第882話 血は繋がらねど争えず
月乃が<透視>のような力を使えるとして、気になるのはその効果範囲。
通常、<透視>スキルの効果が届くのは視界の範囲内。明確に何メートルと決まっている訳ではないが、見えるからといって地平線の彼方まで壁を透かすことは出来はしない。
個人差やスキルレベルによる違いがあるが、普通の者の射程は数メートル程度だ。
「奥様ちゃんがどの程度の使い手か知りませんがー、基本的には同じようなものだと思いますよー?」
「そんなに楽観視して決めつけていいのカナリー? もしお母さまが、地の果てまで見通す目を持っていたら?」
「その仮定をするのは推理が手詰まりになった後ですねー。それこそ、『魔法少女奥様ちゃん』とか、『異世界転生奥様ちゃん』の可能性を考慮するのと同レベルですー」
「それは楽しそうだけど、確かに今やる事ではないわね」
「<透視>鍛えても大した事ないもんね。使ってたのハル君くらいじゃない?」
「<ブラックカード>、なのです!」
アイリが目を輝かせてせがんでくるので、ハルは出会った当時に持っていたあの黒いカードをこの場に再現する。
これは、大量のモニターをカードサイズに縮小し、それを強引に重ね合わせたもの。
その表裏だけを完全に真っ黒な画面でぴったり閉じて、あたかも一枚の黒いカードのように仕立てているのだ。
「懐かしいね。アイリと出会ったばかりの時は、よくこれを視界の端に浮かべていた」
「懐かしいですー……」
「ハルの<称号>にもなったあなたの代名詞ね? 思えばその頃から、お金持ちとして認識されていたわね?」
「巫女さんの判別にも役立ったんだよねー」
ユキの言うのは、あの世界では神に仕える一部のNPCにしか浮遊するモニター状のメニューが見えないことを利用したトラップ。
瑠璃の国の巫女ヒルデが、このカードを無意識に目で追ってしまったことからハルは彼女の正体を看破したのだった。
「それで、ハルさんはそのカードの中身で何をしていたのでしたっけ? 凄いことなのは、分かるのですが」
「ああ、これだよ。アイリも大好きなゲームだよ」
「おお! ミニゲーム、です!」
「アイリとやるときはカードの外に出していたからね」
パズルゲームやシューティングゲーム、RPGにアドベンチャー。多種多様な古いゲームが、『ミニゲーム』としてゲーム内に登録されていた。
プレイヤー同士の待ち合わせの暇つぶし用などが主な用途だが、数が多すぎてこれだけでも無限に遊べる。
アイリも大好きな、この昔のゲームたち。これをプレイしていると、ゲーム内ポイントが入手できるのだ。
「一個一個は、大したことないポイントだけどね。でもこうして重ね合わせると……」
「おお!」
ハルはカードの中に次々と、ミニゲームの画面を収納していく。
それを<透視>することで、ハルは一度に多数のミニゲームをプレイし、恐ろしいスピードでスキル購入用のポイントを稼いでいったのだ。
これは、ハルの並列処理能力があって初めて可能になる裏技じみた特技であった。
「とまあこんな感じで、僕には役立った<透視>だけど、一般ユーザーにはハズレスキルと言っても過言ではないね」
「ハルでなければ、<ブラックカード>を作ったとて一つのゲームを遊ぶのがせいぜいですものね?」
「頑張れば四つくらいいけない?」
「それはユキだから言えるのでしょう……」
「あはは。そかそか。何にせよ無意味だよね」
「えっちな覗きさんにも、使えないのです!」
何故かアイリが鼻息を荒くして、自分のスカートを平面に、ぴん、と引っ張ってみせる。
対象が平面となった今、そこに<透視>してみれば、彼女のかわいらしい下着が目に飛び込んで来るかも知れない。
だが、そのような用途は、ゲーム内では禁止されている。性的なものに限らず、NPCに対する犯罪行為はプレイヤーには行えないのだ。
「みんな絶望してたね。まあ、そんな感じで、<透視>は僕以外にあまり使ってる人は居なかった」
