第860話 神がかり的な軌道修正
「……と、以上が<勇者>を得るために必要な条件だ。オレに言えるのはここまで。各自、励んでくれたまえ」
「……なるほど」
表の会話、<勇者>に関する会話が終わったようなので、ハルも意識をこちらへ集中させる。
その内容を思い起こしてみると、どうやら現在『表』で行われている武王祭に乗じた騒ぎ、それと大きく影響しているようだ。
武王祭そのものや遺跡は、意味深だが無関係。引っ掛けのようで<勇者>とは関りがない。
「気を落とすなよ、ハル? 遺跡を追った君の行動は無駄なんかじゃないさ」
「ああ、無駄だとは思ってないよ。そのおかげでキミからこうして、正しい道を聞き出せたんだからね」
「しかし、いいのかい? こうして、オレの話を皆が知るところになってしまった訳だが……」
「いいさ。この放送が、また僕の力となるからね」
《ローズ様ありがとー!》
《流石はローズ様だ》
《『勇者の武具』を揃えればいいんだな!》
《モンスタードロップする》
《なんのモンスターだっけ?》
《そこまでは》
《秘密》
《でも結構強いやつ》
《ボス級かな?》
《発言規制入らなかったね》
《全公開だった。意外》
《<鍛冶>でもいけるのかな?》
《なんか俺でも行けそうな気がしてきた!》
《ローズ様、悪いですがお先っす!》
《お姉さまに譲るべきでは?》
「大丈夫、そんなの気にしなくていいよ。僕もそれを覚悟で、公開しているんだから」
「見上げた覚悟じゃあないか」
ハルにとって、<勇者>は手段だ。リコリスに会うための手段。
……まあ、正直に言うと『コンプリート欲』のような物も出ては来るのだが、たまにはハル以外のプレイヤーが取ってもいいだろう。
ハルばかりが独占していると、人気の他にも嫉妬の感情が深くなってくる。
「ハルさんは、向かわなくていいのかな? オレの話を元に、プレイヤーたちが動き出した。モタモタしてると取られちゃうぜ」
「いいさ。それより、せっかく会えたんだ。キミともう少し話していたい」
「嬉しいことを言うねぇ」
隠し職、<勇者>の取得条件は『勇者の武具』と呼ばれる装備セットを揃えること。当然のように、超のつくレアアイテムらしい。
これ以前でも一応手に入る可能性はあったのだが、現実的ではないようだ。ハルの偶然作り上げてしまった、『賢者の石』のようなものだろう。
倒すとその武具を落とすモンスターが今回の騒動で出現したらしく、ハルの放送を聞いたプレイヤーたちは我先にとこぞって討伐に駆けて行った。
ハルも今から戻れば間に合うが、そこまで焦る必要はない。
目的がリコリス本人である事に加え、これで『表』に戻る必要すらハルには無くなったからだ。
今回の餌情報によって、リコリスの国の騒動はハルの手を離れほぼ解決したと言える。
湧き出たモンスターは彼らが狩り、その活躍で遺跡に魔力も溜まるだろう。もはや、ハルたちが忙しく飛び回る必要はなくなった。
「それじゃあ、オレの方からもハルさんに話があるんだ。聞いてくれるかい?」
「神様がかい……?」
このリコリスは、最上位のイベントキャラクターであると同時に運営だ。通常、一ユーザー相手に話などないだろう。
勿論ハルは特別だが、それを公開する彼女らではない。
いったい、何の話だろうか? 当然、ハルはそれに耳を傾けることになる。
そうして表と裏で、リコリスのイベントは同時に大きく動きを見せるのだった。
◇
「君が右手の人差し指にはめているその指輪、それはねぇ、すごく危険なものなんだ」
「ほう……」
リコリスは、“声に出して”ハルの指輪について言及をしてきた。これは、ハルとしても予想外の出来事だ。
指輪について尋ねはしたハルなのだが、答えを期待はしていなかった。何かあるにしても、裏で通信があると踏んでいた。
