第891話 恩賞の使い道
「……以上が、こたびの事件の顛末となります。依然、後ろで糸を引いていたファリア元伯爵は健在ですが、彼の財産の大半は僕の手に渡りました。再び事を起こすには、しばし時を要するでしょう」
「うむ。大儀であった」
そうしてハルはアイリス王の前で、紫水晶に関わる事件のあらましを語ってゆく。
ガザニアの地下空洞でリメルダを捕縛したことに始まり、カゲツの塔にて伯爵と対面したこと、そして暗躍するソロモンとの決戦。そして伯爵の有する天上階を譲り受けたこと。
それらを簡単に、この場の皆に解説していく。なお、その後のカゲツ本人との対面や、リコリス行きについては簡単に済ますことにした。
それらの報告について、この場に列席した貴族達から様々な意見が噴出する。
「これで一安心なのでは?」
「しかし、まだその組織とやらは健在なのでしょう?」
「そうだ! まだまだ脅威は残っているぞ!」
「しかしローズ様の仰るように、しばらくは派手に動けますまい」
「甘いですよ。大きく動けぬ今こそ、影も残さず消し去らねば」
「どうやってですかな? 言うだけなら容易い」
「我が国も此度の騒動で大きく疲弊しました」
「街は今まさに活気十分ではないか」
「水面下では財政は火の車と分かりませんか」
「その通り。資金も人手も、その活気を絶やさぬことに使うべき」
「ローズ<公爵>が接収したというファリアの資産を使えばよかろう」
「左様。カゲツの一等地だ。相当に溜めこんでいただろう」
「貴公らは! そうしてまたローズ様の財産を!」
「恥を知れと言っているだろう!」
「わ、私は王国貴族の責務を語ったまでのことで……」
「そうだ。貴族であるなら、国に尽くして当然」
「ならば貴公らも、率先して己が財産を供するか?」
「くっ……」
なんともまあ、綺麗に左右で二分された素敵な討論会である。
片や清廉潔白なれど、少々狂信的すぎるきらいのある神官貴族。
片や現実主義ではあれど、少々欲の皮がつっぱりすぎのきらいがある家系貴族。
両者の意見は交わることはなく、常日頃からこのような対立が続いていると思われる。
一応、異なる立場での意見がぶつかる健全な政治だと語ることも出来る。どちらか片方の極端な意見が素通りするよりは、まだマシだろう。
しかし、毎度これでは気も滅入ろうというもの。
彼らの意見を取りまとめる立場である目の前の王様には、少々同情するハルだ。両者に板挟みにされて、身動きが取れないでいるようにも見える。
そんな王が助けを求めるように、ハルに向けて口を開いた。騒がしかった謁見の間も、彼の言葉は遮らないようだ。一気に静まり返る。
「……ローズ<公爵>。どうなのだ? 本当にその組織とやらは、もう動けぬのだろうか」
「それは、今の段階では『分かりません』としか。彼らは各国に根を張り、その姿を決して悟らせません」
「根絶やしにするのは、難しいのか?」
「ことは我が国だけの問題ではありませんから。世界全てに彼らの手は及んでいると考えるべきでしょう」
「国際問題、であるか……」
「ええ。既にミントの国のテレサ外務長官や、リコリスの新<武王>ソフィー陛下と協調し事に当たってはいますが」
いわゆる『光側の友好国』だ。カゲツ、ガザニア、コスモスは、ここアイリスとは多少相性が悪い。
一応カゲツには大きな影響力を得るに至ったハルではあるが、あそこは個人主義の極みのような国。国として協調するとなれば、それだけの利益をチラつかせなければならない。
「ファリア元伯爵だけでも追い込めぬか?」
「申し訳ありませんが……」
ハルはファリア伯爵と交わした<契約書>について王に説明していく。
ソロモンの持つスキル<契約書>によって、ハルは彼への『攻撃禁止』の制限を負っている。これによりハルは、伯爵に対し直接手出しができなくなっていた。
