第876話 鬼神の太刀
ソフィーがワラビを倒した頃、アベル王子は姉姫ディナ王女からの猛攻に曝されていた。姉弟共闘の誘いはあえなく蹴られ、姉弟対決が開幕している。
彼女の武器は異世界のそれと同じ長大な槍。アベルの聖剣とディナの聖槍、二つの魔道具の再現であるかのようなぶつかり合いはここではディナ有利であった。
「どうした! バトルスキルを使え愚弟! お前の才能を見せてみよ! それとも神に才を見放されたか!」
「オレのスキルは仲間や主が居なければ真価を発揮しないんですよ!」
「だから騎士など止めておけと言ったではないか! そんな体でよくノコノコと出てこれたな!」
「姉上が出ろって言ったんじゃないですか!」
理不尽な言葉責めと共にくり出される力強い突きは、先ほどのソフィーの連続突きにも匹敵する猛攻となりアベルを苦しめる。
アベル王子のユニークスキルは、異世界の聖剣を再現したようなオーラを剣に纏う強力なもの。
しかしその発動条件は、主君であるハルから支援の魔法やアイテムを頂いた時にのみその真価を発揮する。
そのハルだが、今は観客席で優雅に観戦中だ。当然中立なので支援は入らない。
騎士団の部下たちも別ブロックの激戦に巻き込まれほぼ敗退。アベルに強化を入れてくれる者はこの場に多くなかった。
「最後に頼れるのは常に己のみと心得よ! よしんば他者をアテにするとして、戦略に組み込んでおけ、戦場の理不尽さを舐めるな!」
「姉上が『一人で向かって参れ』って突きつけてきたんじゃないですか! それに、主様が参加してたらもうとっくに優勝決まってますよ!?」
「主君を見る目だけは確かだったようだな!」
なかなか理不尽な理屈と共にアベルを攻め続けるディナ王女。その槍捌きは鋭さを増す一方で、<誉れの聖騎士>を発動できないアベルは防戦一方だ。
もはや押し切られるのは時間の問題かと思われたその時、その二人の因縁に割って入る者が居た。
「楽しそうだね! 混ぜて混ぜて!」
「くっ……! 無粋なヤツめ、家族水入らずと分からぬか!」
「戦場の理不尽さを説いた人の言葉とは思えませぬ姉上! あとこんな水入らず嫌ですが!」
「うんうん。やっぱり剣で語るのが、家族なんだよね!」
「話せるではないか!」
その身に幼いころから徹底的に、不器用な愛情として剣術を叩き込まれたソフィー。彼女が強者との戦いに爛爛と目を輝かせて参戦する。
ワラビを撃破したソフィーが次に目を付けたのはこの二人。物理的にも精神的にも、他人の入り込めぬこの姉弟対決へとお構いなしに突っ込んで来た。
それはこの二人さえ倒してしまえば残りは雑魚散らしで終わるという考えが一つ。そして何より、どちらかが倒れてしまう前に両方とも自分が楽しんで、両方とも自分が討ち取るという絶対強者の構えだった。
「さあ! 続けていいよ! 二人が戦っているところの、隙を私が突くからね!」
「……姉上。ここはやはり」
「やはりお前を先に倒して、それからゆっくり強敵に対処だなぁあああ!!」
「何でですか!!」
「おお、予想外!」
三つ巴で隙を作るのを嫌った二人が協調して自分に向かってくることを誘ったソフィーだが、ディナ王女はその言葉の額面通りにアベルへ突き入れる。
周囲の戦況がどう変わろうがまずは弟と雌雄を決する。その意思の堅さに感動したソフィーは、その勝負に敬意を払いこの場を去る。ことは、しなかった。
「いよいよ混ざらなきゃね!」
彼女は大胆不敵にも槍と剣の狭間へと飛び込み、<次元斬撃>により生まれた手数で両者の武器を受け止める。
アベルを貫こうとした槍を弾き返してディナを切り刻み、その救ったはずのアベルにも同時に連撃をお見舞いする。
あくまで、『自分を相手にせねば一人勝ちになるぞ』とその剣は雄弁に語っていた。
「猪口才な! だが敵が増えれば、それだけ我が槍は輝くぞ!」
「おお! 対軍ユニークだね!」
ディナ王女のユニークスキルは、アベル王子とは違い仲間が居なくとも起動する。その力は正に一騎当千。敵の数が増えるほど武器のオーラが増す、この武王祭に打ってつけの物。
