第881話 支配者の千里眼
「ところで、『支配者の資質』なんて遺伝するものなのハル君? そーゆーのって、後天的なお勉強で身につけるものじゃない?」
「ですね! 『帝王学』、なのです! それをお勉強できることが資質、という訳でもないのでしょうね……」
「だね。まあ、勉強の才能なんかも多少は影響するだろうけど、それとは別の話さ」
超能力について考えても分からぬ現状に、お菓子を頬張りつつユキが話題を変える。
その議題はファイルにあったもう一つの研究資料について。ゲーム内においてもお役立ち、<支配者>についての遺伝的資質に関してだ。
ユキの言うように、これは単に性格や知識の問題であり、遺伝子は影響ないように思える。それはその通り。ある側面においては非常に正しい。
社会のトップに立つための資質とは後天的に備わるものであり、それを受け取るための環境の比重が大きい。
いい家柄、良い教育、そしてそれを目指すための強い意思。どれか持っていればいい。
特に現代においては、アイリのように王族の出でなくとも、高い地位を有することは可能であった。
「では現代の支配者とはつまり、エーテルネット適正の事? いえ、違いそうね? その項目は『基本スペック』に含まれていたものね?」
「うん。まあ、あるに越したことはないけど、この研究的にはそこが最重要ではないねルナ」
現代の日本社会において、決して避けては通れぬ絶対的な基盤、エーテルネット。それを制す者が社会を制すと言っても過言ではない。
その普遍的な価値基準をいかに使いこなすか。それが成功の秘訣となるのは月乃を見ればよくわかるだろう。
「ここで見るべきは、『支配者』は僕ではなく奥様の方が近いってことさ。当然、僕の方がエーテルネット適正は高いけれど、社会に与える影響は少ないでしょ?」
「少ないかな……?」
「……少ない、のでしょうか!?」
「まあ、ここでは政治的で、かつ直接的な影響力のことなのでしょうよ。スルーしてあげましょう?」
自信満々に言い放ったハルの完璧な理論展開は、女の子たちにはあまり受け入れて貰えなかったようだ。
とりあえず、雰囲気は伝わったので良しとするハルだ。
「そうですねー。今の私もハルさんも、積極的に政治介入しようとは思ってませんー。ただ例としては不適切だったかもですねー」
「……確かに。カナリーちゃんまで例に含めると、余計に話がややこしくなる。なにせ元神様だ」
「ですよー? なのでここは、ユキさんを例題にするべきですー」
「ふえっ!? 私は、そんな才能ないよう……」
「なるほどね? 分かりやすいわ?」
「私、集団行動苦手の個人主義だし。えへへ」
そう、エーテル時代の寵児たる才能を持ったユキだが、トップに立つのに向いているとは言い難い。
しかし、ユキの例も全く無関係とは言い難いのがこの話の面倒くさいところ。いま本人が語った、全体主義と個人主義の話が関わって来るからだ。
「まあ結論を言ってしまえば、『どれだけ頭のネジが外れているか』という傾向は、遺伝である程度方向づけられるってことさ」
「それが、支配者と関係あるん? 私もネジ外れてるけど、向いてないよ?」
「関係あるんだユキ。ネジを外す方向によってはね」
「おお。壊れ方の違いだ」
言い方が悪いが、そういうことだ。『模範的な社会性』から外れている精神性だからこそ、トップに立つ資質となり得る。
例えば個の幸福よりも全体の幸福を重視する合理性。多少の不幸に足を止めぬ鈍感な精神。己のために貪欲に他者を食い物にする良心の欠如。
方向性は色々とあれど、そうした『普通ではない』形質はある程度狙って作り出すことが可能だ。
そんな中から、『支配者向きの人格』を抽出して付与し、生まれつき備えさせる。そうした研究が、先ほどのファイルの中身だ。
現代の支配者としての地位に近い月乃が、興味を持ったのは当然だろう。
