第833話 機工兵鹵獲計画
ユキにより壁から次々と叩き落される機工兵たちは、その脅威を察して自ら遺跡の地面へと下りた。
壁に張り付き立体的にハルたちを包囲するメリットよりも、不安定な足場がもたらす落下のデメリットが勝るという判断だろう。
銃弾が簡単に回避されてしまうというのも大きい。通常、全周攻撃など決まった時点で勝利の確定したようなものだが、相手が悪すぎた。
どんな方向から狙い撃っても一発たりとも命中しないユキ。どれだけ撃ち込んでも全てが召喚獣の壁により阻まれるルナ。
その二人相手に、分散しての射撃など通用しない。各個撃破をされるだけである。
奇しくもソフィーを相手にした時のプレイヤー達のように、機工兵は一か所に集まりそこから集中砲火を浴びせてくるのだった。
「なるほど? 判断が的確だ。コマンダーが居るねこれは」
「そうなのですか?」
「うん。そうだよアイリ。予想だけどね」
「すごいですー! どうして、分かったのでしょうか!」
「この機工兵、噂にだけは聞いたことがある。職人の国ガザニアにおいて、一部のマイスターしか作れないカラクリ兵士の話だ」
「あー、確かにありましたねー。とーう。<攻撃魔法>を食らうんですよー」
のんびりしたカナリーの口調とは裏腹に、凶悪な火炎の波が集結しようとしていた機工兵団を襲う。
遺跡がシステム的に保護されているのを良いことに、容赦なしの大魔法攻撃だ。
超高熱を叩きつけられた機工兵は、自慢の装甲を融解させつつ火の海へと沈んでいった。
「さー、指揮官さんはどーするんでしょうかねー? 散らばれば各個撃破、固まれば一網打尽。判断が問われますねー」
「……まあ、どう判断しても負けは確定だけどね。最も合理的な判断は即時の撤退だ」
だが、この圧倒的な実力差を見せつけられても、機工兵は退く様子をまるで見せない。
最後の一体になろうと、どうにかハルたちに一矢報いようという構えだ。
「……カナリー。ちょっといいすか?」
「なんですかー? エメも、活躍したいですかー?」
「したいっす! ……いえ、それは別にいいんですけど、ちょっと<攻撃魔法>は抑えて欲しいっす。あー、あれっすよアレ。いかに傷が付かないとはいっても、他国の遺跡に大魔法ぶっぱは心証が悪いですし、戦利品もぐちゃぐちゃのドロドロになっちゃいますからね!」
「……ふむー。そですねー。まあ、我慢してやりましょうかー」
装甲を溶解し内部機構を黒焦げにして、凄惨な戦闘痕を大地に刻むカナリーの魔法。
その様子に、エメがカナリーに待ったをかける。
倒しても残骸が消えずに残ることから、この機工兵は体がそのままドロップアイテムとして残ると考えられる。
つまりは、なるべく綺麗に倒した方が報酬が美味しいという訳だ。
そしてどうやら、それ以外にもエメには何か考えがあるらしい。
「んじゃ、私らの出番だねルナちゃ! なるべく、綺麗に処理しよう!」
「ええ。とはいっても、どうすればいいのかしら? 私、こういった遊びには慣れていないわ?」
「制御装置が胸部にあるから、胴体かっさばいて心臓一突きにすればいいんだよ!」
「……そ、そうなのね?」
論より証拠とばかりに、未だ残り火のちろちろと燃える残骸を飛び越えて、ユキは再び敵に肉薄する。
至近距離からの多数の砲火を物ともせずに、そのすべてを冷静に回避し続けながら、ユキは機工兵の一体に狙いを定めた。
そうして弾幕の間に一瞬の空白地帯を見つけると、その機を逃さず<槍術>のスキルを発動。何倍もの威力となる、必殺の一撃を胸に突き込んだ。
「『曙光一閃』ッ!!」
まるで閃光のような一撃。目ですら追えぬほどの高速と、頑強な装甲を貫く力強さ。
その槍の一突きは狙い違わず、機工兵の頭脳であろう機関をえぐり抜いた。
「よしっ! スクラップ!」
「流石ねユキ」
「ありがとルナちゃ! さあ、ルナちゃも同じようにやってみよう!」
「……私にはちょっと難しそうね」
それでも、胸部に集中攻撃を加えれば活動停止させられることは分かったのだろう。ルナも方針は定まったとばかりに敵の群れへと飛び込んでいく。
その眼前を、エメの<召喚魔法>で呼び出したキマイラのような肉食獣が割り込んで守る。
