第895話 神王への道
降臨したアイリスにより、願いを聞き届けられたハル。その結果アイリスの国は、彼女の任命でこれ以上新たに貴族が追加され混乱することはなくなった。
しかし、それで現行の問題全てが解決した訳ではなく、ここから先はハルの腕の見せ場のようだ。
「それで、その<神王>とやらはどこまでやっていいの?」
「全権を委任しました。私の力の及ぶ範囲なら、いかようにもどうぞ」
《つってもコンソールの問題で、完全にお兄ちゃんと私が同じことを出来る訳じゃねーけどなー。そこは、身振り手振りで頑張ってもらうしか》
《なぜ急に僕は言語を失った……》
まあ、さすがにハルも『運営コマンドを使わせろ』とは言わない。そこは言葉と書面で、そして身振り手振りと力を交えて交渉することにしよう。
「さて、それでは<神王>の付与を」
「ちょっとまったアイリス!」
「……どうしましたリコリス。貴女もこの方に加護を与えた身、まさか邪魔はいたしませんよね」
「そりゃ、当然。特にオレは、ハルさんに負けてるからね。手下さ手下。邪魔なんてとんでもない……っ」
《うわ胡散臭せー。お兄ちゃん気をつけろよ? 神がこうやって従順なフリしてっ時は、何か企んでる時って相場が決まってるかんな!》
《ふふふっ、とんでもないっ!》
《まあ、それは常々警戒してるよ。コイツが出てきた時から》
《オレの信頼度っ!?》
更に言うならば、ハルは当のアイリスの事も警戒している。
彼女は月乃との対決の際、ハルの味方として月乃陣営の手札を暴く為に表れてくれた。
それは月乃にとっては予期せぬ一撃となりハルの利となったが、アイリスの登場を予期していなかったのはハルもまた同じ。
今回もそうだ。ハルの望みがとんとん拍子で進行してはいるが、未だアイリスの望みが完全に判明した訳ではない。
そこは誤魔化されず、最後はきちんと彼女とも向き合う心もちのハルだった。
「……では、どうしたと言うのですリコリス」
アイリスが面倒くさそうに、『さっさと本題を話せ』とばかりに話を急かす。
彼女は『延長』すれば更なる課金を得られる身だが、それ以上に畏まったこの姿でこのまま過ごすのが耐えられないようだ。
「まあまあ。そう急かすなってアイリス。いいじゃないか、こうしていれば延長料金が稼げるんだし」
「さっさとしろリコリス。剣をここに置き去りにするぞ」
「オレの味方が居ないっ!?」
そうして寸劇で場を和ませた後、リコリスは一つ咳払いしてその問題とやらを切り出した。
その内容は、単純ながら確かに問題であるようだ。
「ここでハルさんに<神王>を与える気のようだが、それは不可能だアイリス」
「……ああ、そうでした。面倒なことです」
アイリスはその肢体を気だるげに投げ出すと、本当に面倒そうにため息をつく。
幼女状態の時にやるとだらしないだけのポーズも、この大人の姿でやると色気を強調するというのだから面白い。
「どういうことリコリス?」
「簡単なことだ。『神』なんて名前に入るちょー強そうな<役割>、オレたち六人全員の許可が要る!」
「なるほど……」
「現状、コスモスの許可が出ない。ここは、あいつを引っ張って来なきゃ話が進まないって訳さっ!」
「まあ、『試練の一つでも課されるかも』とは思ってたところだ。それは別に、いいんだけどね」
「聞き訳がいいね!」
現状、唯一ハルが加護を得られていない、つまり直接対話が出来ない神コスモス。
彼女との対話、そしてその目的の詳細を知ることも、このゲーム中にて避けて通れない道だ。それが同時にこなせるというなら、一石二鳥。
これは実はコスモス側の問題というよりは、その手段を用意してくれると語ったリコリスからのプレゼントなのかも知れない。
「それならそれで問題ありません。あくまで<神王>は例。そんな肩書など無くとも既に全権は与えてあります」
「でもでもぉ! カッコつかないじゃないかぁ!」
「いや別に、僕は<公爵>のままでもいいけど……」
「……まあ確かに、<王>に勝る権力を振るう者が<王>の下位者ではまた混乱しますね。いいでしょう」