「でも、この研究はお蔵入りになってるんだ。結局、そうした『ネジの外れ方』なんて相対的なものだからね」
「……なるほど。もし社会全体がその人の精神性に近づけばただの凡人ですし、逆に更に外れればもはや、天才ではなく狂人ですものね」
「流石はアイリだ。理解が早いね。人類種における『女王蜂』を人工的に作り上げたとしても、『働き蜂』の方が変化してしまっては無意味ってことさ」
「えへへへ。虫は苦手ですし、それがいいのです!」
「ということで、ルナにもそうした調整はされてないはずだよ」
「そう。少々、残念だわ? 私がハルを弄るのは、全部遺伝子のせいなんだと言い訳できるチャンスだったのに」
「あはは。ルナちゃ、たくましい。その逞しさは才能かも」
なんと怖ろしい話であろうか。そんなピンポイントで迷惑な遺伝子があってはたまらない。ハルは想像し恐怖した。
まあ、とはいえもし、そのおかげでハルはルナと結ばれたのだとするなら、ハルはその事実に感謝してしまうのであろうけれど。
「でもさでもさ? その『女王蜂』さんの完成系がハル君なんじゃあないの? 管理者さんなんでしょ。人類の?」
「いや、エーテルネットの、管理者だよ。だから僕らは、人類種という女王蜂に対する『働き蜂』の方かな。完全に利己を捨てたね」
「……また、息をするように自虐はおやめなさいな。お母さまもそれを見て、組み込みを止めてくれたのかしらね?」
「きっとそうなのです!」
「なんにせよ、真相は闇の中ですねー。とりあえず、データの洗い出し終わりましたよー?」
「ありがとう。お疲れ様カナリーちゃん」
なかなか面白い話ではあるが、今回の件には関係がないようだ。しかしながら、月乃の考えの深い部分を探るヒントにはなっただろう。
ハルたちは支配者の資質について、頭のネジの外れ方についての話をひとまず切り上げ、カナリーが纏めてくれたデータに目を通すことにしたのであった。
◇
「結論から言えばー、ルナさんに超能力関係の遺伝子は一切組み込まれていませんー。というかー、この研究自体がまるきり机上の空論ですー。サンプル少なすぎですー」
「そうなのね?」
「はいー。超能力事案の観測件数がバカ少ないですしー。その数少ないデータでも、親から子への継承観測は皆無ですー」
「だろうね。もし遺伝するなら、今ごろその辺に、ある程度の超能力者が溢れてる」
そして、エメやリコリスがやったように後天的な能力の覚醒なども上手くはいかないだろう。
あれが出来ているということは、こちらの世界の人類そのものに、元々なんらかの資質が搭載されているということだ。
それはスイッチを切り替えるように、外的要因によって目覚めさせることが出来る。
「しかしカナリー様? そんなにデータが少ないのに、神々は『スキル』に出来たのですか?」
「そうだね。私ら、あっちでは普通に『超能力系』をばしばし使えてる」
「それはですねー。現象として観測できない微弱なレベルの発現を、我々は見逃さずチマチマとデータとして蓄積出来てたってことですねー」
「おお。すごいすごい。カナちゃんすごい。じゃあ、それをカナちゃんから教えてもらえばいいんだね」
「あ、私はよく知りませんー。興味があればアメジストとかに聞いてくださいー。あとはエメですねー」
「あはは。カナちゃんらしいや」
そのアメジストも、今回まだリコリスと共同でデータ取りの最中。確実な研究成果はまだ出ていないと思っていいだろう。
ならばエメはというと、コアの開発者としての権限を利用してそのアメジストの作った『スキルシステム』を横から利用した立場。彼女も完全な理解をしているとは言い難かった。
「まあ、そこは僕も非常に興味があるし、カナリーといくつか仮説は立ててはいるけど、今回はいったん置いておこうか」
「ですよー。奥様ちゃんは、このデータはボツにしたんですからねー。でもそれはそれとしてー、中から気になる情報が出てきましたー」
「それは、私に関してかしらカナリー?」
