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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第4章 マゼンタ編

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第88話 そこに穿たれた穴

 今日から新しい章のスタートです。二章から続いた流れに区切りがつき、展開もまた新しくなる予定です。

 また、本格的に行き来するようになってしまったので、必須キーワードの異世界転移を設定しました。作品の内容には特に変更はありません。ハルもこの先は、ここが何処なのかを重視することは少なくなるかと思います。

 では、今後もよろしくお願いします。

 目が覚めると、隣にあるのは彼女の寝顔。などと、言ってみたいものだ。

 眠らないハルは、アイリが眠った後も一晩中を起きて過ごした。それは普段の寝室である客室から、アイリの部屋へと場所を移しても変わらない。

 穏やかな彼女の寝顔を眺めて過ごす穏やかな時間。とも、残念ながら言えなかった。


 部屋から物音が消えてしばらくすると、メイドさんが入ってきて後始末をしてくれる。非常に気まずい。

 薄暗い中でもはっきりと分かるくらいに、メイドさんはにっこにこ笑顔だ。また気まずい。

 ハルも眠ってしまえれば、そんな彼女たちと顔を合わせずに済むと思えば、眠れぬその身を恨めしく感じるというものだった。

 体を拭いて貰っている間も起きることなく、気持ちよさそうに眠り続けるアイリを見ると余計そう思う。

 まあ、警戒心の塊であるところのハルの場合、誰かが寝室に入ってきた時点で目を覚ますのがオチであろうけど。


 そうして、もそもそとアイリが起き出して、目が合ってふたりで昨夜を思い出し、はにかみつつも朝の挨拶を交わすまで、ハルは珍しく何もしない時間を過ごすのだった。





 その後は、昨日に引き続き祝いの席の豪華な朝食を皆で囲み、ルナとユキに冷やかされて過ごす。

 身内だけのささやかなお祝い。一国の王女としての物ではないが、彼女はこれ以上をまるで望んでいないようだ。

 この世界には結婚式のような儀式は無いようだが、こうしたお祭りムードが数日続くらしい。

 日本にもそうした風習が無いでもないが、何だかここだけ妙に古風な感じを受ける。


 皆で騒ぎながら、と言っても大人しい者が多いので普段通りの部分も大きいが、そうやって過ごしていると、カナリーを通してアルベルトから連絡が入る。どうやら準備が整ったようだ。


