第871話 古の情報技術
「《親会社とやり合う? お前、正気か……?》」
「別に会社そのものと戦う訳じゃない。奥様、月乃さん個人と少し事を構えるだけさ」
「《同じようなものだろ……》」
「《……そうですね。ルナさんのお母さん、グループの全てを自由に動かせると言っても過言ではない超大物です》」
「《相手が悪すぎる……》」
「《はい、ソロモンさんの言う通り、言い方は悪いですが敵に回せば泣き寝入りするしかない相手です》」
ソロモンとシルフィード、程度は違えどハルたちの秘密を共有した二人とゲーム外で連絡を取ると、二人は快く会議に参加してくれた。
しかし、ハルが話を切り出すと表情は一変、『来なければ良かった』と言わんばかりだ。
無理もない。月乃は多少経営に詳しい人なら知らない者はいない程の人物。
しかも彼女の得意とするのは情報を取り扱うこととくれば、敵対する怖ろしさが知れるというものだろう。
「大丈夫。親子だし。それに月乃さんの力の半分は僕だから」
「《……なにを言ってるんですこの人》」
ソロモンもつい敬語になるほどの戯言。しかしこれも紛れもない事実だった。
ハルが月乃に付いて以降の彼女の躍進は凄まじく、その貢献度の高さは誇張でも自惚れでもない。
シルフィードは、そのことに心当たりがあるようだった。
「《そういえば、聞いたことがあります。謎のブレイン、御前様の懐刀、母子どちらかの愛人の少年とか、そういう噂。あっ、ごめんなさい、無神経なことを私……》」
「いいよ、事実だから。シルフィーもそれ聞いてたんだ」
「《そう言えばお前も、良いトコのお嬢様だったな。社交界の噂ってやつか》」
「《そう大層なものでは……》」
「シルフィーと僕は同じ学園に通ってるしね」
「《女装してか?》」
「なに言ってんだソロモンお前!?」
「《だってお嬢様学校なんだろ、シルフィードは?》」
「《あはは……》」
「お嬢様は多いけど、共学だよ……」
勘弁して欲しい。『ローズ』を演じているのは正体判明の可能性を減らす為。現実でも女子校潜入ものをするようなハルの趣味ではないのだ。
「《だがそれなら、なおさらオレの出る幕などないだろ? その能力を存分に発揮して、存分に弱みを握ってくれ》」
「《そうですね、協力は構わないのですが、私も何が出来るか。不安なところがあります》」
「ソロモンくんは契約や法律に強いだろ?」
「《……フン、まあな》」
「シルフィーも外から、特に外部のお嬢様から見た僕らや月乃さんについての新しい視点になってくれる」
「《そんな大したものでは……》」
そう、なにも彼らに矢面に立って月乃と戦って欲しいと言っている訳ではない。
秘密を共有した仲間との情報共有。そして新しい空気を取り入れることでの閃きを期待してのことだった。
「《それで、何が問題になってるんだ? 聞くだけ聞くが、引き返せる範囲で頼むぞ》」
「だからそう怖がるなってソロモンくん。でも話さなきゃ意見も聞けないよね? 覚悟しようか」
「《チッ……、やっぱり不安になってきた……》」
「《あは、なんだかこっちでも変わらないやりとりですね》」
「ああ、ごめんシルフィー。ふざけてるわけじゃないんだ」
「《いえいえ! 全くだいじょうぶです! 楽しませてもらってます!》」
まあ、いつまでも普段のノリでふざけても居られないのは確かだ。ここは直球で、気になっていることを聞いてしまおうと思うハルである。
「そんな情報戦を評価されていて、しかも月乃さんの近くに居る僕に情報を隠そうと思ったらどんな手がある? そこの取っ掛かりが掴めれば、あとは自分でなんとかするんだけど」
「《チッ……、また、複雑なことを言う》」
「《どういう事でしょう……? 単純にハルさんより、月乃様の方が情報戦に優れているというお話ではないのですか?》」
「うん。そこは絶対に僕が勝っている」
「《なんだその謎の自信は。足元を掬われるぞ。と言いたいが……》」
「《実際に、凄いところ見てますもんね私たち》」
「《チッ……、忌々しい……》」
特にソロモンはハルにしてやられた立場である。悔しいながらも認めない訳にはいかないといった複雑な感情が見え隠れしている。
ここに関してはハルも決して曲げることの出来ない大前提で、説明は出来ないが『絶対にハルが上』として押し通す。
もしこの前提が崩れてしまうことがあれば、その場合はどのような手を尽くしても月乃には勝てないという証明がなされてしまうのだから。
考えるだけ無駄、という奴だ。月乃がテレポート出来るというくらい無意味な前提。
「《じゃあ、この通信も?》」
「うん。最高の暗号通信になってるよ。これが原因で、シルフィーが月乃さんに怒られるってことは無いから安心して」
「《ほっ……》」
「《フッ、わからんぞ? 通信がよくとも、アナログ面のセキュリティが疎かでバレるかも知れん。物理的に聞き耳を立てられていたりな》」
「《ちょっ! 不安になること言わないでくださいよソロモンさん! 思わず見回しちゃったじゃないですか!》」
「《ククッ、落ち着け。そもそもお前は物理的に声を出していないだろう。妖精姿のお嬢さん?》」
「《あっ、そういえば。……むー! もー、もーーっ!!》」
「《フッ……》」
「あんまりシルフィーをからかうのはやめようねソロモンくん……」
とはいえ、流石と評価できるソロモンの手管だ。人の心理的な盲点を見つける目の鋭さは流石の<契約書>の使い手。
