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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部5章 リコリス編

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第816話 最後に立っていればそれでよい

 そこから一気に、街は戦場と化した。もはや隠れても無駄と、潜んでいたプレイヤーたちがソフィーを目がけ大挙して襲い掛かる。

 それらはなにも剣や槍などの近接武器だけでなく、魔法や弓、はては召喚獣などの遠隔攻撃も一斉に彼女目がけて発射されて行くのだった。


「おお! 容赦なしだ!」


 その一斉砲火にソフィーはひるむでもなく、むしろその無邪気な笑みを濃くしていく。

 全方位から射線の集中するその場を咄嗟とっさに離脱すると、手近なプレイヤーの元に駆け寄って行く。


 遠距離攻撃の手を躊躇させる為ではない。ソフィー以外のプレイヤーが射線に割り込んだとしても、魔法を発射する手は決して止まらないだろう。

 彼らは協力者であると同時に、互いに競い合うライバルでもあるからだ。

 同士討ち上等。むしろ、一気に脱落者が二人出て一石二鳥だ。


「一人っ!」

「そう簡単にやられるか!」

「いい剣だね! でも、後方注意だよ!」


 敵はソフィーの突進からの一撃を、己の剣で受け止める。

 なかなかの剣の腕と、そしてかなりの高級な武器である。ソフィーの刀はルナの<鍛冶>により作られた特別製。並の武器では、打ち合えば一方的に砕けてしまうだろう。


 そうしてソフィーの一撃を防いだ敵プレイヤーだが、彼を襲う攻撃は一撃のみではなかった。

 ソフィーによる<次元斬撃>の乱舞。では、ない。ソフィーを狙う他の大会参加者の<攻撃魔法>が、雨のように降り注いだのだ。


「しまった! 横取りされちゃった! ポイント横取りだ!」


《ソフィーさん、この大会ポイント制じゃないから。気にしないで行こう》


「でもっ! コンプリートボーナス欲しいよー!」


《気持ちは分かる。すごくよく分かる。でも、変な色気を出すと足元をすくわれるよ。多勢に無勢ぶぜいなんだ》


「うん! 気を付ける!」


 ソフィーを狙った魔法の砲撃に巻き込まれたプレイヤーは、あえなく輝くチリとなり消えて行った。

 周囲全てが敵のソフィーにとっては、労せずして敵の一人が消えたことになる。


 彼女が<次元斬撃>を使わず、本体の刀で切り込んで行ったのはこれが理由だ。

 迫りくる魔法の対処に、<次元斬撃>のやいばは回された。魔法を迎撃し切り刻み撃ち落とす。全周囲攻撃の剣は、そのまま全周囲防御の剣としても活用できる。

 魔法でさえも切り裂きき消す彼女の剣は、複製された<次元斬撃>においてもしっかりと再現されているようだ。


「ふっふー。じゃあこのまま、敵の魔法を利用してどんどん巻き込んじゃおう!」


 自らが手を下さずとも敵が倒れるこの状況に、ソフィーはその口をにんまりと歪めて笑う。

 可愛らしい彼女のいたずらっぽいその顔は、この場においてむしろ不気味さを増幅するだけだった。

 敵プレイヤーたちは、じりっ、と無意識に一歩後ずさってしまう。


「くっ……」

「おい! 魔法を止めてくれ!」

「このままじゃ同士討ちになる!」

「うるせー! 俺の為に死んでくれ!」

「お前らの死は無駄にはしない!」

「そこは『俺ごと撃て!』って言うとこだろ?」

「誰が言うか!」


 敵の仲間割れ、いや、もともと仲間でもない間柄に発生した不和により、近接プレイヤーたちの動きが鈍る。

 ソフィーがそれを見逃してやるはずもなく、彼女は爆撃を引き連れながら敵陣に突入する。


「それー! どっかーんっ!」

「こっち来るんじゃねー!」

「敵の押し付けは迷惑行為ですよ!」

