第840話 視聴制限が掛けられています
伯爵の操る小型飛行装置に導かれたのは、付近のとある街の領主館だった。
現在、武王祭の二回戦の会場となっている市街地からは、プレイヤーたちのスキルが衝突する激しい戦闘音が聞こえてくる。
ここ領主館は戦闘エリアの外として設定されており、周囲には戦地となっている住居から避難してきた住民たちの気配も多く感じられる。
「《どうぞこちらへ。ここの主には、既に話を通しておりますので……》」
「君もしっかりこの国での協力者を得ていると。みんな、大丈夫だと思うけど油断はしないようにね?」
「はーい。ハルさんもお気をつけてーハルさんが暴れ出すのが、一番危険な事態になりますからー」
「あはは……、気を付けるよカナリーちゃん……」
「こちらはお任せください! ハルお姉さま!」
「うん。行ってきますアイリ」
この国の有力者である、ガルマの飛空艇で着陸したハルたち。一行は正式な客人として迎え入れられ、ハル以外は領主の歓待を受けるようだ。
この二回戦会場の特等席にて、試合の様子を観戦して過ごすらしい。
そちらの対応はアイリたちやNPCに任せ、ハルは館の中で別れて伯爵の元に向かう。
飛行装置は施設の中心からどんどん離れて、本館を出て庭を通り過ぎ、人気のない奥まった方へとずんずん進んで行った。
あからさまに怪しいが、まあ、罠という訳でもあるまい。
ファリア伯爵も、ハルが単身であろうと勝てる相手ではないということは重々承知の上だろう。
「この先、何も無いように見えるけど伯爵? もしかして」
「《はい。お察しの通りでございます。この街は、土地の内部に遺跡を内包しているのですよ》」
伯爵が語るのと同時に、植え込みに隠された位置の封印が音もなく解ける。
そんな植物のアーチの奥へハルが消えると、その先は前二つと同様の石造りの遺跡となっていた。
今回は、先ほどと比べれば大きな作りで、最初の神殿並みの広さがあるのではないかと感じられた。
「ようこそおいで下さいました。ローズ<公爵>閣下。いえ、ここを私の家のように語るのは、少々烏滸がましいですね……」
元は、大きな家だったのだろうか? 土に埋もれて全容は定かではないが、なんとなく生活の為の場所に感じられる。
そんな邸宅にてハルを出迎える主のように、ファリア伯爵その人が、姿を現して歓迎してくれるのだった。
*
《伯爵だ!》
《相変わらずシブいぜ……》
《薄明りに照らされてセクシー》
《遺跡に住んでる人?》
《なんか仙人っぽいな》
《むしろ盗賊じゃね?》
《伯爵様を悪く言うなー!》
《残念ながら現状は盗賊が近いかと……》
《管理者の許可は貰ってるんでしょ?》
《つっても、やってること悪事だからなぁ》
《なにしてるんだろ、ここで》
《研究じゃないの?》
《遺跡に住むマッドサイエンティスト!》
何日ぶりかのファリア伯爵との再会に、視聴者たちがあれこれと想像をかき立てられている。
ダンディーな大人の紳士、といったあまりないタイプの彼にはファンも多く、そんな伯爵の再登場に熱狂している層も少なからず居るようだ。
ハルが最初に会った時と同様、傍らには生きた女性としか見えない人形を控えさせて、これまた同様に余裕を感じさせる柔らかな笑みを浮かべている。
「やあ、伯爵。少しぶりだね。相変わらず暗躍しているようで」
「ええ。もう会えぬかと思っておりました所、奇跡のような再会に感謝しております……」
「君としては二度と会いたくなかったかな?」
「いえいえ。滅相もございませんとも」
そして相変わらず、本心の読めない立ち振る舞いだ。
ハルの洞察をもってしても、伯爵の対応は本心から喜んでいるようにも感じられる。実際はハルなど不俱戴天の相手と言ってもいいだろうに、見事なものだった。
「貴女様にお譲りした私の邸宅は、お気に召していただけましたかな?」