フルダイブしてハルと通信をしているシルフィードは今、物理的に盗み聞きされることはあり得なかった。
そう、こうした見落としがちな隙を、なにかしら探さなくてはならないのが今回のミッション。そこが非常に重要となる。
エーテルネットのセキュリティの高さにあぐらをかいて、原始的で単純な手法を軽視してそれを破られるといった隙は生まれやすいもの。
例えば前時代でいうと、世界最高峰のセキュリティでもパスワードが初期設定のままだったり。
パスワードの強度も完璧ではあったけれど、目視でそれを盗み見られてしまったり。
強固なセキュリティが破られる時というのは、案外そうした単純な場合が多かったりする。ヒューマンエラーと言う奴だ。
その真逆で、単純な手法なのだけれどハルが普段まるで意識しない手法を用いれば、無敵の調査能力も簡単に欺けることも考えられるのだった。
「その調子で、なにかある、ソロモンくん?」
「《……難しいな。多少は思いつくことはあるが、それでもお前の力を高く評価すればするほど無意味となる》」
「《流石ですねハルさん。ソロモンさんがここまで言うなんて》」
「《……ノーヒントで家を探し当てられてるからな。認めざるを得ない。クソッ》」
「その節はすまなかった」
「《まあ、いいけどな……》」
住所を突き止められたことより、ハルの性別に驚いていた彼だ。そのことを掘り下げられる前に、ハルを無条件で認めることにしたようである。
ちなみにハルに掘り下げる気はまったくない。
「《外れていてもいい。何かお前が予想している手法なんかはあるか?》」
「一応。アンチエーテルの壁で囲った地下室なんかがもしあれば、いかに僕とて届きはしない」
「《……弱いな》」
「だよね」
「《えっ!? そんなこと可能なんですか!? 流石、月乃さんの技術力と経済力》」
「《可能かも知れないが、そんな部屋作ってどうする? エーテル技術は使えない、外部と連絡も取れない。ただ死ぬほど落ち着けるだけだ》」
「そうなんだよね」
「《ま、まあ、月乃様にとっては貴重な乙女のプライベートになるのかも知れませんが》」
「《なぜそこで乙女……》」
普段は厳格な月乃とて根は乙女なのだ。それはハルも保証する。彼女の名誉の為、ここで口に出したりはしないが。
しかしやはり、トリックとして弱いのはそこだった。落ち着いてお茶を飲もうが、乙女の秘密の時間を過ごそうが、どうあれ個人で完結する範囲でしかない。
密会は出来るだろうけれども、今回問題となるのは神様相手の密会。
神が日本に干渉するのは、エーテルネットか魔力か、どちらかが必須。そしてそのどちらも、ハルの領分だ。
「《では、その地下室に『インターネット』があったらどうですか?》」
「《……ありだな、シルフィード。いい線だ。しかし、そこで何かしらの情報を受け取ったとしても、送信側はどうなるんだこれは?》」
「《……あ、やっぱダメですか。送信側も全てオフラインだったら、やっぱり大したデータじゃないですもんね。あ、一応オンラインか。ややこしいですね》」
現代において、『オンライン』はエーテルネット接続を意味するのが普通。有線もなにもあった物ではないが前時代からの慣習だ。
逆に、光回線で繋がっていようともエーテルネットが無ければ『オフライン』扱いである。無情なことだ。
「なるほどね。一応、調べてみる価値はあるかも知れない。その方面でとりあえず探ってみるよ」
「《無駄だとは思うがな。まあ頑張れ》」
「《こんな意見しか出せなくてすみません。次までに、何か考えておきます!》」
「いや、ありがとう二人とも。頑張ってみるよ」
やはり、二人に聞いてみて良かったかも知れない。日本にも協力者が出来たというのも精神的に頼もしいハルである。
月乃とまた直接対面することがあれば、その際は神様に頼ることは出来ないのだから。
そんな新たな盟友二人と、ハルはもう少し話を続けるのであった。
◇
「《しかし、凄い背景だな? お前の方はヴァーチャルじゃないんだろそれ》」
「うん。リアルの家だね」
「《さ、流石のお金持ちぶりですね。あの『ローズ』さんは、リアルでもやっぱり凄かった、と》」
「《チッ、忌々しい》」
「いや、妻の家だから僕の資金力じゃないね」
「《ヒモか》」
「ヒモやめろ」
久々に言われた気がする、『ヒモ』。アイリのお屋敷を背景として彼らと通信しているので、そのお屋敷の豪華さに言及されてしまったハルだ。
「《まあいい。会社を裏から調査するのがお前の真の目的だとは前にも聞いたが、『本編』もおろそかにはしないでくれよ、クラマスさん?》」
「《あっ、そうですね。もちろん今すぐじゃなくていいですが、みんなクラマスを待ってますよ! あのリコリスの神剣で何が起こるのか、待ちきれないみたいです!》」
「そうだね。そっちも、もちろんきちんと進めるよ。放置はしないさ」
日本側の要件で呼び出した二人だが、元々の接点は現在も進行中のあのゲーム。ハルはクランのマスターとして、放りだす訳にはいかない。
月乃を調査もしつつ、ゲームも進める。ゲームの方もリコリスから加護を受けたためにまた一波乱ありそうだ。
ここは、ハルの自慢の並列処理の見せ所。ゲームも気にしつつ、今はまず古のネットワークであるインターネットを攻めることにするハルなのだった。
※誤字修正、ルビの追加を行いました。




