第818話 不和の種へと水を撒く
《じゃあソフィーさん。今正面に居る敵じゃなくて、三人ほど右、一歩奥に居る緑の服の男性を狙い撃ちにしよう》
「うん! わかった!」
ハルの指示により、ソフィーはここまで戦っていた真正面の剣士から狙いを外し、少し奥に居る敵へと照準を定める。
引くに引けず、あわや撃破、というところだった正面の相手は状況が飲み込めず、自分が何故許されたのか理解できない。
それでもこの心変わりを好機として、敵部隊は態勢を立て直していった。
「陽動だ! 狼狽えるな! ダメージを負った者は後ろへ下がって回復!」
「おう!」「任せろ!」「キックリ! 行けるか!?」「持ちこたえて見せる!」
キックリと呼ばれた男性は逃げることなくその場に踏みとどまってソフィーを迎え撃つ構え。
その表情からは必死の覚悟が容易に読み取ってこられ、自身の命より全体の勝利を優先している様子が見てとれた。
それが、狙いである。
協調性のある者からハルは摘んでいくつもりだった。
「ソフィーの防御は彼に任せろ! 不用意に近づかず、飛行剣を一人一本で担当して牽制して援護するんだ!」
「了解!」「陣形内に踏み込んだ、包囲する!」「焦ったな!」
「魔法部隊はなるべく彼に当たらないように、こちらも飛翔剣の間引きを優先したピンポイント攻撃!」
「了解!」「それなら私が! 『アイシクルバレット!』」「精密『ファイアランス』、三連弾!」
敵の指揮系統の落ち着いた伝達を見れば分かるように、この即席グループの『指揮官』に収まったのはキックリと飛ばれた彼ではない。
むしろ逆側に居る、赤い服の男が積極的に指示出しをしていた。どう見ても彼が臨時のリーダーだろう。
無秩序な一斉攻撃ではソフィーを相手にするのに埒が明かない事を誰もが悟り、この場で最も軍団戦に慣れた者がその座に収まったようだ。
《あいつと、そのパーティメンバーは最後だソフィー。わかるかい?》
《うんっ! 周りの四人、いや五人組だね!》
《そうだよ。戦士四人、魔術師一人だ》
《めいんでぃっしゅ、ってことだ!》
《その通り》
本来、正攻法を重視するのであれば、その臨時指揮官を真っ先に潰して指揮系統を崩壊させるべきだろう。
頭をつぶせば、再び彼らは無秩序な個の集団へと逆戻りし、統制された連携は脆くも崩れ去る。
しかし、その考えに誘導することこそがリーダーの狙いとハルは読んでいた。
《<次元斬撃>の腕を三本使ってターゲットを潰せ。ダメージは一旦無視》
「よーし! 振り切るよ! 決死の<次元斬撃>!」
「くっ……!? いや、今だみんな! ソフィーさんの防御が薄い今を狙え!」
「キックリ、死ぬぞ、退け!」「まずい、押し切られる!」「……いや、逆にこのまま押し切る! すまん!」
「ああ! やれ!」
ソフィーの本体の刀、それに加えて浮遊し自在に現れては消える<次元斬撃>の刀が三本。その猛攻に晒された敵の男はすぐに防御が間に合わなくなる。
全力の<次元斬撃>から比べればかわいい物だが、それでも四方向からの同時攻撃は悪夢のようなもの。
狙いを定められた単体ターゲットが、逃げられるものではなかった。
「よーし、チェックメイトだね! お命、頂戴だ!」
「ぐああああああああ!」
「キックリー!」「今だ、かかれ!」「仇は取るからな!」「一斉に突撃だー!」
《危ない!!》
《無理に攻めすぎたんだ!》
《一人倒すのに無茶しすぎだよ!》
《判断ミスだってハルさん》
《リーダーを潰すべき》
《ソフィーちゃん逃げて!》
《一回距離を取ろう!》
《お前らハルさんの作戦に口出すな》
「そうだよ! 私は、ハルさんの言うことしか聞かないもん! 口出ししちゃ、だめ!」
《みんな君を心配してくれてるんだよ。でもごめんね、今回は、ソフィーさんには無茶してもらう》
「まっかせて!」
《ひとまず、現状を全力離脱。仕切り直しにもっていって》
狙い撃ちにされたターゲットが死んだことで、ソフィーの行動に一瞬の間が生まれた。そこに、敵の総攻撃が一斉に襲い掛かる。
とはいえソフィーも、一人の撃破に対し無理に割いていたリソースが戻ってきた。落ち着いて、周囲に対応する余裕が生まれている。
「蹴散らしちゃっても構わないんだよねハルさん! ふっふー、飛んで火に入るだね! <次元斬撃>、『大百足』!」
ソフィーの体の両脇にずらりと並んだ刀の群れが、大量に宙に浮き出てくる。それは生物の足であるかのように、同期して周囲を一掃、制圧していった。
彼女の<次元斬撃>には、こうした『阿修羅の手』や『大百足』といった必殺コマンドもいくつか内包されており、決められたパターンによって半自動で攻撃してくれる。
精密な刀の腕はもちろんソフィー本体に及ぶべくもないが、その代わりにソフィーの処理能力を必要とせず攻撃が可能だった。
「脱出成功っ!」
その刀で作られた『足』によって強引に包囲を踏み鳴らし、ソフィーは一旦、元のように距離を取る。
