第832話 襲来の機工兵
不可視の存在が、この遺跡へと侵入してきている。ソロモンは、<忍者>の特性でそう察知したようだ。
なるほど、早速イベントが発生したといったところか。それとも、むしろハルは後発であり、この侵入者はハルたちがこの地へと降りる前からこの場に居たのだろうか?
「まんまと、彼らの代わりに入口を開いてしまった訳だ。いや、彼らが僕らの代わりに、遺跡内でイベントを進行させてくれると考えるべきか」
「おいおい? なに言ってやがんだテメー? なんかあったのか?」
「ああ、なんだかね、コソコソ侵入してきた連中が居るみたいだよガルマ」
「なにぃっ!?」
「声が大きいって」
とはいえ、気付いていることを隠す状況でもないだろう。遺跡の奥を目指していたハルたちは、見えない何者かが入り込んできている入口方向へと体を向ける。
「デカブツ。奥には何がある?」
「あぁん? いや、だから特に何もねぇな。言ったろ、『観光地』だって」
「チッ……、使えんヤツめ……」
ソロモンがガルマに、この施設を狙う目的となる物が何かあるか聞き出そうとするが、これといって心当たりはないようだった。
油断なく左右に視線を走らせるソロモンの様子を見るに、敵はずいぶんと数が多いようだ。
ハルもまた、なんとかその姿を捉えようと魔力視に意識を集中させる。
「組織の人?」
「かもな。不明だ。まあ、元同僚だとすれば恐るるに足らんが」
「油断しないの。君、今はステータスを僕に吸い取られて弱体化してるんだよ」
「フッ、問題ない。お前がオレを守るからな……」
《ただの無能宣言じゃないか(笑)》
《世界一カッコイイ無能》
《オレは死なない。お前が守るから!》
《だ、ださい……!》
《『助けてローズ様!』》
《実際ローズ様を守るとか無理だからな》
《侵入を察知しただけ有能》
《普通の人なら警報機にすらなれない》
《おちびーずは居ないのかな?》
《確かに、珍しいね》
《てことは特殊任務が進行中か》
《マジか、期待しちゃうな》
涼しい顔で美しい銀髪をなびかせながら、ソロモンはさりげなくハルの背後へと隠れる。
男の子として割とカッコ悪いその行動にも、何となく気品が感じられるのが美形のズルいところだろう。
とはいえ、彼はハルが守ってやらねばならないのも事実。
武王祭の賭けにより多少は回復してきたとはいえ、ステータスが一度ゼロまで戻っているソロモンには強敵との戦闘は荷が重い。
「どうするのかしら、ハル? 戦っても構わないのかしら?」
「わたくしも、がんばるのです!」
「でも、ちーとやりにくいね。ハルちゃんの為に、私もトドメは刺したくないけど」
「ですねー。姿が見えないと、勢い余って蒸発させちゃいそうですねー」
「カナリー、それ、姿が見えてても同じっす……」
女の子たちが口々に、ハルへと状況判断を求めてくる。確かに、相手の姿が確認できないのは厄介だ。
高潔な<貴族>ローズとして、今のロールプレイにおいてハルは殺人を禁じている。
相手の姿が見えないままでは、力加減を間違えたり、当たり所を間違えたりしてしまいそうであった。
「敵の攻撃を待つ、というのも一つの手ではあるかな」
「あー、なーる。確かおちびたちも、攻撃行動に入ったら潜伏状態が解除されてたもんね」
「ハルもユキも、悠長すぎよ? これ幸いと攻撃しないまま、まんまと目的を達成して逃げるかも知れないわ?」
「……敵の目的が知れるという利点はありますが、取り返しのつかない事だと困りますね!」
「ですねーアイリちゃんー。『世界を滅ぼすスイッチ』とかだったら、こまりますねー」
「さ、さすがに、そこまで物騒な物ではないと思いたいのです!」
押されたら負けとか、どんなクソゲーだろうか? この運営のことだ、バランスはきちんと取ってあると信用はしているが。
とはいえ、アイリの言うように、取り返しのつかない事態になるデメリットが大きいのは確かである。
