第900話 魔力を集める王略して魔王
900話です! 1000話まであと100話と言うと、なんだかもの凄いような気がしてきました。とはいえ今はただ一歩一歩、この二部の完結に向けて歩いて行きます。
街中の魔力を文字通りその手の内へと掌握したハルは、部屋の窓を開けると<飛行>で外へと飛び出す。
街を一望できる高度まで上昇すると、魔力を抜いたことによってこの街に起こる変化を見逃さぬよう目を光らせた。
変化はすぐに訪れた。とはいえ、それはハルたちの望んだような封印の出現ではなく、もっと別の変化だが。
街から一斉に魔力が消えたことを不思議がった住人たちが、一斉に屋外に出てその原因を探し始める。
その目線は手中に強大な魔力を握りしめるハルへと集中し、驚愕と畏怖の瞳にてハルの姿を見上げているのだった。
「ふむ? まるで魔王でも見るような目で見てくれるじゃあないか。そういう視線はケイオスにでも向けて欲しい」
《いや魔王なんよ》
《もう<魔王>より魔王》
《飛びながら手に魔力チャージしてる》
《その魔力を発射する気なんだぁ……》
《この街、全! 滅!》
《そうでなくても困るんじゃない》
《いきなりエネルギー抜かれたからな》
《仕事が出来なくなっちゃう》
「まあ確かに、それは申し訳ない」
このコスモスの国では街に魔力が溢れているのは当たり前のことであり、それを頼りに仕事をしているだろう。
それが一気に無くなったとなれば、仕事に支障をきたすのも無理なかろうこと。ハルは抗議の声にさらされ石を投げられてしまいそうだ。
だが、待てども抗議も石も飛んでくることはなく、みな困惑した目でハルを見上げるのみである。
「おや? まあ非難されるよりは、されない方が有難いけど」
「馬鹿ね。今のあなたに面と向かって意見できる人なんて居る訳ないでしょう?」
「ああ、来たねルナ」
そんなハルに唯一意見できる存在、仲間たちが、大学の校舎のような五階建ての屋上へと登って追いかけて来た。
その後ろには、先ほどの老人たちが不安げについて来ていた。
「そ、そのぅ、ローズ殿? この状況は一体全体……」
「魔力が消えたのは、貴女様の仕業ですかな?」
「ああ。常に街に魔力があることが気になっているんだろう? なら、一回抜いてみればいいと思ってね」
「ひえええぇ……」
「神の如き発想じゃのう……」
「思ってもやれませんわい」
「こわやこわや」
「じゃあ『正規ルート』はどうなってたんだろうね」
今の、ハルのこの『魔力掌握』が運営によって正規に想定された手順だとは到底思えない。ハルが居なければ、取得者は居なかっただろう。
ならば、もし街から魔力を抜くのが正解だった場合、それに関わるイベントが起こったはずだ。それこそリコリスの武王祭のような大規模なものが。
その場合、一体どんなイベントだったのだろうか? 多少興味の沸くハルだが、今はそれを待ってはいられない。
「さて……、それ以前にこの方法が正しいのか否か。何も起こらなかったら、それこそ僕はただの迷惑かけただけだが」
「というよりもはやテロリストね?」
「ハルちゃん指名手配だ! 賞金首だ!」
「そんな無礼なことはさせないのです! このまま、支配してしまうのです!」
女の子たちが、きゃいきゃい、と好き放題に騒ぎ立てる。これからアイリスの国で改革を断行する身としては、指名手配は勘弁して欲しい。
そうならない為に、補償をなにか考えておくか、と考えたところで、空中から何か音が聞こえたような気がした。
唇に指を当てて下の彼女らに向けると、アイリを筆頭に『しー』のポーズで皆が素直に黙り込む。
そうしてハルたちが耳を済ましていると、ぺきりぺきりと、何かがひび割れるような音が響きわたるのだった。
*
上空より降下して、アイリたちと音の発生源の間に割り込むハル。その出所は、この施設の入口にあたる、広い庭の上空だった。この屋上からも一望できる。
まるで空間が割れるかのように出現してくる何かに、この場に集まった皆、そして異変を察知して屋外に出てきた者たちの視線が突き刺さっていった。
「宝石?」
「なんらかのマジックアイテムっすかね。異空間に格納されてたってことだと思うっすよハル様」
「だね。その為の魔力が尽きたんで、現世に姿を現したと」
《正解だった!》
《指名手配回避!》
《いや、まだ分からんぞ?》
《街を混乱させたことは事実だからな》
《やはりコスモスを支配下に置くしか……》
《評議会を傀儡にせよ!》
《<神王>の前にひざまずけ!》
《まじで正規ルートが気になる》
《うん。どうやって魔力抜くはずだったんだろ》
