第821話 遊覧観戦飛行
「それよりハル? 遠くの注目選手のこともいいけれど、身内の応援はしなくていいのかしら?」
「いちおう今回、僕は中立の立場だよ。クランの誰かを贔屓に、ということはしないつもりだ」
「まあ、それでもさーハルちゃん。せっかく窓の外にワラびーとかも居る訳だしさ。そっち中心に見てあげない?」
「ふむ」
ルナとユキに、せっかく肉眼で見ることの出来る試合があるのだから、モニター越しにばかりみていないで直接見るべきではないかと問われるハル。
一理ある。外では、クランの仲間であるアベル王子たちが一試合目の最中だ。
「それなんだけどね、ちょっと待っててね? ここはあくまで待機のための部屋だ。観戦には向かない」
「たしかに! 勝手に窓を開けていいのか、わかりかねます!」
「そうだねアイリ。というか、開けたとしても戦場の様子ははっきりとは確認できなさそうだ」
この場は貴賓の為によういされた待機所であり、そこはもちろん戦場の火の粉が決して降りかからない場所にある。
バトルエリアの外に設定されたこの領主館からでは、窓を開け放ったとしても観戦するのは難しそうだ。
「ほら、来たみたいだよみんな」
噂をすれば、部屋の扉が開く気配をハルは察知する。そちらに目をやってみると、ハルたちの案内を務める使者がこちらへやって来るところだった。
彼らはミナミの作り出した巨大モニターに一瞬目を見開いて驚きを露わにするが、それもすぐにプロ意識にて覆い隠し、移動の準備が整ったことを告げてくる。
「大変に、お待たせしてしまい申し訳ございません。観戦の準備が整いました。どうぞ専用の飛空艇まで、ご同行くださりますよう」
「へえ、飛空艇かい?」
「その通りにございます」
ハルが代表して尋ねると、彼らは恭しく頭を下げつつ肯定する。
観戦のためのVIP席は、なんと飛空艇。街全体を戦場としたこの大会、その性質上、闘技場の観客席のようなよくあるシチュエーションでの観戦は不可能だ。
かといって、ハルたちのような他国からの要人をそのまま街に近づけるなど言語道断。
その解決策が、今彼らが言った飛空艇からの観戦なのだった。
ハルたちはモニターを片付け観戦を中断すると、使者に続いてその飛空艇まで移動する。それは中型だが豪華な船で、既に領主館の庭に着陸していた。
それに乗り込みしばらくすると、船はゆっくりと街を見下ろせる高度、普通よりも低めの位置へと浮上していくのだった。
*
ハルたちが通されたのは、飛空艇の背に位置する一面ガラス張りの大広間。
構造上、この部屋が飛空艇の大部分を占めており、間取りを計算すると個人の客室などはあまり取る余裕がないように見える。
完全に遊覧船のような特別仕様であり、この大会を見る為に専用に用意された船なのだと推測された。
「おお。見晴らしいいねー。なかなかの『観客席』だねアイリちゃん」
「はい! 戦場の様子が、お空から一望できるのです!」
ユキとアイリ、背の小さな二人が窓際に駆け寄る様子が微笑ましい。窓にぴったりと手を付けて、空から眺める景色を存分に楽しんでいる。
まあ、その光景が壮絶なバトルロイヤルの開催される戦場だというのは優雅さに欠けるが、今更そんなことを気にする彼女らではない。
眼下で魔法の爆炎が上がっても、一切動じる様子は見られなかった。たくましい幼女たちである。
「ハルちゃんもおいでよ。案外よー見えるよ」
「確かに、これはけっこう迫力があるねユキ。僕らは普段、こんな低空を飛ぶことはないからね」
「あはは。ハルちゃんの船でこんな高度を飛んだらそれだけで一大事だ」
ハルの所有する黄金の飛空艇は、この船とは比較にならぬ大きさを誇る。
それが街の上空をこのような低空飛行で飛んだとしたら、恐るべき圧迫感で日光を遮り、地上をその身の影で包んでしまうだろう。
その推力も問題だ。巨体を浮かべ、また姿勢を維持する為に取り付けられた多数の魔導エンジン。その噴射エネルギーは莫大なものとなる。
こんな高度を飛んでいたら、それだけで地上を蒸し焼きにするのは必至。少なくとも、洗濯物は決してお外に干せないに違いない。
そんな、普段とは違った高さから見下ろす異国の街。
それだけでも新鮮な面白さがあるこの遊覧飛行。列車の旅といい、武術大会を抜きにしてもなかなか楽しい国外旅行となっている。
だが、当然そんな平和な観光がこの外遊の目的ではない。ハルたちの、そしてこの地に集う者のお目当ては、眼下で繰り広げられる平和とは程遠いこの野蛮な争いだった。
「《いくよ! 必殺のー? 『キロトンパンチ』なの!》」
