第894話 王の上に立つ者
「だっはっはっはっは!!」
「……リコリス、なにか可笑しいですか?」
「これが笑わずにいられるかっ! なんだアイリス、その姿は?」
降臨したアイリスは普段の幼く元気な姿ではなく、大人びた落ち着いた女性として現れた。
共通点といえばその『光属性』を表す美しい金髪くらいで、他はもはや別人だ。リコリスが笑い転げるのも無理のない話。
まあ、動機は理解できる。今この状況をアイリスの国の者たちが見ているからだ。
彼女は国に建つ神像では、今のような姿で描かれている。アイリス曰く、かつて啓示を与えた際に、『高身長でおっぱいでけー美女』として想像されてしまったとのこと。
そこを弄りたくはあるが、ハルとしても今の姿の方が都合がいいので弄るのは止しておこう。
「君、なんだかメニュー画像と違わない?」
「神の姿は、時と場合、そして見る者によって変わります。よくあることですわ」
「似合わないねアイリス。その姿じゃ、君の方がお姉ちゃんじゃないか」
……やはり弄るのを我慢できなかったハルである。こんな機会、そうそうあるものではないのだ。
「……あ、甘えてくださっても構わないのですよ。我が信徒ハル」
「え? いいの? じゃあ次から必要<信仰>力50%オフでよろしく」
《うるせーーー!! ビタ一文負けるかぁー! おらっ、さっさと本題に入るんだよお兄ちゃん! 時間切れになんぞ!》
「おっと。リコリス。時間制限があるの、この降臨って?」
「ああ、もちろんさハルさん。無限にここで駄弁られても迷惑だしね。設定上は、神をこの場に留めておくのに多大なエネルギーが掛かることになってる」
《自由だなこの運営の人(笑)》
《でも『時間いくら』って言い換えると……》
《更にいかがわしさが(笑)》
《まー無限に質問されても困るのは分かる》
《そのままゲームクリアだもんな》
《しかしアイリスちゃん、似合わん(笑)》
《今までで一番神っぽいけどな》
《神々しい》
《だからこそ似合わない》
《中身は幼女だからなー》
《首からぶら下げた社員証が無いのがあかんかもな》
《『神』って書いてぶらさげようぜ》
良いかも知れない。一気に間抜けさが増してアイリスらしくなる。
そんな視聴者と、それを見て笑うハルにアイリスはご立腹のようで、その美しい顔を不機嫌に歪めて催促してきた。
「用件がないなら本当に帰りますよ? 私の降臨は、そんなに安い物と思われても困ります」
「まあまあ。悪かったよアイリス。ほら、追加の課金」
「うほーーっ! 本日もご贔屓いただき、誠にありがとうございまぁすっ! ……はっ!」
「そこは変えられないんだね……」
体に染みついた本能のようである。そんな相変わらず残念なアイリス。その容姿についてはとりあえず置いておくとして、ハルは彼女を呼び出した本題へと入って行くことにしたのだった。
◇
「さて、延長を受け付けたとはいえ、お早めに話を進めることをお勧めしますわ、信徒ハル」
「延長とか言うな」
降臨時間を延長するには現金を追加するシステムのようである。生々しい。いや、生臭い神様だ。
とはいえ、あまりグズグズしているとまた『追加料金』を要求されるのも事実。
日本でハルの本体の隣に座ってこの放送を見ている月乃には、『お小遣いを綺麗なお姉さんに貢いでいる』とハルの方が弄られている。アイリスを弄っている場合ではない。
「……では単刀直入に言おうアイリス。アイリスの国の政治体制、これに手を加えてくれ」
「アイリスの国はすこぶる平和で、民も幸福に過ごしています。改革が必要ですか?」
「自分で言うのもなんだけど、それは僕が居たからだね。僕抜きで進んでいたら、もう少し大変なことになってたよ」
「それは確かに」
《言っちゃうんだ》
《そしてアイリス様も認めちゃうんだ》
《事実だしなー》
《領主は絵に描いたような悪徳貴族だし》
《そのせいで税金は足りないし》
《王都は襲撃されるし》
《神官は政治に疎いし》
