第850話 空よりの蹂躙
飛空艇を浮上させ、ハルもまた<飛行>にて空中に飛び上がる。
基本的に自由に飛ぶことの出来ないこのゲームだ。<飛行>してしまうと、それだけで多くのモンスターが敵ではなくなってしまうのはかなりのバランス破壊だろう。
「メイド隊、砲撃準備。一掃して」
「《はっ!》」「《お任せください、ご主人様》」「《高度を確保します》」「《少々お待ちを》」
「任せた」
速やかに、そして一切の揺れを感じさせぬ不自然さをもって浮上していく黄金の船。
それは十分に高度を取ると、地上に展開したモンスターに向けて艦砲を解き放った。
今回は施設の被害を気にすることなく、加減なしの掃射攻撃が見舞われる。いかに数が多かろうと、空中戦艦を相手にモンスターの群れなど敵ではない。
汚れた地上を浄化するかのような、メイドさんたちの『お掃除』が始まる。
《ひえ~~》
《一方的じゃないか!》
《高所を取るってこういうこと》
《一発一発が小型艦の主砲並み!》
《しかも弾切れなしとか》
《これもうバグだろ(笑)》
《田舎のモンスター退治に軍が出たような》
《過剰戦力による作業》
《……田舎のモンスにしては強くね?》
《確かに。砲撃に耐えてる》
そう、一斉射にて圧倒しているが、それでも即時決着がつくような雑魚狩りムードではない。
敵は防戦一方なれど、雨の如く降り注ぐ魔力エネルギー弾を受け止め、防御陣形を維持していた。
「……ずいぶんと防御が高い。しかも、召喚獣が積極的に前に出て盾になっているね」
この中で死んではまずいのは、最初からこの場に居たモンスター達だ。彼らは補充が効かないが、<召喚魔法>で呼び出された方はその限りではない。
術者の支払うコストが残っていれば、追加の召喚獣を補充できた。
現に、艦砲で吹き飛ばされる度に新しいモンスターが召喚され、この場の敵総数はなかなか減ってはいかない。
「なるほど。魔力回復の手段は潤沢に用意していた訳だ」
もとより持久戦の構え。この状況を想定していた訳ではないようだが、本イベントは一種の『無限湧き』に近い設定になっているらしい。
目の前の敵をいくら倒していっても、次々と終わりの見えぬ『おかわり』が沸いてくる。
「《案ずるでないぞローズよ! 術者を無力化すれば、<召喚魔法>はそこで打ち止めよ!》」
「そうだね。そういうギミックを想定したクエストなんだろうさ」
砲撃の爆音に交じって、クライス皇帝がイベントの答えを言い当ててくる。
そう、別にこの場のモンスターを全て倒す必要はなく、その間を縫って術者を探し当てることこそクエストの本題。
律儀に湧き出てくる召喚獣の相手をする必要などありはしない。だが。
「でもあえて、僕は奴らを全滅させよう。ふふ、勝負と行こうじゃないかクライス。君が術者を見つけるか、僕が魔物を全滅させるか」
「《一興よ! だが我とて数々のクエストを完遂してきた百戦錬磨! もたもたしていると、勝負にすらならぬぞ?》」
「当然。見ているといい」
「《見せてみよ! 貴公の実力!》」
《おおおおおお!》
《パーフェクト狙い宣言だ!》
《元栓を締めて終わりなんてつまらない!》
《出された料理はきっちり食べきる!》
《やっちゃえお姉さま!》
《どうする気だろ?》
《分からんか? まだローズ様は動いていない》
《飛空艇! プラス! ローズ様ッ!》
《あの王都襲撃も防ぎきったお姉さまです》
《またあのお力が見れるのか……》
「それも良いけど。まず勘違いしないで欲しいのは、僕らの飛空艇の力はこの程度のものではない」
今は、全力を発揮するのを邪魔している存在が居るのだ。
それを排除することで、この程度のモンスターの群れなどそれこそ作業のように蹂躙できる。
ハルは、その処理課題点を解消すべく、『問題点』の元へと<飛行>していった。
自分の飛空艇の魔砲弾の雨をかいくぐり、飛び出してきた飛行モンスターを杖の一撃にてすれ違いざまに葬り去り、阻む者なくそこへと向かう。
その問題とはすなわち、モンスターの壁に隠れた最初の試験官連中の事である。
