第824話 戦士の国と武王祭
「……ずいぶんと熱心に見ているな。……何か面白いものが見えるか、ローズ?」
「おや?」
ハルたちが飛空艇から戦場となった市街地を眺めていると、そこに後ろから声が掛かる。落ち着いた、いや言ってしまえば暗めのその声には、かつて聞き覚えがあるハルだった。
振り返って確認してみれば、声の主は視界の下の方。
背の低いフードの少女が、なんだか不機嫌そうにハルのことを見上げていた。
「やあ、久しぶりだねシャール。君も、この大会を見に?」
「……ふんっ、別に見たくもなかったがな、こんな催し。……だが私の家はここの隣だ、招待されれば断りづらい」
「そっか。大変なんだね」
「そうだぞ」
《で、出たー! 毒舌少女だー!》
《シャールちゃん!》
《会いたかったー!》
《大人気じゃん》
《あれ、誰だっけ?》
《コスモスのお偉いさんだよ》
《六花の塔で会った人》
《忘れるとは罪深いな》
《それが何でここに?》
《言ってただろ、お隣さんなんだ》
《ここはコスモスとの国境の街》
《こっちの領主とは腐れ縁なんだ》
かつて、中央神国で出会った各国の代表の一人、コスモスの国のシャール。
ルナをも凌ぐ不機嫌そうなジト目と容赦のない毒舌が人気の、小柄な女の子だった。
どうやら、彼女もハル同様に、賓客として招かれていたらしい。
「……まったく、わざわざ国の端から参加させやがって。……国賓と言うなら、首都に直接招けばいいものを」
「まあまあ。おかげでこうして、一回戦からゆっくり観戦できるじゃないですか。それを喜びませんかシャールさん?」
「……テレサか。……お前も?」
「いえ、私はローズさんのおまけです。ねえ、ローズさん?」
自分で自分を『おまけ』と語りつつも、どこか得意げにハルの隣に立つテレサ。
それを見てシャールも、辟易とした嫌そうな顔を隠そうともしない。なにやら国家間の駆け引きが始まってしまったようだ。
「……ローズ。その女は要注意だぞ? ……もし弱みを握られているならば、私に相談するがいい」
「あら。大丈夫ですよ。弱みを握られているのは、どちらかといえば私の方ですから」
「……それでそうしている訳が分からん。……アホなのか?」
「例の紫水晶の組織にね。テレサは命を狙われてるんだ」
「……あのカスどもか。……進展があったらしいな」
紫水晶と聞いて、シャールの表情にも真剣さが宿る。テレサもまた、ハルに寄り添ってシャールを挑発するのを止め、態度からもおふざけを消した。
彼女ら神国組と、紫水晶の関りは深い。ハルの第一発見を契機に、最も早く各国へと情報を持ち帰った面々である。
特にシャールは、真っ先にその<解析>を買って出てくれた功労者だ。
なお、その組織の主犯格であるソロモンに視線を送ってみるも、まるで意に介していないかのように視線は試合へと向けられている。
こちらも、大した肝の座りようである。堂々としすぎだ。まるで反省の色が見えない。
「……まあいい、『光側』で集まって何か企てている訳ではないならな」
「あら? 一人だけ『闇側』の仲間外れで寂しいかしら、シャールさん?」
「……あぁ? ……船から足を滑らせたいか、このカス?」
「残念でした。もしそんな『事故』が起きても、ローズさんが助けてくれるわ?」
「……ローズ。……こんな女よりも、私に付くよな?」
「僕でマウント取りあわないようにね君たち……」
《女の子同士でローズ様の取りあいだ!》
《七国目は『リリィ』で決まりだな》
《二人は仲悪いのん?》
《ぶっちゃけあんまよくない》
《個人というより国家間がね》
《さっきの光側と闇側ってやつ?》
《そう。コスモスとミントの仲は微妙》
《敵対って程じゃないけどね》
とはいえ、シャールもテレサも本気で対立している訳ではない。あくまでじゃれあいだ、このやり取りは。
もっとも、じゃれあいの中にも互いの本気度を測る読み合い合戦が繰り広げられていそうで、油断のならない攻防なのだが。
