第845話 憧れのお嬢様の正体!
昨日の更新で大きいミスがありましたのでお伝えします。一部、ガルマ(筋肉の方)をアベル(王子の方)と書き間違えた場面がありました。
これに限らず、いつも修正前にお読みいただいている皆様には、違和感を与えてしまっており申し訳ありません。
「……で、ついてくると」
「当然よね? 憧れのローズお嬢様の正体が実は男の子だった、と知った彼がどんな反応を見せるのか、この目で見たいわ?」
「楽しみなのです!」
「あはは……、ごめんねハルくん……」
「趣味悪いよみんな……」
さて、早速ハルは久々と言うほどではない程度に久々の日本へと赴いているのだが、一人で行くはずだったそのお出かけに三人ほど同行者がついて来た。
言うまでもない、ルナ、アイリ、ユキの三人である。
三人とも本体、肉体を伴っての小旅行。ここのところ潜りっぱなしのゲームから少し離れて、現実で羽を伸ばすつもりだろう。
簡単な変装がわりにオシャレをしつつ、四人でハルたちは街を歩く。
最近はゲーム中ではアイリと同じくらいの小さな姿で暴れまわっていたユキも、今はこの中で一番の高身長だ。
ログアウトして性格も大人しく変化して、彼女は特に、内外ともまるきり別人となっていた。
「うぅ……、こーゆー服着るのあんまないから緊張する……」
「似合ってるよユキ。ほら、背筋伸ばして」
「ふえぇ、私、でっかいから目立っちゃうよ……」
「大丈夫よ? この中で目立つのはハルだから。『美少女三人を引き連れた羨ましい男』としてね?」
「その通りなんだけど、なんか釈然としない……」
どう考えても、美少女三人の方が目立つだろう。ハルはなるべく存在感を消すことにする。
今は露出が減って話題は下火になっているとはいえ、このメンバーの組み合わせを見ればピンとくる者はまだ居るだろう。
そんなつまらない理由で、異世界の事が広く表沙汰になるのは避けたいところであった。
「あっ! そうです! ハルさんも、女の子の格好をすればバレることはなくなります!」
「素晴らしい気付きねアイリちゃん? その感性、大事にしましょうね?」
「せんでよろしい……、ルナの良くない影響でちゃってるじゃないか……」
「……まあ、たしかにそうなのかも。『ハルくんと私たち』、じゃなくて、『美少女四人組』なら認知のパッケージから外れるよね」
「ユキまで、もっともそうなコト言わないの」
まあ、実際そうではある。カナリーのゲーム、実際は異世界であるあちらのハルたちを知る者にとって、結局話題の中心はハルなのだ。
そのハル本人の印象を変えてしまえば、アイリたちと歩いていてもそのサーチには引っかからない。
とはいえ、せっかく女性として振る舞うゲームから抜け出たこちらでも、女装をして歩くなど勘弁して欲しいハルだった。
「……そもそも、僕が女の子の格好してたら君たちの楽しみがなくなるんじゃあないの?」
「そうね? 冗談よ、ハル?」
「ソロモンさんに、『ローズお姉さま』の正体を知らせるドッキリなのです!」
「……でもさ? それってわざわざ教える必要あるのハルくん? 『ローズちゃん』としてアカウント作って、ネット上で接触して、それでよくない?」
「確かに……! なにか、考えがあるのですかハルさん……?」
全くもってその通りだ。ソロモンに何か頼みごとをする必要があるとしても、別にハルがその正体を明かす必要などない。
そもそもが圧倒的にハル優位の立ち位置である。半ば強引に言うことを聞かせればいいだけでもあった。
「まあ、そうなんだけどね」
「何か考えがあるのよね?」
「うん。今回の依頼をするにあたって、彼には信頼を得ておきたい。下手に疑念を抱かれると、事態が思わぬ方向に転がって行く可能性がある」
「んと。それって、ソロモンくんに“あっち”の秘密を伝えるってことかな? 伯爵で試した<契約書>の実験と、関係あるの?」
「半分正解だよユキ」
ソロモンが相手である以上、当然<契約書>に関りがある話なのはその通りだった。実験の内容も、当然関係ある。