「まる一日近くかかっちゃったのか。小林さんは大丈夫かな」

「どうせあの店、誰も来ませんよー。ハルさん達が訪ねてから、一人もお客さん居ないでしょうしー」

「場所が場所ですものね?」

「人形が一人で居眠りしてても、誰も気に留めませんよー」

「軽くホラーだね」


 ルナと行った、このゲーム運営の実店舗、あの迷宮じみたオフィス街を思い出す。

 運営に用のある人間以外たどり着けないだろう上に、現代はオンラインサービスに関係する業務はほぼ全てネット上で対応が完結する。リアルで用事がある事などほぼ無かった。


「けどハル君、新婚初日だよ? 今日くらい二人で過ごせば?」

「そうしようかと思ってるよ」

「いえ! わたくしの都合でわがままを言ったのです。ここは一日でも早く解決すべきかと!」


 ハルも、奔走してくれたルナ達も気にはしないのだが、アイリ本人が気になってしまうようだ。

 半ば強引に出発準備をさせられる。とはいえ、準備といっても特にする事は無いのだが。

 服は置いていくので、着るものを気にする必要は無い。そして向かう先はハル自身の家なのだ。帰宅なのだ。

 むしろ何かするのは、向こうへ着いてからになるだろう。体調のチェックや情報の更新、諸連絡、やる事は多かった。


「ところでハルさん、アイリちゃんー。アルベルトがこっち来たいとか駄々こねてるんですけどー」

「駄々って……、多分それ普通に言ってるだけだよね彼?」

「カナリー様的には、そうなってしまうのでしょうか?」

「まあ、ここは男子禁制だから、それを破るわけにはいかないよね。僕が言うのもなんだけど」

「ハルさんはもう、わたくしの旦那さまですから! 旦那さま! えへへへ……」

「アイリちゃん嬉しそう」


 ここぞとばかりに、夫婦になった事を強調するアイリ。気持ちはハルもよく分かる。


「まあ、何かしたいって言うならギルドホームの店員でもやってもらうか」

「またハル君が思いつきで騒ぎになりそうな事を……」

「大丈夫、既に僕は世界の敵だ。前の対抗戦からこのかたね」

「アイリちゃんとの結婚も噂になるでしょうしね?」


 この際、話題の分散になるだろう。その場合は実際に追求が行くのはアルベルトになってしまうが、彼ならそつなく対応してくれるはずだ。

 そのアルベルトとの間に回線が繋がり、ハルの意識は数日振りにエーテルネットへと接続されて行く。


「ん、問題無さそうだ。通信強度は弱いけど、走査性が恐ろしく高いね」

「先に戻っているわ。無事に着いたら連絡をよこしなさい?」

「ありがと、ルナ」


 一足先にログアウトしていくルナを見送り、ハルもネットを辿り、自分の部屋へと意識を飛ばす。

 慣れ親しんだ経路だ。すぐにたどり着くと、宅内のセキュリティを起動、視界を有効化する。


「ここに魔力エーテルがあるの? んー、そう言われてもね。スキルが無きゃ感知できないわけで……」

「またアイリちゃんと繋がったら?」

「はい! いつでもどうぞ!」

「いや、<神眼>で視界移動すればいいだけだったね」

「残念ですー……」

「……それってカナりんだけ居ればよくない? アルベルトさん必要だった?」

「私じゃリアル側への接続権が無いですからー。それに、リアルにエーテルが有るとハルさんが知っていなければ教えられませんしねー」


 カナリーの目を借りて、視点移動を試みると本当に部屋の中に視点が定まる。

 後はそこへ座標指定して、<転移>を発動するだけだ。


「それじゃ、行ってくるね。服、散らばっちゃうと思うけど」

「お任せください」

「行ってきます!」


 メイドさんが歩み寄ってきて、片付けの待機をしてくれる。

 それを確認すると、ハルは<転移>スキルを自分の部屋の中へと設定していく。

 転移の対象物の指定は割と詳細で、服だけ対象外にする事が可能だ。一応、こちらの世界の素材で出来た物だ。持ち込まない方が良いだろう。

 ……何か、気になる事を聞いた気がするが、既にスキルは起動してしまっている。それを確認する間も無く、ハルは転移の光に包まれて行った。





 光が収まると、慣れ親しんだ景色がハルの瞳に映る。薄暗い部屋、静かに駆動音をうならせる機械類、そして口を開けて内に収めるべき中身ハルを待つ、慣れ親しんだポッド。

 そして景色よりも鋭敏に、ここがハルの世界だと語りかけて来るもの、それがひと呼吸ごとに体内に取り込まれてゆくナノマシン(エーテル)だった。

