第892話 降臨の間
謁見の間の床から生えるように咲いた花の剣。その花弁の装飾の中から生まれるように、この花の名を持つリコリスがこの場に現れた。
謁見の間は異様などよめきに包まれて、誰もかれもが一歩二歩とその身を後退させる。
国王の眼前にて整列を崩すなどありえない事であるが、この事態の前には仕方のないことだろう。
最高の警備体制の中でもそれを物ともせずに出現した闖入者、というだけでも脅威なのに、その相手がまさかの神である。
逃げ出さなかっただけでも、彼らを褒めてやるべきだ。
そんな大混乱の中でも、ただ一人動じぬ者が居た。最も近い位置でその降臨を見守っていた、ハルである。
「リコ! リス! 降! 臨! ……あいだぁっ!」
「……何やってるんだリコリス。人様の国に突然現れて。というかどうやって来た」
直立する剣の上に器用に立つようにして決めポーズを取るリコリスの自慢げな顔が頭にきたので、つい手が、いや足が出てしまったハルだ。
リコリスの立つ神剣を蹴り飛ばし、彼女の支えとなる足場を崩して飛ばす。
お世辞にもバランスの良いポーズを取っていたとは言えない彼女は、そのままバランスを崩し足元の絨毯へと衝突した。
相変わらず残念な戦神だ。セレステなら難なく着地している。
花の形態を解除され、カラカラと転がる神剣はそのままハルの方へと飛んできて、元通りその腰に収まり蔓を巻き付けて固定した。
「本当に呪いの装備だね。こんなことする為の神剣なら突き返すよ?」
「痛ったたたぁ。なにすんだよぉ! せっかくオレが困ってそうだからって来てやったのにぃ」
「うるさい。自分の影響度考えろ。あと国を考えろ」
「ハルさんこそ! そんな影響力あるオレにそんな口の利き方していいのかよぉ!」
「いいんだよ。格付け済んでるし」
ハルがリコリスを倒したことは、その際にハルに力を貸してくれたアイリスの国民の中では周知の事実だ。
ついでに調子に乗りそうなので、今さらへりくだることはしたくないハルだった。
幸いと言うべきか、周囲のアイリス王や貴族達からはハルを諌める言葉は飛んでこない。
というよりも、言葉そのものが発せなくなっているようだ。
他国のものとはいえ神そのものの降臨。それを前にして、発言の許可なく言葉を発する度胸のある者は、この世界には居はしない。
発言は手を上げて、許しを得てからだ。勝手に口を開けば、『許可なく発言しないように』、と裁判長に注意されるだけでは済まないだろう。
「まあいいや。何しに来たのリコリス?」
そんな周囲の状況をいいことに、ハルは雑にリコリスへと問いかける。
我に返った貴族達から、彼女に平伏し始めている。その様は、なんだかハルが平伏されているようだ。
「何って、そりゃあ言った通りだぞ? 君の願い、このオレが叶えてやろう……っ!」
「……この剣、願えば叶う便利な剣だったの? 三回まで?」
「いいや? オレが気が向いた時に出て来れるように取り付けたマーカー……、あいたぁ!」
「そんな事だろうと思った」
暇なのだろうか、神様は? ハルからすれば迷惑でしかないが、今回は利害が一致するので良しとしよう。だがとりあえず叩いてはおく。
王様に聞いたところで、知らないものはどうしようもない。そこで手詰まりになるよりは、リコリスであっても幾分かマシだろう。
「それで、アイリス、様……、にお会いすることは出来るのかいリコリス?」
「あっははは! 『アイリス様』だって! 似っ合わないなぁ。……コホン! その通り。オレが、会わせてあげようじゃあないかっ!」
「だけど、陛下のご様子だとこの国にはそうした設備はないようだけど」
「もともとこの国の施設をアテにしてる訳じゃあないんだ。問題ない。オレには動かせないしね」
じゃあどうやって、とハルが疑問を呈すその前に、リコリスは再び不敵な笑みを浮かべるとハルの腰の剣に手を掛ける。
勝手に引き抜く無礼に抗議の視線をハルは送るが、まるでリコリスは気にすることなくその剣を高く上段に構えるのだった。
「ついてきなよハルさんっ! その為の儀式場まで、案内しようっ!」
◇
リコリスが神剣を空を裂くようにその場で振るうと、空間そのものが切り裂かれるようにばっくりと割れた。