「ああ、それなんだけどね。すまないが今は完全に留守にさせてもらってるんだ。でも、あそこを持っているだけで僕の発言力が上がったようで、重宝はしてる」
「それは、まことに重畳にございます」
なんとなく、ハルを相手にした対応が少し変わったような気もするが、それは伯爵側の立場の変化だろう。
ハルは相変わらず『伯爵』と呼んではいるが、彼は既にアイリスの貴族位から抜けており、今は別の名義にて活動しているはずだ。
とはいえ、分かりやすさと響き重視で呼び名はこのまま通すつもりのハルだった。
「お国元での活躍も、目覚ましいものがあるようで。一つ所に留まれないのは、仕方ありますまい」
「君の方も、こっちでもまた元気に活躍しているようで」
「ははは。いやはや、私などまだまだ……」
表面上は穏やかに世間話を続けながら、ハルは伯爵と並び遺跡の奥に案内される。
薄暗いロウソクの灯りの中、従者人形に導かれたのは遺跡の小部屋。
中にはこの古びた記憶の中のような世界に似つかわしくない、応接セット。真新しい机と椅子に、お茶とお菓子の用意が整えられていた。
こんな場所においても、伯爵はやはり伯爵だ。この用意の良さは感心する。
「……やっぱり、ここって君の家?」
「はははっ、違いますよ<公爵>閣下? ここはかつての、<勇者>の暮らしたという家。今は誰の物でもありませぬ」
「へえ……」
「私は現管理人の彼と取引し、この地の調査をさせていただいているのです……」
かつての<勇者>の家。なかなか面白そうな話だ。<勇者>が仲間と共に暮らし、この地で絆を深めていったのだろうか?
なんとなくハルたちの、今は天空城にあるアイリのお屋敷と通ずるものを感じてしまう。
詳しく話を聞きたいところだが、ファリア伯爵はそれ以上を語らず、口を閉ざしてしまった。
これは恐らく、『サービスはここまで』、ということだろう。続きを聞きたければ課金を、ではなくて、<契約書>による宣誓をせよということだろう。
「……はいこれ。ソロモンから預かってきたよ。内容を確認して、サインしてね」
「ご不便をおかけいたします。彼は、元気にやっておりますでしょうか……?」
「元気といえば元気だね。力と行動を逐一僕に管理されて、不服そうにしてるけど」
「はっはっは。それでも貴女様の下で働く方が、結果として彼は輝くでしょう。このように……」
言って伯爵は軽く<契約書>の確認を終わらせると、そこにサインを走らせる。
ここに両者の契約は成立し、二者間に条約が結ばれた。
ハルはファリア伯爵に対する攻撃行動が禁止され、既に彼に危害を加える事が適わなくなっている。
試しに<神聖魔法>で攻撃しようとしてみても、発動間もなく強制的に魔法が解除されてしまった。
魔法同士で相殺されて消滅したのではない。魔法の構成に介入されて魔力が霧散したのでもない。
使った魔力そのものが、その場でこの世から消え去ってしまったのだ。
「へえ、これは面白い。今までにない感覚だね。こうすれば、魔法の空撃ち出来るのか」
「お戯れはおやめください、閣下。分かっていても、心臓に悪うございます……」
「いやすまない。しかし、実証実験は必要だろう?」
「敵いませんね。そう言われてしまうと……」
元技術者のファリア伯爵としては、こうした理屈に弱いようだ。なかなか面白い。
《魔法が消えちゃった!》
《本当に大丈夫かな、ローズ様……》
《余裕そうだし、大丈夫だよ!》
《むしろまた何か企んでるお顔……》
《なにを思いついたんだろ?》
《魔法の空撃ちで、無限レベルアップ?》
《やばすぎ(笑)》
《致命的なバグ見つけちゃった?》
《やはり空撃ちは悪さしかしないな》
《でもスキル実行枠消費してまでやる?》
《確かに副産物ないし、微妙かも》
それ以前に、魔法がキャンセルされても使用したMPは特に戻ってくる事はない。
