様の基準はバグってるぞ?》
《破産しても知らんぞ》
《猫のおもちゃに賢者の石与えるお方だぞ》
《あっ……、そのっ……》
《終わったなこいつ》
《でも転移サービスは商機だね》
《大儲け間違いなし》
「そうかもね。でも、今はとりあえず自分の為だけに使うとするよ。詳しい条件も、分からないしね。エメ」
「はいっす!」
ハルはこの空間の様子を油断なく観察していたエメに、ワールドマップを押し付ける。
彼女の得意の計算力を借りて、コスモスの街々を全て周る際の最適ルートを割り出してもらうのだ。
「……そっすね。ここは幸い、国の外れに近いっすから、ぐるりと渦巻状に近い形で徐々に内部へ向かって行きましょうか。それとも、終点を隣町にして、最後にここに戻って来やすいようにしましょっか。どっちが良いです、ハル様?」
「……んー、渦巻きにするか。やっぱり、最後が首都の方が都合が良さそうだ。何か起こるとすれば、可能性が高いのはそこだろうしね」
「了解っす!」
エメがワールドマップをなぞるように、光のラインを書き込んでいく。その線が最初に触れた街、そこを最初の目的地として選択すると、子猫は元気に『みー♪』と鳴き声を上げてこの裏世界を進み始めた。
道の存在しなかったこの場に、猫の通った後に道が続いて伸びてゆく。その道をハルたちがしばらく行くと、猫が壁を引っ掻くような仕草で空間を切り裂いた。
その出口を潜り抜けると、ハルたちは再び通常空間へと戻って来る。
出てきた先は、鮮やかな色の屋根の上。明らかに先ほどの山間の街とは異なる遠景に、自分たちは転移したのだと実感がわく。
「みっ! みっ!」
「おー、よしよし。すごいぞーにゃんこ! よくやったねぇ~」
「みー♪」
ユキに撫でられ、自分の成した偉業にご満悦の子猫。
とはいえ完全に猫任せのノーコストという訳ではなく、転移には相応の代償が、具体的には膨大なMPの支払いが必要となるようだった。
「なかなかの大食らいだね。この子はこんな無邪気な顔してるけど、この距離でもう死にかけた」
「……あなたが死にかけるとなると、普通のプレイヤーでは確実に命と引き換えね?」
「どうしましょう! 全ての街を周るとなると、回復薬は足りるでしょうか!」
「ああ、それは心配ないよアイリ。ここからは、コストは全て現地調達していくから」
《あっ……》
《そういえば、それが目的だった》
《街の人たち逃げてー!》
《逃げ場などない!》
《ここが貴様らの墓場となるのだ!》
《殺さん、殺さんて》
《貴様らの魔力、接収させてもらう!》
《悪徳貴族だー!》
《悪徳領主が徴税にきたぞー!》
視聴者たちが煽りに煽ってくるが、今回はなにも反論の出来ぬハルだ。これからやることは、まさに強制的に多大な税金をむしり取って行く悪徳領主そのものなのだから。
「まあ、仕方ない。これも世界のためだから」
「万能ワードなのです!」
「本当に世界にとってプラスになるか、まだ分からないですけどねー?」
「それどころか世界はオマケで、完全に私利私欲っすよね」
「……黙ろうかみんな。まあいい、では、徴税の時間といこうか!」
「いいですよー、開き直ってきましたねー」
急に屋根の上に現れた、奇怪な少女の集団。それに気付いた道行く人々の視線が、ハルたちに突き刺さる。
自然な流れで付いてきてしまったテレサは真っ赤になってあたふたと狼狽え、シャールは毒舌を叩くより先にフードで顔を隠した。
だがそんな彼女らの羞恥への懸念も、すぐに不要となる。
全てのNPCの視線は、ハルただ一人へと釘付けとなるからだ。
この街が常日頃から集めて固定している魔力、それをハルは文字通り『掌握』し、その手の中に集めて行く。
飽和した魔力が更に圧縮されて、ハルの手に吸い込まれて行く様は、まるで風の伴わぬ暴風雨。
輝きが流れに沿って閃光を放ち、もともとカラフルなコスモスの街に極光の彩りを添えていった。
「さて、これでまた封印とやらが出てくるはずだけど……」
「あっ! 出ました! ハルお姉さま、あちらに割れ目が出ているようです!」
「よく見つけてくれたね。流石だアイリ」
「はい! わたくしの<音楽>で、音響探査しちゃうのです!」
封印が解ける際に起こる、隔離空間のひび割れる音。それを<音楽>スキルにて察知してくれたアイリが、街の中心付近を指さした。
どうやら無事に封印は姿を現したようで、山間の街の時と同様のペンデュラム状のアイテムが空中に浮き出てきている。
これで、この街での用事は終了だろう。
「さて、じゃあ次に行こうか」
「おっ、さくさくだね。そんじゃ皆々さまー、お騒がせしましたー」
元気に住人たちに手を振るユキにも反応できず、ぽかん、と皆はこちらを見上げるばかり。
そんな彼らが我に返る前に、ハルたちは再び子猫の異空間へと滑り込む。
そうして流れるように、エメの記したルートに従ってハルは行き先を指定する。今度は、コストは手の中に渦巻く魔力をそのまま使えばオーケーだ。魔力問題もこれで解決。
そうして現地調達と転移を繰り返しながら、次々とハルたちはコスモスの国の街を渡って行った。
「接収! 接収なのです!」
大規模工場のある街にて、工場を動かす大切な動力源を奪い去り。
「悪く思わないことね? 魔力の壁に任せて、平和ボケしているのが悪いのだから」
農業の盛んなのどかな町にて、モンスターの襲撃を防ぐ大切な防壁を奪い去り。
「へこたれるな兵士たち! 魔力が無いと戦えないとか言ってちゃ、国は守れんぜ?」
魔法使いの兵士が訓練している中に降り立ち、訓練用の大切なエネルギーを奪い去り。
「ここは研究所みたいですねー? 周囲の魔力がゼロの際の、貴重な条件で研究が出来るんじゃないでしょうかー」
国民の未来の為に大切な研究をしている施設からも、ハルたちは魔力を奪い去っていった。
「ん? なんすかね? 封印石とやらが出てこないっすねこの街、おかしいですね。……あっ、しまった、ここ『魔王領』だ。すみませんハル様。ここユーザーズメイドの街だったっす。ここには封印がなくて当然っすね」
「ケイオスのとこか。確かに、そりゃ無くて当然だ。次に行こう次に。さっさと」
「っす! ケイオス様に怒られる前に、とんずらするっすよ!」
たまには間違いも犯しつつ、次々とハルたちは街からまるで水槽の栓を抜くように魔力を抜き取って行く。
そうしてついには一行は首都へと至り、そこに漂う膨大な魔力へと手を掛けた。
この広い首都へと魔力を固定する為の膨大な数のアイテム。それによる抵抗力はさすがに大きかったが、それでもハルの『魔力掌握』の前では敵ではない。
その圧倒的な吸引力は国中の魔力を一手に奪い去り、最後に残ったこの街もまた例外としない。そうして空になった先には、最後の封印石がメルヘンなお城の上空に出現していたのだった。
こうして、この日は後に、『魔神が一夜にして国から魔力を抜き去った日』として、恐怖と共に刻まれることとなった。
……のかどうかは、今回のゲームの開催期間中に語られることはないだろう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