「それに限らず、超能力系はどれも弱かったねハル君。<飛行>だけは例外だけど」
「うん」
「じゃあ、お母さまが<透視>を使えたとして、特にどうということはない、のかしら?」
「わかりませんよー? 要は使いよう、ですからー。それはハルさんが証明してますー」
その通りだ。なんだかんだ言って、普通の人には無い技能であることには違いない。
余人が絶対に意識しない発想の落とし穴。何かその自分だけの特別を用意することで、月乃は絶対に追いつけぬ優位性を得る。
「……問題は、それが何か、ね?」
「ルナさんならどうしますー?」
「そうね? 私もお母さまも、夜な夜なハルの部屋を覗き見するのは間違いないでしょうけど。それで別にどうにかなる訳でなし……」
「いやどうにかなるから。僕が」
「あはは。でも、普通の人が透視能力手に入れたらそうしちゃうかもね」
とはいえ、月乃はそうした『普通の人』ではない。必ず、自分のアドバンテージは生かそうとするはずだ。
月乃なら、どんな発想をするか。彼女の立場になり考える。洞察力を自慢としているハルだ、ここで『分かりません』と言うのは、そのプライドが許さなかった。
◇
「……ねえルナ。ブラックカードを見せてもらえる?」
「物理的な方よね? お待ちなさいな?」
ルナがハルの頼みで、自分の部屋へとカードを取りに行ってくれる。
ここで言うカードは、ハルの操るモニターとしてのカードではない。その命名の元となった、本当の決済用カードだ。
戻って来たルナが手にしていたのは、ハルが手元に浮かべるのっぺりとした黒のカードとは違い、鈍く輝く高級感を演出している。
最高級のセキュリティを誇るこのカードそれ自体が超高級品で、持っていることそれ自体がお金持ちの証、ステイタスとなる逸品だ。
「どうぞ、ハル。さあ、それを使って私たちに高そうな物をプレゼントしてちょうだいな?」
「いや……、それ僕がただただ間抜けなだけだよね……」
ハルのカードなら格好も付くだろうが、人のカードを使って高級品をプレゼントしても、なんの格好つけにもならない。
ただルナは本当にそうしたとしてもまるで問題ないようで、本気で『人の金でプレゼント』を期待しているようだった。
「……まあ、追い追いね」
「期待しているわね? それで、買い物ではないならなんなのかしら?」
「ちょっと、これを<透視>してみたくてね」
「おお! これでハルさんは、<真ブラックカード>ですね!」
「こいつを覗いても、ゲームは出来ないけどね」
一見、本物のブラックカードを透かして見たところで何の意味もないように思える。
モニターを重ねたブラックカードをハルが透視していたのは、内部に実行中のそれがあるからだ。
「ただ、それでもコイツは盲点だった。僕は今まで、地下室ばかりに気を取られていた。分厚いアンチエーテルの壁で閉じられた部屋こそ、現代の密室だと」
だがしかし、その条件はこの小さなカードもまた同じ。空気中どこでも存在するナノマシンでハッキングされぬように、反エーテルの黒い塗料で塗り固められたブラックカード。
このカードの中も、言うなればハルの目すら届かぬ密室、聖域とでも言える秘密の空間だ。
「……確かに。お母さまも当然同じカードを持っているわ?」
「なるほど! その本物カードの中に仕掛けがあったら、見事ハルさんの目を欺いての『密室殺人』を行えますね!」
「アイリちゃん。殺してない、殺してないよ。……でも、すごいね。もしそれが正解だったら、親子でおんなじトリックを閃いてたことになる」
「確かにね。僕と月乃さんは血は繋がってないけれど、ユキにそう言ってもらえると確かな絆があるようで少し嬉しい」
「血は争えないのです!」
「しかし、喜んでいる場合ではないわハル? その中身を透かして見たとして、それで何かが可能となるものなの?」
「うん。そこが問題だね」
ハルが<透視>した『真ブラックカード』だが、内部の構造は<透視>したからとどうにかなる代物ではなかった。