「いえー。奥様ちゃん本人に関してですー。なのでまあ、正確にはルナさんにも関係はあるんですがー」
「なるほど? 続けて?」
「はいー」
ここで、話はルナの遺伝子についての考察から離れる。
今回の調査の大目的は、月乃の目的を探る事。もっと言えば、彼女がいかにして魔法のプログラムに携わる手段を手にしたかの調査である。
ルナの出生についても気になるが、あくまで今回は副産物。ここには、明確な答えは眠っていないだろう。
後ろ髪を引かれつつもハルたちはカナリーの説明に耳を傾ける。
考えうる可能性は大きく二つ。一つは月乃本人が魔法を使えた可能性。そしてもう一つが、魔法を使える誰か、恐らくは神のうち誰かと秘密裏に接触した可能性だった。
今は、ハルの管理していない魔力が発生すればハルが気付くように出来ている為、前者の確率は非常に低くなる。
なのでハルたちは、後者の神との接触方法をメインに探っているのであった。
「少し話は前後してしまうのですがー、超能力研究のファイルに面白いデータを見つけましたー」
「なんだろ? 結局、超能力研究は失敗したんでしょ?」
「そですよユキさんー。しかし、超能力者そのものは居たのは確かなんですー。その中になんと、奥様ちゃんがサンプルとして含まれてたんですよねー」
「お母さまが? そんな素振り、見せたことはないのだけれど……」
「はいー。実際に奥様ちゃんがエスパーかどうかは知りませんー。しかしー、あの地下の機材を使って、自分で自分を調べてた痕跡があるんですよねー」
「そう……」
己の知らぬ母の一面に、ルナもさすがに黙り込む。ハルほど月乃に妄信的ではないルナであるが、やはり親子として何でも知っているという気持ちは彼女も強い。
そんなルナですら、月乃が超能力を使えるなどという素振りは一度も見たことがない。
その母の秘密に、少なからずショックを受けているようだ。下手をすれば、自身の出生について目の当たりにした時以上かも知れない。
「続けて構いませんかー?」
「ええ。続けてカナリー? 私の心配などは不要よ?」
「……それではー。研究内容は、<透視>に関わるデータとの照合ですねー。加えて、遺伝子工学とは無関係ですが、量子テレポーテーションに関する資料が沢山見つかりましたー」
「おお、テレポだテレポ!」
「<転移>! なのです!」
「残念ながら、そっちのテレポートとは違うんだよアイリ、ユキも」
「……ユキは知っておきましょう?」
「あは。めんご、ルナちゃん。ゲームぽい響きだから、つい」
テレポーテーションとは言うが、ここでは魔法的な<転移>現象とは無関係だ。
カナリーが関連付けて話したことからも分かるように、どちらかというと<透視>、むしろ千里眼に近いと言えよう。
日本に居ながら、やりようによっては地球の裏側の秘密の情報を知ることも出来るのはまさに千里眼。
「……つまり、ここでその話を出すということは、カナリー?」
「はいー。奥様ちゃんは、自覚のある超能力者、特に<透視>能力者である可能性が浮上してきましたー」
「……そう。……まずいわね?」
「た、確かにまずいのです! もしお義母さまが<透視>できるなら、わたくしたちの調査は根底から間違っている可能性もあるのです!」
「で、でもさでもさ! 結局ピーピングしようがどうしようが、目に見える形で何処かに情報はあることには違いないよね!?」
「……そうだねユキ。情報はどのみち見える形で存在する。そうしないと奥様にも伝えられない。……しかし」
もしこの仮説が本当であれば、そしてハルたちが何か一つ重要な見落としをしていれば、永遠に月乃の秘密に迫ることは出来ないかも知れない。
そんな焦りに皆の表情が深刻になるが、一方で、あと一歩まで近づいたのもまた事実だった。
その重要な見落としさえ見つければ、まるで見えてこなかった月乃の『密室』に、今度こそ手が届く気がしたハルである。