「うん! 全部敵だもん! ただの漁夫ぎょふの利だよね!」


 まるでわざとモンスターの群れを誘導して他人に押し付けるかの如く、ソフィーは自分に向いた敵愾心ヘイトを目の前の相手になすりつける。

 彼女を狙った爆撃は再び第三者のプレイヤーに向けて降り注ぎ、自分はただ走り抜けるだけでどんどん戦果を挙げていく。


「おっ! 今度はトドメもらっちゃった!」


《いい感じだね。魔法で弱った敵を通常攻撃だけで狩り取れれば、<次元斬撃>を使う必要もない。あれは、けっこう消費が激しいからね》


「もしかして、抑えた方が良い……? お金、いっぱい掛かるかな……?」


《それは気にしなくていいよ。そこを何とかするのが僕の仕事だ。まあ、使い過ぎるとソフィーさんのお給料は減るかもね?》


「がーん!! で、でも、そこを気にして節約してたら私じゃないもん! ハルさん、私やるよ! どんどんじゃんじゃんって!」


《その意気だね》


 スキルの発動にはHPやMPのコストが掛かり、<次元斬撃>は行動力スタミナも多大に消費する。

 強力な効果である反面、そこの消費も相応に重いスキルとなっていた。


 ただ、ハルとソフィーにとってそこは問題にならない。

 ハルはソフィーのサポートとして、彼女の消費したコストをお金で解決する。そしてソフィーはその活躍によって視聴者を魅せ、消費したお金を稼ぐのだ。


 ソフィーの人気度は今やハル自身である『ローズ』や、『魔王ケイオス』などにも肩を並べるクラスであり、その収益もかなりのもの。

 消費が多いとはいっても所詮しょせんは個人の回復行動のみ。その収支は、完全にプラスで安定していた。


《……なんかもう、最近は感覚が麻痺してきたし。『天国の門』に流し込んだ額のことを考えれば、このくらい誤差だよね》

《危ない! その考えは危険だよハルさん! でも、気持ちは分かるなぁ。もの凄かったんだよね?》

《うん。このゲームの優勝賞金より多い額が、一瞬で飲まれた》

《わぁーお……》


 ハルの、『ローズ』の使う巨額の課金から比べればソフィーの回復などかわいいもの。そこは窮屈な思いをさせないで戦わせてあげたい。

 とはいえ、彼女のプロデュース自体は他の計画から完全に独立したもの。この件に関しては、ハルの個人資産ポケットマネーで賄える範囲で収めたいと思っている二人であった。





「前衛が怯んじゃったね! ここで、後衛の魔術師に突撃だー!」


 自らを囮、いや『爆撃マーカー』として魔法の雨を誘導し、それに近接プレイヤーを巻き込んでゆくソフィー。それでいて、彼女自身には一切魔法が命中しない。

 それでは単なるやられ損だ。当然、近接戦闘を主体とするプレイヤーたちの戦闘意欲は地の底まで落ちて行く。


 ソフィーと相対あいたいする者の数は急激に減ってゆき、その隙を見逃さぬ彼女は包囲網を一気に突破した。

 路地から民家の屋根へと身軽に飛び乗って、その上から魔法を打ち込んできた<魔法使い>へと一気に詰める。


「包囲陣形崩れちゃったね! もうおしまいかな? 各個撃破かな?」

「ひぃっ……」


 笑顔のまま、屋根の上でも衰えない華麗なステップで迫るソフィー。

 その戦場にそぐわぬある種の狂気に、一人狙われた術師はつい対応が遅れる。


 援護をすべき他の<魔法使い>の攻撃も、先ほどのようには届かない。包囲していた外周にソフィーが到達してしまったためだ。

 単純に反対側からの距離は二倍となり、それだけ届く魔法攻撃も減っていく。


 加えて彼らは近接職のようにソフィーの刀を防御するすべを持たず、踏み込まれれば一刀の下に切り捨てられるのだった。


「ひとーつ!」


 その身の周囲を飛び回る<次元斬撃>の飛翔剣によって反撃の魔法を叩き落し、本体のソフィーが術者を両断する。


「ふたーつ!」


 すぐさまソフィーはその身をひるがえし、次の術者へ飛び込んで行く。

 二択で選ばれなかった逆側の敵は幸運だ。ソフィーが包囲の円をぐるりと一周し、自分の所へ到達するのは最後になるのだから。


