第897話 魔法の国の舵を取る者
「よく来たなローズ。さあ、早速その剣を調べるとしようか」
「……個人的にはそうさせてあげたいのは山々なんだけど、この神剣は僕以外の者には触れられないみたいなんだ」
「……チッ。……神もケチ臭いことをする」
「そこは僕も同意だけど、ずいぶんと過激だねシャール」
少女の毒舌は、神に対しても有効のようだ。あまり信心深くはないのだろうか?
人里離れた土地にぽつりと建つシャールの家。そこに降り立ったハルたちは彼女の歓迎を受けており、シャールはすぐにハルが腰に下げた神剣に興味を示した。
この辺り、研究者気質なところハルも好感を持っている。話が合う、という奴だ。
「……じゃあ、何しに来たんだローズ? ……その神剣を、私と調べる為ではないのか?」
「それも興味深いけど、残念ながら違うよ」
「じゃあ観光か。……やめておいた方がいいぞ。今のお前が街をうろつくのは、飢えた草食獣の群れに肉食獣を放り込むに等しい」
「逆じゃなくって?」
「どうせ全員返り討ちに合うからな」
まあ、コスモスの住人が皆シャールのように神剣に反応するかについては所説あると言わざるを得ないが、ハルが安易に街にくり出さない方がいいのは事実だろう。
アイリスの上級<貴族>をしていた外交的な立場。腰に巻き付く神から与えられた外せぬ剣。そして今の<使徒>となった身分。
そんな歩くイベント発生装置となったハルが観光気分で出歩けば、街にはイベントという名の混乱が巻き起こるのは確実だ。ここは大人しくしておこう。
「コスモスの街は面白そうだからね。見て回りたい気もするけれど」
「……無秩序で使いにくいだけだ。……まあ、住む側にとってはカスみたいな街だが、見栄えがするのは確かだろうさ」
「まあ、仲間の視点を借りて楽しむ程度にしておくよ」
「……お得意の鳥を飛ばしてもいいんだぞローズ。……そして、あわよくばバレないように色々と盗み出してきてくれ。……くっくっく」
「君までスパイ鳥扱いするのはやめようね?」
《出た、スパイ鳥》
《シャールちゃん公認》
《流行の最先端を行くシャールちゃん》
《どこの流行なんだ……》
《俺らの》
《変なもん流行らせるなって怒られるぞー》
《仲間の視点って?》
《クランの方々だよ》
《コスモス国内の観光に行ってる》
《自由行動だ》
《こっちは初めてだと楽しいからな》
視聴者と共に、ハルは別行動となったクランメンバーの放送にのんびりと目を向ける。
シャールの家にぞろぞろとお邪魔しても悪いので、彼らは手近な街へと向かうこととなった。
せっかくなので、各々がコスモスでのみ受けられるクエストを探すようで、皆楽しみつつも張り切っている。
騎士であるアベル王子や、その姉ディナ、<冒険者>をしているクライス皇帝などの異世界組もこの地を楽しんでいるようで、揃ってコスモスの街にくり出しているようだ。
「空から見てもカラフルだったけど、視線を合わせるとより楽しげだね」
「……慣れれば目にうるさいだけだ。……私はお前の国のような整った街並みがいい」
《おっと?》
《これは嫁入りしたいサインか?》
《やはりロズシャル》
《ロズシャルは全てを解決する》
《……この場合『亡命』だと思うの》
《シャールちゃんも問題抱えてるみたいだしね》
《でもきっとコスモスのこと好きだと思うよ!》
《そうだね。毒舌にキレがない》
《具体的に言えば『カス』がない》
《嫌いきれないってやつか》
《やはり故郷はいいものだ》
まあ、色々と一方面からの感情で解決するものではないだろう。そうした自分の所属や立ち位置、帰属意識や帰るべき場所、その想いは複雑なものだ。
そんなシャールの住む国コスモス。その街並みを、仲間の視点を間借りしてハルも気分だけ一緒に歩いて行く。
道沿いに並ぶ家々は、その色だけではなく形までも様々で個性豊か。大きいもの小さいもの、丸いもの四角いもの。