とはいえ神槍の飛行機能はこちらの世界では再現出来なかったようで、彼女の戦闘スタイルは発揮しきれていないようだ。
「どうやら<飛行>は出来ないようですね姉上」
「……主君自慢か? 私だって、『馬』が居ればそこそこ自由に空を駆けられる」
「では姉上も準備不足でしたね」
「この姉に向けて、ずいぶん口が達者になったじゃないか。泣き虫アベルは卒業か?」
「泣きませんよ! 何時の話ですか!」
どうやら飛行モンスターに騎乗することで、ディナ王女はその戦闘力の真価を表すことが出来るようだ。あの長大な槍を馬上槍のように振るうのだろう。
しかし、この武王祭には持ち込めなかったようで、この場にその姿はない。
このままでは二対一といえソフィーに押し切られて終わりかと思ったところで、王子と王女へかかる声があった。
「ならうちの子たちに乗ってください! 私が、<召喚魔法>で支援します!」
◇
余人の近づけぬ三つ巴の争いに飛び入って来たのは、翼持つかわいらしいモンスター。
ふわふわでずんぐりした姿に見合わず、その動きは俊敏だ。その者は『馬』が欲しいと言ったディナ王女の周囲を、ゆっくりと旋回し続ける。敵意はなく、『乗れ』と言っているようだった。
「貴様は?」
「あ、はい! ミントから来ました、コマチと言います、<召喚士>です!」
「……いいだろう。助太刀感謝する! 貴君の愛馬、借り受けよう」
「もはやオレの時との対応の違いにはツッコミませんよ姉上……」
あくまで協力してやらないのはアベルだけのようだ。厳しい姉君であった。
二人の支援に駆けつけたのはコマチ。ハルも以前仲良くなった、ミントで召喚獣のペットとのんびり生活をしているプレイヤーだ。
のんびりとは言いつつも、その活動にはスキルの継続使用が不可欠。
そして可愛らしいモンスターたちとの心癒される放送は視聴者を集め、ここ決勝戦に残る程の実力を身に着けさせていた。
「必要なMPは私が肩代わりします。この<冥王陣>の力、今が最高潮ですよ」
一回戦でアベルと協定を結んだ、周囲の魔力を吸い取り力に変える<冥王陣>の使い手。更に共に勝ち進んできた戦友たちもソフィーの包囲へと回る。
ここに、誰彼構わず嚙みついたソフィーもさすがに万事休すかという包囲網が出来上がった。
「愚弟の思惑通りのようで気に食わんが、ここはお前を倒さねば話が進まぬのも事実のようだ。容赦はせぬ!」
ファンシーな大型飛行生物にまたがった勇ましい王女様が、上空からソフィーへと狙いを定める。
その急降下と共に突き込まれる輝く馬上槍。更にそこに完璧にタイミングを合わせたアベル王子の剣。
周囲から支援を受けたアベルの剣もまたスキル条件を満たして輝き、更には魔法使い達の遠距離攻撃がソフィーを襲う。
派手過ぎる大立ち回りを見せてしまったソフィーが、まずはその高すぎる敵愾心により退場するだろう。
ハル以外の観客の目には、ありありとその光景が脳裏に浮かんだ。
「<次元斬撃>、『鬼神の太刀』」
だがソフィーはその詰みにも等しい逆境を、文字通り『一刀の下に』切り捨てた。
「うん。まだ生きてるねお姉さん。流石」
常に弾むように彼女の元気さを主張していたソフィーの声は低く沈み、にこにこ顔だったその目は細められ口元も真剣に結ばれる。
ひと目で極限の集中状態にあると分かる彼女の周囲は、一瞬前とは一変していた。
ディナ王女は謎の攻撃により地面に叩き落され、刀を振り抜いたポーズのソフィーの周囲の地面には、巨大な亀裂が走っている。
確かに、遠隔で刀を出現させ操るソフィーだが、このような極大の一撃を生み出すスキルではなかったはずだ。あくまで、複数攻撃に特化したスキル。
そう見切ったからこそ、ディナ王女は強引に突破せんと一撃必殺で攻めたのだから。
まるでこの斬撃痕は、かつての<次元斬撃>の再現、いやそれ以上の一撃だった。
「……うん! 出来た出来た! ふぃー、良かったぁー! ぶっつけ本番だから、ひやひやしちゃったよ!」
