第878話 証拠は語る、雄弁に
アルベルト。分裂を得意とし、ハル以上の分身を操る並列活動もさらりとこなす神の一人。
その活動範囲は世界を隔てたここ日本へも及び、メタと同様100%機械の体を操って人々と接触していた。
こちらでは主に『小林』という女性体で活動しており、最近はソフィーともよく顔を合わせる気安い間柄となっていた。
「おはようアルベルトさん! どうしたのかな、もうこの通りマジックハンドは必要ないよ!」
「おはようございますソフィーさん。ご回復おめでとうございます。実に喜ばしい」
「うん! 今まで助かったよ!」
ソフィーは収納からその『マジックハンド』を、機械式の手足をがさごそと取り出すとアルベルトに手渡し返却する。
これは手足の再生途中のソフィーでも不自由なく生活できるようにと、アルベルトが用意した義手義足。
再生度合いに応じて何段階かに分かれており、はめ込むだけですぐに使える優れものだ。
機械式ではあるが駆動はエーテルネットを通しての操作が可能となっており、神経伝達を介さずいわば念じるだけで動く優れものだった。
「おや? さほど使用形跡がございませんが、なにか不備がありましたでしょうか?」
「あ、あは。私その、ほとんどの時間あのポッドの中で寝ちゃってるしさ!」
「なるほど。迅速な再生の為にも、良いことですね」
「それに、ソフィーさんそれがあるのに何でも僕にやらせようとするもんね?」
「わー! わーっ! だめだようハルさんバラしちゃー!」
「ふふ。仲のよろしいことで、大変結構かと」
ソフィーは手足の無いうちは、ハルに甘えるように身の回りのことを何でもせがんで来た。
別に、そのサポートはハルの仕事であるし、可愛い女の子のお世話をする役得でもあるのだが、せっかくの高性能義手の出番がほぼ無かったのは技術者としては残念だ。
「むう。私も、それ使うのは楽しそうだと思ったんだけどさ」
「構いませんよ。むしろ、せっかくのハル様に甘える言い訳を奪ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「……むしろ、それこれから何かに使えないかな?」
「と、言いますと? もはやソフィー様には、必要のないものでしょう」
ソフィーはこの度めでたく復元治療が終了し、『マジックハンド』は不要になった。
アルベルトはその邪魔なだけな不用品を回収に来たことも今回の訪問の要件だ。それを、これから使うと言われてもピンとこないようだ。
しかし、隣で聞いているハルにはソフィーの言わんとする事が詳細に想像できるのだった。
「ソフィーさん、それを使って腕を増やす気でしょ」
「あ、バレちゃったね! うん! 例えばこれで六本腕にしたりすれば、剣を六本持てるよね!」
「今回の<次元斬撃>の再現でもしたいのかなソフィーちゃんは」
「楽しそうだよね!」
ソフィーのゲーム内のユニークスキル、それは離れたところに自分の武器の複製を突然出現させて操るもの。
その操作システムは剣そのものを操って飛ばしているのではなく、あくまで見えない腕で剣を振っている感覚なのだそうだ。
つまりはその時はソフィーの腕は五本も六本も同時に存在する感覚のようで、その操作スキルがあれば確かにこの『マジックハンド』による六刀流も可能そうだった。
「分かりました。面白そうですね。では、次はそうした改造を施して持参するといたしましょうか」
「急がなくていいぞアルベルト。おもちゃで遊ぶ前に、ソフィーさんはまずリハビリなんだから」
「わわ! 先生がスパルタだ! よろしくお願いします!」
「承知しました。ではその分、恐るべき高機能に仕上げてみせましょう」
なんだかアルベルトも謎に気合が入ってしまったようだ。まあ、発想はハルも面白いと思う。
問題があるとすれば、そんな装置を使いこなせたとして、この日本でその技術を発表する場があるのかということだが。
……本来なら、トレーニングの無駄な雑念と止めるべきなのだろうが、ソフィーのいい気分転換になると考えてしまうハルは甘いだろうか?