何があるのか知りたいのなら、敵を排除してからゆっくりと調査すればいい。幸い、この襲撃によって何かがあるのは確定的だ。
《あっ! 撃ってきた!》
《射撃だ!》
《敵はやる気だ!》
《上等だー》
《姿が見えればこっちのもんよ》
《って待って? 射撃!?》
《奇襲からの包囲射撃、訓練されてるね》
《それがおかしいよね?》
《確かに。ファンタジー世界だったここ》
《銃撃つゲームに慣れ過ぎてた》
《魔法じゃないの?》
《あの姿見て!》
視聴者たちも驚くその襲撃者の姿、無機質なその身が装備するのは、どう見ても『銃』にしか見えない武装なのだった。
◇
「ふーん。なかなか面白いエネミーじゃあないか」
「言っている場合、ハル? あれ、“壊して”いいのかしら?」
「ああ、構わないよ」
「例え人型だろうとー、人間じゃなきゃ関係ないですもんねー」
「おばけと同じなのです!」
まことに手前勝手なれど、ハルの保護対象となるのは『人類』のみに限られる。
例えその姿が人に酷似した、『ロボット兵士』だと推測されようが、残念ながらハルの縛りには抵触しない。
「よっしゃ! なら、狩り放題だ、ねっと!」
そんなハルからの『待て』が解除されて、解き放たれた猟犬のごとくユキがいち早く飛び出して行く。
敵は手足四本で器用に壁に張り付きながら、更にもう一対の腕で銃を握りしめてハルたちを狙う。
まるで、虫のような自由さで立体的にハルたちを包囲して、四方八方から銃弾の雨を浴びせてきた。
「ファンタジー世界の銃なんか当たるかー!!」
しかし、そんな弾幕の雨をも物ともせず、ユキは隙間を縫うように一瞬で敵へと肉薄する。
時にはその手に装備した槍で弾丸を強引に弾き飛ばしながら、こちらは足の二本のみで遺跡の壁を駆け上がった。
昆虫も真っ青な重力を無視したようなその機動。壁を這って逃げる暇などある訳もなく、ロボット兵はユキの槍を横腹に受けて壁から叩き落された。
「うわ! 硬ったこいつら! 雑魚のくせに生意気!」
一薙ぎで確実に葬り去ったと確信していたユキだが、その槍がロボット兵の胴体を両断することはなかった。
壁から引きはがし地面に叩きつけられはしたものの、その個体はまだしぶとく動作している。
ダメージに体の動きを鈍らせながらも、怯むことなくその手の銃にて照準を合わせようとしてきていた。
「往生際ぁーー! とうっ!」
そんな往生際の悪いあがきは許さぬと、飛び降りてきたユキに今度こそ頭部を貫かれる。
それでも尚しぶとく抵抗しようとするその姿は、その身が確実に生物のそれではないと示していた。見ようによっては、かなりホラーだ。
ユキはそのまま、ロボットの頭を槍に突き刺したまま胴体ごと空中にぶん回し、他のロボットからの銃撃への盾にして弾きながら勢いをつけて首から胴体内部までを串刺しにした。
主要機関を破壊されたのか、流石のロボット兵もそこで動きを止め、ユキの槍が抜き去られるとようやく物言わぬ廃材と化したのだった。
「ハルちゃん。こいつ、頭は飾りだ。飾りってか、カメラ?」
「首を飛ばそうがカメラアイが無くなっただけってことか。面倒なことだね、機工兵ってのは」
「きこうへい! そんな名前なのですね。カッコいいのです!」
「……いや、適当だけど。アイリが気に入ったならそう呼ぼうか」
頑丈さだけは折り紙付きのそんな機工兵が、まだまだ壁には複数張り付いている。
彼らは絶え間なく銃弾をこちらに撃ち込んできており、ハルは<神聖魔法>による光の壁にて皆をガードしていた。
特にソロモンとガルマは、この中でも戦う力がない。ハルたちにとっては豆粒でしかない銃弾の一発も、彼らにとっては直撃したらそれなりに危険だろう。
重要NPCであるガルマもそこそこの実力者だろうが、この状況は少し向かい風だ。
《ちょっと男子ー。なさけないぞー》
《特に筋肉の男子ー》
《ええい、そのムッキムキの体は飾りか!》
《飾りです》
《この世はステータスが全て》
