第901話 ねこのほそみち
「ということだ。『道』を作れるかいリコリス」
「《…………》」
「おや、だんまりか。どうやら聞こえていないようだ。丁度いいのでこの隙に剣を置いて行くとしよう」
「《だーっ! 待った待った! せっかちだなぁ、もぉ》」
神剣を叩きつつリコリスに呼びかけるも、返事が返ってこないようなのでこの場に置き去りにしようとするハル。
もちろん冗談なのだが、そんなハルの行動にも律儀にツッコミを返してくれるリコリスだった。やはり打てば響く。
「よし、それじゃあ早速ゲート開いて」
「《待てってぇ、待ってってばぁ。オレは移動用の便利な女じゃないんだよぉ》」
「やはりケチ神か……、がっかりだよねシャール……」
「……私に振られてもな。……神に対し私は、どうすればいいんだ?」
「《ほらぁ! 困らせちゃってるじゃないかぁ! 駄目だぞハルさん、そういう風に強要しちゃあ!》」
「ああ、すまないシャール。それはそれとしてリコリスは調子に乗るな」
「《神なのにこの扱いぃ!》」
まあ、弄っているのは半ばリコリスもそれを望んでいる節があるからなのだが、こんな時には役に立って欲しいというのはハルの本音でもある。
彼女の好きな時にだけ、好きに場をかき乱すだけならば、本当にもう邪魔な呪いの装備である。
そんな、置いて行かれる危機を感じ取ったのか、リコリスの雰囲気が真剣さを増したように感じるハルたちだ。
もっとも、実際に放置が出来るとは思わないので、あくまでポーズだけのことではあろうけど。
「《……こほんっ! さて、よく聞くんだハルさん。結論から言えば、オレが再び転移させてやることは出来ないっ!》」
「そうか。使えんヤツめ。もう帰っていいぞ」
「《そこをなんとかぁ! ほら仕方ないんだってばぁ、えっとその? 現世に干渉するには、膨大なエネルギーが必要、みたいな?》」
「なるほど。そのエネルギー、僕が用意しようか」
「《いやいやいや! 待った! ちょーっと待った! その、なんだ? そう、神の規則でっ、あまり特定個人に肩入れしちゃあいけないんだっ!》」
「ならこんな厄介な装備押し付けるなよ……」
せめて収納可能にしておいて欲しい。この呪い装備のせいで、ハルは気軽に観光も出来なくなっているのだ。
なお、『元からではないか』、という尤もな疑問は無視することとする。
とはいえ、設定を抜きにしても難しいのは確かだろう。ハルもそこまで、リコリスをあてにしてはいなかった。
これはリコリスの気まぐれさというよりも、ゲーム的なバランスだ。運営たる彼女が、あまり一人のプレイヤーの言いなりになるのもマズかろう。
……ならばやはり、こんな神剣を押し付けるなという気分にまたなってくるハルだが、それもまたバランスの問題か。
イベント進行が有利になる代わりに、著しく行動が制限されることでバランスを取る。それ故の解除不可の呪い。
「……まあ、とりあえず納得するさ。他に考えがない訳じゃないしね」
「《さっすがハルさん! 優秀なうえに話が分かるっ》」
「黙るんだリコリス。納得はしたが、理解してやった訳じゃない」
「《普通、逆だよねぇ!?》」
そんな風に剣から響く声とじゃれ合いつつも、ハルたちはひとまず場所を先ほどの部屋へと戻し、落ち着いて今後の方針を練ることにしたのであった。
*
《ローズ様の考えってなんだろ?》
《やっぱ飛空艇による全速移動?》
《それが手っ取り早いね》
《兵は機動なり!》
《詭道、な?》
《兵が神速でカッ飛ぶ》
《たっとぶ、な(笑)》
「まあ、街の上空に神速でカッ飛んで行って、そのまま飛空艇から降りずに魔力を吸収して去る。そうした手順もなかなか良いかも知れない」
「魔力は上空までありますからねー」
「そうすれば、実質ほぼ移動時間のみで計算できるわね?」
「奪った魔力をそのまま飛空艇の燃料にすれば、常時最高速度を出せますね!」
「素晴らしい考えだねアイリ」
「しかし、やはり問題があるっすハル様。その際はわたしが最適ルートをご提示しますが、それでもコスモスの国一周は移動に時間がかかります。それに、飛空艇で街の魔力圏に直で突っ込むとなると、死ぬほど反感を買うことまちがいないっす」
「あれだよね。魔力が防壁代わりって話だったから、防壁内部に強襲かけたようになっちゃうんだ」
「その通りっすユキ様」
可能は可能だろうが、最善ではない。次善ですらないかも知れない。
目的は果たせど、確実に問題になる。それに、それだけで目的が済む保証はない。その後の展開でコスモスの国と協調する必要があれば、そこで大幅なロスが生じてしまうだろう。
《やはりここは評議会とやらに連絡しては》
《その時間が惜しいって話だろ?》
《急がば回れという名ゼリフがある》
《回り過ぎて時間切れになることもあるぞ》
《許可が出るとも限らない》
《じゃあ、いっそ議会を意のままにしちゃおう》
《それこそどんだけ時間かかるんだ》
「落ち着きなって君たち。考えがあるって言ったろう」
ハルは議論に熱が入っていく視聴者たちを落ち着かせ、この場の者と合わせ皆の視線を集める。
そして会話の止まった瞬間を見繕って、膝の上に一匹の召喚獣を呼び出した。
「みー」
「やあ。お散歩の途中で急に呼び出してすまないね」
「みー?」
「うん。ちょっとのあいだ、大人しくしてるんだよ?」
「こねこさんです! 今日もとっとも、かわいらしいです!」
「それじゃあ、アイリにだっこしておいてもらおうかな」
「まぁ。わたくし、責任重大ですね!」