だがリコリスは堂々と、放送に乗せてそれを語る。規制システムを逆利用した<契約書>も効力を発揮せず、この会話も全ユーザーに公開されている。
そのことに、ハルは内心冷や汗を流すように緊張を深めていくのだった。
《……何を考えている、リコリス?》
《嫌だなぁ、身構えないでよハル様。イベントだって、イ、ベ、ン、ト。嬉しいだろ?》
《今さらかい?》
《『満を持して』、って言ってくれよ。オレたちもさぁ、その指輪を謎のままサービス終了させるの具合が悪いんだ》
謎の多い指輪ではあるが、その存在理由の一端をハルは知っている。
これは運営の神様に対する監視システムがアイテム化したもので、六柱の神の誰からも中立。ガザニアの話によると、システムが暴走気味であるらしい。
だが、不可解な点も多い。暴走の一言で片付けるには明確な意思を持って動いているように思えるが、運営であり開発者の六人は誰も関与していない。
そのため神様たちもこの指輪の存在を持て余し、初期からハルが持ってはいるものの、これに関連するイベントは発生してこなかった。
「だからそれ、ここでオレに渡してくれないか? もちろん、見返りは渡そう」
《そういえば何なんだろうこれ》
《神様のアイテムじゃないの?》
《どこで手に入れたんだっけ》
《バグ空間で拾った》
《神界って言え》
《何の説明もなかったよね》
《手に入れた時は邪魔された》
《デカいお魚に!》
《太陽とのバトルにも導いた》
《でも言葉で説明は一度もなかったね》
そう、当時は『何か重要なイベントが!?』と皆で沸いたものだが、その後は大人しいものだった。
ハルも表の進行が忙しくなってきたので、半ば放置していたところがある。
しかし、終盤にさしかかった今、この状態のままゲーム終了にはさせたくないとリコリスたち神様は判断したということだろう。
「君がその指輪を見つけたのは……」
「うん。アイリスでこの裏世界に来た時だったね」
「邪魔されただろう?」
「うん。巨大な魚のようなものに」
「あれはアイリスの眷属さ。誰かの手に渡らぬよう、アイリスがそうして警戒していたのだが」
勝手にバラしていいのだろうか? と不審に思うハルだが、ハルとリンクしたアイリスからは特に言葉はない。
駄目なら大声で文句が飛んでくるのは必至だろうから、裏で話は付いているということだろう。
「……そんなに危険な物なら、一言説明をして欲しかったね」
「どう対応したものか、オレ達も悩んでいたんだよ……」
「じゃあ、どうして今になって話す気に?」
「君の実力、人柄、活躍を見て。今なら、君になら伝えて構わないと思ったからさ!」
大仰な手ぶりを交えながら、リコリスは高らかに宣言する。イベントモードなのだろう。
《おお!》
《素晴らしいです、お姉さま!》
《神様にも認められたローズ様》
《慈愛のロールがここで生きてきた》
《でも正直説明不足だよね(笑)》
《不殺だったから認められたのかな?》
《指輪の誘導? に従った甲斐があった》
《でも指輪は敵なんでしょ?》
《イベントヒントってことだろう》
《ヒント薄すぎじゃね!?》
《まあまあ、神様や賢人はいつだって説明不足》
《まだ我が語るべき時ではない……》
《時が来たってことか!》
つまりは、ハルは今までの功績を神に認められるまでに至った。
……という設定になったのだろう。実際は、今になって指輪をイベントに組み込む算段が付いたのだと思われる。
「さて、その指輪だが。実はオレ達がこの神界に封印している存在なんだよ」
「これを封印していたの?」
ハルは己の右手を持ち上げ、人差し指に嵌る指輪をよく見えるように掲げて見せる。
今は指輪の形だが、これは元々は種の形で存在した。それを何故、封印していた(という設定にした)のだろうか?
