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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部終章 コスモス編

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第885話 抗えぬ現代の神

 神の定義、ここで言うのは異世界の神々のことではなく、絶対の支配者として君臨する概念のこと、その定義にハルは持論がある。

 それは魔法のような超常の力を使うことでもなく、世を牛耳ぎゅうじる権力を持っていることでもなく、ただ絶対の不可侵であることだ。


 こちらからの干渉を決して受け付けない聖域としての存在。その定義が成るならば、その者は神足り得るだろうとかつてカナリーたちと語ったハル。

 そういう意味では、月乃の言うこともあながち間違ってはいまい。むしろまとを射ている。


釈迦しゃかに説法にはなるけれど、エーテルネットは『総体』よ? それを統括する基幹きかんプログラムもまた、主体的に何処かに存在する訳ではないわ?」

「そうですね。例えば政府の建物に、ネット管理用プログラムを詰めたエーテルのかたまりが保管されている訳ではない。あくまで全ての人間が、共同で管理しているものです」


 言わばエーテルネットの『OS』、管理用プログラムは普遍的ふへんてきに存在する。

 エーテルネットを使う全ての人間それぞれが、無意識で管理している物になる。


 それはあたかも『信仰』するかの如く。誰もがその詳細な姿を知らないが、誰もが心の中にその存在を認識している。

 これは現代の『神』と言っても、差支えあるまい。


「いつだったか、そんな妄想もしたことがありますね。『神』という概念が共同体を運営する為の規範であるならば、エーテルネットは神その物であり、そのルールは教義そのものだ」

