第851話 急変
遅れてしまい申し訳ありません。
召喚された蛇のような姿の巨体に飛空艇の主砲が突き刺さる。それは一撃で敵の頭部を消し去ると、魔力の光へと帰していった。
呼び出されたばかりだというのに、あえなく消え去った召喚獣には合掌するばかりである。
「なかなかの威力だ! さすがは僕ら自慢の船。ボス級も敵にならないか!」
《むしろオーバースペック》
《当然といえば当然》
《子供のケンカに戦車持ち出すようなもん》
《一撃かよ!》
《流石は主砲》
《お姉さま最強!》
《いやお姉さまじゃないだろ》
《お姉さま本人とはどっちが強いんだ?》
《さすがに戦艦では?》
《いや、ローズ様の魔法も大概だぞ》
《比較になってる時点でやべー……》
《違和感なかった(笑)》
《ローズ様も怪獣を楽勝で倒してるもんね》
《これでまた怪獣が現れても安心だ》
見るからに強そうな巨大召喚獣を一撃の下に葬り去った飛空艇の主砲。その圧倒的威力に、視聴者たちの盛り上がりも加速する。
比べて見ると実は言われているように、ハル本人の攻撃力には及ばないだろうことが少々残念ではある。
しかし、それは<支配者>によって強大な魔力を掌握して初めて到達する領域。
ボタン一つで生み出せる威力の攻撃としては、この主砲はまず文句のつけようがないレベルに到達していると言えよう。
「メイド隊、エネルギー状況は?」
「《はい、ご主人様》」「《消耗、大にございます》」「《再装填まで、しばしお待ちを》」「《もう一撃、発射自体は可能です》」
「連射性には少し難があるか……」
いかに飛空艇の核に使っている『神核石』が無限のエネルギーを供給しようと、そのスピードは一定。
プールに溜まった水を主砲が一気に放出してしまえば、再び貯水するまで少しの時間が掛かる。
一応、安全性を無視すれば連射も可能だが、魔力は飛行そのものにも利用される。『飛空艇』である以上、そこをおろそかにするレベルで砲撃に注ぎ込んではいけない。
特にあの船は、巨大な船体を浮かべることに加え、バランス制御にも複数の補助エンジンを使い姿勢を保っていた。
「更なる力を発揮するには、改造が必要か」
「《具体的には、どーするんですー? コアの追加とかでしょーかー?》」
「そうだねカナリーちゃん。とはいえ、追加のコアに当てがない。今できるのは魔力タンクの増設が精々か」
「《独立したエネルギーラインの構築を考えてもいいかもですねー。魔石を突っ込めば、装填が出来るようなー》」
「だね」
もちろん、この威力だ。大抵の相手なら、そもそもそんなに連射が必要とならない。
今も副砲の連射で消耗していたから船体の魔力が枯渇しかけているのであって、平時ならもっと余裕があるはずだ。
「僕が乗り込んで直接、魔力を注入するか、いやダメだ。それなら僕が船体の魔力を吸って主砲代わりになった方が早い……」
《早くはないだろ(笑)》
《どういう発想だ(笑)》
《普通の船は、炉に魔石を供給するようですよ》
《設定上は、専用の供給係が居るらしいです》
《設定言うな》
《しょーがねーだろ居なくても飛ぶんだから》
《無人でも何故か飛ぶよね》
《ゲームだからな》
《なんだか蒸気機関みたいだね》
《そうなの?》
《炉に石炭くべるアニメとか見たことない?》
なるほど。確かに魔石を石炭に見立てた蒸気機関と言われればしっくりくる。
ハルの船のような反則的な核を使っていなければ、通常は使い捨ての魔石から核にエネルギーを随時供給する必要があるようだ。
もちろんゲームであるため、その作業を手動で再現する必要はなく、飛空艇のアイテム欄に魔石を放り込んでおけばいい。
ハルの船では逆に一周回って、緊急時のみ手動でその作業をすることで主砲の再装填をしても良いかも知れなかった。
「しかし、今回はひとまず連射の必要はなさそうであるな?」
「クライスの言う通りだね。あれが、最後の悪あがきだったようだ」
哀れにも一撃で切り札を消し去られていよいよ戦意喪失したか、もう『おかわり』は出てこない様子。
ハルは隣のクライスと頷きあうと、足元の封印の扉を解除して遺跡への入口を露出させる。
