第846話 いざ真実への船出
結局、ハルが選択したのは正直に伝えることだった。異世界のことは伏せつつ、協力に必要なことは隠さず伝える。
運営会社の元締めが一緒に居るルナの会社であること。ただし開発は外注であること。
その外注先のシステムが解析不能であり、法に反した挙動が組み込まれている可能性があること。
ハルはそれを調査する為に、プレイヤーとして一般ユーザーに混じり一緒に遊んでいること。
それらを全て、偽りなくソロモンに語った。ただし、先述の通り異世界と神様たちについては完全に伏せている。
嘘は言わないが、全てを語っているとは限らない。
ハルも『神様スタイル』が板についてきた、といったところだろうか。
そうしてソロモンの協力を取り付けたハルは、今度はゲーム内にて改めて、彼と対面している。
再びの放送開始の時間より前に、彼のユニークスキル<契約書>にて準備を行うためである。
「…………クソッ。さっきの姿見た後だと、どう接していいやら」
「……またルナたちが喜びそうなリアクションはやめておきなよソロモンくん」
「チッ……! 分かっている……!」
また銀髪の美少年としての彼に戻ったソロモンは、その美貌を複雑そうに歪めて『ローズ』と向き合う。
先ほど『中の人』であるハルを知ってしまったばかりであるため、多少の混乱が残っているようだ。
何か言いたげな流し目でときおりハルの顔を確認しつつ、それでも全てを飲み込んで胸のうちに仕舞ったようだった。ハルも深くは聞くことはない。
「……しかし、本当に凄いヤツだったんだなお前。あの歳で、これだけの規模の資金を動かしているとか」
「君だって、僕より年下なのにもう独り立ちしてるじゃないか。優秀だよ、十分に」
「チッ。世事はいい。オレなど賞金欲しさに、考えもなしにこんなゲームにも食いついた小物でしかない」
「謙遜しなくていいのに」
「謙遜なものか。倍率の高すぎる賞金目当てに、高額をベットして人まで雇った。あげくリカバリーの配信もやろうとしない無茶な奴さ」
己のプレイについて、珍しく自虐が始まった。確かに、そこは一般的にはマイナスポイントだろう。誰もが認めることだ。
しかし、そこを逆手に取り利点として、上手く利用してみせたのも確かなはずだ。
ハルに敗北し捕獲され、現実でも正体を辿られたことで弱気になっているのだろうか?
いや、恐らくそれは違うとハルは推測している。この口の軽さを引き出した要因は、絶望ではなくむしろ安堵であるはずだ。
「どうしたソロモンくん? 己の計画が予想通りにハマって、一安心といったところかな? ずいぶんと饒舌じゃあないか」
「……ど、どこがだ。リアルまで押さえられた上に、お前は優勝には興味ないんだろ?」
「というよりも、僕は優勝しちゃいけない。目的はそこに無いしね」
「だったら……、オレの今後も絶望的だろう……」
「別に、君が優勝賞金を目指すことは禁じる気はないよ。好きに目指すと良い」
確かにハルが優勝を目指さないのであれば、行動を共にするソロモンもそれに付き合わされ、進行が絶望的になるかも知れない。
しかし見ようによっては、ハルの知名度を最も近い位置で享受できる立場であるとも言えるのだ。それに。
「それに、君の目的も、一番の部分は優勝じゃないんだろう? むしろ損失を出そうとも、先行投資として己の知名度を、リアルの君の方の知名度を上げるのが目的だった」
「…………」
「ある意味そこに僕という魚が食らいついた時点で、君の目的は大成功したと言える」
もちろん、賞金は得られるに越したことはない。しかし、現実的に考えてその倍率は恐ろしく高く、成功の確率は計算に入れるような数値ではない。
ならば、むしろ失敗を前提として、このゲームの大きすぎる知名度を利用しようとしたのがソロモンだ。
彼はクラン『レメゲトン』を作り上げる際、当然のように多数のプレイヤーに現実で連絡を取っている。
その経緯はその界隈においては当然話題になり、先ほどハルも訪れたあの事務所の知名度も上がるだろう。
