第875話 並び立つ元気少女たち!
「姉上っ! ここは共通の敵を倒すため、まずは力を合わせましょう!」
「うつけがっ! 教えただろう愚弟! 敵の敵は味方ではなく、敵が増えただけである!」
「確か『敵の敵は利用し甲斐のある敵だ』と教わりましたが!?」
「問答無用!!」
まずは全員でソフィーを潰そうとしたアベル王子の作戦は、猪武者たる姉姫によりご破算となった。
彼女もまたアベル同様に道中で仲間を増やしており、アベル隊はその対処に追われることとなる。
その分ソフィーへの対処は当然手薄になり、ここに三つ巴の乱戦が巻き起こることとなったのだった。
「危なかった! でも容赦はせず、この隙にまとめて頂いちゃうよ!」
「やらせないの! リメルダちゃん!」
「ああ、私たちで止めよう!」
「やってみなさーい!」
重い拘束具で手足を封じられたワラビと対をなして並ぶのは、今は拘束から完全解放されたリメルダ。
その拷問じみた『トレーニング』の成果を見せるべく、彼女らはソフィーと対峙する。
もともと<忍者>として隠密技能を磨いてきたリメルダだが、その過酷な修行により身体能力も格段に強化された。
スピード、パワー、タフネス。全てが備わった彼女の力はかつての同僚であるソロモンにも届きうるかも知れない。
「『空蝉』」
そのリメルダがくり出すは、かつてそのソロモンも見せた分身の術。十体以上に分かれたその体が、一気にソフィーへと襲い掛かる。
「おお! 同時攻撃! でも残念。こっちも同時に撃破しちゃえばそれで済んじゃう。<次元斬撃>!」
複数方向から襲い掛かるリメルダの分身体を、ソフィーは難なく退けてしまう。
ソフィーのユニークスキル、<次元斬撃>。自らの周囲に前触れもなく刀を出現させ、その宙に浮く刀身を自在に操って攻撃するトリッキーな攻撃だ。
本来一体ずつしか相手に出来ない剣士のソフィーが、これにより一対多数の戦闘にも対応してしまう彼女に相性の良すぎるスキルであった。
「ひとーつ! ふたーつ! みーっつ! そして本体はそこっ!」
「くっ……!」
「リメルダちゃん、下がるの! 死んじゃだめだよ!」
「安心して! NPCは峰打ちにするからね!」
「舐めるな! 元よりローズ様に拾われたこの命。惜しむ私と思ったか!」
「いや、だとしても命賭ける場面じゃないだろここは。惜しもうよ……」
別にハルも『命がけで<武王>に成れ』なんて言っていないのだが。なんだかリメルダまで狂信者化してしまっているのは、ハルの責任なのだろうか?
「……いい覚悟だね! じゃあ、私も応えてあげなくちゃ!」
そのリメルダの決意に、元々自身も現実でも真剣で斬り合うことに躊躇がないほどネジの外れたソフィーが応える。
笑顔ではあるが目を見開いたソフィーの顔の迫力は、この場の覚悟なき者達を震えあがらせる。
そのソフィーからリメルダを守る為、その威圧感に打ち勝って飛び込む影が一つだけあった。
「フルメタル・わらびー!!」
「おおっ!」
ソフィーの周囲に浮く複数の刀が、一斉にリメルダの本体目がけて振り下ろされる。
一対多の状況は完全に逆転、あわやお陀仏という所で、その刀の全てをワラビが受け止めた。
「このダマスク神鋼の超装甲! 破れるものなら破ってみなさーい!」
「うん!! 破る!!」
まるで大男が分厚い全身鎧を着こんだようにそのシルエットを変化させたのは、一瞬前まで細身で華奢だったワラビ。
まるで強化外骨格のような体に対し大きすぎるその鎧は、その全てが超重量のダマスク神鋼。
常人ならば着こんだだけで圧死確定の鎧は防御力も重さ相応。ソフィーの刀全てを、そのまま体で素受けしてしまったのだ。
「なんて硬さだ! どっかで見たクリスタルゴーレムでもここまで硬くはなかったね! 燃えてきた!」
「……そっちこそ、なんて攻撃力なの! このローズちゃん特性のカチコチぼでーに、切り傷が入ってるの!」
その重さ故、ワラビの最強形態、『フルメタル・わらびー』は今まで真価を発揮する場面が無かった。
歩けば床を陥没させ、走れば壁を粉砕する。周囲環境に被害を与えすぎるその身は、攻撃に回るにも難儀する。
しかしこの武王祭は違う。街を、試合会場をどれだけ壊しても構わない。国そのものから許可を得たワラビは無敵。
「どんがらがっしゃーん!!」