「彼より重要情報を引き出すためには、仕方なく」
というのは建前で、本当の目的は<契約書>の効果の実験である。堂々と放送に乗せて秘密の会話を行えるかを、彼を実験台にして大胆に確かめていた。
なお、これを言い訳に三度国外遠征に駆り出されないため、という目論見も、もちろん企んでいたハルであった。
「心苦しいのですが、僕が直接ファリア伯爵を追うことはもはや適わず……」
いけしゃあしゃあとハルは語る。本音を言えば、『そろそろ追跡クエストは面倒くさい』であった。
「うむ。問題なかろうて。そろそろ我らが動かねば」
「左様。ローズ様ばかりに働かせられますまい」
「何が問題ないものか、こんな身勝手な!」
「そうだ! 無責任ではないか!」
「責任感の欠片もない者がよく吠えますな」
「貴公はそれだけの責任を果たされたのか?」
「……しかし確かに。潜伏先が他国となると」
「リコリスに丸投げしてしまった方がいいか?」
「それでも、また我が国が標的になれば!」
「貴公は何か勘違いしておいでのようだが」
「ええ。そもそも此度の事件は、カドモス元公爵が原因」
「重要なのはまた唆される者が出ないこと」
「責任転嫁はよくありませんな」
「ぬっ……」
結局、そこに終着する。この国に危機を招いたのは、この国の貴族その物。その事実があるので、結局は神官貴族優勢で話は進む。
これで、謎の組織が直接この国を攻めたというのであればまだ分かりやすいのだが、彼らはカドモス公爵を焚きつけただけ。
そうした背景があるので、話し合いはどうしても『今後は十分に注意しましょう』といった程度で有耶無耶になってしまうのだった。
◇
「……なんにせよ、多大な功績には違いない。王都襲撃の際の活躍、そしてその後の事後対応。ローズ<公爵>には、しかるべき恩賞を出さねばなるまい」
「いえ。既にこうして<公爵>にまで取り立てていただきました。これ以上の褒美など、不要にございます」
まあ、貰えるなら貰いたいのが本音のハルだが、この国にこれ以上ハルへと出せる何かがあるのか、はなはだ疑問なところがある。
既に<役割>は<貴族>の最高位。国民からの人気も正直なところ現王以上。資産も国と張り合えるレベル。
地位も、名誉も、金もある。そんなハルに、見合った報酬など出せるだろうか。残るは<王>の座くらいだが、それも既にアイリス本人に断った。
「しかし、そうは言ってもな……」
言いつつ王も、果たしてハルに何をくれてやれば喜ぶのか測りかねているようだ。
さて、ここからが勝負となる。この『恩賞』をどう使うかが、ハルの計画の重要な部分だ。
ハルはこの国の歪に過ぎる気持ちの悪い政治をどうにかしたいと思い準備をしていた。
武力や財力を見せつけ、大立ち回りして自身の脅威を演出したのも、またそれにより国民の人気を得たのも、この為だ。
……少々ハルにも予定外の人気の出かたではあったが。おおむね予定通り。
「陛下、その通り。褒美などとんでもありませんぞ」
「そう逆に、ここは王城の屋根に土をつけた事、王国の土地を好き放題にしていること、その責任を追及しなければ!」
「そうです! 現に<公爵>領であるクリスタの街は、」
「……口を閉じよ」
このハルの不在の期間に、準備を重ねたのは貴族連中も同じのようであるが、それも今のハルの前ではなんの逆風にもなっていなかった。
彼らは必死の反撃を試みるも、王の低く重い一喝によって閉口を余儀なくされる。
一応、それなりに筋の通った理屈を用意してきたようだが、ハルの大きすぎる功績の前にはそれを語らせてもらう事すら出来なかった。
残念だ。一応、そこを突っ込まれることもまた、ハルの計画の一部だったのだが。
好き放題にすることで、『この国にはこんな問題がありますよー』、と制度の穴を浮き彫りにしていたハルである。