「そうよハル君! 今の人々は皆、神の代わりにエーテルネットにお願いするの。『エーテル様エーテル様、お助け下さい』って」

「発想まで同じですか……、心読みました?」

「お母さんだもの!」


 これは月乃がハルの真似をしたのではなく、ハルが月乃の影響を受けたということなのだろうか。喜んでいいのか複雑な気分である。


 それはさておき、これは何も比喩だけではない。神にすがるように、エーテルネットの機能に奇跡を求める傾向は実際にある。

 例えば、ある日自分だけに自由に他人の体内ナノマシン(エーテル)を操るプログラムが付与されないかという妄想、またそれを題材とした創作。

 例えば、嫌いな人間を本気で呪い殺す為に作られた秘密の電脳空間。


 これらは、単に時代の変遷へんせんによる文化の推移と一言で済ましてもいいのだが、エーテルネットの厄介なところは実例が伴うことだ。


「その『エーテル様』に、多くの人が願うことで新たな機能が生まれるわ? これは、システムが『型落ち』しないという意味では素晴らしいことではあるのだけれど……」

「その方向性によっては、社会にとって不利益になりかねない。ですね」

「そう! 偉い偉い! 流石はハル君ね!」

「いや子供扱いしないでくださいよ……」


 これでも元管理者である。知らなかったら、『何をやって来たのだお前は』、というそしりは免れまい。


 だが、これを常識として認識しているのはハルや月乃が特殊な立場であるから。多くの者は、そんな事実など知らずに、疑問にすら思わずに過ごしている。

 なぜ手元のウィンドウパネルが完全にオフに出来ないか分からないが、『仕様』なら仕方ないと納得し、多少の不便は受け入れる。

 これは反対運動が起ころうが、政府の決定があろうが、覆ることは決してないのだ。あたかも『真の貴族』がその家紋の下に強権を振りかざしているように。


「これが私がハル君に解決するように誘導した、アイリスの国との共通点! 気付かなかったでしょ!」

「……今は便利な仕組みばかり生まれているけれど、もし妙なシステムが生まれてしまったら役人も対処に困る」

「そう! 規制は出来ても、完全消去は出来ないわ? あたかも、そのウィンドウのように!」


 月乃は指を犯人にでも指すように、びしいっ、とウィンドウに突き付けて宣言する。

 彼女にとって、これはアイリスの国の政治に匹敵する社会の歪みなのだろう。


 言いたいことは分かる。エーテルネット基幹システムはまさに『神』であるため、人が勝手にしいすることは適わない。

 もし修正を加えようと思ったら、『全会一致』の承認が必要になる。事実上不可能だ。


 例えば月乃が自分の中のプログラムを書き換えたとしても、他の接続者が無意識にその異物を補修してしまう。


「でも、ハル君なら出来るわね、管理者さん?」

「月乃さんは僕に、その役目を自覚させようとあの舞台を用意した」

「アイリスの政治を『気持ち悪い』と修正するハル君なら、当然こっちも同じようにやってくれるわよね!」

「屁理屈ですよ……」


 それはそれ、これはこれだ。ゲームは、所詮ゲーム。

 確かにアイリスの国の歪みに我慢ならないとこれから改革に踏み切るハルだが、それを現実に持ち込んだりはしない。それが分からぬ月乃でもないだろう。


 果たしてそんな、『ゲームと現実の区別がつかない』ようなものが、月乃の計画だったというのだろうか?





「今のこの社会は、まるで腐り木の積み木を積み上げるような危うい世界。足元がぐらつく頃に気付いても、誰も対処ができないわハル君!」

「悲観論が過ぎますよ月乃さん。総意である以上好きに修正は効きませんが、総意である以上そう悪いことにもなりません」

「甘いわね! ビシイッ!」

「……まあ確かに、多数決の結果が常に正しいなんてのは幻想ですけど」


 これも、ゲーム内でハル自身が考えていたことだ。大勢の視聴者にクイズの答えを聞いて多数派を採用したとして、それが正解とは限らない。

 人は誰しも、己の見たい物を見て、都合の良い物を正しいと思い込む。その結果をかき集めても、社会にとっての正しさとは限らないと月乃は知っているのだろう。


「とはいえ、変更不能はあくまで基幹システム。外付けのプログラムで対処すれば、」

「甘いわねハル君! ……あら?」

「はいはい。びしいは良いですから」


 これ以上月乃のペースに乗せられてばかりもいられない。ハルは再び突き込まれんとしていた月乃の指が向く前に、目にも留まらぬ速度でその腕ごと抑え込んだ。

 一応、月乃の行動予測は出来ていることに安心するハルである。今回のは誰でも分かるという意見は、無視することにする。


「そんなに情熱的に手を握られると、お母さん照れちゃう、って、あら?」

「それも美月ルナで慣れてますから……」


 嫌な慣れだった。とはいえ行動予測の成功には違いない。何故か敗北感を抱きつつも、ハルは一応また己の読みの精度に安心しておくことにした。


「むう! ともかく、いつその対処療法が効かなくなるかは分からないわ! その前に、ハル君がネットそのものを掌握しょうあくするの!」

「その認識を僕に植え付けることが、月乃さんがゲームに仕込んだ計画ですか……」


 ハルに社会の病巣びょうそうを認識させ、責任を自覚させる為の知育ゲーム。一言で言えば簡単に済む話だが、問題はこの規模だ。

 そんな知育玩具を買い与えるような軽いノリで、ここまでの資金を投じられるものだろうか?


 いや、目的がそれだけではないことは分かっている。企業としてもきちんと利益は出しているだろう。

 それに、先ほどの話に出た『民意』のデータ取りにも役立っているのかも知れない。ハルたちの推測では、NPCの行動はユーザーが無意識に希望する結果だ。


 しかしハルがそんな推測をしていると、隣に座る月乃からは思いもよらぬ答えが返ってきたのだった。


「何を言っているのハル君? ゲームは所詮ゲーム。ハル君への教育と誘導は、こんなゲームだけに限らないわ!」

「……月乃、さん?」


 明るく宣言する月乃であるが、その内容は重い。ハルも一瞬認識を拒むほどだが、そんなハルにもお構いなしに月乃は次々と言葉を続ける。


「最初からよハル君! 美月ちゃんがあなたを拾って来た時から、いいえ、更に言うならあなたを美月ちゃんに拾わせに行ったのも、お母さんが企んだこと!」

「その当時から、この為に準備を?」

「別に、神様がどうこう、異世界がどうこうと予想してた訳じゃないわよ? でもあなたをひと目見て、『美月ちゃんの伴侶にしよう』、『私の後継者にしよう』とずっと画策していた」

