第848話 点灯する一つ目のしるし
魔力の砲撃を遺跡に直接浴びせかけて、そのエネルギーを直に叩き込んだハルたち。
ハルが射撃命令を停止すると、遺跡は十分に魔力を吸ってオーラを光り輝かせていた。
……ついでに、無敵に設定されている遺跡以外の周囲は爆風で跡形もなく消え去って、綺麗なクレーターを形作ってしまっていたが。
「少し、やりすぎたかな……」
「ですが、非常に効率的でした。“まんたん”になったと思われます!」
「そうだねアイリ。この遺跡へのチャージは、これで完了したと思って良いだろう」
どうせ壊れないのだからと、遺跡に直接、魔砲弾を叩き込むなど冒涜的にも程がある。
どうもゲームなのだと思うと効率を、より効率を、と求めてしまうハルだった。
「別にいいけどよ! どうせ何しようが壊れないんだからな、ガハハ!」
「同じ考えのようで良かったよ。それとも、リコリス人と同じ感性であることに危機感を覚えた方がいいのか……」
「……明らかに後者だぞローズ。……この脳筋どもに感化されるのはマズい」
「テメーも砲撃中はめっちゃ盛り上がってたじゃねーかこの根暗ぁ!」
どうやら、歴史的建造物に敬意を払う人間はここには居ないようだ。
危惧するべきは、視聴者に不快感を与えてしまうことか。嫌がる意見が多いようならば、この方法は考え直した方がいいのかも知れない。
《さ、流石はお姉さま……》
《やることがド派手ー》
《無敵の遺跡だったからいいけど》
《これ、街に直接撃ち込んだら……》
《一隻で国を支配できるんじゃない?》
《飛空艇の本気初めて見た!》
《流石の火力》
《これで魔力切れ無しなんだろ?》
《コアにいったい何使ってるんだ……》
《確かそこ作る時だけ配信されてないんだよな》
《反則すぎんこの力?》
とりあえず、表出するレベルでの不快感は出てきていないようだ。致命的な悪手にはなっていないようで一安心のハル。
恐らく彼らにとっても、『これはゲーム』という意識が染みついているのだろう。
職種によっては犯罪行為すら許容される世界において、犯罪ですらない行いには、いちいち目くじらを立てるような物でもないということか。
しかし、ハルのプレイスタイルはNPCを殺さないことから始まった『慈愛』のものだとされている。あまり、羽目を外しすぎないように心がけておこう。
……今後、どんどん守れなくなっていく気が、今からしているが。
「テレサもすまないね。刺激が強かったんじゃない?」
「いえ、平気ですローズさん。まあその、とても激しかったですが……」
「そういえばミントの国には、こうした遺跡とかあまり無いの?」
「ええ、うちは、どうしてもすぐに森に飲まれてしまいますから。保存は難しいです。『自然のままに』、ですね」
「なるほど」
国土のほとんどが森に覆われたミントの国では、植物による浸食が激しいようだ。
こうした、何もない荒野のようにひっそりと安置しておくようにはいかないという。森に飲まれた人工物の風化は激しい。
《ところで、この寺院はどうするのローズ様?》
《満タンになって何か変わったかな?》
《中は特に何も無かったよね》
《何か出てきたかも!》
《調べてみようよ!》
「そうだね。魔力がチャージされたことで、隠されたギミックが発動したなんてこともあるかも知れない。もう一度、詳しく見てみようか」
魔力を込めれば扉が開く。そんな展開だってお約束だ。調べてみる価値は十分にある。
ハルはお供にアイリを抱きかかえて、<飛行>で甲板から颯爽と飛び降りるのであった。
*
そして、結論から言えば遺跡に大きな変化はなかった。そうそう期待通りにはいかないものだ。
ただし、何一つ変わった事がなかったわけでもない。ハルは『それ』を前にして、仲間と視聴者に向けて結果を報告していく。
「ひとまず変化は、この祭壇みたいな場所の上に出てきた謎の紋章くらいだね」
「なにやら、いかにもな曰くありげなのです!」
《だめかー》
《そりゃ一か所だけじゃ駄目だよな》
《国中にあるんだもんな》
《全部をチャージしないとか》
《これは『チェックポイントいち』ってとこ?》
《スタンプ代わりか》
《ずいぶん大がかりなスタンプラリーですね》
《どでかい台紙がひつよう》
「すたんぷ! きっとこれを触ると、体に紋章が刻まれるのです」
「ありがちだね。きっと全ての聖なる印をその身に刻むと、<勇者>になれるね」
「はい! ……しかし、触っても何も起きませんねハルお姉さま」
「残念だったねアイリ」
お約束の展開のようにはいかず、目の前に浮かぶ巨大な『紋章』を名残惜しそうに見上げるアイリ。
