第874話 勝者とは強さではなく結果
飛空艇から降り、熱狂の人垣を割り開くようにして進むハルたちは、リコリス首都の中央付近に作られた闘技場のような施設へと案内された。
どうやら決勝戦はそこで行われるらしく、客席には既に多くの観客が詰めかけている。
闘技場の構造は入口に向けて大胆に大きく開かれた試合会場のスペースを、半円状の観客席が取り囲む形。
またドーナツで例えると、一つのドーナツを半分に切ったような構造の建造物となっている。
これは客席に入らずとも、多くの市民が観戦可能なようにとの配慮だろうか?
「……いや、よく見ると元は通常のように円形のコロシアムだったんだろうことが分かるね。壁の切り口には、崩れた物を補修したような形跡が見える」
《ほえ~》
《わざと壊したってこと?》
《壊れたんだろ、試合で》
《試合激しすぎだろ》
《そりゃそうだ》
《魔法の世界の試合がこんな範囲で済まん》
《当時の観客は?》
《死んだ》
《耐えきれるかも知れないだろ!》
《耐えら……れるかもな!》
なにせ観客だって戦士の国の住人である。選手が大暴れした余波を受けても、耐えきって見せたかも知れない。
「それは、今回の観戦席を見てもよく分かるね。“この”武王祭に勝ち残った人達の試合を間近で見ようっていうんだ。生半可な覚悟と実力じゃないだろう」
ハル自身は貴賓席のような特別な空間にてゆったりと寛いでいるが、視線を下ろしてみると強面の戦士たちが、ぎゅうぎゅうにひしめくように席を埋めている。
もはやこの観客達だけで一つの軍隊に匹敵する戦力と言っても過言ではなく、むざむざ流れ弾にやられる人間など一人も居ないような気すらしてきた。
その強面達が、揃いも揃ってハルの居る貴賓席に、いやハル自身に視線を注いでくる。
頬を紅潮させて瞳を潤ませる様は美少女であれば嬉しいハルでも、筋骨隆々の大男では対応に困るというもの。
腰の『曼珠沙華』の剣により、ハルはリコリスの民にとっても信仰の対象となってしまっているのだった。
……時おり美少女の視線も混じっているので、それを慰めにするとしよう。
「まあ、いいや。それより、よくこんなに実力者ばかりが観客になったものだ。もしやチケットも実力で奪い合ったのか?」
「その通り!」
ハルの独り言に応える声は、同じくこの貴賓席からのもの。ハルが振り返ると、そのまま観客席に居そうな大男がこの場にも居た。
その男は順路を間違えてこの場に紛れ込んだ一般客でないことを示すように、ひと目見て分かる豪華な装備を身に着けている。
……観戦するのに『装備』というのもおかしいが、そこはお国柄なのだろう。
「お初にお目にかかる! 俺は<武王>、この国のトップを張らせてもらっている。その地位も、もはや今日までだがな! だっはっは!」
「ナイス自虐。初めまして<武王>。アイリス<公爵>のローズだよ」
「お会い出来て光栄! いかんせん野蛮人の生まれだ。麗しい礼など知らない身で失礼!」
「いや、僕の方も気楽でいいよ。こちらこそ、」
「おっと! 頭は下げてくれるな! 神の代行者たるアンタに礼を強要したとあっては、オレは下の連中に殺されちまう!」
「<武王>なのに……」
「武王祭終了直後に先代がおっ死ぬなんざよくある事さ! だはは!」
「よくあっちゃダメだろ……」
相変わらず凄い国だ。この彼もまた、前回武王祭で優勝し文字通り王座についた実力者だ。
全盛期は過ぎたとはいえ、この場の誰よりも実力者であろうことは間違いない。
そんな<武王>じきじきに接待してくれる形になるらしく、その事実がまたハルの立場の異常性を物語っていた。
「……なあ、リコリス様に勝ったって本当か!?」
「……本当だよ。強かった」
「マジだよやっべぇ……、ガルマの奴、とんでもねぇ人を連れて来たもんだ!」
「評価してあげなよ。色々頑張ってるらしいから」
