第815話 眠り姫と、そのお世話係
ソフィーがログアウトし、即時ログインし直して宿屋に戻った頃、ちょうどいい具合に武術大会の開始時間となった。
彼女は安宿の中で簡単に装備品を整えると、意気揚々と宿から出ていこうとしている。
ちなみに、これは今回に限った話ではなく割といつものことだ。
ソフィーは宿を単純にセーブ地点としてしか扱わず、室内への滞在時間はほとんどゼロに等しい。大抵、常にどこか狩りに出かけているのであった。
「うん! よし! ……あっ、しまった! 大会へのエントリーって、どーするんだろう!」
《大丈夫だよ。僕がやっておいたから。それでさっきも言ったけど、開始時間に街の中に居さえすれば自動的に参加とみなされる》
「そっか! よかった! いつもありがとう、ハルさん!」
《要介護アイドルやなぁ》
《やっぱりプロデューサーは必要》
《介護とか言うな!》
《でも実際、体のお世話もしてもらってる》
《か、体のお世話……》
《ゴクリ……》
《言っちゃえば寝たきりだからね》
《羨ましい!》
《じゃあハルさんと代わるか?》
《死ぬぞ定期》
《いや、ソフィーちゃん代わってくれ》
《お世話されたい!》
《それはそれで死ぬぞ(笑)》
《二十四時間戦えるか?》
実際にソフィーの『体のお世話』をしているハルにとっては、なんとも答えにくい話題だ。
まあ、ハルは神様と違って嘘がつき放題なので、その辺りはどうとでもなるのだが。
《えっちな話題だ! ハルさん、混ざってもいい!?》
《……やめときなさいソフィーちゃん。一応アイドルのような売り出し方をしているからね、君は》
《えっちは、いかんか!》
《いかんね。いや、少しくらいはいいけど、自分自身の話題には触れないでおこう》
《わかった! ……でも、ハルさんはいわばお医者さんでしょ? 私のはだかを、いつもじっくり見てるって言っても大丈夫じゃない?》
《そうやって僕に飛び火するからダメなんだってば!》
そこでダメージを受けるのは九割がたハルである。勘弁していただきたい。
出会った当時からけっこう猥談の好きなソフィーであった。そんな彼女に付きっ切りでお世話していると、ハルが苦労することも多い。
《このまえ起きた時も、なんだかお尻がおっきくなってたし! これはハルさんの趣味に違いないみたいな話したい!》
《やめなさい! 誰がそんなこと吹き込んだのさ!》
《ルナさん! ルナさんも、ハルさんにお尻おっきくしてもらったって!》
《やっぱりか!》
女三人寄れば、猥談が始まるのである。ハルの周りの女の子たちは、最近容赦がない。
ゲーム中では皆『お嬢様』を演じているので大人しいため、最近では無意識にゲーム時間を増やしがちなハルだった。
《……言いにくいけど、ソフィーさんの場合は太っただけだね》
《がーんっ!! 手足が治ったら、ダイエットしなきゃなぁ……》
《あまり気にしないように。今ソフィーさんの体は、再生の為にエネルギーを溜め込む必要があるからね。自然とそうなる》
《そっか! ぽっちゃりは、罪じゃないんだね! ……うーん、でも、動きにくいのはやっぱり困るかも!》
いずれ手足が完全に再生したら、リハビリに留まらず、再び現実でも刀を握る気まんまんなソフィーだ。
そうして運動に明け暮れていれば、今は多少付きすぎているお肉も勝手にすぐ落ちるだろう。
《でもそうすると、お胸も前より痩せちゃうかな? 機械の手足の時は、なんだかんだ言っても運動は機械任せだったもんね》
《んー、まあその辺は、僕がまた引き続きサポート出来るよ。ルナの話じゃないけど、体形は割と柔軟に維持しておける》
《そうなんだ! そういえば、ハルさんも強くて怪力なのに細いもんね!》
