第831話 歴史に埋もれた遺跡
ハルたちを乗せた中型艇は航路を逸らして、一路その身を人気のない荒れた大地へと走らせた。
アベル王子たちが進む街道から離れるにつれ、道も人家もまばらとなり、そのうち一切が確認できなくなっていった。
そんな、『人里離れた』という言葉が相応しい荒れた山岳地帯に、ガルマの案内でハルたちは降り立つ。
彼の話によれば遺跡があるということだが、果たしてどのような物が存在するのだろうか?
「うっし。到着だ! 我が国の誇る観光名所にようこそ! がっはっは!」
「……お前の国では、客をただの荒れ地で観光させる趣味があるのか? ……カスみたいなもてなしだな」
「うっせ! 忘れてねーぞ! いつだかコスモスで、なんか良く分からん地下にドヤ顔で放り込まれたことを!」
「……カスのような脳みそでは、重要性を理解できなかったか。……やはり筋肉は駄目だな」
いつものじゃれ合いを繰り広げるガルマとシャールだが、残念ながら現状ではシャールの毒舌に賛同せざるを得ない。
全方位を見渡せるガラスドームの客室から周囲を見渡すハルたちだが、特にこの周辺に重要施設があるようには感じられなかった。
とはいえ、到着と本人が語るのならば到着なのだろう。
話を持ち掛けた当事者として、ハルはまず丁寧に礼を述べてゆくことにするのだった。
「案内ありがとうガルマ。すまないね、武王祭の真っ最中だというのに。選手の追尾は大丈夫かい?」
「おー、平気だ平気。問題ねー。なんせオレらにはこの、『実況モニター』がついているからな! これさえありゃ、空から観戦なんざする必要ねーんじゃないか? がはは!」
「……まさかのミナミがキーキャラとか。このユニークスキル、いつも無駄に役立ってるよね」
「はっはぁー、どうよ! 貴族特攻よ、コレ? 上流階級NPCほど、よく効くんだよねぇ」
他のプレイヤーの放送をNPCにも見える形で映し出す、ミナミ専用のスキル。その重要性は、支配階級のNPCにこそよく刺さる。
それを使い彼は今まで、様々な便宜を彼らから引き出してきた。
今回もミナミが居たことによって、非常に話がスムーズに進んだようだ。
「んじゃま、テキトーに見てこい。オレはここで、各地の観戦しつつ待ってっから!」
「……貴様も行くんだよ当然だろ。……安心しろ。現地の状況は、私がきっちり楽しんでおいてやるから」
「はぁ!? こっちも見たいんだが!?」
「いや、申し訳ないが僕としても案内してもらわないと困る……」
なにせ、見るからに特殊な隠しダンジョンだ。詳しい事情を知るガルマの案内無しでは、入口を見つけるのも一苦労だろう。
それに加えて、踏み込むのは他国の遺跡だ。その重要施設に案内抜きで侵入していくのは、外交上できれば避けたい。
「しゃーねー。行くか……」
「……ふふん。……安心しろ、もうじき始まる二回戦は、きっちり私が見ておいてやる」
「くっそー! 見てぇ! だがいいさ、どうせ実力者が揃って盛り上がるのは、その次くらいからだからな! 行くぜローズ!」
「ああ。シルフィー、この場は任せた」
「はい。お任せくださいクラマス。要人の皆さまの警護、しっかり務めさせていただきます」
シャールは宣言通り、小柄なフードの姿をソファーに沈めて更に丸めてここを動かないようだ。
もしかすると一緒に来るかと思ったのだが、どうやら余計なことに首を突っ込みはしないらしい。
ミントの高官であるテレサも、シャールの隣に上品に腰かけ客室にて待機の構え。
テレサも要人として同様の理由と、そもそも彼女は今その身の安全を重視しての同行者だ。好奇心に駆られて身を危険に曝すことはしないのだろう。
彼女ら二人と、ハルたちクランの幹部クラスであるシルフィードがこの場に残る。
シルフィードもまたテレサに負けぬ上品なお嬢様で、二人の相手を任せるにはぴったりだった。流石は、現実でもお金持ちなだけはある。対応が慣れていた。
「……よし! んじゃあ行こっかねぇローズちゃん!」
「ミナミさん? 貴方は待機ですよ。当然じゃないですか。この観戦スキルが無いと、お二人が退屈してしまうじゃないですか」