恐らくこれは単に演出上の視覚効果なだけで、『フラグ達成』を視覚的に分かりやすくしたチェックマークであろうとハルは推測した。
このチェックマークが全土の封印にて全て浮かべば、そこで初めて進行があるタイプだろう。
普通なら、ダンジョンの中で部屋ごとにあるようなギミックだが、国土全体でやるとは恐れ入る。
「たぶん、今の段階では何もないよ。出ようかアイリ」
「はい! どんどん次に行きましょう!」
ハルはアイリと手を繋いで遺跡を出ると、上空で待つ飛空艇へと戻ることにした。このまま頑張って内部を調べても、恐らくは何も出まい。
その前に、またプレイヤーが留守を突いて占拠しに来ても面倒なので、再封印を施してから去ることにした。
「もともと埋っていたところだからね。また埋め直せばそれでいいだろう」
ハルはアイリを抱きかかえて<飛行>すると、飛空艇の高度に昇る前に遺跡へと土砂を放出していく。
ガザニアの鉱山で得た大量の石や土、それらを容赦なく遺跡上にバラ撒き埋め立てる。産地が違うことにはこの際、目を瞑ってもらおう。
《山が消えたと思ったら山が出来た!》
《やることのスケールが違う……!》
《破壊と再生》
《神かな?》
《天地創造》
《むしろ現代の土木工事》
《最近は埋め立てなんてほぼやらねー》
《輸送コストの方が掛かるからね》
《現地でそのままマテリアライズする方が楽》
《それこそ自然派思考の高級地くらい》
《やはりお姉さまはお金持ち》
《理屈が強引すぎる……(笑)》
エーテル技術は重量物の移動を苦手としているため、現代では前時代に多く見られた土砂や建材の長距離輸送があまり見られなくなっていた。
そのかわり、ペースト状になって『流れてくる』材料を現場で形にし、どんな形でもどんな大きさでも建築することが出来る。
現実には容量無限のアイテム欄が無いので、今のハルのような真似は出来ないので当然だ。
しかし、もし異世界の<魔法>が当たり前になり、<転移>も絡めた流通も常識となったら。再びこうした材料の長距離輸送が復活したりするのだろうか?
まあ、今は関係のないことだ。ハルは余談を脳内から振り切り、アイリを抱えて飛空艇へと戻る。
「ただいまです!」
「おー、おかえりアイリちゃーん。短いデートだったね」
「でもお姉さまに抱っこしてもらえて幸せでした! 次はユキさんも、お願いしてみましょう!」
「わ、私はそゆの、いいかなぁって……」
電脳世界では感覚が敏感すぎるためか、体の接触を気にするユキだった。
そんな女の子の微笑ましいやり取りに、視聴者も癒されているようだ。
その間にハルは、次の目標を定めねばならない。なにせ封印は国中に点在している。あまりのんびりし過ぎてもいられないだろう。
考えるべきなのは、このまま全ての遺跡へとエネルギーを与え続けていいのか否か。そして与えるとしてもその方法だ。
ファリア伯爵から情報提供を受けたハルだが、封印された遺跡へ魔力を与えた結果何が起こるのかは教えてもらえなかった。
そこは隠されたのか、伯爵自身も知らないのか。ともかく何が起きるのかは不明。
ゲームの流れから言えば、エネルギーを与える流れが自然に出来ているので、それに沿うことに問題はないとは思うハルなのだが。
しかし、封印する対象が『良い物』であるという可能性も完全には捨てきれない。
極端な話、<勇者>を封印してしまっているかも知れなかった。
「次はどうするんですハルさんー? ひとまず二番目の遺跡に行って、またぶっこわしますかー」
「それなんだけどねカナリーちゃん。今と同じ方法は難しいかも知れない」
「残念ですねー? メイドちゃんも、楽しそうでしたのにー」
「まあ、艦砲を派手にぶちかます機会自体はどんどん来るだろうから」
射撃管制が楽しくなってしまったメイドさんたちが、心なしか赤くなって顔を伏せる。別に、悪いことではないとハルは思うのだが。
優雅でお淑やかなメイドさんとしては、はしゃぎすぎてしまった扱いなのかも知れない。
《なんで無理なん?》
《伯爵との<契約書>》
《ああ!》
《遺跡には機工兵が張ってるのか》
《それ攻撃しちゃいけないんだね》
《どいてもらえば?》
《どいてくれるかなー》
《よく分からんが、協調路線なんでしょ?》
《『互いに邪魔はしない』程度じゃない?》
《それっぽいね、よく分からんが》
《よく分からんがね》
「伏字のオンパレードだったからね、すまない……」
「まあー、それは別にするにしてもー。遺跡を全て吹っ飛ばして掘り返すのも良くないかもですしねー」