次は逆に、そのソロモンの手腕を見込んでの客から、自分が依頼を受けお金を稼ぐ事だって考えられる。
優勝という不確実なゴールを無視しても、彼はこのゲームで多くの物を得た訳だ。
将来的な回収額は、むしろ賞金の額などはるかに超える規模となるかも知れない。
「顧客第一号の僕を得て、舞い上がっちゃったかな?」
「チッ……、本当に嫌な女だ、いや男だったか……」
「君から何か漏れると困るんでね僕も。釘を刺させてもらうよ」
「だからって心理分析じみたことは止めろ……」
確かに、ハルの悪い癖だ。つい無遠慮に、人の心の中を暴き立ててしまう。
彼が浮かれて何か喋ってしまったとて、それこそ『運営削除』のシステムで内容が視聴者に伝わることはないだろう。
しかし、それでも『ソロモンがハルのリアルを知っている』という疑惑が生まれてしまうのは避けられない。それは少し困るハルだ。
この個人情報保護のシステムを知ってからもアベル王子に掛けた<誓約>を解除しないのも同じ理油である。
こちらは、更に致命的だ。異世界人、あちらのゲームのNPCとしての扱いであるアベル王子がハルの情報を知っているとなると、もう一気に対象が絞られてしまうからだ。
悪いが絶対に解除できなかった。
「……まあいいさ。確かに、オレは大口の顧客を得て舞い上がってしまったさ」
「おや素直」
「何とでも言え。金払いも良いし、今後も付き合いが期待できる。今夜はご馳走だな」
「実家に帰ってお母さんにおねだりする?」
「子供扱いは止めろ! というか下らないことを覚えてるなお前っ!」
忘れる訳がない。弄れそうな美味しいネタ、もとい、貴重な人物特性だ。
そんな、まだまだ若く少し危なっかしい彼だが、非常に優秀な人材なのも確かである。
ハルはそんなソロモンと<契約書>の内容について吟味を重ね、それを自分自身に対して発動するのだった。
このことを知るプレイヤーや視聴者は、ハルたちの他に誰一人として居なかった。
*
そして翌日。武王祭は三回戦の開催時間を前にする。ハルたちは二回戦の街の領主館で集合し、今後の動き方について決めることになっていた。
このまま平和に空から武王祭を観戦するか、それともこのリコリスの地に眠る遺跡の調査へと向かうか。
恐らくは後者になろうと思いつつも、そこはハルたちを招待した領主ガルマの決定いかんにかかっていた。
「さて、今日から僕らがどうして行くかだけれど」
「……その前に、ひとついいかローズ?」
「なにかなソロモンくん?」
「窓から見える景色に、どうも違和感を覚えるんだが……」
《なにかな?》
《どこも変じゃないな》
《綺麗な街並みだ》
《なにもおかしな点はない》
《今日も平和だな》
《それがおかしいやろがい!》
《街が、直ってる!》
《昨日はボロボロだったよな……》
《まさか、夢だった?》
《なんだ夢か》
《夢だけど夢じゃなかった?》
《武王祭は本当にあったんだ!》
「ああ、一日空いて暇だったんで、街は僕が直しておいた」
「そうか……」
「ツッコミ薄いぞぉーソロモンくん。キミの大事な役目でしょー?」
「ハルさんは以前にもー、一夜で王都に街を外付けしてしまった事がありますからねー? もう、ツッコムだけ無駄ではありますねー?」
「そいやそうだねカナちゃん」
カナリーとユキの言うように、ハルの<建築>能力の高さは既に実証済みだ。
そのスキルを使い、ハルは武王祭にて崩壊したこの街をその日のうちに完全復興させてみせた。
これは、翌日まで暇だったからやっておいたという理由も実際にあれど、もっと打算的な思いも当然ながら存在する。
「すげーなテメーはよ。ホント。ここの領主も、泣きながら礼言ってたぜ?」
「大げさな。泣いてないでしょガルマ、さすがに……」
「いいや泣いてたね。『予算が浮いたぁ!』、つってよ」
「……他国の<貴族>に借りが出来たことが分からぬカスだな。……しかし、確かにそんなコトなどどうでもよくなる凄まじさではある」
