第85話 かくれんぼ神級を開催します
「カナリーの持つリソースを賭けて、私と戦っていただきます。以前ハル様と敵国の王子がなされたように」
「まあ、そうなるよね。……商店街レストラン用の料理を、メイドさん達に作って貰うとかじゃダメかな?」
「なんとも心躍る提案ですが、それはまた別の機会に……」
どうやら戦わなければならないようだ。予想はしていたが。
ここの神様たちは戦う事が好きである。温厚そうなアルベルトもそうであったとは、余程重要なのだろう、その資源は。隙あらば取りに来る。
その資源もまたエーテル、なのであろうか?
「ハル様が勝利された暁には、全力をもってハル様の帰還のお手伝いをさせていただきます」
「負けた場合は?」
「責は全てカナリーが負います。ハル様は何もお気になさらぬように」
あくまでハルは勝負の駒だという事だ。ハルがそれを了承しようとすると、珍しくアイリから待ったがかかった。
「その、それではいけません! カナリー様を通して、ハルさんに制限をかける事が可能になってしまいます! あの、どうかそれはしないとお約束を……」
「これは失礼いたしました。ご不安にさせてしまい申し訳ありません、アイリ様」
「い、いえ、その……」
アイリが危惧しているのは、以前の王子、アベルのようにその身に誓約をかけられる事だ。
恐らくその場合は、事前に取り決めて、こちらが了承しなければならないのだろうが、ハルの身を案じてくれたのは素直にありがたかった。
それに、抜け道が無いとは限らない。これから敵に回る相手だ、信頼しすぎるのも良くないだろう。
「では、もしハル様が負けてしまった場合。その時にはハル様には、その場でログアウトしていただきましょうか。私が勝利した際の要求は、それ以外は決してしないと誓いましょう」
「優しいんだね、キミは」
「……何のことでしょうか」
それは何の要求にもなっていない。むしろハルの後押しになっているだけだ。
カナリーにより、ログアウトが問題を起こさない事は確認されている故、罠という線はなくなる。ログアウトすれば向こうに帰れる、と言っているようなものだ。
勝っても、負けても、ハルの問題が解決するようにと。そんなアルベルトの気遣いを感じる。
──いちおう、こちらがテーブルに乗りやすいように、心理的負担を軽減する策、という線も、無いではないけれど。
それとも、ハルの事情など些末なものであるのだろうか、神々にとっては。
勝負によって資源を奪う事が、何よりも重要なのだろうか。
「……いいよ。受けようか。カナリーちゃん、問題は無い?」
「いいですよー。詳細はこちらで詰めますから、ハルさんは戦う事だけに集中してくださいねー」
「わかった。任せるよ」
「よろしくお願いします! カナリー様!」
何をどう賭けるかは、彼女らの問題だ。ハル達はただ戦うのみ。
何のために戦っているのか分からなくなる不安もありはする。だが駆け引きに頭を悩ませる事無く、戦いのみに集中できるのは良い事であるのだろう。
「それで、勝負の日程はどうするの?」
「ハル様と、アイリ様さえよろしければ。今、この時より」
*
勝負を了承したハルとアイリが転移して向かった先は、神界、ロビー用マップの街を模した空間だった。
対抗戦の時のような、独立した戦闘用フィールドなのだろう。
模した、と一目で分かるのは、似通っているのは地形だけであるからだ。
建物はみな影絵を投射したかのように輪郭があいまいになり、詳細部分は省略されている。
ユーザーが購入して家を建てる土地には、そんな姿をした家々がみっしりと立ち並んでおり、実際の神界のような隙間だらけではなかった。
どの家も、単純で同じような見た目。だが、コピーしたのかと見比べてみれば、どれもこれも微妙に作りが異なっていた。
「ラクガキみたいな、おうちですねー」
「そうだね。中々センスが良いと思う。こういうのも」
「わたくし達のギルドホームだけは、同じですね!」