「《微妙にあり得そうな単位にするの止めろーっ!!》」
「《あっ! 一人逃げたよリメルダちゃん! 追い込むの!》」
「《了解ワラビ。逃がさないわ》」
建物ごと派手に敵プレイヤーを吹き飛ばしたのは、魔法攻撃ではなくなんとただのパンチによる一撃。
先ほどまで見ていたソフィー同様に、いつも元気な女の子、トレーニング少女のワラビが日頃の筋トレの成果をここぞとばかりに発揮していた。
手足に付けられた超重量の拘束具。それを外すことなく振りぬくパンチはそのまま重量が威力に加算され、インパクトの際に生まれる衝撃はまるで無数の爆弾が炸裂したかの如く。
流石は、己の拳ひとつで鉱山を掘り進めるワラビである。火薬を使わない爆弾娘だ。
「やってるね、ワラビさん。リメルダも、なかなかどうして息が合ってるじゃあないか」
「二人はこれまで地獄のトレーニングを乗り越えた仲だからねー。その絆が、コンビネーションを生み出してるんだ」
うんうん、と隣のユキが頷くが、たぶん地獄を見たのはリメルダ一人だ。その普段からワラビに振り回され続けた苦労が、彼女の無茶に付いて行く精神的な強さを培ったのだろう。
まあ、絆が無い、とまでは言うまい。リメルダもあれで、ワラビには感謝している。
ワラビの地獄のトレーニングがあったからこそ、その過酷さへの同情で投獄を免れている部分があるからだ。
「ほいでさ、この試合は全滅まではいかなそーだけど。その場合どうなるんハルちゃん? 制限時間まで隠れてたら、それでオーケーなん?」
「そうもいかないねユキ。それが許されると、試合が『かくれんぼ』になってつまらなくなる」
「だよね。この大会は、あくまで戦う力を競い合う大会だし」
こうした多人数戦のゲームにも慣れたユキが、すぐに試合のルールについて察しを付ける。
路地を歩けば参加者に当たる序盤はいいが、脱落者が増え人が少なくなってくると、互いに街の各地に散らばって動かなければそれで済むようになる懸念があった。
そこでじっとしていれば労せずして二回戦進出。プレイヤーはそれでいいかも知れないが、こうしてハルたちのように見ている立場ではそれは非常に退屈なものだ。
武を競うという大会の目的からも、そうした行動は歓迎できるものではない。
「こういうときは、どうするものなのですかハルお姉さま?」
「いくつかあるよアイリ。例えば、人気のニンスパを思い出してごらん?」
「はい! 確か、同じ場所に留まっていたらペナルティが課されるのでしたね! 悪霊が、襲ってくるのです!」
「そうだね。よくできました」
「えへへへへ……」
今はこのゲームとも同じ会社の運営となった、ハルとルナの作ったゲーム、『ニンスパ』。
それも同様に多人数の潰し合いであり、膠着防止の為に同じ場所に留まらせない為のルールが設定されていた。
その内容が、同じ部屋に留まっているとプレイヤーだけでなく怨霊が襲い掛かってくるというもの。それを避ける為、耐えず高速で移動し続けることを求められる。
しかし、この大会ではそのルールは合わない。高速移動がゲーム性の主な部分ではないからだ。そのペナルティを実現するための技術力も課題となる。
よって、こちらにおいてはもっと単純な仕様でルール設定がされていた。
「単純に時間が経つにつれて、戦闘エリアが限定されていく方式だね」
「なるほど!」
「ありがちなやつだねー。どう限定されるのかな?」
「あっちに街の出口があるでしょ? そこに向けて、少しずつ狭まっていく。ゼロにはならず、最後のエリアに残っていればその中の人は次回戦進出さ」
「ふむふむ!」
「なーる。最後の狭いエリアでも戦わずにいれたら、ひとまず『仲間』ですよーってことで次の街に進めるんだ」
「そんな感じだね。だから、最後は出口なのかもね」
時間が過ぎたエリア外で待機してしまえば、もちろん失格。その駆け引きが、求められるのだった。
そんなルールでの第一試合。既に少しずつエリアは狭まっているが、それなりの数のプレイヤーが残っている。
ワラビやアベルは全滅まで追い込む気は無いようで、襲ってくる相手のみを排除している。
この街の試合では、いくらかの人数が残ることだろう。
そんな試合状況を見つつハルはここでも<隠密>により姿を隠した三人に通信を飛ばす。ハルの目的は、ただ観戦を楽しむだけではないのだった。
《ここらからが本番だよ、おちびたち。試合中の魔力の流れ、きっちりと監視するように》
※誤字修正を行いました。
追加の修正を行いました。(2023/5/30)




