第855話 新たなる道を目指す魔王
「フハハハハハ、ハッ! 破滅之大地ッ!」
ハルに上空から放り投げられその身が地面に激突する前に、ケイオスはとりあえず敵に攻撃を加えることを決めたようだ。
巨大モンスターの足元の地面が、魔法によって爆発するように隆起していく。
四本の太い足でがっしりと地面に根を張った敵の巨体は、その土台となる地面を崩され成す術もない。
そのように、最初は見えた。
「ハハハハハ! どでかい図体が仇となったな! 所詮は、地を這うしか能のない怪物よ! 加えて街中でもない。どれだけ崩したとて、苦情は出ぬわ!」
「ケイオス、苦情に悩まされてたのか……」
「うむ……、『魔王様は近隣住民の迷惑を考えてください』、とな……、我、王なのに……」
「君の領地も面白そうだね」
「ハルは、知らぬからそんなノンキなことを、むっ?」
ずしり、ずしりと、怪獣の方から地響きが聞こえる。ケイオスの魔法かと思いきや、そのリズムが違うことに二人はすぐに気付いた。
ゆっくりと、落ち着いたリズムで等間隔に鳴り響くその地鳴りは、やがてケイオスの魔法の音を飲み込んで行く。
地鳴りが大きくなっているのではない。ケイオスの魔法が、音ひとつ毎に小さくなっていっているのだ。
「我の魔法が踏み固められたー!!」
「へえ、すごいね。足場を強引に再構築したか」
敵がその太い足を『地に足をつける』ための大切な地面。それを荒らしてしまえば勝機はすぐに見える。
そうケイオスは計算したが、その戦術は思い通りにはいかなかった。
魔法なのか特殊なスキルなのか、敵はその地面を自分に都合よく操れる。どうやらダメージもまるで無いようだ。
「フンッ! 住宅地の基礎作りには役立ちそうだ。我が勝利した暁には、貴様を土木工事用に飼ってやるとしよう!」
「魔法で土木工事すればいいんじゃない?」
「それだと我が働かなくてはならないだろうがー! 今も便利に駆り出されているというのに、余計なことを言うでないわ!」
「それでいいのか魔王様……」
どうやら『魔王領』とやらは、領主様が率先して働く素敵な領地のようだ。
ハルも冷やかしに行ってやりたいところだが、今プレイでは残念ながらそんな暇があるかは分からない。
開催が終わったら、改めてケイオスのプレイの様子をみんなと共に楽しむとしようか。
「キミの労働環境はいいとして」
「よくないわ! しかし、うむ、今は目の前のこいつをどうするかだな」
ずっしりと地面を歩くその形態から、足場を揺らしてやれば何とでもなるという第一作戦は失敗に終わった。
だがケイオスは魔法に関しては非常に器用だ。気を取り直して、次の作戦に移るらしい。
「我が一撃を無効化したのは驚いたぞ! しかし、それにより貴様の属性は『地属性』だと完全に割れた!」
びしり、と彼女は自信たっぷりに指を怪獣に突き付ける。
「ならば対となる『風属性』で攻めればいいだけのこと! 我の得意は聞いて驚け『全属性』よ!」
「『闇属性』じゃないの? 魔王なのに」
「そこ! 無粋なツッコミを入れるでないわ!」
まあ、『魔法』の『王』だから<魔王>なのかも知れない。そこに関しては別に驚くこともない。前回の戦闘でも複数属性を操るところを見せてもらった。
ハルが主に<神聖魔法>を好んで使うように、プレイヤーによって得意な属性があることが多い。
そして、属性同士には相性があり、組み合わせによっては大ダメージを与えられる。今回で言えば、『地』と『風』が互いに高相性。
「食らうがいい! 魔王の翼が巻き起こす王者の旋風! 『魔王亡風』を!」
天へと掲げたその手の中に生まれるのは、超圧縮された暴風の渦。それをケイオスは、敵モンスターへと解き放つ。
周囲の存在全てを吸い込みながら進むかのようなその魔法は、歩みはゆっくりとしていながらも回避不可。
鈍重そうな怪獣の巨体では、なおさら避けるなど不可能だろう。
そんな宇宙船の壁に開いた穴のように、強力に風を飲み込んで進むその球は敵に到達。一気にそのエネルギーを全て解き放った。
「ハハハハハ! 吹き飛ぶがいい木偶の坊! 空へと巻き上げられてしまえば、貴様の大好きな地面の力は借りれんなぁ!」