接近するルナへと放たれる銃弾は、すべてその召喚獣の巨体に吸い込まれ、彼女へと届くことはなかった。
「『双剣乱舞・八連』」
ルナの<二刀流>スキルが炸裂し、強化された八回攻撃が機工兵の胸を切り刻む。
硬質の装甲版も細かく砕けて穴を開け、内部の構造が空に晒された。
そこから覗く心臓部にルナは当たりをつけ、二刀を両手で突き入れるようにしてそれを砕いた。
「……やっぱり、ユキと比べて手数が掛かるわ?」
「それじゃあルナちゃ! 今は刀じゃなくて、アレを使おう! ハンマーだ!」
「なるほどね? いいかも知れないわね。<鍛冶>屋さんの、本領発揮といこうかしら?」
自らの剣技ではユキのように一撃必殺とはいかないルナが次に持ち出したのは、大ぶりの槌。
本来は武器ではなく、<鍛冶>スキルの補助となる道具だ。サポートアイテムは質が良ければ良いほど効果が上がるので、ルナはハンマーも常に最高級品を揃えている。
「<鍛冶>、『金属加工』」
振りかぶるその文字通りの鉄槌に込められた力は、あらゆる金属を思うままに操る<鍛冶>の力。
ハルたちの装備品作成を一手に引き受けるルナにとって、敵の金属装甲など素材同然。
振り下ろされたハンマーの威力は装甲を伝い内部まで衝撃を浸透させる。その奥にある、敵の頭脳も衝撃で破損し機能停止するのだった。
「おお、凄いねルナちゃ! 鎧殺しのウォーハンマーだ!」
「そういえば何だかあったわね? 斬属性に強くても打属性に弱いとかそういうの」
「定番だねー」
聞くところによれば、<格闘>系スキルにも内部へと衝撃を伝導させる打撃スキルが存在するらしい。
そうしたイマイチ存在価値が疑問視されていたスキルも、こういった状況では活躍するのではないだろうか。
「よっしゃ! この調子で全滅させちゃおう!」
「ええ」
ハルたちのパーティが誇る前衛ふたり、ユキとルナはコツを掴んだとでも言うように、次々と機工兵団を無力化していく。
的確に心臓部を破壊されたその残骸は、残りをまるまる素材として綺麗なまま地面へと崩れ落ちる。
しかし、そんなほぼ完全なドロップ品にも唯一含まれない物があった。
「……メイン機関も、一つくらい欲しいところだね」
「ですね! 心臓の<解析>が出来れば、ハルお姉さまご自身がきこーへいを作り出せるかも知れません!」
「そういうことだねアイリ。仮に再現に至らなくても、敵の目的が少しは分かるかも知れない」
「ですが、どうなさいますかお姉さま? 主機関を壊さないと、敵は活動を止めません。壊さないように、ルナさんとユキさんにお願いしましょうか?」
「いや、二人も大変だろう。少しくらい僕が出よう」
「おおっ!」
仲間たちを守る<神聖魔法>のバリアから、ハルはその身を一歩踏み出す。
そうしてバリアを維持したままに、その圧倒的な身体能力により一歩で機工兵の眼前まで踏み込んだ。
「ユキ。獲物、一匹貰うよ?」
「あいよー。やっちゃいなハルちゃん」
阿吽の呼吸にてそれぞれ標的を定めたハルとユキは、背中合わせにそれぞれの敵へと照準を合わせる。
既に最後の二体となったそれらを片付ければ、この場においての戦闘は終了だ。
「ハルちゃん! なんか決めゼリフ!」
「えっ……? そうだね、じゃあ、『その頭脳にして心臓、貰い受ける』!」
宣言と共にハルは指を手刀の形に尖らせ機工兵の装甲版へと突き入れる。
高レベル装備さえ弾き返すはずのその防御を、圧倒的すぎるステータスでやすやすと生身で突破すると、手探りでその内部に当たりを付けた。
先ほどまで幾度もユキたちが破壊しているのを見ているハルだ、内部が見えずとも、その位置に迷うことはない。
そうして、ゆっくりと優しくその心臓を握りしめると、一切の傷を付けることなくその体から抜き去ってしまうハルであった。
*
「さて、これでお終いかな? ソロモンくん、他に潜んでいる敵は居なさそうかい?」
「……だな。オレの感知には一先ず映らない。ただこれに関しては、<忍者>は<隠密>に及ばないようだが」
「問題ないはずさ。敵も今のところその<忍者>以下のようだし」