アイリスが立ち上がり、祭壇の中から出てくると、ハルを目の前にして屈みこむ。
そうして抱き寄せるようにして額に口づけすると、その部分が眩い輝きを発した。彼女から祝福を受けたという、儀式のポーズだろう。
「これで、貴女は私の<使徒>となりました。存分にその力をお振るいなさい」
「あらら、こりゃまた」
これはまた懐かしい称号だ。異世界を舞台にしたゲームにおいては誰もが『神の使徒』であり、その役割に準じて冒険をしていたが、ここではかなり大層な立場であるらしい。
そんな任命の儀を終えたアイリスは、『仕事は終わった』とでも言うように足早に去り消えて行った。
ひとまず、彼女には感謝をしておくとしよう。貰ったこの力を使い、ついにアイリスの改革が断行可能となったハルなのだった。
*
「さてっ! 王宮への中継も閉じるぞハルさん。これでっ、オレのお仕事も終了という訳だ! いやー、いい仕事したなぁオレっ!」
「ちょ、おい待てリコリス!!」
「ん? どしたんだいハルさん? もうアイリスの降臨も終わったし、アッチに見せるモンないだろ?」
「帰り道だよ! あのモニター代わりになってた空間の歪み! あれが転移ゲートだろうに……」
「おおっと、しまった」
この神国内にある『降臨の間』へは、通常ルートではなくリコリスによる直接転移にて移動してきている。
それを閉じてしまっては、再びあの場へと戻ることが適わなくなるのだ。
「《コイツぜってーわざとだぜお姉ちゃん。直接転移を封じることで、お姉ちゃんの次の行動を誘導しようって思ってんのよさ》」
「はっはっは、嫌だなーアイリス。こうして君が気兼ねなくハルさんとお話できるように、速やかに閉じただけだって」
「《ぐぬぬぬぬ、んなにおぅ、こいつ!》」
ここでハルがアイリス王城へ直帰するのを防げば、自然、ハルの行動は飛空艇を使っての移動に限定される。
そうすれば、そこでまた選択肢が出現するという訳だ。
飛空艇でそのままアイリスに帰るか、それともせっかくなので、コスモスまで足を延ばし<神王>の座を得る為コスモスの加護を得るか。
「いや、そんな悩むことなんてなく、リコリスがもう一度空間に穴を開けてくれれば……」
「ハルお姉さま! そのリコリス様がいらっしゃいません、いつの間にか!!」
「……逃げたか」
「《いやー、神があんまり現世に留まるのは良くないからね! 目的が済んだら、速やかに退散しなくっちゃ!》」
「都合の良いときだけマトモっぽいことを……」
どうやら再び転移ゲートを作ってくれることはないようで、彼女はふと目を離した隙にこの場から退去してしまったようだ。
強制的にそれを止める手段の無いハルは、そのリコリスの奔放さを受け入れるより他ない。
まあ、行きを送ってくれただけ有難い。それに、今のハルたちには飛空艇があり、その最高速はいとも簡単に再びアイリスへと舞い戻ることを可能にするだろう。
「とりあえず、戻ろうかアイリ。はい、また神核石を持って行ってね」
「はい! わたくし、大事に持って帰るのです!」
その飛空艇から核となる魔石を運んできてくれたアイリ。後ろで大人しく待機してくれていた彼女と、ハルは飛空艇へと戻ることにした。
石と剣を台座から引き離すと、舞台上の魔法陣の輝きは消えて降臨の間は静寂を取り戻す。
「何だかまた、このマップには世話になる気がするね」
「次は、メインシナリオの進行時でしょうか!」
「そうだねアイリ。権利を持っているのが僕だけである以上、その時は僕が来るしかなさそうだ」
《ある意味楽で良いのでは?》
《うんうん》
《六人パーティの意見を統一する必要がない》
《非常にスムーズ》
《世界はお姉さまのご機嫌を窺え!》
《なんという暴君!》
《まさに<神王>……》
《ローズ様、ここまで読んで……》
《ただの<王>程度眼中に無かったのですね!》
「いや別に、たまたまだから……」
出来れば王様は遠慮したいのは以前語った通り。しかし、必要とあらば仕方ない。覚悟を決めるハルである。
もしくは、ハルを王に据えんとする月乃の意思がそこまで強かったことの表れだろうか?