「よーし、じゃあ手足も出来たことだし! 今日は動かなくなるまで酷使してハルさんのお世話を受けるぞー!」
「では、私はそれまでにお一人では食べにくい料理を作っておきましょうか」
「おお! 『あーん』してもらう作戦だね!」
「なに言ってんのさ! アルベルトも加担しようとするな!」
二人がかりで、からかうように遊ばれるハル。とはいえ本気で嫌なわけではない。
この後アルベルトの口から語られるであろう新事実を思えば、ここではしゃいで張り詰めた気を抜いてくれるのは、実にありがたいハルなのだった。
*
「ふぃ~。筋肉痛になったー。これで、『あーん』してもらえるぞ!」
「……してあげるから、病み上がりで無茶しないのー」
宣言通りソフィーが新しい手足をつる程に酷使する体操を終えたあたりで、アルベルトによる料理が完成した。
実に器用なロボット操作で、完璧にレシピ通りのメニューが出来上がる。
これなら、月乃の屋敷での生活もつつがなくこなせているだろう。
そう、彼女『小林』の身はルナの母月乃の屋敷へと滞在、いや潜入しており、ここからはその報告を受けるだろうことに緊張を隠せぬハルだった。
「……それで? 今日わざわざ来たってことは、“こっち”で何かあるのかい?」
「はい。これを、ハル様に御覧に入れたくて」
「ふむ?」
「おっ、なんだろそれ! 紙だね!」
「ソフィーさんはそのまま食べてて。綺麗なものじゃないし、少し離れるよ」
「わかった! 食べ終わる前に戻って来てね!」
「その勢いなら『あーん』など必要ないと思うんだけど……」
まるで疲れも復元直後の違和感も感じさせず、おいしそうにご飯をかき込むソフィー。その姿は愛らしいが、手伝いなど一切必要としているようには見えなかった。
「……まあいっか。で、アルベルト、これは?」
「例の陰謀論者、憶えておいででしょうかハル様」
「ああ。奥様のゴシップをはじめ、何でもかんでも陰謀に結びつけてた残念な人ね」
「はい。その者ですが、どうやらその思考の根拠が一切ないただの妄想という訳ではないようで」
「調べたのか」
「はい。ハル様にご提示いただいた端末の所在を物理的に探索いたしました」
「ご苦労。いや、本当にご苦労様だね。よくそこまで……」
つい先日アルベルトたちと共に行った、現代における『インターネット』調査。
インターネットが完全に下火となった現代、そこでは大した情報は出てこなかったが、それでも調べれば確実に分かる事実が存在した。
それは、情報の物理的な保管場所の座標。エーテルネット上では存在しない、『サーバー』の所在地だ。
「所有者は一見普通の家に住む何の変哲もない一般人。いえ、実際に一般の方なのでしょう。今は引退した、技師のようです」
「技師?」
「はい。とはいえエーテル技術の技師ではありません。特に、機械工学に携わる者だったようで」
「だろうね」
ありふれたエーテル技術を利用した作業員であるならば、アルベルトがここまでもったいつける事はない。
このハルの手の中にある書類も、そうしたエーテルネットの外にある技術であるからこそ残っていた物だろう。
「……僕は、常々重要なデータは紙媒体で残すべきだと思っているけどね」
「仕方がありません。エーテルネットの利便性は現代ではもはや非可逆。その信頼度も、十分に強固なものとして定着しております」
「消える時は一瞬なんだけどね」
日本人のあらゆる活動、それに伴う経済取引が現代ではエーテルネット上で完結している。
その万能性は、ハルとてもちろん認めるところだ。その管理者としての万能性が、良い証拠となっている。
今も会話がよく分からない顔で元気にごはんを食べているソフィーがこうしていられるのも、その万能性あってのこと。
しかし、その万能のエーテルネットにも弱点はある。データの保存性だ。
通常、エラーによりデータが壊れるなどという事とは無縁のエーテルネット。これは誇張ではないし、事実そうした事件はこれまでほぼ存在していない。
しかし、一方でネット上のデータは経年劣化にひどく弱い。参照されなくなったデータ、コピーされることがゼロとなったデータは凄まじいスピードでその意味を消失し、ネットの海に藻屑と消える。
これは、ハルが意識拡張したときに触れる残留思念めいたデータの断片がそれに当たった。
実に悪だくみする者有利の仕様である。勝手に証拠隠滅してくれる。