「おお、すっごい悪い顔。魔王っぽい!」
「フハハハハハ!!」
ケイオスの言葉に従うかのように、開放された魔法は竜巻となり上空へ向かう。
周囲の地面を引きはがし粉砕しながら空へと巻き上げる強大な風のエネルギーは、この怪獣の巨体であれど持ち上げ吹き飛ばすに十分。
その勝利への確信に、ケイオスもにやりと大きく唇を釣り上げる。悪い顔だ。
「さぁ、体重なんキロだ化け物? 貴様がいかに重かろうが、この亡風の前には無力! 諦めて風に巻かれるデブとなれ! 風船のようで見栄えがよかろう!」
「風船のようなの二つぶら下げてるのはキミじゃない?」
「お前、我に対してだけセクハラひどくない!? 我デブじゃないし! グラマーだし!」
元は男友達として接していたハルなので、女性体のケイオスに対しても容赦なしだ。仲間の女の子相手では決して言えないだろう。
そんなじゃれ合いをしつつ巨大な竜巻の内部を見守る二人だが、どうも怪獣は巻き上げられて行っているようには見えない。
それどころか、一メートルたりともその場から動いていないように、風の向こうの輪郭からは感じられた。
「……むう、これは」
「飛んで行かないね」
魔力を使い果たし、暴風が晴れると敵の姿がはっきりと確認できた。その太い四本の脚はがっちりと地面に一体化し、吹き飛ばされるのを防いでいる。
この『一体化』というのは比喩ではない。足元の土がその足を包み込むように、這い上がって拘束しているのだった。
魔法効果の終わった今、それがただの土へと還りボロボロと崩れ落ちている。
「なるほど。敵もまた地の魔法を使って、ケイオスの風を防いだと」
「冷静に言っている場合かハルゥ! 我の魔法をこうも防ぐなど、相当なものだぞ!? 自慢ではないが普通はありえん!」
「……まあ、そうだね。どうやら、敵は魔法攻撃に対して相当の耐性を持っているようだ」
この鈍重な見た目だ。誰もが、遠距離から<攻撃魔法>などを撃ち込んで楽に倒せると思うだろう。
しかしその実は、魔法お断りの耐性を持つ接近強要モンスター。
そしてその力は、<魔力>特化のステータスで戦うケイオスにとっての天敵となるのであった。
◇
ケイオスの力は、特に魔法の威力によって担保されている。その強大な威力によりまさに魔王のごとく全てを焼き尽くすことが、彼女の必勝スタイル。
しかし、ハルたちの前に現れたこの怪物は、その魔法に対して多大な抵抗力を備えているようだった。
「さてどうする、役立たずの魔王ケイオス。諦めて僕の仲間が来るのを待つかい?」
「黙れ! そもそもあらゆる攻撃が役立たずのハル! 我はこう見えて、肉弾戦だって得意なのだ!」
「そんな体で?」
「誰が脂肪だらけで運動不足の体かぁ!」
二人のコントはともかく、冗談抜きにケイオスの近接攻撃は魔法のそれより威力が落ちる。
以前の戦いで体ごと突撃するような攻撃も行っていたが、それも<魔力>を使ったもの。敵がもし<体力>ステータスに依存する攻撃しか受け付けないのであれば、意味がなかった。
「あれは? 前に見せてくれた『神剣』的なユニークスキル」
「あれか……、確かにあれなら通る可能性はあるが、うーむ……」
ケイオスがハルへの憧れから生み出した、光の剣閃を放つユニークスキル。それであれば、また話は変わって来る。あれならこの敵にも有効かも知れない。
しかし、ケイオスはあの技を使うのを渋っているようだ。まあ、なんとなく気持ちは分かるハルだった。
「まあ、いいけどね。キミのロールプレイだ、僕は口を出さないさ。そもそもが手伝って貰ってる身だし」
「フンッ! べつにお前を手伝っている訳ではないわ! 楽しそうなことをしているから、飛んできただけよ!」
「そっか」
「だが、それはそれとして、何でもかんでも同じ技で決めてしまっては芸がないからな! フハハハハハ!」
笑って誤魔化すケイオスだが、恐らくは以前ハルが言った言葉を気にしているのだろう。
ライバルとしてハルを上回りたいのであれば、ハルの真似をしていても決して追いつけない。ハルにはない、別の道を探らなければ未来はない、下位互換に終わる。