攻撃方法は単純至極。その重さをもって、ただ走り抜けるのみ。
ソフィーに肩からぶつかるようにワラビはタックルを決め、その勢いのままに走り抜ける。
宙に浮く刀全てをもってその追突を防御したソフィーを引き連れたまま、ワラビはこの闘技場の壁に思いっきり衝突した。
「おっ、今回も観客に死人が出たか?」
「『今回も』ってなんだ今回もって……」
「武王祭で見物人に死者が出るのは風物詩だ! 客もそれを承知で見に来てる! むしろそのスリルを味わいに来ている! だっはっは!」
「公道レースかと……」
選手も観客も命知らずだ。しかし、もちろんハルの前でそんな死者は出さない。
ワラビが衝突した壁からどうにかその身を引き抜くと、その壁の奥には光り輝く魔法の防壁が張り巡らされていた。
「あっ! これローズちゃんの<神聖魔法>だ!」
その通り、ワラビのタックルが客席を粉砕する手前で、ハルが<神聖魔法>によって防壁を張った。
ここだけではない。闘技場の激戦が観客にまで届かぬよう、ハルは試合全てに目を光らせている。
……そんな風に彼らの命を救ってしまったために、NPCからの『信仰』の視線がまた熱くなった気がするのは考えないようにする。
「あれ!? でもソフィーちゃんが居ないの! ……しんじゃったかな?」
「残念っ! ここだよー!」
ワラビが『運送』したソフィーの姿が、壁の奥に見当たらない。そんな状況に鋼鉄の巨体がかわいらしく首を傾げる。
その致命的な隙へと突き込むべく、ソフィーが現れたのは遥か上空。
観客席から見ていたハルたちからだと良く分かったのだが、ソフィーはワラビの衝突の瞬間にその身をねじりあえて壁へと足を向け、衝突の衝撃を利用して空へのジャンプ力へと変換したのだった。
「<次元斬撃>、『千枚通し』っ!」
加速度をつけて降って来るそのソフィーに、壁から抜け出したばかりのワラビは対応できない。
ソフィーと共に降って来る<次元斬撃>の刀は、当然のように多数出現し、ワラビを狙う。その全てが突きの形を取り、刀の雨となって頭上へと降り注いだ。
「いったーーいっ!! ああっ! 兜が飛んじゃった!」
「可愛いお顔が丸見えだね!」
「まずいの、狙われちゃうのー!」
ワラビの最強形態防具、『フルメタル・わらびー』は一点ものだ。ハルの“手作り”でしか生み出せぬ圧縮錬金の賜物であるダマスク神鋼は量産が効かず、またその加工にも多大な手間が掛かる。
粉砕された兜にもスペアはなく、アンバランスにむき出しになった小顔は無防備な弱点となって曝される。
「ううぅ~。でも大丈夫! まだまだ腕でガード出来るんだから!」
「ワラビ! 無茶をするな、私がサポートするから!」
「安心して! 私は頭を狙ったりしないからね!」
その巨大な腕で顔をガードするワラビに対し、ソフィーはその『弱点』を狙わないと宣言する。
戦術的には、あり得ない判断。そのソフィーの言葉に、当のワラビも隣に並んだリメルダも、きょとん、とあっけに取られた顔を見せる。
果たしてその言葉の真意は、いかなるものであるというのか。
「その鎧を完全にぶっ壊して、完全勝利するからね!」
◇
完全勝利。これはソフィーの常に掲げる目標であると同時に、悪癖でもある。
敵は全て倒し、敵から逃げることはせず、敵の強みは正面から打ち砕く。
これはソフィーの元々持っていた性質であるのが半分。彼女をサポートしているハルの影響を受けてしまったのが半分だ。
ソフィーを『プロデューサー』として裏で支援していたハルは、なるべくそうした自分の好みを出さないように効率重視で指示を出していたのだが、そんな甲斐なくソフィーはこうして育ってしまった。
「言い訳がきかないくらい、こてんぱんにしようとしてるのぉ……」
「んーん! 違うよ! 今のでその鎧の弱点が見えたから、それを確かめないと気が済まない!」
「……どちらにせよ、自由過ぎるな」
今は武王祭の優勝の為、弱みを見せてしまった相手は徹底的に叩くべき。そんな定石など無視して、ソフィーはダマスク神鋼の鎧を完全攻略すると宣言する。
そんな彼女にワラビもリメルダも呆然とするが、すぐにこれは好機と思い直す。
相手が隙を見せたならば、そこを突くのは自分たちだってまた同じ。
「リメルダちゃん!」