そんな渦中に引き込まれたハルは、なるべく我関せずで穏便に、どちらにも付かずになんとか乗り切ろうと心に決めるのであった。
◇
「……それで、私らを呼びつけたあのバカはまだ来ないのか」
「一緒じゃなかったのかい、シャール」
「……船に乗るまではな。……先に行ってろと言われて、ふらりと姿を消しやがった」
「腐っても領主です。きっと、色々と忙しいのでしょう」
「……そうだな、腐ってるがな。……だが、ローズを待たせるなどなにを考えてるんだガルマは」
「いいよ別に、それくらい。というかさり気なく酷いね君たち……」
まあ、ハルが良くても、もう外交的にはそれで済む問題ではなくなっているのかも知れない。
既に<公爵>までランクアップしたハルの立場は、<男爵>であった初対面の時とは同じ対応では済まされないだろう。
そんな未だに姿を現さない『あのバカ』ことガルマも、かつて六花の塔で出会った各国の代表の一人。ここリコリスの大使を務めた男だ。
戦士の国の者らしく大柄の筋肉質でがさつな男性。コスモスのシャールとは犬猿の仲、と見せかけて実に息の合った掛け合いを見せる間柄だ。
本人たちは、決して認めようとはしないだろうが。
「しかし、かつて六花の塔に集った外交官が三人集まるということは、やはり何かあるのでしょうか?」
「……自分を除外するなテレサ。お前を入れて四人だ。……とはいえ偶然だろうな。……お前はおまけだし、私は単に隣だから呼ばれたにすぎん」
ハルはハルで、完全なリコリス側の意思ではなく先にミナミによる働きかけがあった。
なのでこの再会における、政治的な意図はあまり無いとみていいとはハルも思う。
しかしながら、こうまで重要NPCが揃うとゲーム的になにかあるのではないかと考えてしまうのは自然なことだ。
特にこのゲームの場合、『せっかくだから』、と後付けで運営が企画してしまうこともあり得る話だった。
「おう! 雁首揃えて、なに深刻な顔してやがるんだ?」
「……主催のくせに貴様が遅すぎると文句を言っていたんだ。……反省しろ、カス」
「がははは! すまんすまん。どうにもこういう催しは、手間取ってしまってなぁ!」
「……やはり、救いようのないカス」
そう噂をしていると、ようやく今回の主催者にしてこの街の領主、神国における外交官でもあるガルマが展望室へと現れるのだった。
相変わらず鍛え上げた筋肉を見せつけるかのような威圧感のある出で立ちに、女性二人が思わず身構える。
「……ローズに汚いものを見せるな。……もっとこう、格式の高い服装を心がけろ」
「俺の筋肉を汚ねぇとか言うなっつーの! それにアレだ……、俺がパツパツの礼服を着ても、それはそれでよう……」
「……存在自体が終わってるカスめ」
《ぴっちりスーツ(笑)》
《見てみたい(笑)》
《オーダーメイドせい》
《鎧でいいんじゃね? 聖騎士っぽい豪華な》
《外交の席に鎧もちょっと……》
《これで全員再開か》
《一人忘れてね?》
《……誰だっけ》
《ガザニア代表の目立たない人》
《あー、キャラ薄いから完全に忘れてた》
《とりあえず大体は再開だな》
ガザニアの青年を除けば、これであの時の六人とは確かに再開を果たせたことになる。
この場に居ないカゲツの国のシルヴァとも、現地にて深く交流を果たした。
「コイツの迎えに手間取っちまってなぁ。死ぬほど焦らしやがるからよぉ……」
「……私のせいにするな、カス! カスカス! ……ローズが居るなら、先に言っておけってんだカス!」
「んだよ! やっぱわざと遅刻してきやがったのかテメー!」
「……遅刻ではない。……予定通りに十分遅れで、現着しただけだ」
「あー……」
メチャクチャ極まりないシャールの言い分だが、ガルマはそれで納得してしまったようだ。それ以上は、追及する気はない様子。
恐らくは、シャール個人でなくコスモスの国からの横槍だろう。わざと遅れて到着し、リコリスに迷惑をかけてやれと。
仲良く喧嘩している二人とは違い、両国は本当に犬猿の仲であるようだ。
「兎も角だ! この船に乗っちまった以上、もうどっからも好きにはさせん! あとは安心して、この一大イベントを楽しんで行ってくれや!」
