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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第4章 マゼンタ編

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第89話 遠隔操作型

 その日は結局、そのまま一度帰る事になった。

 アイリにハル達の世界を案内しようかとも思ったが、このゲームのプレイヤーと偶然顔を合わさないとも限らない、ということでまたの機会となった。

 石を投げればユーザーに当たる、ような大人気ゲームではないが、ハルとアイリはユーザー間では有名だ。二人で並んでいれば特に目を引いてしまうだろう。


 最大の目的である帰還は果たし、今後は自由に行き来できるようになった。

 残る問題は学園だけ。その学園も、もうじきまた休日になる。今週は休んで、その間に何か対策を立てれば良いだろう。


「カナリーに頼んで、ハルだけ送って貰えばいいのではなくて?」

「寂しいですー……」

「大丈夫だよアイリ。……と言うのもなんか変だけど、それは出来ないんだってさ」

「そうなのね?」

「カナリーちゃん自身は向こうには自由に繋げないから、僕自身が転移するしかなくて、僕ではそこまで詳細な設定を選べない」


 ハル達はすでにゲーム内に、アイリの世界に帰って来ている。

 アルベルトの協力で、こちらからでもネットに接続できるようになったので、残る作業はこちらでやれば良い。

 少し迷ったが、ナノマシンも連れて帰って来た。ハルの体内に居る分は、そのまま転移で持ってきてしまう。念のため、ハルの体からは出ないように設定しておく。

 それによって、ハルの肉体も従来通りのパフォーマンスを発揮する事が可能になった。ナノマシン増食用の携帯食も同時に持ち込んで、<魔力化>からのコピーで大量生産が可能だ。

 在庫無限は気分が良い。増殖万歳。


「このおやつ、意外と癖になりますね。『美味しい!』、とはならないのに、不思議です」

「そだね。僕らの世界の凄い人たちが、飽きないように必死で頭を悩ませてくれたものだから」

「アイリちゃん、向こうのエーテルが合わなければすぐハルに言いなさいね?」

「はい! 今のところ大丈夫です!」


 アイリもハルと同じく、携帯食をもくもくしている。スティックをかじる姿はまさに小動物。かわいい。

 メイドさんの美味しい食事に慣れ親しんだ彼女だが、意外にもこれを気に入ったようだ。

 劇的な美味しさは無いこのスティックだが、ゲーム内ショップで買えるデータ食の味気なさとはまた種類が違う。最新技術と、製作者の努力の結晶だ。


 それにより、アイリの体内にもナノマシンが増殖してしまうが、ここまでくれば一蓮托生いちれんたくしょうだ。問題が出ればハルが対処すれば良いだろう。今アイリの体内にある物も全てハルの制御下にある。

 ハルと繋がった存在として、そこもハルと同じが良いと彼女は望んだ。


 ちなみにアイリは『おやつ』と呼んでいるが、味の種類は多岐に渡り、食事のような味も多く販売されていた。





「ところでユキはどうしたんだろう。出かけちゃったのかな」

「そのようね。連絡は?」

「した。了解の返事はあったけど、それだけだね」

「きっと戦っているのですね!」

「そうだろうね」


 早めに切り上げて帰ってきた理由のひとつに、ユキの存在がある。メイドさんもだ。

 目の前でアイリが消えてしまったのだ、早めに帰って来られる事を見せて安心させてやりたかった。

 ただ、メイドさんにとっては、アイリがハルと共に行くのは既に織り込み済みだったようで、動揺は少なかったとのこと。アイリが事前に言ってあったらしい。そういえばアイリは転移直前に『行ってきます!』と言っていた。