そんな振り終わりの残心から抜けたソフィーは、先ほどの集中をまるで感じさせぬ底抜けな明るさを取り戻す。
その言葉はこの土壇場で先ほどの技を閃いたことを意味しており、取り囲むプレイヤーの度肝を二重で抜いた。
「見てたハルさん! “あっちの”<次元斬撃>だったみたいでしょ! どうかな!? どうかな!?」
彼女をサポートするハルに新技の成功を大喜びで報告するその隙だらけの姿にも、取り囲む皆はまるで手出しが出来ない。
それだけの恐るべき威力の一撃で、それだけの正体不明さが焼き付いてしまったのだ。
その正体は、言ってしまえば単純な物。<次元斬撃>により生まれる多数の刀を、一直線に連ねて切り飛ばす。
ただそれだけであるはずの技が、本当に空間を裂いたかのような一撃となって昇華されたのだ。
これは単なる幸運ではないとハルには分かっている。ソフィーは何らかの直感で理屈を飛び越えて、これが『出来る』と確信して剣を振るった。
その明鏡止水の心にスキルシステムは応えるように、『鬼神の太刀』という名でスキルを発動させた。
……この際に渦巻いた現地のデータは、後でセフィと共にきっちりと検証する必要があるだろう。
「さて! 続きをやろう! かかってこーい!」
再び元気一杯にガッツポーズを取り戦意をあらわにする彼女に、掛かって行ける者など、誰も居ないように見えた。
◇
「侮るでない!」
「うん! まずはお姉さんからだね!」
そのソフィーの無邪気なオーラが振りまく絶望感から、真っ先に立ち直ったのは武人姫ディナ王女。
だが彼女の槍は、その輝きをほとんど失ってしまっていた。ソフィーの一撃により、自身に向いたヘイトがほぼ霧散してしまったことから、スキル効果も失せてしまったのだ。
彼女に続いて、一瞬遅れたものの弟であるアベルも続く。借り受けた召喚獣に引っ張られるように、先を行く姉姫の元へと急いだ。
「<次元斬撃>、『阿修羅の手』!」
「なんのこれしきぃ!!」
「続いて<次元斬撃>、『霧中八旋』!」
「くっ……!」
六本の刀による同時攻撃をなんとか防いだと思ったところに、続けざまに八本の刀があらゆる方向から襲い掛かる。
もはや防御手段なしと思われたディナの前に、アベルがその身を盾にするように滑り込んで来た。
「姉上ぇええぇええ!」
「馬鹿者が! 捨ておけ!」
「捨ておけません!」
「二人同時に死ぬだけだ!」
「大丈夫! ガードされたから!」
そんな窮地の姉を救ったのは、ただのアベルの根性ではない。彼の体の周囲には、バリアのような球形のフィールドが張り巡らされていた。
アベルの新たなユニークスキル、<守護の聖騎士>。これもまるで、かつてのアベルの聖剣による防御機能を再現したかのような強大な防御力を誇っている。
ソフィーの刀は全てそれに阻まれて、姉弟にはダメージは通っていなかった。
その防御力に、この場の参加者の心に希望の火が灯る。彼の防御を盾に、全員でソフィーに集中砲火をすれば勝てるのではないか。そんな勝算が見えてくる。
遅ればせながら、アベルの立案したソフィー包囲網は彼のその献身によってここに成ったのだ。だがしかし。
「あ、それ知ってる! ハルさんに習ったやつだ!」
かつて、このスキルの元となったであろう魔道具を打ち破った者の名にアベルの表情が凍り付く。
バリアを起動し動けないアベルの前で、ソフィーはゆっくりと剣を上段に構えて精神を統一する。
出自が同じならば、破り方も同じ。そう言わんばかりの刃筋に一切ブレのない達人の一刀。それはバリアを貫通し、シャボン玉でも割るかのように中のアベルの身に突き刺さった。
その絶望感は、この機を逃さんと攻め込んできていたプレイヤー達の足を再び凍らせるには十分だった。
「もうないかな? じゃあ、これでチェックメイトだ! <次元斬撃>、『鬼神の太刀』!」
その包囲を一掃するように、鬼神の大太刀が彼らを両断した。
そうして、無邪気に絶望を振りまきながら、この武王祭の優勝者は圧倒的力によってこのソフィーへと決まったのだった。
※誤字修正を行いました。