そういうことだ。これからソフィーに教えていく予定なのは、機械の体に勝る身体操作術。
機械技術ではなく、エーテル技術の力により機械の出力をも超える運動性能を発揮する。
それはハルも己の身で常に実現しており、事実その力でかつてサイボーグであった当時のソフィーを圧倒したこともあった。
そんなハルの姿は割と線の細いものであり、怪力と俊足を誇る鋼の肉体にはまるで見えない。
これは体内のエーテルにより筋力を増幅しているからであり、そこに必要以上に筋肉量を増やさずとも良い理由があった。
《だからソフィーさんも、女の子らしい体形を維持したまま強くなれるよ。そう心配する必要はないさ》
《うん! わかった! つまりハルさんはやっぱり抱き心地のいい、ふっくらぼでーが好きなんだね!》
《今の話で何故そうなった!!》
《えへへー》
……やはり、ハルの周りの女の子たちは一筋縄ではいかない子が多い。それは、このソフィーも、また例には漏れないようなのだった。
◇
《……ほら、もう本当に始まるよソフィーさん》
「うん! がんばってこー! あっ、でも、何処行けばいいんだろ?」
《特に、考える必要はないさ。宿を出たら適当に道なり》
「そっか!」
ハルがソフィーにやり込められている間にも、着々と時間は過ぎる。
ついに本当の開始時間が訪れ、ソフィーの手元には開催を告げるウィンドウパネルが強制表示されていた。
鮮やかに明滅するそのウィンドウに『お~~』と気の抜けた感想を漏らしつつ、ソフィーはご機嫌に宿から踏み出す。
ちなみに、この瞬間から例え宿屋の中であっても安全は一切保証されなくなる。
街の元々の住人は時間までに避難を完了しており、この街全体が安全地帯ゼロのバトルフィールドと化すのであった。
……それで、建物がすぐ建て直せる木製なのだろうか? 大会で破壊されること前提とは恐れ入った。
「よーし! いっくぞー!」
そうして彼女が元気よく、ばしーん、と両手で勢いよく入口の扉を開くと、その瞬間に宿屋の両脇からソフィーに向けて飛び込んで来る影があるのだった。
「覚悟おぁぁ!」
「キエエエエエエィ!」
「およ?」
彼らはどうやら二人とも剣士。戦いの鐘と共に始まった第一戦目、それはギリギリで戻ってきたソフィー狙いの奇襲から始まったのだ。
位置が割れている、油断している、強敵である。それら要素の揃ったソフィーは、まさに狙い目。
ここでソフィーが脱落すれば、この予選グループは大幅に有利に戦えることとなる。
「おー! 元気いっぱいだね! 私もやるぞー!」
だが、彼らに誤算があったとするならば、ソフィーはその程度の奇襲でどうこうできるレベルの実力ではない、ということか。
「ほいっ! 戦闘開始だね!」
「なっ、こいついつの間に剣を!?」
「油断しまくってたはずなのに!」
「読まれてたのか!?」
「いや配信は切ってたはず……」
そう、彼らはこの奇襲の為に、自らの活躍を映す生放送を停止していた。逆にソフィーは、常にファンとの交流用に放送を続けているので、その位置と行動はバレバレである。
だがそんな両者の情報格差をものともしない実力差が、ソフィーとの間には存在した。
彼女は扉の陰から不意に飛び込んで来る二つの凶刃の軌道を“捉えた後で”、腰の刀を余裕で抜き放ちその上に重ねて置いたのだ。
「大会、がんばろうね! 楽しんでいこー、おーっ!」
「くっ……」
《流石はソフィーちゃん!》
《一瞬で場の空気を支配した》
《今の、見えた?》
《フッ、俺は見逃さなくなかった……》
《見逃してんじゃーん》
《ヤバいと思った時にはもう防いでいた》
《不意打ちとは卑怯な奴らめ!》