「やあ。申し訳ないが少し邪魔だよ君たち。そこをどいてくれないかい? 即時だ」
「ひっ!」「ヒイイイイィ!」「命だけはお助けを!」「雇われただけなんです!」
「言い訳なら署で聞こう」
ちなみに署などない。わざわざ警察送りにする気もない。言ってみたかっただけである。
敵と砲弾の間を縫って、空中から降り立ったドレス姿の存在。その非現実さと、何より見せつけたその力が潜入試験官たちに圧倒的な恐怖を植え付けた。
ハルは彼らの前に立ちはだかっていた大型のトカゲのようなモンスターの頭を杖の大ぶりで殴りつけながら着地した後、間髪入れずにゼロ距離からの<神聖魔法>の一撃でそれを消し飛ばした。
手から波動を放射し、強力なモンスターの巨躯を吹き飛ばしたかのような絶望感。
その恐るべき強者の次のターゲットが自分たちに向くのかと思うと命乞いにも力が入るというものだ。
ハルはそんな彼らの叫びも命乞いも一切を無視して、周囲から迫るモンスターの攻撃を捌きながら彼らの胸倉を掴んで放り投げる。
その怪力で空へ悠々と投げ捨てられた彼らに向けて、また容赦なく<神聖魔法>を撃ち込んでいった。
「やめてぇええぇ!」「ころさないでっ!」「助けて! 助けて!」
「はいはい殺さないよ。そういうスタイルだからね」
そう、メイドさんが攻めあぐねていたのも、そのせいだ。ハルがNPCを殺害しないプレイスタイルであるために、彼らに当たる位置へと砲撃できない。
その障害を、ハルは取り除いたという訳だ。
ハルが地上から連打した<神聖魔法>の追尾弾の数々は、彼らに直撃し更に上空へと吹き飛ばす。
無論、殺しはしない。極限まで威力を抑えたいつもの制圧用だ。なお、痛くないとは言っていない。
《空中輸送……》
《多段ロケットだ》
《人間は軽いなぁ》
《白目むいてね?》
《ローズ様容赦ない……》
《殺さないだけお優しい》
《……本当にそうか?》
《そらそうよ》
《あ、鳥さんが掴んで引っ張り上げた》
《完全に気絶して脱力してる……》
《今日も鳥ちゃんは便利》
《これが真の<召喚魔法>の使い方ってやつよ!》
《……本当にそうか?》
《便利すぎることは間違いない》
実はハルも得意としている<召喚魔法>。それにより呼び出されたのは敵とは比べるべくもない小ささのカナリア型の使い魔。
ただし、その使役できる総数の多さは非常に便利だ。その小鳥たちが掴み上げた瀕死の敵NPCは、飛空艇の甲板上に連行され捕縛されていった。
「さて、これで障害はなくなった。遠慮なくやっちゃっていいよ、みんな」
自身も空中へと優雅に離脱するハルの許可を得たメイドさんは、嬉々として地上を爆風の嵐で染め上げていくのであった。
*
「ははっ! やはり全開で撃てるというのは気分が良いね!」
「《仰るとおりにございます》」「《ご主人様の言うとおりです》」「《誰もがご主人様の力を思い知るでしょう》」「《楽しいです》」
阻むものなく撃ち放題となったメイドさんによって、モンスターの群れ全体が艦砲の雨へと曝される。
邪魔者が居なくなった中央部を狙えるようになった先から、メイドさんは容赦なくそこを狙う。
既に最初から居た実体モンスターは全て消え去り、後は召喚獣を残すのみとなった。
狙われる対象の数が絞られたこともあり、すぐに処理速度の方が、次の<召喚魔法>を実行する速度よりも早くなっていく。
「<召喚魔法>の練度それ自体は高くないね。同時召喚数も大したことがなさそうだ」
《いや、それはローズ様が異常なんです……》
《百体以上を一瞬で召喚とか……》
《ムリゲー》
《ご自身の超人っぷりを自覚してください!》
《敵はこれでも高レベルだと思います》
《でも、確かにこれくらいだとMP持たないよね》
《こんなに連続召喚するのはもっと高レベルだね》
《アイテムで補助してるんじゃない?》
《この日に合わせて準備したんだろうな》
《あっちも一大イベントってことだ》
「そうだね。それこそ例の魔石やら何やらで、召喚コストを補っているんだろう」