《あのままだと民は圧政に苦しんでたね》
《今みたいに平和じゃなかったんじゃない?》
《それは事実だよなー》
《プレイヤー的には、荒れてた方が仕事あるけどね》
国が荒れれば、<冒険者>を始めとした仕事が増える。悪徳貴族が暗躍すれば、それもイベントとして解決させて盛り上げられるだろう。
アイリスが政治の歪みを放置していたのは、そうした理由もあることだろう。
「では、何故ハルは私の誘いに乗り<王>となることを断ったのです?」
「あ、それ言っちゃうんだ」
「言っちゃいます。<王>になれば、その政治体制とやらも自由に手を加えられたではないですか」
《これで、私は『仕事しました』アピールが出来るんよ! 言わねーわけねーだろー?》
《姑息な神様め。知らないうちに<王>が変わってたかも知れないと唐突に知らされた現王の気持ちとか考えろアイリス》
《知らぬ知らぬわー! そもそも正式な現<王>はあそこに居ないから良いんよ! 問題ないんよさ》
……そこも問題なのだが。年端もいかぬライン少年に<王>位を引き継がせたせいで、正式な<王>でない者が国政を担っている。この歪みを生んだのもアイリスだ。
「その、貴女の任命で全てが決まる体制に納得がいかなかったからだよ。それに、僕が<王>になったとて、その部分は変わることはないし」
「そうですね。私も、そこまでの権限は与えていません。せいぜい、不正を行っていた者を全員追放するくらいでしょうか」
「そのくらいだね」
今ごろ、謁見の間はざわついているだろう。現地のミナミがその様子を撮影してほくそ笑んでいる様子が目に浮かぶ。
そうした強行政治を行って、しかもその際の反発を抑え込める強い<王>が居れば、確かに少しはマシになる。
しかし、相変わらず貴族の任命はアイリスによる不可侵の権限。それがある以上、アイリスの国には歪みが残ったままとなるのだ。
「そこで僕からお願いする。アイリス、今後君は国政への干渉を止めるか、または君が直接国の舵取りをして欲しい」
「後者は嫌ですね。神からそこまでの干渉をすることは禁じられていますし、何より面倒です」
「面倒って言うな。じゃあ前者だね」
アイリスの無責任な発言はともかくとして、後者が無理なのはまあ分からないでもない。
神がその強権で直接政治に介入してしまうと、プレイヤーの出番がなくなるからだ。
このゲームはあくまでプレイヤーが主役。彼らのロールプレイこそが本分だ。
それは場合によっては、現体制を打倒し下剋上するような物語にもなるかも知れない。
その際にトップが明確に神そのものだった場合、神を倒さねば国を倒すことが出来ないのである。それは少々厳しい。
「いやいやいや待て待て待て、待ってくれハルさん! アイリスに会わせるとは言ったが、そのお願いはさすがに難しいぞ?」
「そうなのリコリス?」
「そりゃそーだろっ。言うなれば、ゲームシステムの一部変更を求めているようなもの。神を呼び出しただけで叶うはずが、」
「いいでしょう。今後は貴族の任命を止めることにします」
「って! いいのかーいっ!!」
「流石だリコリス。君は優秀なツッコミ担当になると思っていたよ」
「嬉しくないかなぁ、その期待はさぁ!」
リコリスの予想に反し、ハルの提案はあっさりと通ったようだ。しかし、これはハルにとっても予想外の展開ではあった。
ハルとしても想定していたのはリコリスと同じような反応。絶対に無理だとは思っていなかったが、また試練の一つでも課されることは覚悟していた。
それがあっさりと了承されたのは、正直に言えば『拍子抜け』といった気分は否めないハルだ。
「『神の子』などと呼ばれるほどの優秀な信徒の願い。叶えてあげることに何の問題がありましょうか」
「……ハルさん、こいつにいくら貢いだんだい?」
「貢いだ言うなリコリス……」
《いやー、愛されてるよねー。私はお兄ちゃんにさー。さすがに優勝賞金以上の額を貰ったんじゃ、お願いの一つや二つ聞いちゃうんよねー私も!》