「…………」


 普段の月乃からは絶対に出ない言葉に絶句するハルだが、とはいえおかしな話でもない。

 元々、月乃に保護される代わりに、彼女の役に立ち働くことはハルも了承していたこと。

 月乃だって慈善事業で親代わりをしていた訳ではない。そうしたギブアンドテイクも当然のことと言えよう。


 だが、いつもハルとルナを溺愛できあいしてくれていた月乃の口から、何でもないことのようにこうしてその事実が語られるのは、分かっていても少々堪えるハルだった。


「気付かなかったでしょ? ハル君は勘が鋭いから、お母さんも隠すの苦労しちゃった!」

「全く気づきませんでしたよ。家族の情による油断を抜きにしても。それは、何か秘密が?」

「さて、どうでしょう? 当ててみてね、名探偵さん?」

「好きですね、探偵……」


 とはいえ、ここまで条件が詳細になれば推理も出来るのは事実。

 恐らく月乃は、内心の細かな動揺が決して表面化しないような何らかの処置をその身に施している。

 ハルを相手には、ただその一点だけを隠し通せばいい。

 そこは、言い方は悪いが親子の情を隠れみのにして、ハルから疑いの感情を消し去ったのだろう。


「失礼。少し、強制捜査に踏み切りますね」

「あら大胆。んっ……」

「変な声出さないでくださいよ。本当、親子ですね……」


 こういうところはルナとそっくりだ。ここが親子の絆で本当にいいのだろうか?

 月乃の手を握り、体内のエーテルを強制的に支配するハル。その感覚に色っぽく喘ぐ月乃の反応に照れつつも、ハルは彼女の体内をくまなく探っていく。

 こうなれば精神ソフトも、肉体ハードもハルへ偽証は不可能。ハルは労することなく、その月乃の秘密に行き当たった。


「……脳内に、何か埋め込んでありますね。これが?」

「あら、もうバレちゃった。流石は自慢のハル君ね! でも舐め回すように体の隅々まで見るなんて、ってあうっ!」

「そういうのは今いいですから」


 いちいち余計な一言を挟もうとする月乃に、軽く生体発電による電撃を食らわせて口を塞ぐ。

 この程度でりる月乃ではないだろうが、どうやら今はさすがに真面目な話に戻ってくれるようだ。


「正解。これは、言うなれば人工的にハル君と同じように出来るようになる装置。神経信号を制御して、余計な情報を相手に悟らせなく出来る」


 言いながら月乃はハルから少し距離を取ると、普段の冷徹な表情をその顔に貼り付ける。

 家族以外には、この月乃こそが真実。自他ともに厳しく、特にハルを決して甘やかすことはない。女帝として経済界に君臨する月乃の姿であった。


「これは、別に光輝さんを騙す為に作り上げた姿ではありません。しかし、これを使いあなたを欺いていたのもまた事実」

「……そうして見ると、本当に凄い変わり身ですね、奥様」

「月乃、もしくはお母さんとお呼びなさい」

「そ、その表情で言われると脳がバグる……」


 氷のような瞳のままお茶目なことを言い出す月乃に、混乱と動揺を隠せないハルだ。

 普通こんなふざけた状態を無理矢理作れば、必ずハルはその内心に気づく。しかし、今の月乃をどれだけ観察しようが、まったくの本心としか答えが出せないハルだった。


「さて、答え合わせは済みましたね光輝さん。それで、これからどうしますか? 私は十年に渡り、あなたを利用するため騙し続けた。そんな相手に、これまで通りには接せはしないでしょう」


 冷たい視線と、その言葉。あえて隠すことなく全ての計画を告げた月乃は、ハルに選択を迫って来る。

 その事実を知りつつ今後も彼女と行動を共にするか、それとも裏切りとそしり彼女から離れるか。決断の、時であった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 行動予測の成功を勝ちとするか、奥様に行動を誘導されて負けとするか。反抗期ハル君としては前者なのかな。 とはいえ、逆○裁判のごとく突き返されてしまったハル君、奥様のことをお母さんと呼ぶこと…
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