そこからは自分の仕事と、クライスが先陣を切って遺跡内部へと突入する。
その階段は既に、淡いオーラを発し十分に魔力が行き渡っている様子を表しているのであった。
*
結論から言うと、遺跡に潜んだ連中の捕縛にはハルの出る幕はなかった。
戦闘と言うほどの衝突は発生せず、クライスは単独で敵チームの拘束を完了させて帰ってきたようだ。
彼は<冒険者>ギルドから支給されたという拘束具を敵に施し、無力化し引っ立てて来る。
どうやらそれを着ければ、戦闘能力を奪って移送できるようだ。あとは、ギルドに引き渡せばクエスト完了だとか。
「なかなか凄いアイテムだ。やるね、<冒険者>ギルド」
「確かに。こんなものが実際にあれば、実に便利であるがな。『難しい』とのことよ。我には詳しくは分からぬのだがな」
「なるほど」
《皇帝陛下のゲームはリアル寄りだからねー》
《こういう便利すぎるアイテムは》
《だね。出てこないね》
《そうなんだ》
《ご都合主義は許されない》
《魔法にも必ず理屈が必要》
《『つけるだけ』とか甘いものは無い》
《有っても死ぬほど高級品だろうね》
《作れるの絶対ハルさんだけ》
《複雑すぎるだろうからねぇ》
確かに、魔道具で同じ機能を再現しようと思ったら、どれだけ複雑なコードを構築すればいいのか分からない。
やって出来ないことはないだろうが、出来ればハルもご遠慮願いたい代物だ。
なお、現実主義が売りと言われているカナリーたちのゲームの方でも、簡単、ご都合主義の無力化スキルは存在したりする。<誓約>だ。
神により世界に生ける全ての存在が紐づけられ管理されたあの世界では、その気になればNPCは拘束する必要すらなく無力化できる。
伊達に、世界そのものがゲームとして構成されていないのだ。
なお、その便利な拘束具。ハルは当然<解析>で再現が可能か否か覗いてみたが、『イベント専用アイテム』という表示が出るだけで企みは不発に終わった。
思わぬところで、レアな表示を見てしまったものである。
「さて、クライスの仕事はこれでおわり、」
「《申し訳ございません、ご主人様》」「《緊急事態です》」
クエストを完了したクライスに、これからどうするのか尋ねようとしたハルだが、その声はメイドさんによって掻き消された。
滅多にあることではない。彼女らがアイリやハルの言葉を遮るなどということは。それだけ、事が急を要するであろうことを告げている。
「どうしたの?」
「《レーダーが敵影を捉えました》」「《その数、極めて大》」「《エネルギー量も膨大です》」「《二方向に分かれ、数キロ先です》」
「おやおや……」
「残党か? いや、我のクエストではなさそうだが……」
「……恐らく別のイベントだろう。ただ、僕らの行動がトリガーになったのは間違いない」
今、このリコリスの国には様々な勢力が様々な思惑をもって集っている。この武王祭に乗じ、ことを起こすためだ。
それはハルに関連したファリア伯爵のイベントだったり、クライス皇帝の請け負った<冒険者>ギルドのクエストだったり。
他にも、まだ見ぬプレイヤーに関連したイベントが進行中の可能性は大いにある。
それは本人が意識しておらずとも、この国に居るだけで自動進行している場合もあり制御不能だ。
これだけのプレイヤーが一か所に集結するということは、そういうこと。
「……丁度いい。せっかくの主砲が一発撃って終わりは味気ないと思っていたところだ」
「征くのか?」
「うん。誰か他の人のイベントだとは思うけど、緊急事態だ」
ハルは『悪く思わないで欲しい』、と、全く悪く思っていなさそうな笑みを浮かべて言い放ち、鎮圧へ向かう意を示す。
クライス皇帝も協力してくれるようで、犯人を飛空艇に乗せたいと提案。ハルも当然了承し、クライスと彼らを速やかに艇内へと収容した。
その上で自身は船へは乗らず、<飛行>にて逆側に進むことに決める。
「ルナっ!」
「なにかしら?」
「……早いね。その手際を見込んでお願いしたい。場合によっては、アイリたちを率いて三つ目の部隊として出撃して」
「了解よ?」
「わかりました! 敵は、二方向だけでなく更にもっと出てくる可能性があるのですねお姉さま!」