 常識に囚われ、想定外だったのはハルだけであったようだ。


 そのメイドさんによると、ユキも、ハルが行ってすぐに何処かへと出かけたようだ。

 ユキの事だから、恐らくまた何処かへ戦いに行っているのだろうとは思うが、少しだけ気になる。

 ああ見えてユキはとても律儀だ。ハル達に何かあった時などは、自分の事を置いて付き合ってくれる。

 何か、彼女も思うところがあったのだろうか。帰ってきたら、少し気にしてみるとしよう。


「ハルはどうするのかしら? 新婚生活に戻る?」

「そうだね……」


 ちらりとアイリを見る。一つ考え付いた事があるが、アイリがゆっくり過ごしたいというなら、急ぐことはないだろう。

 そんなハルの考えを察したのか、彼女は屈託無く頷いた。


「先に、問題を片付けてしまいましょう! その後存分に、えと、いちゃいちゃします!」

「そうだね、ありがとうアイリ」

「ハルには何か考えがあって?」

「まあ向こうの世界の事だ、またアルベルトに相談すれば良いだろう」

「便利ね。アルベルト」


 確かに便利だ。というよりも、ハルの上位互換なのではないだろうか。なんとなくそう感じてしまうハルである。

 多数の分身を操り、しかもそれぞれが違う性格を演じている。

 二つの世界に同時に存在しているのも同じだ。


「あれだけの並列処理を常時こなすのは、流石に真似できないよね」

「AIと張り合ってどうするのよ……」


 そんなアルベルトならば、今回の問題も解決可能だろう。

 三人はカナリーと共に、再び神界へと転移していった。





 ここのところ何度も足を運び、慣れ親しんだ神殿の一室。カナリーにとっては特に、勝手知ったる自分の家だ。陽気にお茶の用意をしている。

 いや、正確に言えばお茶の用意をさせようとしている。ティーセットを広げているだけだった。アルベルトにやらせるつもりなのだろう。

 自分は続いてお菓子の準備に取り掛かっていた。


「旦那様、奥様方。ようこそおいで下さいました。すぐにお茶の準備を致しましょう」

「奥様……、いい響きですぅ……」

「私も既に妻のうちなのかしら?」

「アルベルトのくせに分かってますねー」

「あ、カナリーは別ですよ当然。お茶も自分で淹れてください」


 カナリーがぷんすかしている。アルベルトはそれを華麗にスルー。神同士、気安い関係のようだ。結局お茶も用意してもらっている。


「ハル様、無事にリアルへのご帰還は果たせましたでしょうか」

「おかげ様でね」

「それは重畳ちょうじょうにございます。お役に立てたようで何より」

「小林さんは大丈夫だった?」

「ええ、あそこのセキュリティは万全でございますから」

「それ以前に誰も来ませんしねー」

「ですね」

「そもそも、来てもらう事を想定している場所では無いのでなくて? オフィスを持つ意味はあるのかしら」


 神々の自虐にルナが少々苦言を入れる。あの時は無駄に疲れた。ハルとしても同意見である。

 それについてだが、実はあの場所に居を構える事になった経緯はハル達、特にルナが原因であったとの事だった。今明かされる驚愕の事実。


 元々、このゲームにルナが目を付けた理由が、運営会社に実態が無いためであった。

 ルナによってそこに探りを入れられていた事を知った神々は、カバー用に店舗を設置する事を決める。だが、あまり人に来られても困る。そうして選ばれたのがあの場所だったという事のようだ。