《わたしの眼でも裏技で見てるっすけど、追加の機工兵が来る様子はないっすね。どうやら、今回のイベントはここまでみたいっすよ? 規模感としてもそんなもんじゃないすかね? ここから増援があるとなると、ちーっと難易度が高くなりすぎます》
《確かにね。ありがとうエメ》
《にしししし。今後ともエメちゃんをご贔屓に、っす!》
敵の奇襲攻撃はこの一波のみで終了のようで、次なる機工兵団が投入されてくる気配はない。
ハルは光の壁による防御を解くと、この場の戦闘態勢を解除した。
「終わったか。ヤベーなテメーら。アイリスの国も、最近は強者がトップに立つようになったのか? がははっ!」
「がははじゃないが。まあ、『神官貴族』達は大抵強いんじゃない?」
「ほう……」
「……真に受けるなデカブツ。ローズが異常なだけだ」
「そりゃそうか! こんなのが大量に居たら、今ごろ世界はアイリスに跪いてるな!」
「君たちね……」
まあ、ハルとしてもあまり想像したくない話だ。国の<貴族>全てがハル並みに強かったら。それはもう本当に、容易く世界征服できてしまうだろう。
「とりあえずー、この戦利品をしまっちゃいましょー。よーし、アイリちゃんいきますよー? 戦闘中は暇でしたもんねー」
「はい! せめてお掃除で、お役に立つのです!」
派手な魔法攻撃を禁じられたカナリーと、<音楽>による多少の支援しかやることのなかったアイリが張り切って駆けだす。
二人は競争するように散らばった床の残骸を回収しようとしたのだが、はた、とその手が止まるのだった。
「どうしたんだいアイリ、カナリー?」
「んー、それがですねー?」
「拾えません! いえ、一部は拾えたのですが……!」
「私が溶解させたボロボロの個体とか、ユキさんが切り飛ばした手足なんかは収納できたんですがー。綺麗なやつはどうもー」
「ふむ? 少しマズいかもね。君たち、ゲストを中心に防御陣形」
「はい!」
再び警戒を取る仲間たちにソロモンたちの警護を任せ、ハルは一人その場に残った。
危険度の詳細が不明のこんな状況において、最強である己こそが前線を張る場面である。不慮の事態があっても、ハルであれば切り抜けられるだろう。
ハルはカナリーたちの語ったように、足元の物言わぬ人形をアイテム欄に回収しようと試みる。
しかし彼女らの言う通り、そのボディを仕舞おうとするとエラーが出て思ったようには入手がままならなかった。
「ふむ? これはどうやら、まだ『敵の所有物である』という判定のようだね。推定される例のコマンダーの、影響下に置かれていると見て良いだろう」
このゲーム、大抵の物体は拾ってアイテム欄へと収集可能だが、中にはそれが不可能な物もある。
それは、他のプレイヤーやNPCの所有物だ。それらを手に入れるには、譲り受けるか<盗賊>系のスキルで奪い取る必要があった。
「なるほど? こうして、っと、手足をもぎ取ればその部位は回収可能か。これは、つまり胴体からエネルギーラインが伸びていると見て良いだろう」
「……相変わらず呆れた力ね? あれだけ苦労した装甲を、素手で捩じ切るなんて」
「ねーねーハルちゃん? さっきから冷静に『見て良いだろう』してるのはいーけどさ、この状況ってヤバくないん?」
「ヤバいね。多分、そろそろ来る頃なんじゃないかと」
転がる敵兵の体はまだ敵の制御下にあり、つまりは生きている。
しかし、それら全ては制御装置を破壊され、敵はその操作を行うことが出来ない。
となれば、ここから考えられるのはお決まりの。
「やっぱり。自爆だね。いや、好きだね、ホント」
機工兵の腹部が青白く発光を始め、強大な魔力が渦巻き始める。これが、数秒後には暴走して破裂するだろうことは火を見るよりも明らかだ。
「証拠隠滅って奴か。だがそうはいかない。我が支配の力に跪け、『魔力掌握』」
このままでは破損の無い素体を回収されてしまう。それを避ける為か、敵はエネルギーの貯蔵部を爆破して消し去る気だろう。
しかしそのまま好きにさせるハルではない。<支配者>による魔力の支配効果により、ハルは自らが心臓を抜き取った完品の機工兵の動力を支配下に置くと、その自爆を強制的にキャンセルさせるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