「やっぱダメだったーっ! くっそー、便利さが裏目に出たーっ!」
どさくさに紛れて抜け出そうとするミナミだが、真面目なシルフィードが見逃すはずもない。
彼は、生きた映写装置として貴賓を楽しませる義務がある。
まあ、気持ちは分かる。シャール、テレサ、シルフィードと、華やかで気品ある女性三人の傍に置かれるのは、男としてハードルが高いだろう。
喜びよりも、やりづらさやプレッシャーが先に立つのは当然のこと。特にミナミは、その見かけの軽薄さに反して根は真面目で常識的な男であった。
「しゃーない。ソロモンくん、男二人協力して、この難所を乗り切ろうぜ?」
「フッ。オレはローズと共に行く。現地で<契約書>が必要かもしれんからな……」
「なわけないだろぉ!? 必要ないよねぇどう考えてもぉ! 裏切り者っ! 一人にしないでっ!」
「……う、うるさい。この客室でこそ、必要なかろう!」
「色々あるじゃんさー! ミントやコスモスと商談するとかさぁ!」
居心地の悪さはソロモンもまた同じだったようで、ミナミを置いて逃げ出すようにハルの後に続く。
そんな悲鳴を置き去りにして、ハルたちは船の外の荒れ地へとその身を躍らせる。
ただ荒れた山肌が続くばかりに見えるが、果たして?
*
「……ずいぶんと閑散としたマップだ。エメ? この場所の情報は?」
「もちろんあるっすよ! お任せくださいハル様! えっとですねー、十日ほど前に、調査パーティが未知のダンジョン探索に来たんすけど、この周辺には何も発見してないっすね。彼らの結論は、『ただの死にマップ』でした」
ゲームを、特に広い世界を冒険するゲームを作る際、『無意味な空間』が生まれることはそうおかしな事ではない。
プレイヤーとしては、全ての土地や建物に意味を見出したくなるのが人情だが、開発者としてはそうも言っていられない。
単純に開発リソースが掛かり過ぎるという事情の他に、世界に存在する土地が全て意味を持っていたら、その『意味』同士が互いに干渉して、足の踏み場もなくなる為だ。
そのため、何かイベントのある土地は要所のみに絞って、他は緩衝地帯として放置されるのも良くある話なのだった。
「無理もねぇな! ここは、普段は基本的に隠されてっからよ。ただ、期待すんじゃねーぞ? 神聖な場所だから隠してるだけで、何かあるってこたねーんだ」
「へえ。それで、君はその隠蔽を解除できると」
「おう! このオレ様の『力』ってやつよ!」
そういって力こぶを作って見せる巨漢の様子に、『まさかパンチでこの荒れた山肌を吹き飛ばすのでは?』、という戯けた疑念が沸いてしまうハル。
……そんなはずはない。そんな人間重機じみた真似をするのは、トレーニング少女のワラビだけで十分である。
「……ハル? たぶん、あなたが何を考えているのか分かるけれど、その手の無茶はあなたも得意技でしょう?」
「なになに? どしたんルナちゃ」
「いえ? ハルがいつだか、ビーム砲で山肌に大穴を開けたことがあったわね、と思い出しただけよ?」
「おお。ハルちゃんはいつもやることが派手だよね!」
「すごいですー! 流石は、お姉さまです!」
……言われてしまった。そういえば、そんなこともあったかも知れない。
ガザニアの鉱山にて一撃のもと、地下空洞から地上へ続く大穴を掘ってしまったハルはもはや重機どころではない。人間弾頭である。
「どうかしたか? 楽しそうだな、がはは!」
「……いや、どうやって隠してあるんだろうなって思ってね? この大きな岩を積み上げてとか?」
「いや、そんな隠し方したら、こっちも掘り出す時に大変だろう?」
「…………」
不思議そうに言われてしまった。それはそうである。なんとも当然の話なのである。
どうやら、ハルの方がこの全身筋肉のガルマよりもずっと脳筋の考え方のようであった。少しショックなハルである。
「鍵がある。それを近づけると、魔法が解除されて道が開くのよ!」
「おお、知的だ……」
ものすごくしっかりしていた。『筋肉で掘り返す』、とか想像していたことを謝罪すべきだろうか?