恐らくは裏世界、神界に繋がっているだろう通路が開き、その中へとついて来いと彼女は態度で示していた。
「ささ、ずずいっと入ってくれよなっ!」
「……相変わらず唐突な」
この空間の裂け目に飛び込めば、その場所とやらに連れて行ってくれるらしい。
有難いは有難いのだが、少々急展開が過ぎるのは困るハルだった。なにせ、今は一応謁見の途中である。
「リコリス。僕は陛下との謁見の途中なんだけど?」
「ん? いいじゃないかそんなもの。なぁ?」
「……!! はっ、ははぁ! 勿論です!」
「だってさ?」
「威圧して言質引き出すなよ……」
別に、正直なところ彼らの許可を気にしているハルではない。申し訳ない話だが。
ただ、問題になるのがハルの計画だ。ハルは公式の場にて、アイリスを降臨させての邂逅を望んだ。
それが、別空間に転移しての対面となると、また非公式の扱いになってしまいかねない。
そうするとまた、ただ会うだけになり何の意味もなくなる可能性が出てくるのだ。そうなれば無駄足だ。
「ん? ああっ、そういえばコイツらに見える形じゃなければダメだったっけ? よし! それじゃあこの場に実況モニターを残して行こう」
またハルに難癖をつけられる前にと思ったのか、リコリスが先手を打ってくる。
空間の裂け目を再び神剣で何度か叩くと、裂け目は球状の歪みへと形を変える。
その空間の歪みはこの場と異なる景色を映し出し、まるで超巨大な水晶玉が映像を映しているように輝いていた。
そこにはすぐ隣のハルの姿が上映されており、まるで視聴者が見る生放送そのもの。それを、NPCにも見えるように調整したのがこれのようだった。
「これでよし!」
「いや良くないが。謁見の間なのだが?」
「気にすんなよぉ。ここ使うプレイヤーなんかハルさん以外に居ないって。……なぁ?」
「ははぁっ! 問題ありません!」
「だから威圧するなと……」
まあ、とはいえだ、これで条件は整ったのもまた事実。王には引き続き迷惑を掛けることになるが、これで『公式の場で』という要件も満たせるだろう。
「……では、陛下。申し訳ないのですが少々離席させていただきます。恩賞の件に関しては、この騒ぎを起こしたことを帳消しにしていただければ」
「……はっ、どうか、お気を付けて」
「何で敬語になってるんですか……」
まあ、神と対等な態度を取っているのだから仕方ない気もする。ハルがこの危険な『モンスター』とまたじゃれ合いはじめたら、王城は崩壊、生き残れるのはハルだけだ。
また彼の胃を痛めてしまったことに心の中で謝罪しつつ、ハルはリコリスの作り出した空間の歪みへと飛び込んで行くのだった。
*
歪みの先は、やはりと言うべきかいつもの神界。天には紋章の星座が輝き、地には光の通路が続く。
そんな道を進んだ先が目的地のようだ。そう遠くない位置に、また空間の裂け目が見える。
「みー」
「おや? 僕の子猫じゃないか」
「みー」
「お前の遊び場かい? それともここが猫の隠れ道?」
「なーん」
「ああ、アイテムはいいよ。突然邪魔したね」
そんなハルの足元に、突然使い魔の子猫が駆け寄ってきた。
この猫はハルが<召喚魔法>で契約している召喚獣で、どこからともなくアイテムを拾って来てくれる可愛い奴だ。
その神出鬼没ぶりは不思議だったが、どうやらこの猫も裏世界を経由して移動していたらしい。
そんな新たな秘密を知りつつ、ハルも道の先の出口へ向かう。恐らくは壁も扉も距離も無視して、別の場所へと転移するのだろう。
神の力を借りたとはいえ、このゲーム初の個人<転移>。その事実にわくわくしつつ、ハルは輝く空間の裂け目をくぐって行った。
「さあ! 到着だハルさん! ここが神との謁見の間、いいや? 『降臨の間』とでも言おうじゃないかっ!」
そうして転移した先は、城の広間よりも少し薄暗い窓の無い部屋。
部屋の中央にはなにやら大きな魔法陣のような物が描かれた舞台があり、その周囲には六つの台座が存在する。
その材質は、アイリスの王城にあったような石の台座ではなく、部屋そのものも石造りではない。
まるで大理石、いや象牙かのようにつるりと白いこの素材。この世界ではあまりない近未来的な照り返しは、何処かで見た覚えがあったハルである。
