第899話 街を手中に収める者
神秘協会の老人たちから聞き出せた情報は大きく二つ。一つは<賢者>に関するもの。これは、残念ながら既知の情報だ。
ハルが偶然に『賢者の石』を作り上げてしまったことで、最初のコスモスとの邂逅を果たすこととなった。
この方法はもう使えず、有益なものとは言えないだろう。
そこで興味深くなってくるのが二つ目の情報だ。それは、この国で行われている何かしらの『封印』の情報。
「……どう思う、みんな?」
ハルたちは、老人たちの一時離席するなか、与えられた情報を仲間たちと整理していくことにした。
「ありがちなんじゃない? ワールドイベントっしょこれ」
「そうですねー。私もユキさんと同意見ですー。ただー? ワールドイベントである以上、コスモスと会えるか否かは五分ですねー」
「確かにねカナちゃん。汎用イベントが混ざっちゃったら、普通の攻略が普通に終わるだけになりそ」
「ですよー?」
リコリスの国で武王祭と並行して大きく動いた国レベルのイベント。謎の遺跡群が出現し、魔力を吸って活性化している。
ハルはこの最中にリコリス神と相対することとなったが、それはイベント内容とは直接関係ない。
大量のモンスターが発生するイベントだった為、彼女の居る裏世界に繋がる空間のバグが発生しやすい条件が揃ったからこその結果だ。
「そもそも、彼らの話は信用できるんすか?」
「そうだな。……ここで嘘を語るような連中ではない、と言える程度の信用はあるが」
「……とあるお方の忠告によれば、『嘘は言ってないとしても、その目的には注意すべし。彼らのような者は狡猾である』、だってさ」
「あら? 似た者同士だから性質がよく理解できるのかしら?」
「勘弁してルナ? それ聞かれて怒られるの僕なんだから」
「ふふっ」
そのとあるお方は目ざとく反応し、『それってお母さんがおばあちゃんみたいだってことー!?』、と憤慨なされている。
ちょうど本体が傍に居るハルは、かわいく怒る彼女の猛攻にポカポカと曝されることとなってしまった。
まあ、そんなもう一人の自分の事情は置いておいて、ハルはひとまず情報は真実だという前提で話を進める。
「話はこの国の成り立ちにまで遡るみたいだね。このコスモスの街が、どうして日常的にこんなに魔力を溜めこんでおくようになったのか」
「街の景観を作るための、“ふれーばー”ではなかったのですね!」
「まあ、それもあると思うよアイリ。ただその理由付けに、それらしい設定もあった、ってだけの話さ」
「一石二鳥なのです!」
「その通りだ」
コスモスの街は魔法の国らしく、非常に濃い魔力で満ちている。これは、プレイヤーの視点で見れば国の特色を出すための雰囲気作り。
魔力は飽和し発光現象となりプレイヤーの目を楽しませ、街ではその魔力を使った研究が盛んという設定も生きてくる。
だが、確かに冷静に考えればこの国の特色、その始まりはなんだったのか?
魔法の研究がしたいから、全ての街で同時に魔力を溜めこむような施策がスタートしたというのか。それは少々、現実的ではない。
まあ、ゲームなので現実ではないのだが、このゲームそうした設定も細かく作られている。かのハチャメチャな設定のリコリスの国も、一応は筋が通っていたように。
「つまりは、リコリスとは逆の封印ってことだ。常に街中に魔力を満たすことで、街の外ではなく中で封印を行っている」
「もしくは、魔力的に逆っすね。魔力を使っての封印ではなく、魔力が無いことでの封印っす。この国では街の外の魔力が薄くなるようですから、それを利用して魔力に触れるとヤバい何かを非活性にしてるなんて可能性も考えられます」
「……その可能性は低いと思う。……薄いとはいえ、魔力ゼロではないんだ。……何かの拍子に魔力に触れて封印解除なんてこともある」
「そっすね。わたしもそう思います。可能性は低い」
ゲーム的に考えても、外はあまり有力な説ではない。範囲が広すぎるからだ。
封印が街の中なら、街を探せばいい。しかし外だと、広大なマップをしらみ潰しにせねばならない。
リコリスでは、武王祭という国全体を使ったトーナメントがあった。それがヒント、いやトリガーになったが、コスモスにはそれはない。
よって、ゲームの『文法』でいっても、封印があるとしたら街の中だと考えらえるのだ。
「……しかし、何処に? ……今のところ、ジジイの集めた民間伝承だ。……証拠がない」
「だよねーシャーるん。そんな場所があるなら、歴史上で誰か発見してるはずだ!」
ユキが頭の後ろで手を組みながら、現実的な否定をする。
地下なりなんなりに隠してあったとしても、ずっとその街で生活し、運営し、移転や増改築を行っていれば、どこかの街で封印の一つや二つ見つかっているはず。
……ここで、誰かさんから『でもお母さんの研究室はバレなかったわよ?』、という有難いご意見が飛んできたが気にしないことにする。あれだって結局、ハルたちにバレたのだ。
「……ならばやはり与太話か。……それとも、魔導士協会あたりが隠蔽しているのか」
考え込むシャールは、権力の強い評議会を疑っているようだ。
確かに、表沙汰になったとしても、強権で揉み消してしまえば歴史には残らない。それこそ月乃のように。
それでも完全に歴史に残らないなんて無理だとハルは思うが、やはりこれはゲーム。そういう完璧な陰謀もあるかも知れない。