「そうだよアイリ。ここから連鎖的に、一気にイベントが加速する可能性が高い」
ハルからの呼び出しを察して既に甲板上へと出てきていたルナたちへ、ハルは指示を飛ばしていく。
予想が正しければ、これからこのリコリスの国中で様々な騒ぎが起こっていくはずだとハルは思っている。
平和な(平和だろうか?)武王祭はここで終わり。これからは、あらゆる想念の渦巻く混沌とした戦場の幕開けとなるだろう。
その中において、手数は多ければ多いほどいい。ルナには、その第三部隊のリーダーを担ってもらいたかった。
「とはいえ、総指揮はあなたが執りなさいな。あなたなら戦いながら、出来るでしょう?」
「まあ、恐らくね。ただ、念の為さ」
「何か計画があるということね?」
そう、場合によっては、ハルが指揮を執れない状況に陥るかも知れない。
いや、戦闘不能になるということではない。負けず嫌いのハルだ、そんな弱気を見せることはない。
ただ、この混乱を増していく状況の中、ハルには狙っていることがあった。その読みが当たれば、その時は現場指揮をルナに執ってもらった方が都合が良かった。
《一気に状況が動いた!》
《あちこちでモンスターが出てるって!》
《スタンピード、ってやつ!?》
《連鎖爆発だ!》
《ローズ様に触発されたか》
《何処に潜んでたんだこいつら》
《もう誰のイベントか全く分からんな!》
《こんな大規模なのは王都襲撃以来だね》
《規模はたぶんそれ以上かと》
《なにせリコリス全土だからな!》
《配信チェック急げ!》
《まず何処で何が起こってるか把握しなきゃ》
《また目が足りなくなるのかぁ!》
《試合もあるのにー》
第三試合も今現在この地で進行中であることが、事態の混迷に拍車をかけている。
高い戦力を持っているものはあらかた試合に参戦中であり、それだけ対処に回せる余力が足りなくなる。
ハルの行動とは別に、そのタイミングを狙ったということもあるのだろう。
「ひとまず、突貫工事だけどこの船にも『石炭』をくべる為の装置は作ろうかな」
「<建築>するのですね!」
「ああ」
ハルは飛空艇に触れながら改造メニューを開き、パーツを追加で取り付けていく。
ガザニアでやったように大型ドックに入らなければ正式な改装は行えないが、パーツを雑に外付けする程度なら可能なようだ。
ハルは、魔石を投入すると船体のエネルギーを補充できる装置を取り付けると、その為の餌となる魔石をクランの共有倉庫へありったけ移していった。
「ソロモンくん」
「《……嫌な予感がするが、何だ?》」
「安心して欲しい、楽しい仕事だよ。石炭の補充係を任せた。魔石はクランの倉庫に入れておいたよ」
「《チッ……、雑用で重労働じゃないか……!》」
「お小遣いは出すからさ」
「《せめて『報酬』と言ってくれ……》」
文句は言いつつも、逆らう様子はなくソロモンも了承する。早くも、職務を全うし魔石を船へと供給し始めてくれたようだ。
「これでいいか。じゃあ、僕は別方向へ行く。船は今まで通り、メイド部隊に一任する」
「《お任せください、ご主人様》」「《吉報をお待ちください》」「《主砲、装填完了》」「《ターゲットロック、撃ちます》」
「わお、仕事が早い」
やる気十分のメイドさんたちによって、遠方に出現したモンスターに照準を合わせた主砲が再び発射される。
この甲板に光と音と、派手な衝撃派を響かせて、魔力のビーム砲は数キロを軽々と直進して行った。
その先のモンスターの群れ、密集地を捉えて着弾すると、次の瞬間には強力な爆発が巻き起こったのがここからも見えた。
半円状の光のドームはよく見ると、哀れなモンスターを表面に飾って弄んでいる。
「《次弾装填、お願いします》」「《おはやく》」「《これより現地へ急行します》」「《揺れますので、おつかまりください》」
「《チッ……、急かすんじゃない……!》」
そんな優秀なメイドさんによって、飛空艇はモンスターの湧き出た現場へと急行していくのだった。
ハルもまた逆方向へと<飛行>し、事態の収拾へと動いていく。
※誤字修正を行いました。