きのこの傘のような屋根の小柄な魔法使いの家があったかと思えば、積み木のブロックを強引に積み上げたような違法建築じみた縦長の家が並ぶ。
平たいドーム状の研究室が敷地を広げていたかと思えば、天を衝くように伸びた塔がその存在を主張している。
そんなアンバランスな街並みには様々な光が溢れ、更にカラフルに視界を彩る。
おとぎ話の世界が本から飛び出たような極彩。これはまあ、日常となればシャールの言うように少々目にうるさいかも知れない。
絶えず何かの魔法装置が稼働しているのか、魔石の放つ輝きが明滅する窓。
錬金術の副産物が排出されているのか、きのこの家の煙突からは体に悪そうな原色に近い煙がもくもくと立ち昇る。
頭上にただよう、シャボン玉のようなフワフワとした大きな泡はどこから来たのだろう。
それらが、魔力の飽和した地で現れるという魔力発光の輝きに照らされ、七色の光で明滅している。
「……確かにこれは、日常生活には向かないかな。というか健康的に大丈夫、これ?」
「……どう見てもヤバい。……あんな街に住むカスどもの気が知れない」
「あ、この点はかなり本気っぽいね……」
ここの近辺の街は、特に鮮やかで『ヤバい』らしい。まあ、プレイヤーは病気になどならず、NPCもイベントがなければ体調を壊すことなどないのだが。
「……まあ、この国はそうと分かっていながら施設をあえて密集させている。……詰め込んだ方が魔力効率が良いし、リコリスなんかと比べれば人口は少ないからな」
「なるほど。そうした背景があるんだね」
魔力の設定については、結局ゲーム内の話なのでハルは詳しくは追及しない。知ったところで、異世界での魔法の時のように活用など出来ないからだ。
もしイベントにその設定が必要になったら、詳しく探っていけばいい。
結局は、そうした背景は後付けで、この七色に輝くカラフルな童話の街を作りたかったという目的が先にあるのだろうから。
《……エメ。念のため聞いておくけど、このカラフルな光が例の色彩暗号になっている、なんてことはないよね?》
《んー、まあ、それはなさそうっすねえ。わたしが神界に仕込んだものも、月乃様が使用しているものについても、こんなゆるい輝きでは強度不足っす。ただ、ゆるゆるであったとしても精神に影響は与えるでしょう。『目に毒』なのは変わりません》
《気持ち悪くなって倒れる人が出ないように願うばかりだよ……》
暗号とは関係ないが、特定の発光パターンを脳に叩き込むことで人体に悪影響を与えることが出来るのは明らかになっている。
ある種の脳のバグをついた攻撃であり、人為的にそれを発生させることは法的にも禁じられている。ハルも初期に魔法でそれをやろうとして、カナリーに止められた。実は珍しい例。
「……おい、いつまで別の場所に目をやってる、ローズ。……今はこの家に居るんだ、こちらを見ろ」
「ああ、すまないねシャール。つい珍しくて。確かに君に礼を欠いていた」
「……ふん。……いいんだけどな」
そんな、シャールから見れば虚空に目を泳がせてばかりいたハル。家にお邪魔しておいて、これは失礼だったろう。
ハルは反省し彼女と向き合い、この不思議な国に来た本来の目的に戻っていくのであった。
◇
「……で、何しに来たんだ? ……やはり剣の解析するか?」
「まあ、神剣も無関係とは言い切れないね。今回は、この国の神様であるコスモス本人に用事があって来たんだ」
「……ふむ。……思ったより大層な話だった」
「急に悪いね」
ハルは神国の『降臨の間』について、そしてそこでコスモスだけは呼び出せなかったことについてをシャールに説明していく。
コスモスの国へと来たのは、どうにかしてそのシャールと直接会う方法を探るためであるのだ。
「……こちらこそ悪いが、知らん。……見当もつかない。……そもそも知っていれば、必ずそれを目指す者が出ているだろう」
「研究者の国だもんね」