そのためいかにハルとて、ネット上のデータのみで月乃の秘密に迫るのは限界があった。
「その点、やっぱり紙はいい。書面上のデータ以上に、これ自体が『物証』になる」
「流石でございますハル様。やはり、直接お持ちしてよかった」
「なんだか凄いね! 探偵さんだ! あ、ごちそうさま!」
「お粗末様でございました」
そう、現代の探偵に物的証拠を渡したら犯人は一発アウトだ。
エーテルネット上のそれとは違い、物理的に残った証拠はそうそう消えることはない。
それこそ分子レベルの調査能力によって、現場や物証に関わった人物を根こそぎ洗い出すことだって可能であった。
ハルはぱらぱらとその『証拠』の束を確認すると、その中のうち数枚をピックアップする。
アルベルトの見せたかったのも恐らくこれ。その技師が、かつて月乃からの仕事を請け負った際に使われた書類のようだ。
「月乃様に関わる書類はそれのみのようです。他は、高確率で無関係と思われます」
「まあ、どれもお金持ちやお偉いさんの依頼ばっかりみたいだね。こうした依頼ばかりを受けてきたから、世の中なんでも穿った見かたをするようになっちゃった訳だ」
世に出せぬ秘密の依頼。とはいえそれは、この人の妄想するような裏社会の秘密がどうこうといった大層なものではない。
単に、お金持ちがこっそりやっている秘密の趣味といったところだ。
「まあ、とはいえ月乃さんの依頼したこれは特段あやしいのは確かだ。大型の生体培養槽。いかにも秘密結社の女帝が使っていそうだ」
「マゼンタの『生体研究所』にも、似たようなものがありますね」
「そうだね」
星の環境を地球に似せて再現するための、マゼンタとメタが共同で運営している『生体研究所』。そこでは遺伝子工学の粋を集めた機械が今日も絶賛稼働中。
それと酷似した機械を納入するなど、怪しさ抜群である。陰謀論を妄想されるのも避けられないというもの。
「それで、何か書面上の事実より先のデータは取れましたでしょうか? 私では、どうにも限界で」
「それは仕方ない。アルベルトは、こっちに本体が無いからね」
次元の壁を乗り越えて器用にロボットの操縦をするアルベルトだが、どうしてもエーテルネットの調査力では一歩落ちる。
だが、ここまで分かればあとはハルの仕事。まるで問題ない。
ハルは書類に付着した様々な証拠、それを文字通り事細かに解析すると、得られたデータを元にエーテルネット上にて該当データを洗い出す。
そうして凄まじいスピードで、当時この取引が行われた現場を探し当てるのだった。
「見つけた。やはり地下室だね。街二つ離れた、関連会社の地下だ。そこにぽっかりと、検索不能の空洞が空いている」
「それって変な事なのハルさん?」
「いや、元々地下にはエーテルが浸透しにくいし、大きな岩なんかもあれば見えにくいこともあるんだけどね」
「それでも、完全に『情報なし』は異常なことなのですよソフィー様」
「おお! そうなんだ! でも凄いねハルさん! そんな紙切れ一枚眺めただけで、すぐに分かっちゃうなんて!」
「まるでゲーム内で<解析>スキルをかけた時の如くですね。お見それいたしました」
「いや……」
褒めてもらえるのは嬉しいハルだが、分かってしまえば恥ずかしさの方が先に来るハルだ。
こんな分かりやすい完全空白、今まで見逃していた自分が恥ずかしい。何故気付かなかったのか、と自責するばかりだ。
月乃の関連会社を、片っ端からくまなく調査していれば、この違和感には気付けたのではないだろうか?
「まあ、悔やんでいても仕方ない。大事なのはここからだ。早速調査に行ってみよう」
「お供いたします」
「私も! ……って訳にはいかないか!」
「そうだね。ごめんねソフィーさん。僕の体自体は、残るからさ」
「分身便利だね! よし、じゃあこっちは<武王>のお仕事計画を立てようねハルさん!」
「そうだね。これからはソフィーさんも事務作業で忙しくなるね」
「うげーっ!!」
あくまで明るく元気なソフィーに励まされつつ、ハルはリアル<解析>により明かされたポイントへと向かう。
そこで恐らく、ハルは月乃の秘められた何らかの過去と対面することになるだろう。
その覚悟を決め、ハルは本体をその謎の小部屋へと向かわせるのだった。
※誤字修正を行いました。ルビの追加を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