《ああ、なるほど! 天国の門に現ナマ突っ込んだんだろハル様!》
《……あれには参ったね。確かにそう考えると、この程度当然にも見えてくる》
手持ちのアイテム資金、全てを捨てろとクリア条件に要求してきた『天国の門』。それを踏み倒す為に課金で強引に解決したことが、ここで生きてきたようだ。
莫大な賞金額が設定されたこのゲーム。その優勝賞金をゆうに上回る額の課金は、あらゆる願いを叶えることを可能としていた。世の中金である。
「では、その願いは即座に聞き入れましょう。私も楽でいいですし。今後私が、アイリス貴族を任命することはありません」
「ちょこちょこ地を出して来るんじゃあないアイリス。まあ、仕事が早いのはいいことだ」
「しかし、これで終わりではないでしょう? これではただ、既得権益を守らんと不正を行う者を助長するだけ」
「そうだね。だからその後の新体制についても、安定するまでアイリスにやって欲しいんだけど?」
「お断りします。私は面倒が嫌いと言いましたよね。だからそんな大変そうなことも嫌いです」
「この神……」
「それに、それはハルの願いでしょう? 後はご自分でおやりなさい」
まあ、それはごもっともだ。ゲーム的にも、『神様にお願いして全部解決』、では何の面白みも盛り上がりもない。
放送を盛り上げる為にも、言い出しっぺの責任としても、ここはハル自身で動かなくてはならないのは道理かも知れなかった。
《んでもどーすんのお兄ちゃん? いわゆる『真の貴族』が廃止されるなら、お兄ちゃんもその力を失うぜ?》
《そうだな、それでは悪徳貴族が好き放題するだけだ! いやここはいっそ、リコリスのように力で全てを解決する国にしたらどうだろうかっ!》
《なるほど、そうすりゃお兄ちゃんが自動的にトップだな! ってんな案通るかぁー! ここはやっぱ、納めた金額が多い奴がトップだわさ》
《ただの賄賂政治じゃないか……》
今のアイリス、実務の面を回しているのは神官貴族、『真の貴族』だ。しかし彼らは実直すぎて政治に向かず、代々続く貴族にやり込められている。
そんな彼らが神の後ろ盾を失えば、そうしたずる賢い者がのさばるのは必至。
そうならない為にも、ただの廃止ではなく新たなシステムを組み上げなくてはならない。
そしてそれが、月乃に対する回答にもなる。ここでハルがどのような体制を目指すかが、同様に日本でも起こりつつある問題にどう対処するかを示すことにもなるだろう。
適当な対応は出来ない。しかし一方で、入れ込み過ぎるのもまたよくない。
ここで月乃の誘導に乗ったまま動くことは、今後も彼女の思うがままに操られることを意味するのだから。
「私から全権を与えましょう。貴女の好きにおやりなさい」
「いっそハルさんの<役割>も変えようぜーアイリス! <王>以上の権限を持つんだ、<公爵>のままじゃしまりが悪いっ!」
「そうですね。<神王>とでも名乗りますかハル?」
「また『王』なの……?」
どうあがいても、ハルを王様の座から逃がさないようである。これも月乃の深慮遠謀の一部なのか。それともアイリスの嫌がらせなのか。
なんにせよ、ハルは王を超える権力を使いアイリスの国の歪みを自分の手で正して行かねばならないようだ。
計画通りといえば計画通りなのだが、一方で『月乃の計画通り』でもあるようでなんだか素直に喜べないハル。
とはいえ、ここで止める訳にはいかない。<神王>に成ろうが何になろうが、きっちりと目的は達成する。
そして、その立場があれば、神様たちの目的を探るという本来のハルの仕事も円滑に進むだろう。この『降臨の間』も、これからも有効活用していきたい。
そんな前向きな気持ちで無理矢理に誤魔化して、ハルはアイリスの提案を受け入れるのであった。
※誤字修正を行いました。「前者」→「後者」。このミスでちょっとよく分からない事になっていましたね。申し訳ありません。誤字報告ありがとうございます。




