第884話 絶対不可侵の神
ハルの指摘した内容を、いやにあっさりと認めた月乃。ハルとしては、もっとしらばっくれられると考えていた。
特に、ハルにすら内心を読み取らせぬ完璧な仮面を被る彼女だ。とぼけられてはハルに追及の手札はない。
そこで認めるのは余裕の表れか、それとも、もっと別の目的を隠すための偽装作戦なのだろうか?
「どうしたのハル君? お母さんの野望を、当てるんじゃなかったのかな?」
「……ええ、そのつもりです。しかし、ずいぶんと余裕ですね」
「余裕というより楽しいのよ? ハル君が歯向かってきてくれる事なんて、これまでなかったから!」
「僕は反抗期の子供ですか……」
月乃の内心には実際、心からの楽しみの感情がうかがえる。これは本心か、それともそう見せかけているだけの仮面なのか?
完全な擬態が可能だと分かった今、そこもあやふやになってしまい確信の持てない今のハル。いかに、自分の読みの力に頼り切っていたのか分かろうというもの。
しかし、いかに感情を抑え込もうと決して隠せないものがある。それは彼女の行動の結果。
その足跡は隠された本心を反映し、暴き出す。物質的な痕跡同様、その証拠もまた消し去ることは不可能なのだから。
「……月乃さんは、あのゲームを通じて、僕の行動を誘導しようとしている。特に、僕を<支配者>として、いえかつての管理者として、返り咲かせようとしていませんか?」
「めっ! そんなんじゃダメよ探偵さん! 疑問形で犯人に聞いたりしちゃ! もっと、『しているっ!』『ビシイッ!』ってしなきゃ!」
「は、はあ……」
実に月乃は楽しそうだ。これも、ハルの追及を逃れる為の攪乱なのだろうか? それとも、この状況を心から楽しんでいるのだろうか?
「……では。貴女は僕を、王様に仕立て上げようとしている!」
「ビシイッ!」
「びしい、は、いいですってば」
「ざーんねん。それで、何でそう思ったのかなハル君は?」
「まず、あの指輪の発動条件ですね。といっても、アレには運営の彼女らのやりすぎを防止する機能も付いているようなので、それ以外の部分です」
「ほうほう」
そこで微妙にややこしくなっていたのだが、その相互監視システムというだけでは説明しきれない部分が多い。
ハル本人の事情に、介入してくる行動が多すぎるのだ。
それはあの<王>の試練を強引に受けさせようとした分かりやすい例に限らず、もっと最初から。
ハルがNPCたちを庇護し大切にすれば、何かイベントが起こるのではないかと意識誘導したことも、今考えれば月乃の手の平の上だったのだろう。
ハルはそれぞれ感じた違和感を、順番に月乃へと語っていった。
「NPCの人命を守ることは、管理者としての責務に通じる。<支配者>に、<王>にさせようとするのもまた同じ。そちらが、少々強引でしたね」
「あららら……、<王>の試練へと無理矢理に転移ね。それは、ちょーっと調整ミスかも。お母さん、放送してないところは見れないからなあ」
「どうやら出し抜けたみたいですね」
「でもどのみち、こっちから後追い修正は出来ないもの。どうあれ経過を見守るだけよ」
「なるほど」
眉をしかめて、可愛く不満を露わにする月乃。これは、部下がミスをしたときに見せる顔だ。
そのいつも通りの読みが正しいのなら、『調整ミス』したのは協力者の誰かということになる。やはり、月乃が自分で魔法を使った訳ではない。
「それだけかしら? それじゃ決めつけるには、ちょーっと、弱い気がするぞハル君?」
「まだありますよ。アイリスの国の、歪んだ政治状況。あれも、奥様が用意したトラップでしょう?」
「むっ!」
「……えと、なんです奥様?」
「むむむぅー!」
「……はいはい。月乃さん、ですね」
「『お母さん』だって言ってるのにぃ。まあいいわ?」
どうやら譲れない所らしい。話を逸らす為にやっているのかと思ったハルだが、そんな気はなさそうなのが逆に困ったことだ。
推理を突き付けられる『犯人』としての自覚が足りないのではないだろうか。もっと『探偵』には従順であって欲しいものである。
「あの妙にねじれた政治体制、最初はアイリスの怠慢なのかと思いました。いえ、実際に怠慢ではあるんでしょうけど」