しかしいくら無限供給されてくるとはいえ、弱いものは弱い。それは変わらない。
処理速度が上回っている以上、徐々に敵部隊の総数は減ってゆき、ある一点を超えるとそこからは早かった。
多数の砲台で一匹のモンスターを狙い撃ちにする余裕が生まれると、討伐スピードは更に加速する。
一気に撃破数は二倍、三倍と増え、そこからは一瞬だ。
もはや散発的に出現する召喚獣を適当に間引くだけで済むようになり、休んでいる砲台も多い。
そして、ついには地上は完全に沈黙し、敵は戦力を追加することを諦めたようだった。
「終わった、かな?」
「《はい》」「《ターゲット沈黙》」「《レーダーに敵影なし》」「《追加の召喚、ありません》」
「ふむ。お疲れ様、みんな」
メイドさんからは『ちっとも疲れていない』という返答が次々に返って来る。
どうやら、彼女らとしてはもっと撃ちたかったようで、まだまだ物足りないようだ。
とはいえ、敵が居ないのならば仕方がない。ハルは再び地上へ下りて、術者の捜索中のクライスの元へと着地するのだった。
「やるではないか。凄まじいな、貴公の船は。本当に全滅させるとは思わなかったぞ!」
「真の全滅とは言えないけどね。敵も、まだ余力そのものは残っているだろうから」
「出したところで、狙い撃ちにされるだけである。壊滅も同じよ」
余力自体はあっても、抵抗すればするほど被害を広げるだけ。『詰み』の状態だ。
一応、寿命がほんの少し伸びるのだろうが、それだけである。
「クライスの方は、進捗はどうだい?」
「まだであるな。勝負は我の敗北よ。とはいえ、大まかな位置は絞れたが」
「この辺? それも、君のスキルかな」
「単なる状況からの推測よ」
きっと、敵の<召喚魔法>の発現位置から逆算をしたのだろう。良い読みだ。
ハルも同じく、その理由からこの付近であろうことは当たりをつけていた。
「しかし、見た目の上では何もないように感じられる。であれば……」
「うん。例の遺跡の封印で隠蔽してるんだろうね」
敵はやはり遺跡の中。そこに隠れ潜んでいるのだろう。
つまりは正当な鍵の所有者と繋がりがあるということになる。そこにも興味は沸くハルだが、今はそれは気にしても仕方ない。
「……扉を見つけて<解析>し、強引に開くか」
「すまぬが頼めるか? 我では、そうした器用な鍵開けは出来なくてな。<盗賊>との繋がりもない」
「ふむ? <盗賊>なら開けられるようなスキルもあるのか……」
それもまた興味深いが、やはり今は関係ない。ハルの仲間に<盗賊>系は居ないのだ。<隠密>や<忍者>なら居るが。
ともあれ、大まかでも位置さえ分かっていればまるで問題ない。
ハルは小鳥を飛ばして調査するフリをしつつ、魔力視に力を入れて封印の位置を割り出す。
そうして容易にその位置を見つけ、解除作業に入ろうとしたところで、唐突にそれは起こった。
《なんか光ってる!》
《音もだ、大きいな!》
《魔法陣ですねぇ》
《最後の悪あがきか》
《今までのよりでかいんじゃね?》
《でかい》
《出来るなら最初からやっとけ》
《最後の切り札かも》
《捨て身の全力召喚だ!》
《そんなスキルあったっけ?》
《この世界はまだまだ謎が多いのです……》
本当にその通りだ。まあ、ハルの求める謎とは少し違うが。
だが、今までやってこなかった以上、何かリスクが存在するか、何度も気軽に行えないか、そうした縛りが存在する切り札なのは間違いない。
でなければ、既にとっくに召喚している。
「ボス戦という奴か。如何にする? 我らで戦うか」
「いや、ここはまた、僕らの船に任せて欲しい。晴れ舞台なんだ」
「ほう。対処が適うか」
「うん。メイド隊、主砲準備」
威力から忘れがちだが、今まで撃っていたのはあくまで『副砲』の連打。
ハルたちの戦艦最大威力の主砲攻撃が、ついに実戦でお披露目される時が来たのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