「だね。上手く再封印が出来るとも限らないし」
「下の遺跡は、大丈夫なんですかー? 岩を魔法で吹き飛ばせるレベルの術師なら、そこそこ出てきてますよー?」
「ああ、それは多分大丈夫。入口はダマスク神鋼でみっちり埋めてきたから」
「……それはまた、ハルさん以外に誰も解除できなさそうですねー」
埋め直した寺院の出入口は、超硬度で超重量の『ダマスク神鋼』をぎっしりと詰め込んでおいた。
破壊も撤去も非常に困難であり、上級プレイヤーであっても手も足も出ないと思われる。
しかし、それや土砂の在庫も切れかけており、次は埋め直しも難しそうだ。
伯爵相手の『攻撃不可』もあることから、別の方法を模索した方が良さそうだった。
「ならばだローズ<公爵>よ。ここは我のクエストに乗ってみぬか? 迷っているのならば、先にこちらを処理してくれるとありがたい」
「……クライス皇帝のクエストか。そうだね、それも良いかも知れない」
ここで、新たに同行者に加わった『クライス皇帝』、この世界では『<冒険者>クライス』から提案が上がる。
彼が選手として参加した武王祭は、伯爵の話によれば封印に深く関わっている。
クエストとして武王祭に参加した彼の仕事を進めることで、この国の遺跡についても何か見えてくる可能性は高かった。
*
「我の請け負ったクエスト。それは、この国にて武王祭の裏で蠢く武装集団を討伐せよというものだ」
「その武装集団ってのはどんな奴らなの?」
「詳しくは分からぬ。まずは調査からだ。それ故我は、選手として参加することにしたというわけよ」
「なるほど」
現実なら『ふざけるな』と言いたい詳細不明の依頼だが、これはゲームだ。クエストを受ければ、まあ流れで事件から近寄って来てくれるある種の信頼感がある。
そういう意味では、クライスの選択も実に理にかなっていると言えた。
武王祭を勝ち進んで行けば、そのうち武装勢力が出現しそうだ。そこで軌道修正すればいい。
「最初は貴公らか、または貴公らの追っているファリア伯爵とやらがそうかとも思ったのだがな」
「人の国で大暴れして申し訳ない……」
「ふはは。気にするでない。<冒険者>ギルドに確認したところ、どちらも『違う』らしい故な」
「分かるんだ」
「うむ。ギルドの掴んだ情報は、全く別の場所での動きらしい。貴公は国の正式な機関であるため、絶対に手を出すなと釘を刺されてしまったわ。はははっ!」
「権力を使って好き放題して申し訳ない……」
他のプレイヤーから見ると、ハルがいかにやりたい放題か分かるというもの。
迷惑を掛けて申し訳なく思いつつも、人気の取り合いという勝負事でもある。今後も、好き放題することを止めることは出来ないハルであった。
「そして先ほど、ギルドからの追加情報が入った。どうやら隣国、コスモスの国から大規模な兵力が侵入し、リコリス国内を進行中だとな」
「ふむ……、相手はコスモスの兵士、いやそうとも限らないか……」
「然り。ギルドのクエストだ、国の正式な軍が相手である可能性は低かろう」
ハルはちらりと、そのコスモス出身である少女シャールに目線を向けるが、目立った反応はないようだ。
彼女の祖国の不祥事と気にさせてしまうか、もしくは怒らせてしまうかとも思ったが、こうした国家間のいざこざは慣れっこであるようだった。
「……コスモスの国もまあ、不審な連中には事欠かないからな。……責任逃れをする気はない。……リコリス相手となれば特にな」
「地下にネズミが大量に潜んでっからなぁ、オメーんとこはよ」
「……うるさい。……地上で堂々としてる貴様のとこよりマシだろう!」
「違げーねー」
常に荒れていて当たり前の戦士の国リコリス。日陰者が動き回るには都合が良いようだ。
特にこの武王祭の期間中は、国中の街で破壊を伴った試合が行われる。悪事、陰謀、企みたい放題。
そんな、ハルのプレイとは全く関係ない部分の事件が、少しずつこの国で進行し始めたようだ。
プレイヤー一人一人に、ストーリーがあるゲーム。個々は小さくとも、全てが一か所に集まればいったいどれだけの規模となるのだろうか?
「それじゃあ次は、クライス皇帝のクエスト情報を元に現地へ行ってみようか」
「かたじけない。恩に着るぞ」
彼が<冒険者>ギルドから得た追加情報は、ここから見ればリコリスの国の中心付近。三回戦の会場となる街のラインが描く円と、四回戦の円の間の区間といったところ。
ハルたちは先ほど始まった三試合目の戦いの頭上を飛び越えて、クライスのクエスト地点へと飛翔するのだった。