「いいや? 正確にはそれ自体を封印していたのではないよ。その指輪は、封印された存在の力が漏れ出たもの……」
「なるほど、ありがちだ」
魔王とか邪神とか、そういった類の悪いやつだ。まあ、<魔王>は既にプレイヤーとして存在してしまっているが。
これは、ここに来て指輪のことのみならず、『ゲームクリア』への道筋も開示する気なのかもしれない。
何をすればクリアして賞金を得られるのかイマイチ謎だったこのゲーム。その答えが、『封印された巨大な悪を倒す』というのであれば分かりやすい。王道だ。
それは神界に封印されており、指輪はその存在の力が漏れ出た隠しアイテム。ハルはそれを、一足先に裏ルートで手に入れてしまった。
そういう後付けの設定に、仕立て上げるつもりなのだろうか。
「それは、世界に害を成す物。どうかオレ達に、預けて欲しい」
リコリスはそう言って、ハルにそのしなやかな腕を伸ばして来る。
さて、ハルとしてはどうしたものだろうか。ここは少々慎重に、決めねばならないことだった。
◇
「まあ、従っておくか」
「おっ? ずいぶんと素直だねハルさん。いいのかい、そんなにアッサリと決めちゃってぇ」
「まあ、こういう所で欲をかくと大抵ロクなことにならないものだからね」
「それは、昔話の教訓かな?」
「そんなところだね。それに、僕はこう見えて敬虔な<信仰>心の持ち主だし」
「確かにね! そうだったそうだった。どうかな? アイリスから、オレに乗り換えるってのは……」
「《アホかー! んな直接勧誘すんじゃねーってのよぉ! お姉ちゃんは私の大事な金ヅルなんだかんなぁ!》」
「……なんだか乗り換えたくなってきた」
「心中お察しするよ。ハルさん?」
指輪の話はノータッチだったというのに、お金の話は見過ごせないアイリスだった。まさに現金。
そんなアイリスはともかくとしてハルのロールプレイは一応敬虔な信徒で通っている。神国への特使として選ばれるほど、その信心は深い。
そんな『ローズ』としてのキャラクターがある故、我欲のために指輪を手放さないというのは不自然だ。
それを抜きにしても、神様が積極的にこの謎のシステムへの対応に動いてくれるのならば預けたくもある。
現状、もはや一番怪しいのはこの指輪。正直ハルも、己の行動を誘導しようとしてくるこれに不信感を抱いてきたところだ。
《えー、もったいない》
《もっと交渉すれば?》
《神様の言うことは絶対!》
《下手に渋ると天罰が下るよ》
《おとぎ話ならこれが大正解》
《エンディングでは一番報われる》
《つまり先行投資、ってやつ?》
《カゲツのノリ引きずるのやめ(笑)》
《でも何の力なのか気になるなぁ》
《もしや、『冥王』ってやつ!?》
《意味深なユニークスキルあったね!》
《お前ら先走りで個人に迷惑かけんなよ?》
ケイオスに新しく生まれたユニークスキル、<冥之胎動>や、アベルたちが初戦で出会った人物の持つ<冥王陣>。
それら符合がなにやら妄想をくすぐるが、まあ考えすぎない方がいいかも知れない。
この分だと、意味深なワードだけは先にバラ撒いておれど、詳細は『即興で今決めている』ということも神様たちならあり得るのだから。
そんな風にして、指輪をリコリスに預けることに決めたハル。リコリスは差し出したハルの手を、優しく片手で下から握ると、もう片方で撫でるように指に指を這わせて指輪へと触れる。
なんだか、男性的な美人である彼女との絡みは視聴者にイケナイ妄想をかき立てているようだ。
……妄想するなら『冥王』のことでも考えていて欲しい。
そうしてハルの指からリングを抜き取っていくリコリスだったが、それが第一関節ほどにさしかかった辺りで、彼女の身に急に変化が起こり始めた。
「クッ……、この……、抵抗するな……!」
「どうしたリコリス? なにか問題?」
「指輪が、君から離れまいと抗っている! 君もコイツを押さえてくれ!」
「……と、言われてもねえ。僕からじゃ、どうしていいやら」
どうやら演技ではなく、本気で焦っているようだ。まあ、それも仕方ない。この指輪はシステム外アイテム。彼女の決めたイベント内容に従う義理はない。
ハルが静観しているうちにも、リコリスの体は指輪の干渉を受けてバグ風のノイズを周囲に次々と吐き出していた。
「ふむ? まあ、巻き込まれるのもなんだ。後は二人? でなんとかしてくれ」
ハルは自分の右手を握ったまま体を硬直させてしまったリコリスと、原因となる指輪そのものから離れる為に、左手で刀を取り出し躊躇なく右腕を切り離した。割と腕が取れることに定評のあるハルである。
そうしてリコリスから距離を取ると、回復薬を取り出し右手を再生させていく。
その冷静過ぎる対応に、視聴者も感心を通り越して少し引いていた。
「……なるほど。これは、あの『太陽』の時と同じって考えていいのかな」
ハルが指輪の浸食を受け苦しむリコリスを注視してみると、そこには徐々に『モンスターとして』のステータス表示が浮かび上がって来る。
どうやら彼女は、指輪の改変により、強引に神から魔物へと堕とされてしまったようなのだった。
※ルビの修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