「いや! 俺はもうそういうしがらみとは今日でおさらば! そーゆー面倒くせー話は次代の<武王>とやってくれよな!」
「自由だ……」
引継ぎくらいして欲しいものである。そんなことでは国が混乱するだろうと思うハルだが、この国の混乱については今さらすぎた。
それを理解してしまった以上、言葉は喉から出てくることなく、ただため息となって宙に消えるのみ。
「本当に、何から何まで型破りな国だね。君だって、こんな近くで普通観戦するものじゃないでしょ」
「だはは! <武王>を『君』呼ばわりのアンタに型破り言われたくねー!」
「失敬」
「いいってこと! まっ、俺はさっきも言ったように、ここで死んでも問題ないからな!」
問題なくはないだろうが、この大会の終了時には次の<武王>が決定している。もし彼がここで死んでも、政治への影響は最小限。
「それに、現役の<武王>を舐めてもらっちゃ困る! そんな俺を殺せるくらいの奴なら、むしろ国にとっては大歓迎の逸材だ!」
「……それはいいけど、じゃあ僕らをここで観戦させちゃダメだろ」
「リコリス様を倒すくらいの奴ならそれこそ問題ないだろ!?」
「そうだけどさあ」
それでも色々あるだろう。対外的な問題とか。
まあ、逆に対外的なメリットも大きいのは事実だ。ここでハルとリコリスの友好関係を広くアピールしておけば、次の<武王>政権の良い滑り出しにもなる。
本当に要人警護に無頓着という訳でもないようで、実際にコスモスの国の毒舌少女シャールなどは飛空艇からの観戦だ。ハルだけが、例外的な特殊例であるらしい。
「おっ、来た来た! さて今回はどんな連中が勝ち残ったのかなっと!」
そんな適当な二人が貴賓席から見守る中、決勝戦まで勝ち上がった参加選手が闘技場の中心部へと集まって来るのだった。
◇
「おーおー! 若いのが多い! いいことだ! この国の将来は安泰!」
「君は何歳くらいの時にこの舞台に立ったんだい?」
「あー、十六か七だったかな。……今、当時の俺に声が届くなら『ここで適当に負けとけ』って大声で叫ぶね」
「参加者のやる気無くすようなこと言うなよ……」
「だってつまんねーんだもん。王様なんて」
これにはハルも同意する。だからこそハルも<王>の任命を蹴ったのだから。
とはいえ、現職がその地位をまさに争っている席でする発言でないのは変わらないのだが。
「ところで、こいつらの中で有力候補はどいつだ?」
「ん? やっぱりソフィーさんじゃないかな」
「どいつ?」
「あの栗色の髪の刀を下げた女の子。個人の戦闘力とその容赦のなさは随一だね」
やる気十分という顔でかわいらしく大きな目を見開いて意気込むソフィーの姿を指してハルは語る。
結局ソフィーはここまで、出会う敵全てを切り刻み進む方針は変えなかった。
彼女の居たブロックはそれゆえ驚くほど突破者が少なく、『どうせ最後に勝者は一人』というソフィーの意気込みをよく表していた。
「だが、この武王祭に必要なのは個の戦術だけじゃない!」
「だね。ブロック内で、臨時の連合を組み戦略的に協調するのもまた実力」
そこが武王祭の特殊で面白いところ。街を破壊して進むトーナメントを勝ち抜くには、別に相手を全員倒す必要はない。
対戦相手と時に協調して戦い、ブロックの中でパーティを組み、そして時に後ろから刺す。
そんな駆け引きの才覚と、連合を纏めるリーダーシップもまた求められれる。
決勝まで個人で進んで来たソフィーは、その点不利とも言えるだろう。
「その点において優秀なのはアベルだね。僕の身内なんだが」
「傀儡政権狙いか!」
「違うからね? 彼は真逆で、多くの仲間を集めながら勝ち進んできたタイプだね。その連合の力は非常に有利に滑り出しを決めるだろう」
「だが、その数ゆえに常に内部分裂の危険を孕んでいる!」
「だね」
既に選手たちの並びの中でも固まって集まっているアベルたちの連合。その中には、ワラビとリメルダの姿も残っていた。
