第863話 三十六計
リコリスの発する単純なオーラの発散。しかしその威力は、まるで彼女が自爆でもしたかのような破壊力を有していた。
その爆風に煽られ、<天国の門>より現れた分身達は消滅し、ハルの操るローズ本体も耐えきれず即死、<復活者>にて事なきを得た。
「……やってくれる。雑過ぎるだろその攻撃は」
「これが『力』というやつだよ。ただただ強い力があれば、技術も数も、知恵も覚悟も、まるきり意味をなさないというこの世の真実っ……!」
「もはや人というより災害だ。まあ、神様らしいともいえる」
かつて、人智を超えた自然のエネルギーを人は神の御業と恐れたもの。そんな災害の如きエネルギーを神様が操るというのは、しっくりくる話ではある。
この傾向はなにも日本人のみに留まらず、世界中の神話で見られることだ。
人類の普遍的な思考パターンに、組み込まれていると言っていいだろう。
まあ、今はそんなことよりも、このバランスを一切考慮しない神様に対抗する方法を考えなければならない。
あれを連発されるだけで、普通にゲームオーバーだ。
「戦士の国の頂点たるキミが、そんなことでいいの? スキルシステム全否定じゃないか」
「逆だっ! オレが『力』の到達点を見せることで、か弱き人間はスキルを求めることになるっ……!」
「なるほど。『ああはなりたくない』、って思うからね」
「違うだろぉ!? 『あの方には届かない』、って言ってよぉ!」
《あはは……》
《反面教師には違いない》
《目指す道はそこにないってことか》
《ローズ様でも及ばないんだもんな》
《俺達は大人しくチマチマ戦略を練るか》
《それが人間の『力』ってもんよ》
《人は弱いからこそ努力する!》
《バフとデバフとアイテムでな》
《ユニークスキルで対抗じゃ!》
《なにも戦闘する必要はないんじゃない?》
《なるほど》
《確かに<契約書>で罠にはめれば……》
《汚なー!》
なるほど。つまり、リコリスはこの自身の姿をもって、ひたすらステータスを上げ続けることの無意味さを説いているのだ。二重の意味で。
まずは、どれだけステータスを鍛えたところで、神には勝てない無意味さを示す。それにより思うように人気の集まらない者にも希望を与えているのだろう。
そして、そんな怪物に対抗する為の策としてスキル、特にユニークスキルの重要性を暗示している。
例えば乱暴だが、『クイズを当てた方を勝者とする能力』があったとすれば、ステータスの高低などまるで意味を成さないのだから。
どちらにしても、リコリスの目的にとって利のある展開だ。
ゲームの円滑な進行、ユニークスキルの発現。それを促す流れとなる。
「……少しばかり、癪な展開だ。僕が勝っても負けても、**キミの思惑通りになるって訳だ**」
「勝つ気でいるのかい? このオレに、この状態から」
「当然」
《よっしゃあああああ!》
《それでこそローズ様だ!》
《応援してます、お姉さま!》
《勝ってください!》
ハルの力強い宣言に、視聴者たちも大いに沸き上がる。応援は力となり、ハルとリコリスのステータス差をほんのちょっぴりだけ埋めてくれた。
決定打にはならねども、ケイオスの気持ちが少しだけ分かったハルだ。これは数値以上に、負けられないというやる気が出る。
「何か勝算でもあるのかな? ああ、そうか。君にはいつもの切り札があったね。あの<支配者>が」
「……残念だけど、<支配者>は使えないね。少なくとも今は」
「ええっ!?」
「なんでさ……、何でキミが驚くのさ……」
予想していてカマをかけたのではないのだろうか? そこは神様として読んでいて欲しい。
そういった所がイマイチ、ハルとしても読めない相手であった。
「確かに<支配者>の力は圧倒的だ。あれで民から力を集めれば、少なくとも一撃死はしない程度にはなれるだろう」
「なら、やろうぜハルさん? やらない理由がない!」
「準備不足だ。今僕はリコリスに居る。そして僕の民は多くがアイリスだ」
「ふんふん」
「あちらの大陸に手が回っていない今、<支配者>で力を吸い取ったら体力が尽きて民から死者が出かねない」