シャールの吐く毒舌はいつものことだが、別に適当な悪口ではない。今回は、しっかりと的を射たものだ。
実際ハルは、この地の領主に恩を売る為に街の修復を手伝った。
この他国であるリコリスの国にて自由に動くには、この地の有力者の口添えが欲しい所である。
「アイツの協調もあってな。許可が取れたぜ? 武王祭の円滑な開催の為にローズ、オメーが好きに暴れていいってさ」
「……公式な決定くらい、もっときちんと伝達しろカス。……ローズに笑われるぞ」
「しゃーねーだろ? 実際公式の命令もこんなカスみてーなモンなんだから」
「……ほんとカス」
「いや、助かるよガルマ」
どうしても、ガルマの手配した遊覧飛空艇では後手に回らざるを得なかった。これでようやく自由に、リコリスの国を、謎の遺跡群を調査が出来る。
ハルは許可が下りるが早いか、港町に待機させてあった黄金の飛空艇をこの地に飛来させるよう、操縦士であるメイドさんに向け指示を出す。
すぐにぴったりと息の揃った了承の返事が飛んできて、港町の画面では巨大な船が海水から浮上していく様子が映し出されるのであった。
「しかし、頼んでおいて何だけどよく申請が通ったね? この大事な時期に、他国の勢力を呼び込むなんて」
「おう。なんてこたねー。そもそも、呼ばなくても入って来っからな。武王祭の期間は」
「……国中で戦闘が起こり、街が次々に破壊される。……そんな混乱を、何処も見逃すはずがない。……侵略、工作、潜入。……目的がどうあれ、招かれざる客が来放題だ」
「改めて、よく持ってるねえこの国……」
「……本当だよ。……だが、そうした混沌を全てのみ込むのが実力主義の国の強い部分だ。……不思議なことに、そいつらもいつの間にかリコリス内の何処かの勢力に組み込まれている」
「詳しいなシャール! オレよりこの国分かってんじゃないのか? ガハハ!」
無責任にも自国の状況をあまり理解していないことを宣言する筋肉の塊を見上げつつ、シャールはローブの奥でため息をつく。
まあ確かに不思議な話だ。武王祭の混乱に乗じて攻めてくる軍や、入り込もうとする工作員。
本来なら、彼らが漁夫の利を得てリコリスは内部からボロボロになるはずだろう。
しかし、実際に歴史上そうなった試しはない。
それどころか、どれだけ国が攻められていようが、状況が混沌じみていようが、必ず武王祭は決勝までを完遂してきたそうだ。
そんな逆境の中で最強を決めるからこそ、そうして決まった<武王>はその後揺るがぬ地位を持つのだとか。
「とはいえ、これはこの国がそんだけ強えってコトでもねー。むしろ隙だらけのなか勝手に外部勢力どもが潰し合うからこそ、オレらは手出しする必要なく済むってもんよ」
「……なるほど。だから僕も、その都合の良い潰し合いの駒の一つとして、調査の許可を得た訳か」
「つーこったな」
「……この際だローズ。大義名分を得たんだ。……お前の力で、この国を支配してしまわないか? ……無理そうなら、コイツの街だけでもいい」
「オイバカ! 本人の前で堂々と止めろ! 一応、監督する立場だぞオレは!」
「……お飾りだ。……それに、貴様に『アレ』をなんとか出来るのか?」
シャールが、くい、と顎で指示したのは、早くも到着したハルたちの飛空艇。
黄金に輝くそれは太陽を遮りながらもなお輝き、この領主館全体に影と同時に光を落とす。
ガルマとシャールに見せるのは初めてだったか、口をあんぐりと開けて驚愕する巨体と、対照的に何故か自慢げな小柄なローブが印象的だ。
その二人と、そして毎度お馴染みとなったミントの議員テレサも連れて、ハルたちは飛空艇へと乗り込んだ。
ここからは、この慣れ親しんだ自前の船にて、この国を飛び回ることが可能となる。
武王祭の行方、遺跡を取り巻く陰謀、そしてハルの求める神様たちの思惑。その全てを、あまねく探ってみせるとしよう。そう意気込むハルであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/31)