相変わらず魔法は後衛から飛んでくるが、そちらは適当に対処しつつ体力を回復していった。
敵もまた、深追いはせずにリーダーの指示の下に態勢を立て直す。
なかなかの無理をしたというのに、倒した敵は一人のみ。
しかし、この一人が、ハルとソフィーにとっては非常に重要だ。これが後々、じわじわと敵にとって致命傷となっていくのであった。
◇
《この戦いにおいて、僕らの敵は三種類に分けられる》
「ふんふん!」
《まずはリーダー、そしてその仲間たち》
「外せないね!」
《次にその賛同者。協力的なプレイヤーと、その仲間だ》
「こっちも厄介だよね!」
このソフィーの相手となる敵プレイヤーの面々は、皆それぞれ別々の思いをもってこの大会へと参加した者たちだ。個人であったり、仲間同士で一緒に参加したり。
その中でも周囲と協力的なのか、それとも自分、または自分たちだけ勝ち上がればいいのか、そこも人によって分かれてくる。
《最後に、実は協力的ではないけど現状しかたなく一緒に居る者》
「無視していいね!」
《その通り》
ハルのソフィーに対する指示では、その三番目の分類への攻撃を命じることは一切なかった。
ソフィーもそれを肌で感じ取っており、ハルの思惑を概ね察したようである。
今、ハルが狙い撃ちにしているのは全て二番目の者。現行リーダーに協力的なグループだ。
協力的であるが故に手ごわくなるが、それでもソフィーは的確に精密に、そして一切の容赦なく彼らを一人ずつ『間引いて』いった。
そういった者達は大抵がパーティ参加で、今はほぼ全てのパーティが、『一枚欠け』、『二枚欠け』に陥っていた。
仲間が倒されたことで、それぞれに不安の心が鎌首をもたげて来た頃だろう。
「……落ち着いて陣形を変えよう。敵は前衛を各個撃破することに拘っている。ここは三人一組になって防御を固め、」
「ならアンタらが行けよ……」「自分の仲間だけは安全地帯か?」「こっちは二人やられてんだよ!」
「元のパーティは関係ない! 今周囲に居る者同士で集まって……!」
《はい三人組作ってー》
《嫌だぁああああ!!》
《リーダーの人望落ちてきた》
《人望あっても三人組は嫌だ》
《もっと社会性もってこ?》
《社会性は崩された!》
《これがハルさんの狙い!?》
《協力的な人から……》
《仲間がやられれば協力したくなくなる》
《後は元からお一人様!》
そう、所詮は寄せ集めだ。自分に、自分たちに不利益が齎される連合であるという意識を植え付けてしまえば、その結束は容易に崩れる。
リーダーの部隊をあえて残したのもその為だった。頭では分かっていても、指揮を執る側が、『自分にだけ有利な状況を作っている』という疑念はどうしても晴れない。
「皆、これでは敵の思う壺だ! 今だけは目標を一つにして……、」
「目標ってもな」「もう『全員で決勝』は叶わないんだし」「お前の為に捨て駒になれって?」
「違う! このままでは全滅するぞ!」
《今だ。空中機動で後衛に突入》
「よっしゃーー!!」
敵陣に走る不和と、指揮系統の混乱。その隙を見逃すハルたちではない。
ソフィーは今まで封印していた<次元斬撃>を足場とする空中歩行を解禁し、その勢いにて前衛の壁を飛び越えて<魔法使い>を中心とした後衛部隊へと『着弾』する。
今までずっと地面を走っていた為、ソフィーの突然のこの動きに彼らの頭が付いて来れない。
その意識の間隙により誰もが硬直している間に、無防備な<魔法使い>達を一気に切り刻んで行くのだった。
「よーし! ここからはボーナスステージだね! 斬り放題だ、斬り放題!」
元々が近接戦闘を苦手とする者たちで集まった後衛だ。暴れまわるソフィーに対応しきれず、彼らは数を一気に減らしてゆく。
まるでソフィーという暴風雨が通った後に、プレイヤーという木々がなぎ倒されていくような惨状だった。
「まずいっ……! 前衛部隊、救援に……、くそっ、俺達で行くぞ……!」
この蛮行を止めんと、臨時リーダーはこんな時にも冷静に指揮を執ろうとする。しかし、その脳裏に浮かぶのは先ほどの瞬間に生じてしまった不和の種。
果たして、自分が命じても皆は付いてきてくれるのだろうか? その不安が、命令を信頼できる元々のパーティだけに絞るという結果を生み出した。
そして、その甘えを許すハルたちではない。
《ソフィー。反転》
「うん!」
今まで楽しそうに魔術師部隊を切り倒していたソフィーが急に、ぐりん、とその顔を反転させ彼らに向ける。
ぎょっとしたのも束の間、一気にソフィーはリーダーパーティへと詰め寄った。
救援のため陣形を離れ、孤立した彼ら。その最後はあっけないものだった。
そうして今度こそ頭を失ったただの烏合の衆は、逃げまどう間もなく笑顔の殺戮者によって各個撃破されてしまう。
そこからの結末は、もはや語るに及ばない。
※誤字修正を行いました。また、ふりがなの追加を行いました。