「ああ、行こうワラビ」
これは卑怯でもなんでもない。勝ち方に色気を出した者から死んでいく。これはどのゲームでも鉄則だ。
全滅させての完全勝利、超必殺技での締め、ノーダメージ攻略、アイテム全回収、そしてハルのやっているような犠牲ゼロ。縛りをかければかけるほど、その勝率は下がっていく。
しかしだからこそ、それを達成した時は最高に盛り上がるのだ。
「さあ! 私の頭はここなの! 狙ってこーいっ!」
「凄い勇気だね! でも、もちろん狙わないよ! 宣言通りね!」
完全勝利を宣言したソフィーの覚悟を揺さぶるかのように、ワラビはそのむき出しになった顔を突き出すように彼女へ向ける。
一歩間違えば、ソフィーが前言を撤回すれば、そのまま首を切られて即終了。
そんな誘いに乗ることなく、ソフィーはその顔を避けて<次元斬撃>の刃を走らせる。
それは彼女の達人の剣を鈍らせることに成功し、その隙にリメルダの『忍術』とワラビの剛腕による攻撃が襲う。
「あいたっ!」
「さあさあどうしたのかなソフィーちゃん! 斬れてないよ斬れてないよ! ……でも細かい切り傷付いてるだけで、ヤバいの」
「本当に硬い鎧だね! それに、かすっただけでこのダメージだ!」
ダマスク神鋼の重量は、ワラビが歩くだけで会場の地面を陥没させてゆく。
そしてその重さはそのまま攻撃力となり、雑に振り回した腕がソフィーをかすめればそれだけで大ダメージ。
その威力は、ソフィーだから耐えられたのであり、他の参加者ならそれだけで即死。周囲には、敵も味方も誰一人として近寄れない。
「リメルダちゃん! 『私ごと撃て』ぇーーー!!」
「馬鹿言わないのワラビ! あんた顔出てんだから!」
「しまったの!」
「隙ありっ!」
その防御力に任せた同士討ち覚悟の範囲攻撃も、今は兜が割れているので使えない。
つい普段の調子でワラビがやってしまったその隙を、当然ソフィーは見逃さなかった。
「<次元斬撃>、『獄の剣山』!」
ソフィーの周囲に出現する刀は、その全てが再び突きの構えを取る。
その数は怖ろしく大量となり、普段彼女が操作可能な数を大幅に超えているが、『技』として出したそれは全て半自動操作。
ソフィーの操る精密さは薄れるが、その手数は敵とって単純に脅威だ。
そしてその全ての刀が、次の瞬間にはワラビの鎧に突き刺さる。
「あいたたたたたたた! でもこんなのじゃ、いくら突いてもローズちゃんの鎧は抜けないの!」
「そうだね! ……でも、おかげで見えたっ」
スキルの千本突きに任せて本体は待機していたソフィーが、何かを察してゆらりと構えを取った。
その一点を見据えた鋭すぎる目、明らかにレベルの違う達人の構え。
その普段の底抜けな明るさとのギャップにワラビが息を飲んだのも束の間、まるで瞬間移動かと見まがう速度でソフィーは突き込んできた。
ワラビが対応できないことを責められる者など誰もいまい。そんな、恐るべき剣鬼の一撃。それがダマスク神鋼の鎧に突き刺さる。
「でも効かない! ダマスク神鋼は無敵なの!」
「……いいや、捉えたよ! 私の勝ちだねワラビちゃん!」
「えっ? えっ!?」
ソフィーの鬼神の一突きを正面から受け止めたに見えた分厚い大鎧。しかしその表面に、一筋の亀裂が走って行く。
そのひび割れは、次第に一本の線となり全身へと渡り、ついにはその無敵の鎧を両断した。
「やぶれたりっ! やったね、思った通りだ!」
「なんで! なんでなの!?」
「さっきの兜、壊せたのは偶然だった! でもそれで、この鎧には弱点となる方向があるって分かったんだ!」
「そっか! ダマスク神鋼は、ダマスカス状の積み重ねになってるから!」
「うん! その通り!」
ダマスカスの積層構造。ミルフィーユじみた積み重ね。その単純な構造であるが故に、はがれやすく脆いポイントが出来てしまうということだろう。
それを見極める為の、激しい突きの連打だったのだ。
しかし、そんなポイント、見つけたとて戦闘中に突けるものではない。改めて、ソフィーの剣術の到達した高みがうかがえるようだった。
「では! 改めて成敗っ!」
「負けちゃったーー!!」
そうしてソフィーは宣言通りワラビの鎧を全て破壊し引きはがすと、その中から出て来てしまったむき出しの本体を両断し完全勝利を収めるのだった。