まあ、思うのは自由として、黙っておくことにしたハルだ。口に出さなければ、バレはしない。ただしルナたちは除く。
そんな見かけによらず知的な男の持つ何かが鍵となり、ただの岩山にしか見えなかった場所が音もなく開けてゆく。
多少、積み重なっていた小岩が転がり落ちるが、それ以外はまるで初めから何も無かったかのようにぽっかりと大きな入口を開くのだった。
「どうよ! ここが、かつて<勇者>が天啓を受けたと言われる岩窟寺院だぜ」
「へえ。これは凄いね。これは本当に、観光名所だ」
その岩中の道を進んで行くと、一同は山肌を掘って作られた神殿のような建物を目の当たりにする。
ゲームでよく見るものではあれど、やはり隠しダンジョンの発見というのはいつだって新鮮な感動があるものだ。
「でも何で、隠してあるの?」
「ん? それは、知らん!」
「知らんか……」
「知らんが、どうせアレじゃねーの? 我が国の連中は血の気が多いからな、ぶっ壊さないか心配だったんだろ! はっはっは!」
「まあ、確かにねえ」
「……とはいえ実は、そんな心配なんざする必要はないんだが」
なんだか矛盾したことを言い出すガルマに、同行中のアイリたちが首をかしげる。
ただ、ハルやカナリーにはなんとなくその言葉の裏に秘められた真実について予想が出来ていた。
そして、その予想がもし当たっているとするならば、この地はガルマが思う以上の重要施設であるはずだ。
「あれですねー。きっと、この遺跡は壊そうと思っても壊せないんでしょー?」
「……ああ。そうらしい」
「アイリスのお城にあった神殿とおんなじですねー」
「なるほど! カナリー様は今日も冴えているのです!」
「でしょー? もっと褒めてもいいんですよーアイリちゃんー」
目を輝かせてカナリーにじゃれつき、次々と彼女を称える言葉を口にするアイリ。そしてその言葉ひとつごとに、どんどんと鼻が上を向いて角度を上げていくカナリーだった。
そんな二人の姿を微笑ましく眺めつつも、ハルはこの石窟寺院が人目につかぬよう隠された理由を考える。
恐らくは額面通りの、『破壊から逃れるため』ではあるまい。
まず、この隠蔽に使われた技術はガザニアの地下で見た魔法の道具だろう。
魔力を物質化して周囲に溶け込み、鍵となる特定の信号が流れた時のみそれを解除する。
ガザニアの国が関わっているか否かは、今は一旦置いておこう。
問題の封印の(そう、これは『封印』といった方が良いだろう)その理由は、大きく二つの視点から考察できた。
一つは歴史的視点、二つ目はゲーム的視点だ。
一つ目はこの世界の『世界設定』から考える場合。それなりにしっかり歴史が設定されているゲームだ、これについても何らかの理由付けはきちんと存在すると見ていい。
想像しやすい理由としては、『政治利用されないため』、というのが一般的か。
最も強い者が最も偉いこの国、その<武王>の権威を維持する為に、信仰を基軸とした権力構造など邪魔なだけだ。
二つ目の視点では、『後半までイベントを隠しておくため』と考えるのが妥当。
この場所に何かがあると最初から知れ渡っていれば、どうしてもそれが何かをユーザーは探し求めるだろう。
それを避け、必要になった時に初めてその存在が明かされることで、運営に都合の良い進行段階にてイベントを開始することが可能となる。今のハルのようにだ。
果たして、ハルのこの発見は適正なのかそれとも早いのか、そこまでは分からないけれど。
「それでー、ここには何があるんですかー? 伝説の武具とか、眠ってますー?」
「ませんのだ! 例えあったとしても! そんなモンがありゃ、我らが戦うことしか頭にない国のこった。とっくに持ち出されて中に残っているワケがない!」
「説得力ありますねー」
……嫌な説得力である。まあ、実に納得のいく答えではあった。
そんなカナリーの疑問に対し、案内人であるガルマの回答は常に『ノー』が返ってきた。
この地はただ歴史ある建造物というだけであり、アイリスのそれのように神聖な儀式場でもなんでもないと。
そんな訳がないと、プレイヤーは誰もが口を揃える。絶対に、何かがあるはずだ。そうでなければ、建物が破壊不能設定になどなっているはずがない。
「……ローズ。誰かくるぞ。潜伏してだ」
そうして、皆でこの地の用途について頭をひねっている所に、<隠密>行動に長けたソロモンが、緊迫感のある声色でハルに耳打ちをしてくるのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/31)