 数日振りのそれを、噛みしめるように深く吸い込む。


「《ハル様、ネットワークが復旧しました。現在クラス2。上昇中です》」

「……やっぱり帰って来たって感じがする。実家の空気って奴の意味が今なら分かるよ」

「《ハル様、それは確実に違う奴です》

「ここがハルさんのおうちなんですねー……」

「そうだよ。…………えっ?」

「?? どうかなさいましたか?」


 振り返ると、裸のアイリがちょこんと立っていた。再びの裸。半日ぶりの裸。

 相変わらず美しかった。ハルと目が合うと、もじもじと身をよじる。隠そうか隠すまいか、判断に困っている様子が見て取れた。

 思わず見入ってしったのに気づいて、ハルは慌てて目をそらす。


「ごめんね?」

「いいのです! もう、夫婦なのですから、えへへ」


 そっと寄り添ってくる。そのままぴとりと。

 昨夜の事が思い起こされそうになるが、今はそれどころではないと思い直す。


「どうしてアイリが、って、言うまでも無いよね……、僕の考えが浅かった。転移する時は、今までだって僕とセットだったんだものね」

「はい! 世界を超えても一緒です!」

「ロマンチックだね」


 言いつつ、ある意味、ハルがアイリの世界へ飛んだ時よりも内心の衝撃が大きい。すぐさま慣れ親しんだエーテル制御を回し、表面化しないように動揺を抑える。

 自分のホームグラウンドに本来居るはずの無い彼女が居る。自分自身が異物であった時よりも、明確に事の重大さを実感する。


「……それはともかく、どうするんだコレ。解決したようで、あまり解決していない」


 こちらに来るとアイリまで着いてきてしまうとなると、学園に行っている場合ではない。

 アイリは待っていてくれるだろうが、そもそも二つの世界の時間にはズレがあるのだ。登校時間には彼女は眠っている事も多い。

 無理に毎回つれてきてしまえば、体への負担は大きいだろう。


「なんにせよルナに連絡か。それと黒曜、アイリにエーテル通信が入り込まないようにネットの監視を」

「《問題ありません。この世界においても、アイリ様はハル様の一部であるという判定のようです》」

「訳が分からない」

「《私も分かりません》」

「良くわかりませんが、素敵なことです!」


 待機しているルナへと連絡を取り、こちらへ来てもらう。アイリは裸だ。事情を説明し、アイリの服などを用意してもらう。

 当然ながらひどく驚いていたが、すぐに冷静になると、準備に取り掛かってくれた。


「えへへ、裸でいると、思い出しちゃいますね……」

「ん、ルナが来るまで、僕の服で我慢してね」

「……えと、その、ルナさんは、どのくらい時間がかかりそうですか?」


 抱きついたままの彼女に、上目遣いで問いかけられる。

 彼女の家は近い。そう長くは、かけられなかった。





カレシャツでお出迎えのアイリちゃんは、破壊力が高いわね」

「いらっしゃい、ルナ。……余裕だね」

「ええ、お邪魔します。一度ここでハルが消えたのを見ているもの、いまさらよ」


 確かにその通りだ。現実で起こった衝撃については、彼女の方が先輩であり、ここ数日はずっとその事で迷惑をかけていた。

 今更、事件が一つ二つ増えた所で、既に麻痺してしまっているのだろう。落ち着いた様子で部屋へ上がってくる。


「ルナさんはこちらでは背が高いのですね! わたくしの方が驚いちゃってます!」

「……迂闊だったわ。アイリちゃんは見るのは初めてだったわね」

「いえ、ルナさんはルナさんだってすぐに分かりました!」


 こちらでは背が高く、髪も黒く変わっているルナにアイリが一瞬面食らう。

 衝撃といえば、こちらも衝撃があるだろう事を失念していた。ハル達にとっては、肉体とゲーム内キャラクターの姿が違う事は常識になっている。

 どちらも同じ姿のハルのような者の方が少数派なのだ。


「アイリちゃん、体は平気?」

「……えと、はい、まだまだ大丈夫ですよ!」

「辛かったら言わないとダメよ?」


 こうして見ると、お姉さんと妹だ。落ち着いたルナの表情が、それを更に加速させている。

 持ってきた服を着せてやっているルナと、されるがままに身を任せるアイリを眺めながら、ハルはそんな感想を抱く。

 当然ながら、服はぶかぶかだった。


「旦那様、調整してあげなさいな?」

「僕でいいの?」

「ハルの方が得意でしょうに。リハビリにもなるわ」

「それじゃ。アイリ、服がちょっと動くよ?」