当然だ。いかにエーテルをはじくコーティングとはいえ、物理的に剥がせぬ代物ではない。中を目視すれば突破できてしまうセキュリティでは、存在価値などありはしない。
「……そもそも、カードの中で起こっている現象は量子的な振る舞いだ。目視でどうこう出来る世界じゃあない」
「確か『重ね合わせ』とかだよね。そこもハル君とおんなじだ」
「すごいですー! 運命ですー……」
「残念ながらねアイリちゃん? 響きが同じなだけで、現象としては別物なのよ?」
「むむむ! 『テレポーテーション』の時と同じです! 複雑なのです!」
そう、複雑である。ハルも大の苦手だ。そして目視できる世界ではない。
基本的に、分子よりも更に小さいサイズで起こる世界の話であり、エーテル技術での干渉も難しい。
ましてや肉眼で見ようなどと、正気の沙汰ではないお話である。
「だから、考えられる可能性は二つ。奥様のカードは特別性で、透視すれば肉眼でも何かが見える可能性」
「ありそうです! それを使って、秘密裏に何処かから情報を受け取っていたのです。そしてそれは、ハルさんにも決してバレません!」
「そうだねアイリ。そんな方法だとお手上げだ」
「でも、トリックは完璧でも物理的に犯行可能かな? 例えば、カードの中に文章が表示されたとしても、その分量なんて知れてない?」
「確かに! ユキさんの言う通りなのです! 世界を一つ作るほどの魔法の式を、その中から見て書き写すなど不可能です!」
プログラムの手打ちならぬ手書き。辞典を一冊書き写すようなものだ。しかも短期間で、ハルにバレぬように。
正気の沙汰ではない以前に物理的に無理そうだ。
「実際は、手書きではなく画像情報を脳内で処理してデータ化するだろうけど、それでも大変なことには変わらない。現実的に、労力が大きすぎる」
「その際にエーテルネットの処理能力を借りてしまえば、ハルやカナリーの網にかかりかねないものね?」
「まあー、そんな個人の計算まで見抜けるほど万能ではないのですけどねー」
とはいえ、月乃であればそこは慎重を期すはずだ。万一にも、己の傍に居るハルやカナリーにバレないようにするだろう。
よってこの第一の可能性は、ハルたちはひとまず保留にしておくことにした。
「もう一つの可能性は、カード自体はこれと同じ。でも奥様の目には、僕とは違った物が見える可能性」
「それってどんな? やっぱ、量子ちゃんが肉眼で見えちゃう?」
「りょうこちゃん誰だいユキ……」
「常識としては考えにくいけれど、そちらの可能性の方がまだ高そうね? お母さまの研究データに、謎に量子暗号に関する資料が多かったことも気になるわ?」
「ですねー。奥様ちゃんは、何か自身の<透視>と組み合わせて、それらを活用する術を見出したのかも知れませんー」
思いついた二つの可能性だが、どちらの仮説も一長一短の穴がある。
どちらも可能そうな部分もあれど、またどちらも荒唐無稽でしかない部分もあった。
この先は、今の状況では推理するのに材料が不足していると言わざるを得ない。
「……やっぱり、ここから先は奥様のカードを実際に見てみないとね」
「直接対決ね? ……大丈夫かしらハル? 犯人を追い詰める材料は、揃っていて?」
「いや別にまだ犯人という訳じゃ……、僕らは理由を知って納得したいだけだし……」
また甘いと言われるのは分かっているが、どうしても月乃を悪人だとは思いたくないハルだ。
何となく見えて来た彼女の『動機』からも、そこまでの悪意は感じられない。
なんにせよ、ここから先は本人へ直接聞き込みに行かねば進まぬ段階まで来てしまったと感じているハルだ。
仮説をこね回して頭をひねっているだけでは、見えてこない物も多い。
ハルは再び『容疑者』月乃のもとに、真実を確かめる為に赴く覚悟を決めたのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