そういった内容を、ケイオスには以前二人きりの時に伝えていたハルだ。
それを今も気にしているようで、ハルの影響を強く感じさせる『神剣』に似たスキルを使うのは躊躇っているらしいケイオスだった。
だが、悩んでいたのは数秒のこと。ケイオスは顔を上げると、不敵な笑みを取り戻し躊躇なく怪獣の巨体へ向かい駆けて行く。
「ハハハハハ! 何を悩むことがある! この程度の逆境、いつものことよ! そこで見ているがいいハル、我の戦い方というものをな!」
「おおっ」
《おっ、魔王様、あれをやるのか》
《あの定番の!》
《いつもの逆境特攻だ!》
《最近見てなかったもんね》
《ピンチ成分が不足していた》
《もう死ぬほど強いからなー》
《強敵に挑んでこそ魔王様!》
《まおうさまがんばえー!》
《まけるなまおうさまー!》
《けいおすちゃんふぁいとー!》
……なんだか、急に精神年齢が下がった気のする視聴者たちの応援を受けて、魔王ケイオスに力が満ちる。
それは、何も気分的な話だけのものではない。このゲームの大原則として、ステータスの源は視聴者の応援。その強化で、ケイオスは数々の逆境を乗り切ってきた。
怪獣に肉薄したケイオスは、巨体を強引に振り回し体重そのものを武器にしようと襲い来る敵を、器用に躱してゆく。
その『当たらなければ死なない』という強引でありながら冷静な回避の上手さも、ケイオスの放送の盛り上がりの一つだった。
「ケイオス、敵の体だけじゃなくて足元にも注意しなよ。今度はキミが足場を崩される番だ!」
「わかっておるわ、言われるまでもない! わ、我には通じぬ!」
《忘れてたー! 助かったぜハルぅ! でもどうしよー、全然攻撃きいてる気がしないよー!》
《裏で情けない声出すな……、そこをなんとかしてきたんでしょ君は……》
《今回はどうにもならないかもぉ……》
《……まあ、いよいよ無理そうだったら僕が支援するから》
不屈の意思による力で大逆転を重ねてきたケイオスだが、裏ではいつもこんな風に泣きそうになりながら戦っていたのだろう。
その努力には、ハルも頭の下がる思いだ。彼女の憧れるハル当人は、基本的に勝てる戦いしかしないのだから。
その時点で、もう十分にケイオスとハルは違う。願わくば、ハルの背を追う以外の道をケイオスが見つけてくれんことを。
《……エメ》
《はいはいはい! お呼びになりましたでしょうかハル様! やっぱしそっち行きます? あ、わたしの<召喚魔法>を差し入れしましょうか? でも、ケイオス様であればお一人で何とか出来ると推測しますよ、ハル様もいらっしゃいますし!》
《いや、そうじゃなくてね》
《おや?》
《ケイオスに関わるデータの流れを、詳細に解析していてほしい。恐らく、あいつは新しくユニークスキルを得るだろうから》
《なるほどほどほど! ここはスキルに関わる処理をしているとされるリコリスの管轄。そのデータの流れも、より詳細に調べられるって訳っすね! 不肖このエメ、ハル様の為にデータ取りがんばるっすよ!》
そう、セフィが言うには、リコリスこそが『スキルを開花させる』という謎に包まれた処理を担当しているとのこと。それが分かれば大きな前進だ。
しかし、ハルが今調べようとしているのはその事だけではないのだった。
《それでこれが、ケイオスの日本における所在だ。こちらも、ゲーム内と同期して監視しておくように》
《なんと! ご友人のプライベートを息をするように売り渡すハル様! 鬼畜、鬼畜っす! おかわいそうなケイオス様……、このデータを使って、今後ハル様にあんなことやこんなこと、脅迫されてしまうんすね……》
《せんわそんなこと……》
《ハル様の命令に逆らえぬわたしを、お許しくださいっすケイオス様。でも楽しそうっすね、にししっ!》
《楽しむのも、それはそれでどうなのエメ?》
別にケイオスの本体を調べさせてもらうのは、脅迫のためでも趣味でもない。
これまでの観察と計算によるハルの予測が合っていれば、リコリス神の目的はかなりの厄介な危険性を孕んでいる可能性があるのであった。