「ふえ? ……わわっ! きゅっ、ってしました!」


 ナノマシンにより伝わる情報で、伸縮が自在な素材。それを使用した服をルナは持ってきた。アイリの体に合わせて、そのサイズを調整してやる。

 建材を自在に動かしての建築が可能なように、衣服においてもそれが応用されている。サイズを多く取り揃える必要が無く、店に優しい。

 ただ、ルナは自分用のサイズの一点ものを好むために、あまり所持はしていないようだ。


「サイズがぴったりです。すごいですー……」

「もっとかわいらしいデザインの物があれば良かったのだけど、これで我慢してね?」

「いいえ! とっても素敵なお洋服です!」


 ルナの好みは、彼女の表情と良く合った落ち着いた物。これも、イブニングドレスのようなデザインで暗い色だった。体のラインに合わせてフィットさせるため、伸縮素材を選んだのだろう。ちなみに色の変更も可能。

 だがアイリはルナの用意したままを着こなしている。彼女が持ってきてくれた物をそのまま着る事が嬉しいのだろう。

 アイリにとっては未知の素材。謎であろうそれも、気に入ったようだ。くいくいと、あちこちを引っ張っている。


「……ハル、いたずらしちゃ駄目よ?」

「しないって。……この様子を見てるとしたくなるけどさ」

「……そうね。一度しましょうか。警告のためよ?」

「いたずらですか? ……きゃんっ」


 試しに、アイリに断ってから、腰の辺りの布をきゅっと絞ってみる。かわいらしい声で驚いた。

 エーテル操作で伸縮出来るので、なんというか、色々と出来る。着用者以外に操作権を与えるのは厳禁だ。


「えっちな服ですぅ……」


 そうして三人、しばらくこの世界特有の物でアイリの目を輝かせて遊ぶのだった。





「それで、結局どういう事なのかしら? 本当にこの世界にも魔力があるの?」

「有る物は仕方ないとしか。理屈については分からないよ。もしかしたら、カナリーちゃん達にも分かってない可能性もある」

「まあ」

「ハルの推測は?」

「コトが僕だからね。考えられるのは、二つの世界に同時に意識が存在するのがバグになって、そこが穴になって漏れ出したとか」

「ありそうね?」


 ひとしきり遊んだ後、話は事の発端へ。すなわち、何故かこの世界に魔力が溢れて来ている事に関してだ。

 正直な所、ハルは『わからない』としか言いようが無い。

 ハルの世界の認識では、アイリの世界は単なるゲームでしかない。そのゲーム内の魔力がこちらに出てきていると言われても、首をかしげる以外に取れる反応は無かった。


 重要なのは、その事実をどう受け止め、どう対応するかだろう。


「ハルはこちらでも魔法が使えるの?」

「……使える。夢が叶った事になるのかな、これは」

「良かったじゃない。ハル、世界を支配する気はあって?」

「無いってば。分かってるくせに」


 魔法が、当然スキルも問題なく使用可能だ。ハルの体には今もキャラクターのコアが融合されている。

 <魔力化>、<物質化>も、使用出来る。ありとあらゆる存在の無力化と、複製が可能だった。


「ならば、その力は混乱を引き起こすだけよ?」

「そんなに大変な事なのですか? こちらの世界の方が、よほど魔法らしい事を行っていますのに」

「それでも出来ない事は多いんだ。中でも僕が持ち込んだのは致命的でね」

「このまま永遠に隠し通すか、誰にも手出し出来ないように、完全に掌握するかしないとならないわ」

神様うんえいに喧嘩売るの?」

「必要ならばね。ハルの問題が解決した以上、もはやサ終もいとわないわ」

「相変わらずなんて身勝手な……!」


 ハルにその気がなくとも、この事実が知られればそれだけで騒ぎになるだろう。

 どちらの道も、前途は多難そうである。


「まあ、ひとまず今はそんな事より。ハル?」

「分かってる。これだね?」

「なんでしょう!」


 以前ルナから送られてきた、水着用の布のサンプル。それをいそいそと取り出す二人だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 別になんの問題もなく一緒に行けるのか... 現実の肉体とゲームの核が一緒になっちゃった結果的な...? まだ魔力の方のエーテルが足りない場所に行ったらどうなっちゃうのか少し怖いけど... …
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