「みーっつ!」


 いや、むしろ不幸なのだろうか? 一歩一歩、屋根の上をステップで迫りくる死神の姿に、最後まで恐怖していなければならないのだから。


「よーっつ! ……およよ?」


 そうして包囲網の円を一人ずつ食い破っていたソフィーの快進撃が、四人目の撃破で止まる。

 展開していた<魔法使い>や<召喚士>たちは屋根から降りて、街の中央広場のような場所へと集結していっていた。


 再び飛んでくる魔法の嵐に、ひとまずソフィーは追撃の手を止める。

 余裕の表情で<次元斬撃>を展開し魔法を撃ち落とすが、無理に追撃はしないようだ。


「陣形を変えるみたいだね!」


《そうだね。ここは屋根から降りようかソフィーさん。下に待ち伏せは居なさそうだけど、一応注意して》


「うんっ!」


 民家ごとその屋根に乗るソフィーを焼き尽くそうと、広場から魔法が次々と飛んでくる。

 包囲の時と違って直線状に複合された魔法の数々は、正面から対処するのはなかなか厄介だ。<次元斬撃>でも全ては撃ち落とせない。


 路地に降りたソフィーだが、それでも構わずに彼女の元に魔法が降り注いで来た。

 その一部は、民家を砕きながらその破片ごと強引に彼女に迫る。


「わわっ! 大変だハルさん! 家が大変なことに!」


《……んー、まあここの人たちは覚悟の上みたいだから》


 この国を挙げた武術大会において、会場となる街が破壊されるのは既定路線として織り込み済みの被害らしい。

 被害には国から援助が出るのだろう、住人達も文句なく従っているようだ。


「でも、やっぱりあんまり壊しちゃうのはよくないよね!」


《まあ、公共工事がはかどるとはいえ、家を焼きだされる人が増えすぎたら可哀そうだしね》


「だよね!」


《このままでいると、放送を目印にソフィーさんだけが狙い撃ちになるという問題もある》


「こまるね!」


 この街の参加者全てがソフィーの敵だ。今は近接職の者たちは攻撃を止め、ソフィーに近づこうとはしない。

 なすりつける相手が居なくなったその攻撃は、ソフィー自身が全て受けることになっていた。


 ここでソフィーの取る対策の定石セオリーとしては、一度引いて身を隠し、今度はこちらがゲリラ的に奇襲するのが良いだろう。

 しかし、生放送をしている以上それは無意味だ。


「よし、突っ込もう! 前進だ!」


 ゆえに、ソフィーの取る手段は一つしかない。集合した魔術師部隊を、真っ向から食い破る。


 ソフィーは魔法の爆撃を潜り抜けながら、一直線に広場へと向かう。

 その広場に通じる大通りにソフィーが出た瞬間、通りを埋めつくすような巨大な魔法の渦が通り抜けた。完璧なタイミング。

 腐ってもこの大会に参加するプレイヤー。力を合わせれば、この規模の大魔法も発動が可能らしい。


「うわあああああ! びっくしたーっ!!」


 だがそのホームに滑り込む列車のごとく、回避不可と思われた魔法の突進をソフィーは紙一重かみひとえで避け切っていた。

 彼女の姿が現れたのは通りの上、はるか上空。魔法の渦を完全に飛び越えるように、空高く舞い上がるその小柄な姿。


 まるで最強の身体能力を持つローズのようなジャンプ力に見えるが、実は一歩でそこへ至った訳ではない。

 彼女はその身の周囲に一瞬で展開する<次元斬撃>の刀を足場に、空中を階段のように“駆け上がった”のだ。


 そうしてソフィーは、集合した魔術師部隊と対面する。

 その彼らの前には、それを守るように展開した近接プレイヤーの姿があった。

 どうやら同士討ちは止め、共通の敵を倒すためにこの場は完全に団結したようである。

※誤字修正を行いました。(2023/4/3)


 追加の修正を行いました。(2023/5/30)

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