視聴者の言う通り、副産物も存在しないし、それなら今まで通り生産を連打することでレベルアップを図った方が良さそうだ。
ただ、あらゆる法則を無視した魔法の強制解除については頭の片隅に入れておいても良いかも知れない。
何か、悪用できそうな場面も出てくるかも知れなかった。
「……さて、これでいいかな? <契約書>の効果は正しく適用された。これで僕は、君に攻撃をすることも、ここで聞いたことを口外することも出来なくなった」
「重ね重ね、多大な譲歩に感謝を……」
「感謝はいい。情報を話すんだ伯爵」
「ええ。もちろんですとも」
《ん? 話して大丈夫?》
《俺ら聞いてるが》
《配信止めなくて平気?》
《前の<精霊魔法>の時は条件あったよね?》
《あったあった》
《周囲に誰も居ちゃいけない》
《配信も点けちゃいけない》
《無いならいいんじゃね?》
《あれ? またシステムの穴?》
《穴多いな!》
《<契約書>ってやっぱバグなんじゃ……》
《ヤバいスキルなのは確か》
そう。気になるのはここからだ。ハルは当然のように、自身の生放送をつけっぱなしにしてこの場を訪れた。
当然、そこで行われた会話の内容はゲーム全体に向けて発信される。
いくらハルが口外しないことを契約しても、会話そのものが筒抜けになっていては意味がないだろう。
しかし、NPCの伯爵には生放送を察知する術が存在しない。
ミナミの持つユニークスキルで、NPCにも見えるモニターを作り出したり。ハルが<精霊魔法>によって映像を精神に直接送りつけたり。そうした手順を踏まねば、プレイヤーの放送は『無いもの』なのだ。
この際にどんな処理が行われるかが、リスクを取ってでもハルが確認したい内容なのだった。
「では。まずは貴女様が最もお知りになりたいであろう事柄から。*この遺跡群は、新たな<勇者>を誕生させる為の選定の装置としての役目を担っています*」
《……ん?》
《なんて?》
《伯爵様! 聞き取れませんでした!》
《し、失礼ながらハッキリ喋ってください!》
《マジなんて言ったの!?》
《わからん!!》
《あ、これ知ってるかも……》
《知っているのかお前!》
《これって<契約書>の効果ってことだよな?》
《そのはず。禁則踏んだみたいになってるから》
《聞いたことない……》
《ローズ様の配信でそんな言葉出る訳ないからね》
《汚い言葉が駄目なの?》
《そんなに厳しくないよ。個人情報とか》
《あー、住所とか本名とかか……》
《隠語じゃないんだ》
このゲーム、発言の縛りはさほどきつくはない。激しい戦いのあるゲームだ。例えば『死ね』とか『殺す』と言ったとしても、(状況にはよるが)全く問題ない。
度を超えたえっちな発言は引っかかるかも知れないが、それでも見た者は少ないだろう。
しかし、そんな中でも厳しく規制されているものがある。それがプレイヤーの現実に関わる情報。
ユーザーの安全に直結するその問題は、完全リアルタイムで規制が入る厳しさでチェックされている。
故意であるか否かに関わらず。口にしてしまった場合は聞き取れないようにフィルターがかかり、書き込んでしまった場合はその場で削除される。
それと同様のシステムが働き、ハルしか知ってはいけない情報は視聴者には聞き取れないように編集されたようだった。
これは、なかなか面白い。やはり<契約書>は凄いスキルであった。
「*そして、この武王祭の裏の目的はお察しの通り。<勇者>の再臨の為、遺跡に魔力を満たす大規模な争いを発生させる為の催しです*」
《……なんて?》
《聞こえん》
《まるで分からん》
……ただ、ひとつ問題があるようだ。
このスキルの影響下では、放送がまるで面白くないことなのだった。
※ルビの追加を行いました。
誤字修正を行いました。誤字報告ありがとうございました。ルビ内の誤字は本当に申し訳ありません。逆に分かりにくくしては無意味ですね。(2023/5/31)