 小林さんの体も急遽作り出したらしい。割と無理をさせてしまったようで、少々申し訳ない気持ちが沸いてくる。

 ただ、普段は人形のように設置しているだけで、ほとんど負担にはなっていないとの事。


「そう……、元は私のせいだったのね? それならばまあ、我慢しましょう。しかし、因果な話だこと」

「そのおかげで、小林がアルベルトであるとハル様に伝わり、こうしてお仕えするに至りました。とても良い因果であったと感じております」

「素敵なお話ですー……」

「僕に仕えてるって設定、やっぱ続いてるんだね……」


 旦那様とか奥様とか言い出した時点で察してはいた。

 ただし、男性体なのでお屋敷には入れてもらえない。少し可哀そうなアルベルトであった。


「その小林さんの事で聞きたいんだけど、僕もあっちに同じような体って用意出来そう?」

「ええ、可能でしょう。あの小林のボディは既製品の組み合わせです。正規ルートで注文したものですので」

「顔は私が作ったんですよー?」

「器用だねカナリーちゃん」

「えっへん」


 まあつまりは、アルベルトを経由する事もなく、自分で注文すれば事は済むという訳だ。

 一般的に流通している物ではないのでお高い上に、所持に何らかの許可が要る事が予想はされるが、ハルならば購入は可能だろう。

 怪しいペーパーカンパニーの、ここの運営にも買えたのだ。


「しかしハルさんー」

「どうしたのカナリーちゃん」

「ハルさんならそんな事しなくても、リアルで分身を出して、それで登校すれば良いのではないですかー?」

「……なるほど、アリだね。気づかなかったよ」

「無いわよ、ハル……」

「あれ、ダメ? 冴えた案だと思ったんだけど」

「魔力のハルさんは、見た目が違ってしまいますもの!」


 言われてみればそうである。精細なグラフィックでプレイヤーキャラクターを作成可能なこのゲームではあるが、そこに問題が無い訳ではない。

 きれい過ぎるのだ。ゲームなのだから綺麗な自分で冒険したのは当たり前、ゲーム中は問題は出ない。だが、やはりリアルな体と並べてみれば違和感がある。


「リアルで他人と混じれば、違和感は消せますまい。ハル様も義体で登校する際は、薄くでもメイクをされる事をお勧めします」

「小林さんもお化粧してたね、そういえば」

「はい。女性体ですので、濃くしても違和感はありません。完全に地肌は隠しました」

「分身にお化粧をするのは、どうなのでしょうか?」

「それも無理そうだよアイリ。あの体は汚れない、つまり化粧も乗らないだろうね」

「なるほど……」


 だが、向こうの世界で分身を出すというのは盲点だった。せっかくなので何か活用したい。

 何せ、遠隔操作のロボットボディでは制限が多い。

 形だけは似せられても、日常生活を送るにあたって他人に変に思われる事は多々あるだろう。

 特に、食べ物が食べられないのが痛い。食事は校内で必ず毎日、人前でハルが行っていた物だ。急に食べなくなったら違和感を与えてしまうだろう。


「それでも、女装して女子校に潜入するあのゲームよりは難易度マシだろうけど」

「あれは無駄に凝っていたものね? ……ハルも来期から女子クラスに編入するのはどうかしら? 付き合うわよ?」

「それでルナがヒロインの一人になるんだね。サポート係の」

「ええ」


 そういうゲームの話である。

 潜入した主人公の正体を知っているクラスメイトで、主人公の女装がバレないように色々とサポートしてくれる女の子キャラの事だ。


 仮にハルが女子校に通うとすれば、今は取れる選択肢が多くなっている。話に出たゲームよりは容易になるだろう。

 まず分身の見た目をキャラエディットで女性に変える。表面の違和感はマスクでも被ろう。この時代、顔全体を覆うような薄い素材をナノマシンで肌の質感にする事など容易だ。

 次に遠隔操作型のロボットも女性型を用意すればいい。体重が気になる所だが、人工の筋繊維も今は軽くて強力な素材がありそうだ。小林さんのように電気式を使ってもいい。

 そして女性特有の色々なルールをさりげなく教えてサポートしてくれる役がルナだ。行動によっては絆が深まり、彼女と結ばれる事もある。そういう話だ。余談であった。


「……分身の顔にマスク被せればいいんじゃん」

「どういう思考の経緯でそうなったのかしら……」


 簡単な事をまた見落としていた。くだらない妄想の中でそれに気づく。

 分身の表面の違和感は、ナノマシンで保護して消せばいい。汚れが着かないとはいえ、全周囲からぴったりと圧着すれば問題ない。服を着るようなものだ。


「マスクとはどういう物なのですか?」

「アイリの今着てる服あるでしょ。これのもっと薄いのを顔に被せる感じだよ」

「ぴったりくっつくのですね!」


 アイリのイメージしやすいように布に例えたが、実際は使うのはペースト状の素材だ。

 どちらかと言えば、建築に使う材料のそれに近い。

 確か施術痕などを目立たなく隠す用途で、医療用に使われていたはずだった。


 更にイメージとして分かりやすいように、アイリの着ている服の一部の色を弄って、彼女の肌を写し出したような柄にする。

 服は着たままなのに、そこだけまるで服が無いかのように変わった自分のドレスを、興味深そうに眺めるアイリだった。


「相変わらず器用ね、ハルは。この一瞬で」

「流石はハル様です。私も感服致しました」

「ごめんねアルベルト、結局は邪魔しちゃっただけで」

「いえいえ、いつでもお越しくださいね。それに義体の操作は手間です。やらずに済んだなら、それに越した事はありません」

「ハルさん私ー、私も褒めてくださいー」

「そうだね、カナリーちゃんの意見が役に立ったよ」


 ハルに甘えるカナリーを、アルベルトが呆れたように見ていた。


 どうしてもまだ、その世界の事はその世界の技術で、といった先入観があるハル達だ。

 今後は、こうした二つの世界の技術の融合も積極的に考えて行った方がいいだろう。


「これを使えばアイリも向こうの観光が出来るかもね」

「変装するのですね!」


 主に変装するのはハルになるだろう。ハルとセットだから目を引くのだ。

 アイリも髪色や目を黒くするだけで、今とはまるで違った印象になるだろう。

 一気に広がった今後の展望に、ハル達は胸を躍らせるのだった。

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