「うん。ギブアップの時は、ここに逃げ込むんだってね」
「ギブアップなどいたしません!」
「がんばろうね」
現在地である、中央広場の真ん中だけは実際と同じ。ハル達のギルドホームが縮小されて映し出されている。
ホームの内容も以前と比べ、少しずつ建築が進んで施設も増えている。ここだけで小さな町のようになってきたハル達のホーム。ここにもアイリは城を建てる事を計画しているようだ。
ホームへは、実際と同じように入る事が可能だが、ここに入る事はすなわち敗北を意味する。
勝利条件が特殊なので、勝てないと判断した時はギブアップしてここに入るのだろう。
アイリは、そしてハルも今は生身だ。無制限に戦い続ける事は出来ない。
「あんまり長引かせないようにしないとね」
「ここにはお手洗いもありませんからね。……ハルさん、もしや!」
「どうしたんだい?」
「先ほど、お茶を出してくださったのは、まさかこれを見越して……!」
「ば、馬鹿な……!」
アルベルトが聞いたら、それこそ『馬鹿な』、であろう。ふたりでふざけて、気を弛緩させる。
お茶が欲しいと言ったのはハル達の方だ。
とは言え、現実問題として長期戦は難しい。実際は、お手洗いはまだマシな方だった。アイリに恥を忍んで貰わなくてはならないが。
水、食料、体力。必要な物がどれも不足している。
「この試合に際しての制限は、僕らはカナリーちゃんの協力を得られない」
「仕方ないのかも知れませんが、心細いですね」
「カナリーちゃん強すぎるもんね」
「そしてアルベルトさんは、この神界で使う体しか使えないのですね」
「店員さんとかだね」
また神同士の力のぶつかり合いが危惧されたが、今回はお互いに全力を出す事を制限するということだろう。
ハルにとっては大幅なハンデとなってしまうが、今はアイリと、そしてハル自身の体を守りながら戦わなければならない。考えようによっては良かった部分もある。
「神剣は使えるみたいだね」
「こうして間近で見るのは、初めてになります」
アイリが感動をあらわに、まじまじと神剣を覗き込む。刃先が空気に溶け込むように透き通るその剣は、ルールの範囲内で問題なく生成されたようだ。
『神剣カナリア』。カナリーのような大技は使えないが、この反則的な剣が使えるのは心強かった。
「そして勝利条件は、本物のアルベルトを見つけ出す事。回答権は無制限」
「アルベルトさんみーつけた! と言うのですか?」
「見つけたら、そうしようか」
「はい!」
気楽な調子でそんなことを言う、アイリの頭を撫でる。彼女にとっては、これも単なるかくれんぼだ。その感性に癒される。
目を閉じて気持ち良さそうに手を受け入れている彼女を見ながら、だがそう簡単には行かないだろうと、ハルは心の中で気合を入れ直す。
恐らく、出てくるアルベルトの中に本物は居るまい。
◇
そうして、さほどの間もなく戦端が開かれる。
すぐに商店街の方向から多数の“アルベルト達”がなだれ込んで来た。
「来ました! たくさんいます!」
「こうして見ると、本当に色々なタイプが居るね。アイリ、準備は良い?」
「お任せ下さい!」
アイリの手から爆炎を封じた黒球が放たれる。今回は、破壊をセーブする必要の無い場所だ。
アルベルト達の前へと着弾すると、広範囲に破壊の炎を撒き散らし、アルベルト達を吹き飛ばし、薙ぎ払った。
「一人ひとりは、弱いですね。もう少し威力をセーブしましょうか」
「節約よりも速度重視でいいよ。セーブするのが大変なら、過剰なくらいで良い」
「了解です!」
アイリをお尻から持ち上げるように片手で抱え上げると、ハルは<飛行>して影絵の家の屋根に登る。
爆風から逃れたアルベルトの一人、巨大なガントレットで武装したメイド服の店員を一刀の下に切り払う。ジャンプして一気に登って来た。機動性は非常に高いようだ。
「HPは一般人並みなのが救いだけど」