一応エメにも確認してみたが、そうした隠しマップのような物を発見したプレイヤーはゼロだとのこと。こっちの方がハルには信頼できる情報だ。
これだけのプレイヤーが居るゲーム。街を隅々まで探索する好奇心の強い者は当然ながら一定数居る。
彼らの試行錯誤の網にも痕跡すら引っかからないとなると、ますますそんな秘密の地下室なんて物は無さそうに思える。
《うーん参った》
《やっぱお爺ちゃんの妄言なんじゃ?》
《茶飲み話と言え》
《老人は信心深いからなー》
《あれってなんでなんだろうね?》
《いま気にするとこそこ?(笑)》
《でも、民間伝承には何か理由があるよ》
《元になった原因が必ずある!》
《リコリスでそれは明らかだし》
《でも、隠し場所が分からないんじゃなあ》
《やはりデカい協会に殴り込みじゃ!》
《秘密の資料を強奪せよ!》
「まあまあ。それも手ではあるけど、もっと穏便に済む方法があるよ君たち」
「お? ハルちゃん自身が片手間に評議会入りしちゃうか」
「手っ取り早く歴史的発見をして、幹部へ昇進なのです!」
「これで実質コスモスでも貴族ね?」
「この子たちは……」
それは果たして穏便だろうか? 違うのである。なお、『無理だ』とは言わないハルだ。なんとなく、出来そうな気がしてしまう気が自分でもしている。
「学会に研究発表も、それなりに時間がかかるでしょ? そんな手間のかかることよりも、もっと楽な方法があるさ」
◇
もっと楽な方法とは何か。まるでコロンブスの卵のような、画期的な発想の転換でもあるのか。
この場の皆や視聴者が、ハルの言葉を固唾を飲んで待つ。そのひと時の間に気分をよくしつつ、ハルはその方法を高らかに発表するのであった。
「魔力を満たすことで封じているというのであれば、街から魔力を抜いてやればいい」
「…………」
「…………」
《…………》
《…………》
「……おい。正気かローズ?」
「もちろん正気だよシャール。簡単な結論だろう?」
「……いや確かに単純明快だがな」
感心しているのか呆れているのか、いつもの毒舌にキレがないシャールだ。
視聴者もまた、画期的な発想転換だとは認めつつも、『それ無理じゃね?』、といった何とも言えない疑念の漂う空気になっていた。
「出来るんですかー?」
「……可能か不可能かで言えば、可能だ。……だが現実的じゃない」
カナリーだけは冷静に、ハルの案の実現性についてを確認していく。それを、自分の国として詳しいシャールが論理的に否定していった。
「……この国の街に何故魔力が凝縮されているか、それは知っているか?」
「なんかそーゆー、アイテムとかあるんじゃない? 『魔力吸収クリスタル』ー、みたいん。それを領主が管理してるとか」
「……半分正しいぞユリ」
「アイテムまでは正解っすねユキ様。でも、管理してるのは領主のような存在じゃないっす。この国に『領主』は居ない、という話は割愛しましょっか。ともかく、アイテムは巨大な一個のものじゃないんですよ。各施設、各ご家庭、また公共設備のそこかしこに、何処でもあるんです」
「ほえ~~」
つまり、要するにだ、コスモスの国の街から魔力を無くすには、それらアイテムを端から排除していかねばならない。
研究機関の厳重な警備を破り、公共設備を粉砕し、平和なご家庭を略奪して回る。
……ハルなら可能ではあるだろうけれど、普通に犯罪だ。むしろ侵略行為だ。戦争まったなし。
「支配、なさいますか?」
「……なさらないよアイリ。きょとんとしたお顔で何を聞いてくるんだ」
確かに、攻め込んで支配なさってしまえばその国の文化に手を入れるには手っ取り早いだろう。
だが、やはりそれも侵略する手間がかかる。ハルの考えているのは、もっと更に手間のかからない方法だ。
「『魔力掌握』を使う。この街に満ちる魔力、それを一時的に支配してしまえばいい」
《おお!》
《確かに単純で大胆だ》
《……大胆すぎん?》
《ある意味侵略よりありえない発想》
《クリスタル壊して回る方がまだ現実的では》
《いったいどれだけの力があれば……》
《ローズ様なら一人でコスモスの街を作れる?》
《そういうことだな!》
「そこまでは出来ないよ。あくまで、既に集まっているから可能だってだけさ」
例えばこれがアイリスの国だったら、国土全体から魔力を集めて街に留めるというのは難しい。効果範囲の問題があるからだ。
その点、既に国全体から魔力を一か所に集めているここならば、<支配者>の力で魔力を操作できる。
魔力の多寡はプレイヤーの魔法スキルに影響しない。しかし、それは利用できないということではない。
ハルの<支配者>だけは、他者の魔法や魔力を支配して、我が物とすることが出来るのだった。
「これで、一時的に魔力の空白地帯を作り上げてしまえば、封印とやらの有無が簡単に明らかになるという訳さ」
「すごいですー!」
「……確かに凄い。いや凄すぎる。……相変わらずやることなすこと規格外だローズは」
ハルは<支配者>を発動し、急激に周囲の魔力を吸い取っていく。
飽和するほどの量であり、また周囲にはアイテムにより逆に引っ張る力も感じられるが、それでも今のハルの強大な力の敵ではない。
この街を覆う膨大な魔力は今、全てハルの手の内へと支配されようとしているのであった。