二人とも拘束具をはめたままで、余裕で勝ち進んだようだ。いや、リメルダの方は何時でも限界ギリギリだったかも知れない。
だが彼らも全員で並んで<武王>に成れる訳もなく、最後に残るのは一人であるのはソフィーが直感で理解した通り。
確率100%で敵に回る相手をどこまで信頼して背を預けられるのかが見物である。
「そして、そのアベルのお姉さんだね」
「おお! 血縁対決か!」
なんだか嬉しそうな<武王>と共に目を向けるは、ハルも久々に出会うアベルの姉君。
もともとこのリコリスを主戦場として活躍していた彼女が、弟王子アベルに出場を強制した本人である。
ゲームの中でも武人として指導が入るらしく、既にアベルを見据えて狂暴な笑みを浮かべる王女と対照的に顔を引きつらせるアベル王子の関係性にも注目だ。
「そいつらの誰かが優勝か!?」
「そう上手くも行かないのは君が身を持って知ってるんでしょ?」
「だっはっは! その通りだな! 強豪同士が潰し合うその隙を突いて漁夫の利をかっさらう狡猾さも、また『実力』のうち!」
総当たり戦でも普通のトーナメントでもないこの武王祭。勝敗は個人のステータスの高さのみで決まらない。
そんな決勝戦が、前置きもそこそこに早くも開幕を告げるらしかった。
◇
「おお、もう開始するんだ」
「仰々しいセレモニーなんかはこの国に合わない! 戦士が戦場に集ったなら! その爪と牙を抑え込むのは野暮というものよ!」
「野獣じゃないんだから……」
再び鼓膜が破裂しそうな大歓声を開幕の合図として、武王祭決勝戦がスタートする。
巨大な闘技場とはいえ激戦を勝ち抜いた参加者のステータスの前には既に敵は鼻先。特に、押さえの効かぬ猛犬のごときソフィーには。
開始と同時に“一番近くに居た者”に向かって猪突猛進する彼女は、ハルが最初に戦った時のソフィーと何も変わっていない。
かつてのハルから学び、その技を吸収した彼女はハルの得意とする踏み込みにより一歩で間合いを侵略する。
運悪くそのターゲットに指定された参加者が、開始一秒で早くも脱落してしまうのかと思われた。だが。
「ダマスク、クラーッシュッ!」
「おおっ! 止められちゃった!」
そのソフィーの剣閃に一瞬で割り込んだワラビの手枷が、ソフィーの刀を受け止める。
ハルの生み出した特殊素材、『ダマスク神鋼』。異常な重さと硬さを誇るその鉄により生成されたワラビの手枷は、鋼鉄すら容易に両断するソフィーの剣にも耐えきった。
「すごいね! その装備!」
「お姉さんの刀も凄いの! ローズちゃんの作ったダマスクに、傷を付けるなんて!」
「ハルさんに買ってもらったこの剣に、切れない物なんてないんだよ!」
二人の少女の口から語られる二つの名前。そのどちらもハルを指している。これも、自作自演に入るのだろうか?
照れ隠しにそんなことを考えて逃避するハルに、早くも仕掛けたソフィーの大胆さに興奮を隠せぬ<武王>が語りかけて来た。いや、叫びかけてきた。
「おいおいおい、アンタが作ったってアレ!? 強いだけじゃなくて<錬金術師>でもあるのか!?」
「声デカイって……」
「おっとすまん! それで? 最有力のソフィーとやらをまず潰すのがアンタの指示ってことか?」
「いや、作戦はアベルに一任している。あれはアベルの指示か、またはワラビさんの判断だろう」
「どっちにしろいい判断だ!」
圧倒的な個を抑え込むにはやはり数の力。全員敵といえど、まずは共通の敵を協力して始末する。
それが、アベルやワラビたちの参加ブロック連合の戦略であるようだ。
「陣形を組め! まずは、ソフィーを集中攻撃して仕留める! 他のブロックも協力しろ!」
「する訳がなかろうっ!!」
その、アベルの全体に向けての提案は、あえなく却下されることとなる。
ソフィーへと意識を集中していたアベルグループを容赦なく襲うのは、当然のように、彼の姉君なのだった。
※誤字修正を行いました。