《まあまあ、今となってはどうでも良いことよ》
中心の宝石から始まって、次々とその封印されたアイテムは姿を現す。
人の頭ほどもある巨大な青い宝石を取り囲むように、金の装飾がリング状に何重にも巻き付いている。
その上下に、対称になった矢印状の装飾が付け加えられ、その見た目は巨大なペンデュラムの振り子のようだ。
だがそれは空中にて静止し、振り子を揺らすことも真下に落下することもない。
ただ異次元から姿を現したそのままの状態で、物言わず佇むのみだった。
「……なんだろうね。これで封印解除なのかい?」
「申し訳ありませぬ。我らには、なんとも言えませぬ」
「我らは伝承から、『何者かが封印されているとしたら辻褄が合う』、と導き出したのみでありましてな……」
「……使えんジジイ共だ。……あれが何なのかの見当もつかんのか?」
「そう言わないでおくれよシャルよぉ。おじいちゃん達も、これでも頑張って調べたんじゃよぉ」
「……そんなだから、万年最下位の発言力なんだ」
まあ、仕方のないことだろう。過去の厄災とやらの話については、徹底的に情報が隠されているようだ。
決して終盤になるまで辿り着けぬよう、誰に聞こうが何を調べようが分からないようにされている。
「まあ、モンスターが封印されていて急に暴れ出すよりはマシだったと思おう」
「そっちの方がマシだったのではないかしら……? 今、あなたに敵うモンスターなんて居ないでしょう?」
「それは、まあ……」
ルナの言う通り、過去の強力モンスターが封印されていたとしても、今のハルが相手では何の障害にもならないだろう。
特に、今ハルの手中には街一個分の凶悪な魔力エネルギーが渦巻いているのだ。それを投げつければ終わりそうである。
そんな『倒して終わり』なモンスターではなく、謎が残るアイテムが出現してしまった。
ハルはそのアイテムを調べるべく、<飛行>し空中のそれに触れる距離まで接近する。地味に便利である、<飛行>。
「……うん。当然のことながらアーティファクトみたいだね。破壊不可設定だ。名前は『神の封印石』、説明は『イベントアイテム』、以上」
《もっと説明してくれー!》
《頼みの綱の<解析>が……》
《イベントアイテムだと分かったから……》
《見りゃ分かるだろーがい!》
《これがまた何かを封印してるの?》
《封印された封印》
《五つ集めるの?》
《いや、七個じゃろ》
《勝利したり願いが叶ったりしろ》
《お客様の中に『神の封印石』について詳しい方は》
《爺ちゃんたちくらいしか居ないんだよなぁ》
その老人達も、出現したこれについては何の手がかりも掴んでいないようだ。
使えない、とは言うまい。それを調べるのがワールドイベントか、もしくはそれが明らかになった後に改めて封印の話が出る予定だったのだろう。
ハルは明らかに、その順序を無視している。用途不明はその弊害だろう。
「まあ、こんな方法で封印を解く奴なんて想定してないだろうからね、っと」
「お帰りハルちゃん」
ハルはひとまず空中のアイテムから離れ、仲間たちの待つ屋上へと帰還する。
そんなハルを見る視線、特に仲間たち以外のNPCからの視線が相変わらずおかしいと思って自分の姿を確認してみると、そういえば未だにハルは街中の魔力を手の中に凝縮し握ったままだった。
「それ、どーすんハルちゃん? 元に戻せる?」
「……いや、難しいね。圧縮は簡単なんだけど、解放しようとすると難しい」
「どーなるんですかー?」
「それはねカナリーちゃん。一気にやると爆発するし、少しずつやっても十分に薄まるまでは周囲の物体を削り取っていく」
「物騒ですねー」
「ほんとにね」
そんな困ったような顔をするハルに、『お前のやった事だろうが』、と正論をぶつけられるNPCは存在しなかった。
変な事を言って、この渦を巻き輝く球体をぶつけられたら確実に死ぬ。ハルはそんなことはしないが、彼らにそれは分からない。
手の中に魔力を集めて行くのはいいが、元の街全体の範囲に戻すのは難しい。
このまま『魔力掌握』の制御を解けば、いつかリメルダが自爆しようとした時のように大爆発するし、ゆっくりと大きくしようとしても、しばらくは危険物のままだ。
ハルはその魔力球を手すりに近づけて撫でるように這わせてみると、それだけで手すりは消滅していた。
結局、満場一致で『戻すのは止めてくれ!』ということになったので、ハルはそのまま魔力を握りしめるようにして、自分の物として吸収することにしたのであった。
*
「……さて、封印は真実だったけど、それゆえに今後どうするかが悩ましいね」