「でも、どのアルベルトさんも、速いですね」
腕の中のアイリが、道を走る巨大なハンマーを持った武器屋の親父と、片手剣を手にした道具屋の青年をレーザーのような速射の魔法で撃ち貫きながら語る。
アイリの言う通りだ。どのアルベルトも速い。これでは観察している余裕など無いし、何より常に撃破し続けなければすぐに多数のアルベルトに囲まれてしまうだろう。
「ご丁寧に、みんな武器が大きいな!」
道へと下り、大鎌を振りかざす薬屋の老婆を刺し貫きつつ、跳ねるように前へ。そのまま商店街から距離を取る。
アルベルトの自動復活地点がそれぞれの店だとすれば、離れながら撃破していけば分散させられる。
そんな思惑をあざ笑うかのように、何でもない影絵の家から斧を持った村娘風の女の子が扉を開けて出てきた。アクションを起こす前にアイリが吹き飛ばす。
「村人Aか! 店員以外にも未使用のタイプが居るんだな!」
「ここのおうちの中、それぞれ入っているのでしょうか!」
「かもね!」
その言葉に答えるように、通りに並ぶ家々の扉を、がちゃりとタイミングを揃えて開けるアルベルト達。
店員のように個性をつけた服装ではなく、顔にも特徴は無い。だが一様に皆、手にはぎらりと光る大きな刃が輝いている。
「吹き飛ばします!」
「やっちゃえアイリ」
「はい! やっちゃいます!」
巨大な光の刃を生み出し、アイリは道いっぱいに広げる。
ハルに抱えられたまま、くるりと踊るように回転し、家ごと出てきた一般人たちを薙ぎ払った。
撫でるようなその一撃だけで、彼らは簡単に消滅していく。
「彼らを作るにも無料ではありませんよね? 魔力切れはあるのでしょうか」
「仮にも神だからね。僕らの体力よりも先に尽きるのを、期待はしないでおこう」
「ですよね!」
戦闘開始から大して時間が経っていない。だというのに、ハルの息はもう上がってきている。
まさに、息つく暇も無い。乱戦に次ぐ、乱戦が続いていった。
◇
同じような戦いが数度繰り返され、たまらずハルは<飛行>で上空に退避してくる。
腕の中のアイリをぎゅっと抱きしめる。彼女は眼下の警戒をしてくれているようだ。一般アルベルトは、飛行能力が無いようだ。飛んで追っては来ない。
槍を構えて飛び込んで来た魔法道具屋の店員を、アイリと逆側にかわして刃を通す。剣を置くだけで、自分の勢いで真っ二つに切れて消えて行った。
「多少は、息がつけるか」
「お疲れ様です、ハルさん。……下、気味が悪いですね」
「ホラー映画を思い出すよ」
「解決したら、それを見ましょうか!」
「そうだね」
ハルとアイリの下にわらわらと集合するアルベルトは、まるで階下に集まるゾンビのようだ。
戦術的優位性は無い。それどころかアイリの魔法で一掃されて終わりだ。
「だが視覚効果は抜群だね。僕の精神的疲労を誘ってる。分かってるねアルベルトは、人間ってものを」
「どういう事でしょうか?」
「武器が大きかったりするでしょ? あれはあからさまに危険を煽って、意識をそっちに誘うためだ。アルベルトその物の観察を阻害してる。トンネル視野って奴だね」
「ハルさんには、効かないのですよね?」
「効いてるよ。効いてるけど、僕には並列した別の意識がある。そっちで冷静に観察出来るだけ」
だが別の思考を割く事を強制されている以上、確実にハルの能力を削っている。
こんな状況でもいつもの様子を崩さないアイリの方が、凶器や威圧の効果は薄いだろう。ゲームキャラから実際の肉体へと代わり、ハルは傷つけられる事への潜在的な恐怖が浮上している。
この武器に視線を注目させる効果、普段はハル自身が相手プレイヤーに大して使うものだ。その効果はよく知っている。
武器、凶器、自らの身を危険に晒す可能性のある物体には、人間はどうしても注視してしまう。それ以外の周囲の状況は、“見えているのに、見えていない”。
それにより相手の視界を狭め、ハルは一瞬でその狭い視界の外へと出る。いつものハルの手だった。