「じゃあリコリスの民から募るといい!」
「リコリス民が主神であるキミとの戦いで力を貸す訳ないだろ少しは考えろっ!」
……ついツッコミに回ってしまった。周囲にはボケ要員が多いので、出来れば自分もボケに回ってツッコミはお休みしたいハルである。ツッコミ要員募集中である。
そもそもの話として、リコリスの民からの信頼度はまだまだ低い。この武王祭まわりで多少は活躍したが、それでもアイリスに及びはしない。
力を借りるならアイリス中心だ。そして、借りるにしても今じゃない。
「じゃあ、やっぱり打つ手なしって事だなっ!」
「そうでもないさ」
ハルは勝利の確信に笑みを深くするリコリスに、ハルもまた不敵に笑い返す。
ゆっくりと右手を水平に持ち上げていくと、その人差し指にはめられた指輪を、リコリスに向け突き付けるのだった。
◇
「さあ、いつまで寝こけている気だ? お前の持ち込んだ厄介の種だ。いつものように力を貸せ」
「むっ!!」
ハルが指輪に向け宣言すると、リコリスもさすがに警戒しハルから距離を取る。
この指輪は気まぐれにハルとその周囲を転移させる以外にも、もう一つの力があることが分かっている。
それは、変形しハルの武具となる力。その力は『神族特攻』とでも言うべき効果を備え、神界において無敵の攻撃力や防御力を発揮する。
剣と化せば神界の構造物を吸い取って力と成し、アイリスの使役する巨大魚を一刀両断し、盾と化せばあの『太陽』から放たれる殺人光線を難なく防ぎきる。
今回もその力を用いれば、この『ステータスお化け』リコリスとも互角の勝負が出来るはずだ。
「…………」
「…………」
「……えーっと? ハルさん?」
「……動かないね?」
「なるほど! そいつはオレをこの身に引きずり下ろしたはいいが、それで力尽きてダウンしちゃったに違いないな!」
「そうか。流石は神様本体だ、抵抗して相打ちになったってことだね」
「あっはー、そうオレを褒めるなってぇ。照れるじゃないかっ!」
「ははは、誰が褒めるか。余計なうえ中途半端なことをっ!」
またツッコミに回ってしまった。謎の敗北感に襲われるハルである。
どうやら頼みの綱の指輪も、今回は変形してくれないようだ。
敵を生んだ上にサポートもしない指輪にも、指輪の排除も出来ず敵に回ったリコリスにも、等しく文句を言いたいハルの憤りはどうしたらいいだろうか?
《だいぴんち!》
《切り札二号も不発!?》
《万事休すか!?》
《まだだ、まだ終わってない!》
《ローズ様頑張ってー!》
《負けるなー!》
《いったん距離をおきましょう!》
《敵も今離れてるよ!》
《にげてー! 負けないでー!》
《逃げたら負けだよ!》
《厳しいなぁ》
《あ、なんかソロモンきゅんからお知らせ来た》
《俺も。新商品のお知らせ》
《こんな時にも商魂たくましいなぁ》
《ご主人様のピンチだよソロモンくん》
色々と状況は動いているが、今はまず視聴者の言うように距離を取らねばならないハルである。敵が指輪を警戒して後ろへ引いた隙に<飛行>でハルも逆に逃げ、周囲の建物内へと入る。
この空間は街を模した巨大なバトルフィールドとなっており、非常に入り組んだ遮蔽物が乱立している。
その室内へと逃げ込むことによって、まずはあの雑な爆発から射線が切れる。
この裏世界の構造物は、表の神殿や遺跡と同じく破壊不可能。指輪が使えずとも、無敵の盾として機能した。
その『盾』の内部にハルが潜り込んだのと入れ違いに、リコリスの方からオーラの暴風が襲ってくる。
ハルは壁に背を預けてそれをやり過ごすと、すぐに外には逃げずにその部屋の内部に留まった。
「間一髪だったねぇ! 流石だ。しかし、この隙に逃げなくて良かったのかな?」
「いいんだよ。有利ポジションを取ったら、無暗に手放さないのが鉄則だ」
「本当に有利かな? 袋小路じゃないのかなぁっ!?」
窓から飛び込んで来たリコリスが、狭い室内で剣を振り回す。
ハルは分身が振るっていた刀に持ち替え、器用にリコリスの攻撃を捌いてゆく。