「それは違ったと?」
「ええ。話を聞きだしていくと、どうやらアイリス本人にもどうしようもない部分があるようで。ではそんな無意味に複雑なねじれを設定したのは誰か? 月乃さんと考えるのが、自然です」
「他の女神ちゃんではないの?」
「他の女神ちゃんたちは、基本的に相互不干渉です。他国の特色に口出しをすることは性質上ありません」
話を聞くに、大元のシステムからの介入が強すぎるが故の不測の事態であるようだ。
しかし原因がなんであれ、ハルには関係のないこと。ハルはそのメチャクチャな政治に気持ち悪さを覚え、<貴族>のローズとしてそれに介入、是正する計画を練っていた。
月乃がつけたハルの放送に目をやれば、まさにこれからその計画の実行のため、アイリスの国へと乗り込まんとするハルが見える。
「皮肉なことです。ここで、月乃さんの企みだと語っておきながら、僕はその作戦を中断できない」
「そういうものよハル君。既に多くの人が関わり過ぎた計画は、『やっぱりやめます』で止められないの。特に、人気や信用なんてものが関わってくるとね?」
「勉強になりますね……」
普段のハルならば、『やっぱりやめます』で傍若無人に中止しそうなものだが、ローズではそうはいかない。
人気者として一貫性をもった行動をし続けなければならず、視聴者の、そしてNPCの期待を裏切れないのだ。
月乃は最初からここまで考えて、今回のゲームを人気取りゲームに仕立てたのだろうか。
「そうして僕を誘導する為に、月乃さんはこのゲームへの介入を決めた」
「それが犯人さんの『動機』ってことね! でもちょっと弱いわ名探偵ハル君! アイリスの国の政治は確かに変! でもそれを解消させて、何の意味があるのかしら?」
「……単に、僕が気持ち悪さを感じる設定にした訳ではないと?」
「お母さん、そんな嫌がらせをするお姑さんじゃありません!」
「それを解消する為には<王>になる必要のあるギミック、くらいに思ってたのですが」
「じゃあ、そこをもう少し詰めてみましょうねーハル君」
……何故、犯人が探偵にダメ出しをしているのだろうか?
月乃の採点では、ハルの推理する動機にはまだ穴があるようだ。そこが不十分なままでは、この犯人さんは犯行を認めてはくれないらしい。
ハルは相変わらず楽しそうな月乃に押されながらも、その足りない動機について考えていくのであった。
◇
だんだんと、月乃の笑顔が不気味に映るようになってきたハルだ。こんな状況でも、相変わらず彼女はハルとルナを溺愛する母の顔を崩さない。
それは、月乃に何らやましいことがない証拠とも言えるが、一方で底知れぬ計画を隠している不気味さにも見える。
彼女に対する絶対の信が揺らぐ不安を感じながら、ハルは月乃の出した課題について考えてゆく。
「アイリスの国の気持ち悪さは、最高権力者が二種存在することですね」
「そうかな? いちばん偉いのは、神様のアイリスちゃんじゃない?」
「でも、あの子は政治に口出しはしない。……してれば話は簡単で良かったんですが」
「そこは、お母さんのせいじゃないかなー」
「分かってます。あの怠け者のちびっ子が悪い」
アイリスが政治も取り仕切っていれば、七色の国のように、カナリーの治める梔子の国のように安定していたはずだ。
しかしアイリス国の政治を取り仕切るトップは、国王。普段はそれで問題は起きないが、いわゆる『真の貴族』が強権を振りかざした時に致命的な矛盾が生じる。
「まさに、僕が行っていた暴虐の数々ですね」
「その割には、民に認められていたみたいだけどなー? 可愛い暴君さん?」
「……それは民がおかしいんですよ。もしかして、あの異常な狂信ぶりも月乃さんの差し金で?」
「さーて? そこは探偵さんが推理しないと」
簡単に全ては教えてくれないようだ。まあ、今はそのことは置いておこう。アイリスの不自然な政治について、ハルは考えを集中する。
「月乃さんはこれを僕が解消すると踏んで、そこに誘導した。そして、それには実利的な意味がある」
「がんばれがんばれ! もうちょっと!」
「うるさいですよ犯人さん……」