「……頭のおかしい狂った催しだが、実際楽しみだ」
「あら? シャールさんにしては素直ですね? でも、気持ちは分かります。私達が生まれてから、開催されるのは初ですものね」
「……テレサ。……お前、経験ないのか?」
「意外だぜ。俺らはともかく、アンタは経験済みだと思ってた」
「…………ナチュラルに年寄り扱いしないでくれます? ……ありませんよまったく。シルヴァ老ではないのですから」
二人より少し大人のお姉さんであるテレサにも、このリコリスの武術大会ははじめての経験のようだ。
国主の代替わりに際して開かれるというこのお祭り。早い時はそれこそ数年周期で開催されるが、当代の<武王>の統治はなかなか長く続いたようだ。
「何か、妨害があったりするの?」
ガルマの口ぶりから、ハルが気になるのはそこだ。まるで地上に居ては、どこかから妨害されるような口ぶり。
ハルへの挨拶が遅れたことにも、その辺りの対応が絡んできていたようだった。
「色々な。祭りとはいえ、国中で内戦やってるようなもんだろ? どぉしても隙だらけになっちまうだろ? はっはっは!」
「……特にウチだな。……国境を挟んで、すぐにでも攻め込める」
「くっはは! コイツを呼んだのはそれが理由よ! コイツが人質になっていれば、隣から攻め込まれることはない!!」
「……誰が人質だ調子のんなこのカス!」
ぎゃーぎゃーとそのまままた口喧嘩に発展する二人だが、こう見えて色々と考えているようである。流石は『腐っても領主』だ。
二人の幼馴染としての仲の良さも、もしかしたら政治的に仕組まれたものなのかも知れない。
そう考えると、なんだか悲劇の香りがして少しばかり憂鬱な気分に陥るハルであった。
「あら? そろそろ、一回戦の時間制限が来るみたいですね?」
そんなシャールたちの口喧嘩の間でも特に動じることのないテレサが、窓の外の戦況をマイペースに観戦している。
戦闘エリアは街の出口に向けて縮小されていっており、既におおかたの戦闘行為は終了したようだ。
隠れる場所を失ったプレイヤー達はそれぞれ互いに姿を見せて、じりじりと距離を詰めつつ睨み合っている。
ここまで残った者でひとまずの同盟を組み、二回戦へと進む腹積もりでいるようだ。
「あの方は、ローズさんの騎士ですよね? このくらいの人数は残せと指示を?」
「いいや? アベルには自分の判断で好きにやらせてる。彼と、隣の女の子の判断だろう」
「……その子は、まだまだやる気十分のようですね」
その子ことトレーニング少女のワラビは、まだ完全に味方と言えぬ相手と距離が近づいてきても、一切動じることなく重りを取り出してトレーニングに励んでいる。戦いが終わって暇そうだ。
その様子は本人の意思とは関係なく周囲を威圧して、『まだまだやる気』、を感じさせていた。アベルとしては、なるべく大人しくしていて欲しいという渋い顔である。
「……あの男はうちの国の奴だな。……お前のトコの人間が見えんようだが大丈夫かガルマ?」
「あー、いいんじゃね? どこの国出身だろーが、最も強いが最も偉い。そうやって、この国は作られてんだよ」
「……相変わらず、意味不明な国だ」
「それについては同意ですね……」
あっけらかんと、アイリス出身のアベルたちが勝とうが、コスモス出身の<冥王陣>使いの男が勝とうが構わないと告げるガルマ。
リコリスの王を決める武術大会であるというのにそれを良しとする精神性に、この国の特殊性が表れていた。
そんな国全体を巻き込んだ武術大会、『武王祭』は間もなく一回戦を終えようとしている。
順当に強者が勝ち進んで行くその戦いを、ハルたちはこの飛空艇に乗って空から追跡していくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/4/11)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/30)