今度は体を張って止めることはしない。攻撃の為に隙を作ることは一切せず、逃げの一手。決して彼女の剣がかすりさえしないように、室内の構造を使って立ち回って行った。
力任せに剣が振り回せていた先ほどの外と違い、この室内ではリコリスの攻撃はところどころ壁に阻まれ勢いを殺されてしまう。
ハルはその対応力の低さを利用して、触れれば終わりの剣の暴風雨を潜り抜けて行くのであった。
「未熟! やっぱり、戦には技巧が必要だったんじゃあないかな?」
「はんっ! 一対一限定で時間稼ぎするしか出来ていないのに、強がるね君も! 時間はオレにだけ有利なんだよ!?」
時間経過によって体力が回復してしまったリコリスは、再び雑にオーラを放出する。
それは狭い室内で爆弾のスイッチを入れるようなもの。逃げ場のないここでは、自分から袋のネズミとなっているようなものである。
「<神聖魔法>、光の障壁」
「そんな薄膜が何の役に立つ! 破り散らしてあげよう!」
「続けて『手榴弾のピンヒール』、起動」
吹けば飛ぶような防御壁に向けて、ハルは垂直に立つように足を向ける。
そして爆弾のピンを抜くように靴の踵を折り取ると、靴は即座に爆発的な推進力を生み出した。
爆風に吹き飛ばされる光の壁も、一瞬だけ波に乗るボードのような役割を果たし、ハルはその二種類の風圧の勢いに押されて窓から飛び出すことに成功した。
またも間一髪、ノーダメージ。一手でも対応を誤ればそのまま爆風に飲まれていた針の穴を通すような作業を、持ち前の身体操作技術により顔色一つ変えずに切り抜けて行く。
そのスーパープレイに視聴者は大盛り上がりだが、あまりこれを続けるのもまた良くないだろう。
対処に余裕がなくなればなくなるほど、ハルとしての本来の姿が浮かび上がって来る。
今は『ローズ』として、正体を明かさず切り抜けなければならないのだ。
《まいったね、どうも。これをしなくてもいい為の、高ステータスだったっていうのに》
《自分より強い敵が出てくることは想定していなかったのかな? それは思い上がりだねぇ》
《だから出したらゲームバランス的にまずいだろって言ってるんだけど!? この後大丈夫、運営さん?》
《後のことは後ですり合わせてなんとかするさっ!》
《アイリスたちに怒られろ……》
リコリスのステータスは、もうなんとか出来る範囲を超えているように思う。神様なので、『裏ボス』として言い訳が効くのがまだ救いか。
そんな有り得ない強さの裏ボスに対し、ハルが出来るのは時間稼ぎが精々。では時間稼ぎして何か好転するのかといえば、それもまた望み薄だ。
幸いと言うべきか不幸にもと言うべきか、何も有効打がないのでスキル枠は空いている。
これを使って『完全回復薬』を生産し在庫を補充することは出来るが、まあ焼け石に水。必死で作っても、一撃貰ってしまえば終わりである。
《お姉さま、生命保険は!?》
《ありゃ無理だ。一回死亡判定が挟まる》
《それに全額でないとはいえステータス減っちゃう》
《死ぬたびに弱くなる手は使えない》
《無理かー!》
ハルの仲間になった『保険屋』の作るアイテム『生命保険』。もちろんハルも自身に最上級の保険を適用しているが、それに頼る訳にはいかない。
あのアイテムは、一回ゲームオーバー判定が処理されるため、この勝負のルールではそこで負けとなるのだ。保険証は大量にあれど、その手は使えなかった。
そんな、打つ手なし万事休すと誰もが感じる状況にあっても、ハルは諦めることなく回避をし続ける。
剣で打ちあい、壁を盾にして、通路に潜み、大胆に脱出する。
その攻撃の一切を捨てた逃亡撃を続けることにより、ハルはなんとかただ時間を稼ぐことだけに成功していた。
そんな死期を引き延ばすだけかと思われたハルの元に、待ち望んだ通信が入る。
その相手は、先ほど裏で何かしていた暗躍の達人、ソロモンからであった。
「ハル、準備が整ったぞ。お前とリコリスの『特別試合』、賭けにして<契約書>をバラ撒き終わった」
※誤字修正を行いました。
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/6/2)