今は、ハルがそれを強制されている。普段はゲームキャラの鎧に守られている事を実感しているハルだ。
「どのアルベルトさんが本物なのでしょう……」
「データ的には、どれも偽者だね。全部本物だとも言えるけど」
「それが答えなのでしょうか? いえ、そう簡単にはいきませんよね」
「同感だよ、アイリ」
このうじゃうじゃと居る数多のモブの中から、本物を探すのが勝利条件。
ご丁寧に認識を誤魔化す仕掛けも一杯だ。どう考えても、まともな手段で突破できる課題とは思えない。
『全てのアルベルトを倒せ!』、の方がまだ分かりやすいし現実味もある。
「ハルさん、頭の良いハルさんにはなれないのですか? 負担を強いてしまうようで、申し訳ないのですが……」
「なれない、残念ながらね。頭の良い僕になるには、僕の世界のエーテルが必要なんだ。今やっても、頭が一つの僕になるだけから」
統合、そして意識拡張の事だ。統合自体は出来る。しかし、意識拡張するためのエーテルネットに今は接続できない。
飛行可能なアルベルト達を切り払い、またアイリが魔法で打ち落としながら話し合う。
下からも魔法が飛んでくるようになり、気が抜けない。
道に隙間無く集まって、流石に気味が悪かったのと、引き離すチャンスでもあるので、高速で場所を移して、様子を見る。
押し合う様子も無く、きっちりと整列して追ってくるのはあまりに不気味であり、血の気が引く。統率された一つの意識による操作、その集大成だった。
「……今、意識を一つにしちゃうと、さっき言った視野狭窄の罠にはまってしまう。その危険も考えられる」
「そこは、わたくしが補います。わたくしが、ハルさんの目になります」
「何か、考えがあるのかな」
「いいえ、ですが、このまま対処を繰り返すだけでは突破口は見えそうにありません」
早くも追いついてきた集団に、アイリが極大の魔法を放ち吹き飛ばす。
道を埋め尽くす群れはアイリの炎に巻かれ、吹き飛ばされ、そして再び各地に復活する。家々の扉が開かれて行く様子が上空から良く見えた。
「恐らく、統合すれば<転移>は習得可能だろう。アルベルトの言がそれを保障してくれている」
「それは、ハルさんが話を持ちかける前の発言でしたね。であれば」
「うん、罠の可能性は低い。けど、転移はアルベルトも織り込み済みだろうね」
「突破口には、なり得ませんか。戦術の幅は広がるでしょうけれど……」
意識を統合して解決する問題ではない。しかし、アイリの言う通り、現状では解法を持ち得ていないのは確実だ。
このまま物量戦の対処を続けていても、こちらがいたずらに消耗し続けるだけだ。
──全員一箇所に集めて、『アルベルト見つけた!』、って叫べば解決しないかな。しないよなあ。
見える中にアルベルトは居はしまいと確信しているのに、そんな他愛の無い案を考えてしまう。
視界に入ったアルベルトは全て記憶済だ。常に意識の外へと逃れようとするような、隠蔽力に富んだ固体も存在しなさそうだ。
そしてアルベルトは、カナリーと直接出会い、カナリーが<降臨>しているのも知っている。
「僕がカナリーの視点を使える事も知られている可能性は高い。家の中に本物一人だけずっと隠れているのも期待出来ないな」
「それを防ぐために、カナリー様の参戦を禁止した可能性は?」
「無いとは言えないね。でも最終手段かな。ここの全域に魔力を満たすのは骨が折れる」
この試合は、ゲームとしてプレイヤーに攻略されるための接待ではない。神同士がお互いにチップを賭けて行う、絶対に攻略されないための真剣勝負。
ハルの手持ちのカードでは、見つかる事は期待は出来ない。
だが逆に、カナリーが試合を許可したという事は、ハルとアイリには必ず見つける手段が備わっている事を意味している。
攻略出来るからこそ、カナリーは二人を送り出した。
ならばハルのすることは一つだ。アイリと共に、それを見つけなくてはならない。