まあ、これはどの国においても同じこと。神の降臨方法など伝承にすらなく、直接対話する為の仕組みなど持ってはいなかった。
ハルは隠し職のイベントを通じて偶然彼女らと出会い、そしてそれこそが『正規ルート』であるように感じている。
「……だが待て。……お前は既に、コスモス様とお会いしていたのではなかったか? ……例の賢者の石とやらの関係で」
「うん。でも、その際には加護とやらを貰えなかったらしくてね。だからもう一度会いたいんだけど」
「……お眼鏡に適わなかったということでは? ……詰みでは?」
「僕もそんな気はしてる……」
「一度お会いできただけでも奇跡なんだ。……もう一度、というのは」
そもそも、ハルがコスモスの加護を求めるのは<神王>に成るには全ての神の加護が必要なため。ゲーム攻略には、必ずしも必要ないのかも知れない。
極論、誰か一人を呼び出せれば、過去に封印したとかいう厄災の情報は引き出せるだろう。『勇者パーティ』のうち、誰か一人が気に入られていればそれでいいのだ。
「ねっ、ねっ、シャーるんさ」
「ユリだったか? どうした」
「この国の王様なんかは、何か知ってたりしないの? 王家秘伝のどーこーで」
ここで、ハルとシャールの話を大人しく見守っていた仲間たちの中から、ユキが身を乗り出してきた。
確かに、シャールもこの国の有力者ではあるが、最高権力者ではない。もっと上の立場の者なら、知っている機密もありそうだった。
「……知らんな。……そもそも、この国に王は居ない。お前たちの国とは違ってな」
「そーなん? テレさん知ってる?」
「ええ、知っていますよユリさん。コスモスの国は評議会による合議で方針を決定しています。その権力は対等であり、王のような明確なトップは存在しません」
「……対等など口だけだ。……実際はカスのような格差が見え見えだ」
ユキの質問に、最近ではすっかりお馴染みとなったミントの国の議員テレサが答えてくれる。
外交官としての立場上、誰よりもそうした他国の事情に詳しいだろう。
そんなテレサの語るのは、アイリスなど『光側』の国とコスモスなど『闇側』の違い。
コスモスはアイリスの<王>のように一人の頂点を持たず、有力者の集まる会議で国の舵取りをしていると教えてくれた。
「そんなわけで形としては、私の所属するミントの議会に近いですね」
「……明確に違うと思うがな。……お前の所は、その議会の王とも言えるトップが存在するだろう」
「ええ。それはまあ……」
そうした一人のトップが居ないのか、いわゆる『闇側』の政治。
カゲツは大商人の集まりが、ガザニアは技術者組合の集まりが、そしてここコスモスは魔法使いによる『協会』という集まりが国を左右する。
ちなみに、ハルは今そのカゲツの天上人。トップグループの一員でもあった。
「……そいつらしか知らない秘密というのは、確かにあるだろう。……しかし、望み薄だぞ?」
「でも、可能性はあるのではなくて? ねえ、テレサ?」
「えっ、何故私ですか、ボタンさん?」
「憶えているでしょう? 貴女からの贈り物。ああした物が、この国にもあるかも知れないわ?」
「……なんだ? 興味深い話だな」
「!! しーっ! しーっ! ですよボタンさん!」
ルナがテレサをいじめつつ語るのは、かつて彼女に用意してもらった小箱の話だ。
ハルが<精霊魔法>を得る際に使用した、ミントの国秘蔵のアイテム。あれを使うことでハルは、ミント本人と接触できたのだ。
「……? ……まあ、言いたいことは分かった。……連中に渡りをつけるのは可能だ。……ただ、その際に私も、お前に一つ頼んで良いか、ローズ?」
「ああ、もちろんだよ。手伝うって約束したからね」
どうやら、シャールもその協会に因縁を抱えているらしい。リコリスでガルマから聞いた話がこれなのだろう。
そんなイベントルートが合流する気配を感じつつ、ハルはこの国の貴族ともいえる者達との接触に臨んでいくのであった。
※誤字修正を行いました。