「ともかくまずは、みんなとその事について相談しよう。アイリ。飛空艇までの案内をお願いね」
「おまかせください! わたくし、きちんと順路を憶えているのです」
巨大な魔石を抱えた自信満々のアイリに癒されつつ、ハルはその隣へと並んで歩く。
降臨の間を出たハルたちは、屋上へと強引に乗り付けた黄金の船へ向かい、この六花の塔をずんずん昇る。
神器を二つも見せびらかして、降臨の間から出てきたハルたち。そしてハルに付与された<使徒>に気付いているのか知らないが、この地で修行する神官たちは一様に恐れおののき、道の脇に寄りハルたちを拝んでいった。
プレイヤーがハルたちに接触しようと近寄れば、彼らによって強引に押さえつけられるのが少々不憫である。
ハルはついに、プレイヤーとも自由に交流できなくなってしまったようだ。
そんなハルが飛空艇へと辿り着き、仲間たちと集合し一息つくと、ようやく今後についての話し合いが持てる空気が戻って来た。
「……はあ。息が詰まった。歩きながら雑談、って空気じゃなかったね」
「王宮の廊下以上の静けさでしたね! わたくしも、緊張してしまうくらいでした!」
王族のアイリが言うのだから相当だ。必死に祈りを捧げる神官の前を、雑談しつつ通り過ぎるような雰囲気ではなかった。
どうやら、ここ神国においてもハルはこうなってしまうようだ。歓声が耳に痛いのと、どちらがマシか。
「《私の気持ちがお姉ちゃんにも分かっただろー? 私もこー見えて大変なんよ……》」
「アイリスのはだいぶ自業自得な気がするけどね」
「そうね? 容姿を訂正する機会なんて、いくらでもあったでしょうに?」
「まあ、アイリスのことは今はいいや。だよねルナ」
「そうね? これからどうするか、早く決めなくっちゃいけないわ?」
「《ぐぬぬぬぬ……》」
集合した仲間たちと、今後の方針について話し合う。
ハルたちには、進むべき道が大きく二つ存在した。一つはこのままアイリスへと舞い戻る改革への道。
そしてもう一つがコスモスへと向かい<神王>となる道。
「私は<神王>となるべきだと思うわ?」
「そりゃまたどうして、ルナちゃ? また時間かかっちゃうかも知んないよ?」
「いいのよユキ。むしろ、時間は置くべきだと思うわ?」
「そうですね。このまま改革を断行すれば、貴族たちは混乱し、大きな反発も招くでしょう。ならばあえて準備をさせ、冷静にさせる時間を与えるのも一つの手です」
組織運営に詳しいルナとアイリが冷静な意見を出してくれる。確かに、このまま脇目もふらず舞い戻れば、急すぎる展開に国は混乱しそうだ。
対処に困った貴族たちは既得権益を守る為に『とりあえず』反発し、争いが起こるかも知れない。
「まあー、このまま準備期間を与えず一気に改革しちゃうのも良いとは思いますけどねー。兵は神速を貴ぶって奴ですー」
「カナリーの言うことも一理あるっすね。どうせ、元々はそのままアイリス内をかき回す予定だったんです。それが、強制的にワンテンポ置かれただけのこと。なにより、リコリスの思惑通りに行っているようで少し癪でもありますよ!」
「エメの言う通りですねー。今のとこ、全てリコリスの奴の誘導どーりですよー?」
「そこも気になる」
カナリーとエメの懸念も尤もだ。味方をしてくれているとはいえ、リコリスの行動もどうも怪しい。
ハルに敗北はしているが、現状それすらも彼女の計画のうちと見られる部分がある。
そんな狂言回しであるリコリス。信用していいものか?
「だからこそよ? 罠であるというなら、飛び込まなければその全容は見えないままだわ? あなたはこれまで、そうして来たでしょうハル?」
「……少々買いかぶりすぎではあるけどね」
それを抜きにしても、コスモスの目的を知るということもハルの重要な目的の一つ。そのお膳立てをしてくれたという意味では、リコリスの行動は有難くもあった。
「どーすん? 私は、よく分からんからお任せだ。ハルちゃんの直感で決めていいと思う!」
「ちなみにユキの直感は?」
「コスモス行き! 政治の席では私は出番ないから!」
「あはは。じゃあ、コスモス行こうか」
とはいえ、完全にアイリス側を放置する訳ではない。やれることは、今からどんどんやっておかねば<神王>になった時に間に合わない。
ハルは生放送の休憩と、クランメンバーの行動決定の暇を作る傍ら、自身はアイリスより与えられた『全権』の内容を確認し、いつもの使い魔を通じた現地への介入をこの場から行っていくのであった。
※ルビの追加を行いました。