解消するには、ハルが<王>になるのが手っ取り早い。実際、予想外のところで<王>の話が降って湧かなければハルもそうするつもりではあった。
王様は好きじゃないが、所詮ゲームだ。期間中くらいやってもいいと。
それが月乃の狙いだと思ったハルだが、どうもアイリスのねじれた政治それ自体にも意味があるらしい。
「アイリスを梔子化することで、僕を梔子の<王>に誘導する? いや、異世界の王位に、月乃さんは価値を見出さないか」
「えっ? 見出すけど? 王様になった格好いいハル君とか、見たいなー? 綺麗な王妃様の美月ちゃん見たいなー」
「……本当にうるさい犯人さんですね。捜査の邪魔しないでください」
「はーい!」
ならば、他に何の意味があるというのか? 考えるまでもない。月乃のやることなのだから、日本の事情に関わっているのだ。
「……アイリスの国の体制は、そのまま今の日本に置き換えられる?」
「おお!」
「当たりですか。また素直ですね」
「優秀な探偵さんの前では、犯人さんは罪を認めるものだもの!」
そうだろうか。割と、往生際悪く足掻く犯人も多いように思うハルだ。
まあ、今はそんなことはいいだろう。正解であるならば、こちらも素直にそこを詰めていくことにしよう。
「今の政治、非常に安定して平和であるように思えます。いえ、実際に平和なのは間違いないでしょう」
「そうね。百年前が嘘のように復興して当時のように、いえそれ以上に誰もが安心して暮らせる世界になったのでしょうね」
「ええ。それは僕が保証します。でも、全く問題が無い訳じゃない。月乃さんは、そう考えている」
「ええ! お母さんはこれでも色々と詳しいんだから! さて、それじゃあそんな日本と、アイリスの共通点は何処なのでしょう!」
「……まず、<王>と<貴族>は今の政治家でしょう。そこは動かない。なら『真の貴族』と『神』は何にあたるのか、ですね」
当然だが、ここで言う『神』はアイリス本人ではない。カナリーたち、他の神々でもない。
彼女らはこれまでずっと異世界にある意味閉じ込められており、こちらへ干渉は出来なかった。エメが若干怪しいが、彼女もアイリスに相当する干渉力は有していないと言っていい。
ここで考えるべきは、あくまで表だって堂々と、政治の更に上の力を振りまく存在でないとならないからだ。
「……なら、該当するのは一つだけ。エーテルネットそのもの、ですね?」
「正解正解! 大正解! でも、回答欄はまだ半分! なぜそう思ったのか、理由も書かなきゃ!」
「いつの間にかテストに。でも、そうですね、別に当てずっぽうじゃありません。これは普段から、問題視されてることですし」
ハルは言いながら、モニターを自分と月乃の目の前に用意する。何の変哲もない、エーテルネットで普段から使うARウィンドウ。
中には自分が映る放送が表示されていた。まあ内容は何でもいい。
「今からこれを、プライベートモードにします」
「うんうん!」
「いや、特に楽しいことじゃないですから……」
箸が転げても楽しいお年頃だろうか。ハルが何をしても、嬉しそうな月乃である。
そんな彼女に少し気圧されつつ、ハルはモニターをプライベートに変更した。
ハルから見れば、内容はそのまま変わらず。しかし月乃から見れば、モニターの中身の映像は見えなく処理されているはずだ。
「……これ、本当にプライベートと言うならば、ウィンドウごとオフに出来てしかるべきですよね」
「でも出来ないわ? 安全上の理由から。歩いてる人が目に見える物以外にも何か見ていることを、他の人からも分かるように」
「一見理屈の通ったそれらしい理由ですが、それは、実はただの言い訳です」
「本当の理由は、誰もその設定を変更できないから!」
「ですね」
それが、現代における無敵のインフラである、エーテルネットの問題点。その根幹のシステム設計に、誰一人として手を加えられる者が存在しない。
とはいえ致命的な問題もないし便利なので、誰もが目を逸らして使っているのが現状だ。
「これが、言うなればこの現代における、絶対不可侵の『神』であるとも言えるでしょう」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/6/12)