「……ここ、もしかして中央神国?」
「そうだぞ? 言ってなかったか?」
「当たり前のように言ってないけど……」
まあ、最早リコリスのそういうところは気にしても仕方ない。
どうやら転移した先は、かつてハルが特使として訪れた六つの国々のどれにも属さない中央の国。各国の調停を行う為の中立地帯、『神国』であるようだった。
その神国の更に中心地に建てられた、白く輝く六本の巨大な塔。『六花の塔』の内部、その何処かであると推測される。
「しかし、神国まで一瞬か。やっぱり凄いね、転移は」
「ふっふーん。褒めろ褒めろぉ! もっとオレを褒めていいぞハルさん!」
「はいはい凄い凄い。それで、六花の塔のどの部分? 台座が六つってことは、共通エリアなんだろうけど」
「それな。名推理。地上の花びらあっただろ? あの真ん中。その地下にあたる部分かな」
「へえ。頂上かと思った」
この塔は各国それぞれの自治エリアが、六方向から集まるようにして出来ている。
居住区になっている花弁を模したドーム状の構造物が六つ合わさり、内部には街や店が広がっている。
ハルは最初期に訪れて以来だが、この神国を目指し、この地で活動するプレイヤーもそれなりの数存在するようだ。
彼らは<神官>の<役割>を得てロールプレイし、神に仕える者として修行をする。
今のところ目立った成果を得た者は居ないようだが、その唯一無二のプレイスタイルはやはり魅力であるようで、なかなか人気もあるようだ。
「エメ。この部屋について説明」
「《らじゃっす! そのお部屋は、『降臨の間』と呼ばれる謎空間っす! その呼び名から神を呼び出す為の施設だともっぱらの噂ではあるんすけど、プレイヤーの方々はまだ誰も使い方を理解していません!》」
「なるほど。イベントフラグ不足か、キーアイテム不足か」
「《そう思われます!》」
そんな<神官>系プレイヤーの放送をエメに検索させ、その中からこの部屋についての情報を引き出してもらう。
彼らも一応この部屋自体には到達しているようで、部屋の情報自体は知ることが出来た。
しかし、情報はそこまで。彼らは誰もこの部屋の使い方までは辿り着いていないようだった。
「でも連れて来たってことは、僕にならこの部屋を使えるんだよね?」
「もっちろん! ハルさんはその『資格』を得た! 他でもない、このオレを下したことでなっ!」
「えっ? 神を倒すことが条件なの? 因果が逆じゃない?」
神に会う為には、神を倒していなければならない。なんと無意味な条件だろうか。もう会っている。
いや、恐らくリコリスの言っているのは、彼女を倒した際に入手し(てしまっ)た腰の神剣のことだろう。
必要なのは倒す倒さないではなく、何らかの方法でこうした神のアイテムを手に入れることだろうとハルは考える。
「……じゃあ、神剣がキーだとすると、ここかな?」
ハルは六つの台座のうち、彼岸花の絵が刻まれた物を見つけ出しそこに神剣をかざす。
どうやら正解だったようで、台座は輝きを放ち、そのエネルギーが魔法陣を満たしていった。
「これでいいのか」
「もちろんさっ!」
「…………何も起こらないようだけど?」
「もちろんさっ! ああっ! 待ってぶたないで! 説明するからっ!」
神剣を配置したはいいが、魔法陣は沈黙を保ったまま。一向に何も起こる気配がない。
どうやらリコリスが語るには、六つの台座全てにエネルギーを供給しなければならないようだ。
「ここで生きてくるのが、いわゆる『隠し職』だねっ! 隠し職、もしくは隠しスキルを得た人達が六人揃うことでも、装置は起動するのだ!」
「……なるほど。それが、『勇者パーティー』」
合点がいったハルだ。『六人が揃う』ことがなにかと重要度高く語られていた過去の勇者パーティーの伝説。
その理由の一端が、この部屋の起動にあるのだろう。六人がこの場に揃うことで、神を降臨させられる。
そして、ハルはたった一人だけで、既にその条件を満たしているのであった。
「<二重魔法>、<精霊魔法>、<飛行>、<天国の門>」
各種『隠しスキル』が反応し、台座が輝く。無駄なコンプリート精神かと悩んでいたが、ここにきて、どうやら役に立ったようなのだった。