しかし、異世界についての秘密を明かすつもりは今はない。
シルフィードとは違い、彼は今のゲームしか知らないし、関りも薄い。ここは慎重にいくべきである。
そのことは、女の子たちも妥当な判断だと納得してくれたようだった。
「でも、秘密の一部は伝えようかと思ってる」
「ハルが実は女装趣味なだけの男の子だ、ということね?」
「違う……」
「あはは。女装させるのが趣味なのはルナちゃんだもんね」
「私もハル以外の女装に興味はないわ?」
「話がややこしくなるから、女装の話はもうやめい……」
「今のゲームの、秘密についてですね!」
「そうだねアイリ。よくできました」
「えへへへへ……」
アイリの言う通り、異世界のことは伏せつつも、あのゲームの運営の特殊性について一部を情報開示しようとハルは考えていた。
当然リスクはあるが、そうしないと今回は話が進まない。
「今後、神様たちと接触するにあたって、彼の<契約書>は非常に役に立つ。本来なら避けねばならない部分を、突っ切って進めそうなんだ」
その為に、ハルは伯爵との取引であえて大幅な不利益を飲んでまで実験を行った。
あの、強力な閲覧制限システム。あれを利用することで、ハルは回り道をすることなく運営の神様たちと対峙することが可能になるかも知れないのだった。
「なるほど。わかったわ? それで、そのソロモンさんは何処に住んでいるのかしら?」
「案外近くだったよ。そう遠出の必要はないさ」
「ちょっと、残念なのです!」
「地下鉄、乗りたかったねアイリちゃん。あとでゆっくりお出かけしよっか」
「はい! ゲームが終わったら、一緒に行きましょうユキさん!」
そろそろ、あのゲームも大詰め。その後の未来の展望にも想い馳せつつ、ハルたちは束の間の日本に羽を伸ばす。
その楽しい未来の為には、開催期間が終わる前に神様たちの目的を暴いておきたいところだ。時と場合によっては、遊んでいられなくなることだってあり得る。
その鍵を手に入れる為、ハルはキーマンとなる美少年の元へと向かうのだった。
*
「やあ。こちらでははじめまして。『ローズ』だよ、ソロモンくん」
「……えっ? はっ? ……えとっ、えっ? お前、が?」
「ああ。愉快な反応ありがとう。きっと後ろの彼女たちも喜んでいる」
「チッ……、見世物にするな……! じゃなくて、どうやってここを! ええい、とりあえず中に入れさっさと!」
「いいのかい? お邪魔します」
あまり玄関先で騒いでいるのを近隣住民に見られたくないのだろう。そんな彼の混乱に付け込むように、ハルたち一行はソロモンの家に上がり込むことに成功した。
彼の住居は、ハルたちの日本の住まいであるユキの買った屋敷からそう離れていなかった。
ただ、一軒家ではなく高層住宅の一室。お金持ちエリアの中でも、郊外ではなく中心街へと寄っている位置になる。
お金の流れに詳しいことからの予想通り、それなりに裕福な立場。
本体の年齢はゲーム内よりは少し上。少年を卒業し青年に近づいて行っている最中か。
キャラクターのように絶世の美少年ではないが、整った見た目の男の子であった。
「……それで、いきなりなんなんだ!? お前がローズ、だと?」
「うん。よろしく」
「ルナよ。お構いなく」
「わたくしがアイリなのです!」
「……えっ!? 私も言わなきゃダメ? ……えと、ユキです」
「まあ、そっちは分かる気もする……」
色々と忙しかったゲーム内から、ログアウトしての休憩中、突然なんの予兆もなく大人数で押しかけられたら、普通に混乱するだろう。無理もない。
ハルたちは物が少ないながらも整った彼の家のソファーに腰掛けさせてもらいながら、ソロモンの思考も整頓されるのをゆっくり待つのだった。
「落ち着いたかな?」
「どう考えても落ち着く要素ないよな!?」
「おお、ナイスツッコミだ。そして申し訳ない」
「ダメよハル? 今この彼は、『この子なんだか良いな』と思っていた女の子の正体が実は男の子だった事で、ひどく傷ついているのよ?」