「んー、やっぱこのまま調べるべきだと思うんよね。だって『神の』って付いてるじゃん?」
「ああ、ユキの言う通り。神様関係だった以上、進むべき方向は正しいように思う」
「ただ、それでも道は二つあるわよね?」
「はい。あの空中のアーティファクトを調べるか、他の街でもアレを出現させるか、ですね!」
「ええ。アイリちゃんは賢いわね?」
「えへへへへ……」
その通りだ。魔力を抜けば神の遺物が現れると分かった以上、それを行うのは容易い。
他の街にも赴いて、また<支配者>によって『魔力掌握』してしまえばいいのだ。
だが、それよりもまず、謎のアイテムの詳細を探ってからの方がいいのではなかろうか? その意見もまた、真っ当なものである。
「ご老人方。貴方がたのご意見も聞いておきたい。どうするべきだと考えるか」
「……わしらには、決定を左右することは出来ませぬな」
「ただ、一つ言えるとすれば、アレを調べるとして、わしらでお役に立つことは出来ないでしょうということですじゃ」
「左様、左様。手持ちの知識、技術では力不足。確実に時間が掛かってしまうはずです」
「……やっぱり、使えんジジイどもだ」
「そう言わんでおくれよシャルぅ」
……なんとなく、誘導されているような気もする。調べるのは時間がかかるから、先に封印解除してしまえと。
そうすることがこの老人達の、神秘協会の利益に繋がるのではなかろうか?
ただ、意見に一理あるのも事実ではある。<神王>を目指すハルはあまりコスモスの国で時間はかけたくなく、じっくり調査するその時が惜しい。
そしてもう一つ、あまり時間を掛けたくない理由がハルたちにはあった。
「……やはり、先に全ての封印を出現させておくか」
「つまりー、全ての街を回って魔力を回収しに行くってことですねー」
「そういうことだねカナリー」
「わたしも、それが良いと思うっす。この作業は、時間が経てば経つほどやりにくくなります。魔力はコスモスの街の必需品、前時代でいう電気のようなもんです。一時的とはいえそれを抜かれた街は機能不全に陥る。こんな田舎なら、まだいいでしょうけどね」
ハルたちは迷惑を掛けたお詫びに、神秘協会を通じて大量の魔石を住民に優遇した。それでここでの混乱は落ち着いたが、大都市になればそうもいかないかも知れない。
当然、街の有力者は強固に反対し、ハルは作業がやりにくくなる。
まあ、反対したからといって止められるものでもないのだが、止めろと言っているところを強行すればそれこそ指名手配されかねない。
「だから、『止めろ』と言われる前にやっちまうんすよ!」
「法で禁止される前なら違法じゃないからね。マナーやモラルは最悪だけど」
「……実際テロリストや悪徳商人の思考だぞ? ……まあ、お前はそんなカスではないとは信じているが」
それは分からない。場合によっては、カスみたいな結果を引き起こしかねなかった。
この封印解除が、本当に世界の為になるかはまだ分からないからだ。
「ひとまず、アフターケアの準備だけはしておこう。まずはこの街で実験だね」
「言ってることがもう悪役なんよハルちゃん」
「『この街を実験場にしてやるぜ』、なのです!」
まるで悪のマッドサイエンティストだ。とはいえ、やることはそんなに悪いことではない。消えた魔力を補充しなおしてやるだけである。
ハルはアイテム欄から、飛空艇から抜き取ってきた『神核石・ガザニア』を取り出した。神国で使って以来、面倒でも船を降りる際は持ち歩くことを決めたハルだ。
そこに魔力を込めていくと、あふれ出るように逆流し、周囲の空間に満ちて行った。
「おお!」
「これもアーティファクトですかな!?」
「なんと神々しい輝きじゃ!」
「詳しく見せて……、あっ、冗談じゃよシャールちゃん、お爺ちゃんを睨まないで……」
「……まったく。……下手に踏み込めば老い先短い寿命が更に縮まるぞ」
神秘体験に圧倒されつつも、強かな老人達だ。とはいえ、調べさせることなど出来ないのでシャールの威嚇はありがたい。
そんな神の力を借りて多少は魔力を補充することに成功したハルだが、それでも更に問題がある。街への入場方法だ。
いかにハルの飛空艇が速いとはいえ、国中を物理的に移動するには時間がかかるし、何より目立つ。
その間に噂が広まり、いくつかの都市で迅速に禁止令が発動しないとも限らない。
よってハルたちに求められているのは、飛空艇よりも更に速い移動方法。すなわち転移なのだった。
腰のリコリスの神剣へと、ハルは目をやる。彼女が素直に協力してくれる未来は、存在するだろうか?
※誤字修正を行いました。