「後で私にも抱かせてちょうだいな、アイリちゃん?」
「もちろんです!」
可愛い子猫を、可愛い女の子たちに任せて、ハルは作戦の解説をする。
内容はシンプルなものだ。この子猫の使い魔が行う転移と思われる自由自在の出入りを、プレイヤーにまで適応させる。
リコリスの開いた転移ゲートの内部で見かけたこの子猫。つまり能力的には、同じ物を持っていると考えられるのだ。
あとは、それを召喚者であるハルが制御できる形に昇華してやれば、晴れて転移による移動が可能になるという訳だ。
《猫の秘密通路って訳か!》
《キャットウォーク》
《にゃんこはどこでも通るからな》
《まさか、現実の猫もそうして……?》
《ありえる……》
《妙なとこから顔出してくるからな……》
《納得だ》
《まさか次元の裂け目を通って来てたのか》
《ねこさんすごい》
……いや、単に猫は体が異常に柔らかく、小さな隙間も通れるというだけなのだが、そんな野暮なツッコミはするまい。皆、分かっていてやっているのだ。
「んー? できるかー、おまえー? うりうりー」
「んなー?」
「まだまだ赤ちゃんなのです! きっと言葉が、分からないのですねユキさん」
「いや、普通は大人になっても人語は分からぬとおもう……」
ただし我が家の猫は除く。猫の基準があれになっているせいで、少々感覚がおかしくなっているアイリであった。
「まあ、赤ちゃんだからかどうかはさておき、コマンドを受け付けないのは問題だ。これでも、この子の使役期間はそれなりに長い」
「確か最初期からよね? この子だけはずっと、常時召喚している」
「ルナの言う通り、こう見えて最古参だね」
「カナリア型の方は日雇い契約ですからねー」
そのカナリアタイプの出る元となったであろうカナリーが、特に感慨なさげにつぶやく。
そう、基本的に短期での帰還設定になっているハルの<召喚魔法>の中でも、この猫だけはずっと呼びっぱなしだ。
コストとしてハルのMPを常時吸い取るという破格の契約条件。それを支払い続けているのに、子猫の能力は一向に変化がない。
まあ、猫がくわえて来るアイテムの中には、たまにレアな物も混じっているのでそれで十分という見かたも出来るは出来るのだが。
「テレさんは何か知ってる? <召喚魔法>の国なんっしょ?」
「ええユリさん。一応、得意とさせていただいてますが、神獣さまのことはどうにも……」
「一般的な召喚獣の例でいいよ。変化があるのはどういう時?」
「基本的には、長く使役している場合ですが、今回は除外ですね」
同じ召喚獣をずっと使役していると、そのボーナスのように能力に変化がある場合がある。
これは、ゲーム的に言えば初期に呼び出した思い入れのある召喚獣でも戦闘に付いて行けるようにとのボーナスだ。
ミントの国でお気に入りのペット達とたわむれるプレイヤーにとっては、当然の常識であるらしい。
ただ、効率面で見れば自分のレベルアップに応じた強力な個体を呼び出す方が早く、エメは一切行っていない。
その都度、自分の呼び出せる最強のモンスターを呼び出して戦わせていた。このあたり性格が出る。
「あとは、贈り物をすると変化が起こることもままありますね」
「おお、それだテレさん。ほーらにゃんこ。ごはんだぞー」
「みー♪」
贈り物と聞いて真っ先に食事と判断したユキが、この席のお菓子を子猫に与えていく。喜んではいるようだが、当然ながら変化はない。
元より顔を合わせた時には、こうして仲間たちがごはんを上げていた。何かあるなら、とっくに変化しているだろう。
「やはりここは魔導に関わる物、なのでしょうか?」
「テレサは何か心当たりはある?」
「いえ、すみませんローズさん。言ってはみたものの、これといって……」
「まあそうだよね。僕だってない。とりあえず、手持ちのアイテムを片っ端から試してみようか」
「みー?」
何の話をしているのかと首をかしげる子猫の前に、ハルたちは次々とレアアイテムの展覧会を開始する。
希少金属に宝石、武器に防具にアクセサリー、霊薬に魔道具と、まるで王侯貴族への献上品かと錯覚するような豪華なアイテムの面々が、テーブルの上を占拠した。
それが自分に向けられているとよく理解していなさそうな子猫に、とりあえず自由に選ばせてみる。
しかし猫は、手ごろな宝石を前足で転がして、『げし♪ げし♪』、と楽しそうにボール遊びに興じるのみだった。
《王者のおもちゃだ……》
《光るボールかっこいいね♪》
《いくらだよそのおもちゃ(笑)》
《これが、貴族の飼い猫!》
《俺も飼い猫に生まれたかった》
《夢のような生活だな》
《でももっと柔らかいボールが良いと思う》
《何!? もっと高いのが欲しいだと!?》
《贅沢なねこちゃんだなー》
《言ってないから(笑)》
「高いボールか。まあ、無いこともない。非売品だから値はつけられないけどね」
ハルがアイテムを片付けながら、その『高いボール』である『賢者の石』を取り出す。その手のひらに収まる小ぶりな丸い石は、ちょうどこのコスモスの国とも関りのあるアイテム。
良い機会なので、これと<賢者>についてもここの老人達にも尋ねておくかと、その程度に考えていたハルだが、どうやら子猫は石に興味を示したようだ。
「みー? ふみゃん」
猫はハルの腕に飛びつくようによじ登ると、石を口に咥えて強奪。いたずらでもするかのように、足早に裏世界へと持ち去ってしまうのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