「違うっ! い、いや違わないというか、そこで混乱してはいるのだが……」
「……ふふっ。やっぱり、来てよかったわ? 本当に」
「だから悪趣味だってルナ……」
彼が異性として『ローズ』に好意を持っていたかはさておき、現実と仮想空間の差異というのは誰にとっても慣れないものだ。
例えどんなに経験が多かろうと、人間である以上、脳の認識が起こす齟齬からは逃れられない。ある種のバグとも言えた。
彼も彼で、『ソロモン』として振る舞うべきか、それとも素の自分でハルたちに相対するべきか、その判断に困っているらしいことが見て取れる。
「……はぁ。そもそも、どうやってここを? 住所を、喋った覚えはないんだが?」
「うん。そこは金と権力で」
「最悪だな!! そしてやっぱりローズなんだなそういう所!」
「納得してくれたようで何よりだよ」
「あはは……、そこでいいんだハル君……」
実際は、調査に一円も掛かっていない。エーテルネットに接続している以上、ハルに調べられない住所など無かった。
もしあるとすれば、地下にあのアンチエーテルの黒い塗料で塗り固めたシェルターでも存在した場合のみだろう。
「というか、さっきから『ハル』って? お前がハルなのか、というか、あの『ハル』が『ローズ』……?」
「そういうことだね」
「……いや、一体どうやって。だってその二人は確か同時に」
「まあ、そこは多少のトリックがあってね。それより、今日は君に依頼があってさ。受けてもらえる?」
「……そうだな。わざわざオレを訪ねて来たってことは。そういうことなんだろう。要件は?」
どうやら、ここは彼にとって仕事場、事務所のようなところでもあるらしい。
客人相手から依頼人相手の顔に、いわば仕事モードとなり冷静さを取り戻すソロモン。
本来の予定とは違うが、この方が話を聞いてくれやすそうだとハルは判断し、彼とこの場の観察から多少の路線変更を行った。
多少の出費は痛むだろうが、背に腹は代えられない。
ハルの性別のことをもっと掘り下げて弄りたかっただろう女性陣の視線を無視しつつ、ハルは現実のソロモンを相手に話を進めていくのだった。
◇
「……なるほど。それで運営を相手に、<契約書>を使用したいと」
「正確には、僕を対象にだけどね。<契約書>を通せば、事実上あの『運営削除』のシステムを自由に使えることになる。それはなんとしても利用したい」
「確かに、あの機能は使える。オレもあれが使えたからこそ、『ステータス投資』の実施を計画したんだからな」
「あの盛大な『詐欺』ね」
「『投資』だ」
ソロモンと彼の雇ったプレイヤーのクラン『レメゲトン』にて行われたステータス回収の詐欺行為。その事実も、『運営削除』のシステムを利用することで噂が広まらないようにした。
ユーザーコミュニティに書き込んで注意を促そうとしても、それが適わないのは被害者にとって痛い。
もちろん外部コミュニティではその効果はないが、やはり情報が内部で完結するゲームである以上、その効果は薄かった。
「そのシステムに相乗りすれば、不都合な内容は放送を点けていてもそこに乗らないことが今回分かった。そこを利用したい」
「……よく分からない。運営の発言が対象なんだろ? そもそも不都合なことを口にしないだろう」
「するかも知れない。少なくとも彼らにとっての不都合と、僕にとっての不都合が恐らくズレている」
「はぁ……?」
さて、ソロモンにはどの程度の説明をすべきだろうか?
この交渉が通れば、ハルは放送を点けたままで神様相手であっても突っ込んだ会話が可能となる。
であれば、重要な場面で放送を切ってコソコソと、といった動きをする必要もなくなるのだ。
しかしそれには、その内容をソロモンにも理解してもらう必要があった。<契約書>を書くのは彼である。
彼にどの程度信をおき、どの程度の情報を伝えるか。そこが、この計画の成否を決める大きな分かれ目となるのは間違いない。
ハルは覚悟を決めて、その口を開いた。