心を鬼にして好き放題にしていたのである。決して、楽しくなってついやり過ぎちゃったのではないのである。
「なんなりと、申してみるがよい。もっとも、貴公にとって満足のいく褒美が出せるかは分からぬが」
「そうですね……」
当初の計画であれば、ここで<王>位の継承までの話も顔を出させつつ、この国を改革することの交渉を進めていく予定であった。
しかし、その<王>は予定外に前倒しされたイベントで、先に断ってしまったハルである。もう、その手は使えない。
ならば、代わりに何をテーブルに乗せるのかが問題になってくる。
そしてそれは、今も視界の端にて真っ赤に主張する彼岸花からも分かるように、『神』こそが相応しいだろう。
政治の捻じれの元凶である神そのものに、改革を要求する。もはや、王の頭を飛び越えてそうするのが手っ取り早かった。
「では、恐れながら。主神アイリス様との対面、そのお許しを、いただきたく思います」
◇
アイリスとの対面と直談判。その権利を正式に国から貰いたい。それが、ハルの求めた『褒美』の使い道だった。
彼女の意思を問う巨大な天秤や<王>の試練など、神に働きかける遺跡が眠るこの王城。中には、アイリス本体の降臨装置などもあるのではないかとハルは踏んだのだ。
リコリスの国中に散らばった遺跡の正体を<武王>しかしらないように、アイリス王家にも一子相伝の秘密のイベントがあるのではないかという推測だ。
そしてそれは<王>の誘いを蹴った今、現王に頼むしかハルに確認の術はない。
「ア、アイリス様と!?」
「《おめー何言ってんだお姉ちゃん? 私らもう、こうしてフツーに話せるじゃん》」
「……黙ってなアイリス。間違っても、彼らに声を聞かせるなよ」
《確かに話せるな(笑)》
《公式な席で、ってことだろう》
《今や『社長室』は公式じゃないと?》
《まあ、一応……》
《あれは裏イベだから……》
《表ルートもあるのかなぁ》
《リコリス様を見て、ある方に賭けたんだな!》
《確かに、これから何かありそうだもんね》
《アイリスでも、同様にデカいイベがあると!》
《それを先取りする気か!》
《流石はお姉さま、発想のスケールが大きい》
そう、重要なのはNPCも分かる場で、公式に。そういった条件が付くことだ。
アイリスとはかなりの初期から、裏では既に繋がっていた。最近は隠しスキルも貰い、視聴者にも公開されるレベルで彼女との会話も出来るようになった。
しかし、NPCにも理解できるレベルとなるとまだリコリスとの接触のみになっているのが現状だ。
あれをアイリスとも行い、国民にも理解できる形で彼女に直談判する。
その為の手がかりを掴むことが、ハルの考える今回の報酬の使い方だった。要は金や地位の代わりに情報を求めたのだ。これなら国の懐も痛まない。
「な、なるほど……、とはいえ……」
ここで王は口ごもり、例の裁判長を務めた公爵NPCを傍に呼び出せる。
小声でなにごとかを確認し合うと、二人は困った顔で首を振っているようだ。これは、『心当たりはあるが条件が足りない』サインだろうか。当たりかも知れない。
「ローズ様。“あの場所”では、アイリス様とは?」
「ん? ……あー。そうだね。“僕の目的は果たせなかった”」
公爵の彼が言うのは、<王>の試練の際の話だ。あの装置ならば、と王は考えたのだろうが、既にハルが挑戦済みだと聞かされて首をかしげていたのだろう。
雲行きが怪しくなった。<王>の試練しか心当たりが無いのならば、彼らからは情報が取れないことになる。
なおも頭を悩ませるポーズの王と、それを不安を込めて見つめるハルの前で、そのタイミングを待っていたかのように傍らに咲く神剣の花が赤く輝きを放つのだった。
「ならばその願い! このオレが叶えてやろうじゃあないかっ!」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