《ソロモンきゅんはお姫様だから》
《そう。仕方ない》
《お姫様めっちゃ堂々と守られてるが?》
《怯えた様子ゼロ(笑)》
《イケメンは何しても様になるのバグだろ!》
《筋肉ー、ビビるなー》
《ちょっと可愛いかも》
「銃撃戦は初めてかいガルマ? むやみに障壁の外に出ないようにね」
「お、おう。なんなんだこの攻撃は? 魔法なのか?」
「まあ、実体弾じゃなくてエネルギー弾みたいだから、ある種の魔法とも言えるのかな」
ファンタジー世界の住人らしく、初めて見る弾幕の嵐に多少腰が引けているように見えるガルマ。
たくましいその姿とのギャップにより、ある種の可愛さを演出してしまっていた。
とはいえ無理もない。どう見ても、この攻撃はジャンル違いだ。
威力そのものは大魔法の一撃に及ぶべくもないが、異常なのはその連射力。<攻撃魔法>の類において切り離せない、『チャージタイム』が存在しないのだった。
とはいえユキや視聴者たちが言ったように、プレイヤーはこの手の攻撃など慣れっこだ。
銃同士で撃ちあうゲームは巷に溢れており、時にはこの弾幕ですらなお温い猛攻に曝される時がある。
その点、やはりファンタジー世界向けに低性能化された銃撃でしかないと言っていいだろう。
「ユキ? わざわざ地上に戻ってトドメを刺さなくていいわ? まずはその鬱陶しい虫達を、全部叩き落してしまいなさいな」
「了解! 処理は任せたルナちゃ!」
「ルナ様、援護するっす」
壁を駆けあがっては機工兵を引きはがし、地上で破壊するルーチンを続けていたユキが、ルナの命を受けてその動きを変える。
壁を蹴っての完全空中攻撃によるフルスイング。その槍の衝突の勢いでユキは飛ぶ。
地面に向け叩きつけられる機工兵とは逆側に射出されたユキは、そのまま前身を捩じって大上段に振りかぶり、今度は縦回転で二体目を叩き落した。
そんな浮きっぱなしのユキによりボトボトと落ちてくる木の上の虫のような機工兵達。
それを、地上で待ち構えていたルナが自慢の刀による二刀流で切り刻んでいく。
「エメ、全部任せて構わないのね?」
「当然っすよルナ様! <召喚魔法>は肉の壁、肉の盾! いつだって皆皆さまのお役に立てることこそが、存在意義っす! さーて、銃弾いっぱつも通すんじゃないっすよー。ルナ様のお肌に染み一つ付けたら許しませんからねえ!」
「……この状況、召喚獣の大好きなミントの人たちにはお見せできないわね」
召喚獣の虐待である。ブラック労働なのである。
とはいえ、呼び出したモンスターを盾にしてアタッカーを守るのは、ゲームによっては基本中の基本。
エメの言動が多少挑戦的だが、行動自体は否定されるものではない。
逆に、召喚獣を大切に家族のように育て、絶対に使い捨てにはしないミントの国で多いプレイスタイルも、また非効率的などと否定されるものでもない。
「……確かに強いわね? 強いというより、防御が異様に固いのかしら?」
「だよね! レベル感から考えると、この防御力は結構異常さね。ルナちゃ、いけそ?」
「ええ、なんとか。私も伊達に<体力>型ではないという所、見せてあげるわ? <鍛冶>のいい試し斬りにもなるものね?」
「その意気だ!」
ユキと同様、ハルたちの中では<体力>が秀でているルナ。それは戦闘の為というよりは<鍛冶>に有効なステータスだからであるが、しっかりと前衛を張ってくれている。
こうしてその実力を発揮する機会はあまりないため、心なしか皆張り切っているようだ。
ルナの刀も、苦労しつつも機工兵のボディを両断し、内部の動力機構を破壊し停止させていく。
そうして一体一体を確実に、遺跡内部に侵入した彼らをハルたちパーティは討ち取っていくのだった。
※誤字修正を行いました。
追加の修正を行いました。「固い」→「硬い」。これはきっと作者自身が普段から誤字を気にせず敵に「固い固い」言ってるせいでしょう!
誤字報告、ありがとうございました。(2023/4/19)