《まあそう言ってやるな》
《彼らは配信まで犠牲にしたんだ》
《ああ、何も得る物なく一回戦敗退するんだ……》
《あわれ》
《そうだね。その判断も、この大会において重要な戦略となるだろう。生放送すれば位置がバレてしまうけど、しなければ何の応援も得られない》
ハルが解説すると、視聴者たちも口々にそれに同意する。
このゲームの肝となる生放送、そしてその視聴者からの応援。大規模な大会の盛り上がりは、ステータス増加の絶好の機会。
しかしそれは自身の現在地をライバルに知らせることに他ならず、それは非常に勇気のいる行動となっていた。
「放送を点けよう! 待っててあげる!」
「くそっ、余裕かましてんじゃねぇぞっ……!」
「そもそも、いきなり俺が配信つけたところで誰が見るんだよ!」
「言うな! 悲しくなる!」
「それに、今この街で配信するヤツなんかアンタだけだぜ?」
「……およ? ハルさん?」
《そうみたいだね。この予選エリアの範囲内で、放送してるプレイヤーはソフィーさん以外ほとんど居なさそうだ》
「そうなんだ。もったいないね!」
《全員奇襲狙いってこと?》
《陰険な奴ら!》
《全員でソフィーちゃん倒そうとしてる?》
《だろうね。真っ先に最大のライバルを落とそうと》
《だがそれは悪手》
《烏合の衆で、勝てると思うな!》
《まあ、戦術としては正しいかもね、一応》
《ハルさんセンサーを封じされるからね》
《プロデューサーアイ、神眼のハル!》
《……別に、僕は人の放送を逐一チェックして位置を把握してる訳じゃないよ。そういうのも出来ない訳じゃないけど》
「やっぱりな!」
「知ってんだ、例のお嬢様で、そういうこと出来るってことを!」
「お宅のマネージャーも同じ金持ちなんだろ?」
「その目は潰させてもらう!」
「……んー、そんなことより、きちんと放送して楽しくやった方が良いと思うんだけどな!」
「その手には乗らん!」
別に、ソフィーは誘導でも煽りでもなく、本気で相手の心配をしている。
もしここで負ければ、その戦いの軌跡は誰からも評価されることなく、そのプレイヤーの大会はそこで終了してしまうからだ。
……まあ、そもそもこの戦い方は、評価に値する褒められた方法ではないかも知れないが。
「……わかった! じゃあこのまま戦おうね!」
「チッ、来るぞ構えろ、」
「<次元斬撃>! とうっ!」
相手の放送開始を待っていたソフィーだが、その気配が無いようなので仕方なさそうに攻撃を開始する。
彼女の<次元斬撃>は、周囲を取り囲んでいた数人のプレイヤーを一斉に引き裂いた。まるで、これが本当の奇襲、死角からの一撃であると教育するかのように。
ソフィーに武器を向け構えていた彼らは、突如空中に転移してきた複数の刀に一切対処できず、一瞬で戦闘不能になってしまう。
この大会では、一度死ねばそこで脱落。普段のように、デスペナルティを受けつつ再戦という対応は不可能だ。
「うん! 絶好調! このままどんどん殺っていこー!」
《注意してねソフィーさん。この一回戦、どうやら街ぐるみで君の敵になるようだ。彼ら以外にも、そこかしこに参加者が潜んでいる》
「おお! そうなんだ!? 例えばどこかな!」
《正面の路地、右側の民家の壁の裏。そこに二人潜んでいるね》
「そこかー! よーし、吹っ飛ばせー、<次元斬撃>!」
「ひぃっ!?」
「なんでバレた! 配信はしてないはずなのに!」
《舐めてもらっては困るね。周囲環境の観察、気配の察知、心情の看破。それは元々、僕の得意技だ》
何もそれは、<神眼>のようなスキルを使ったものに限らない。
異世界ではそれが便利なのでそちらに頼り切りなハルであったが、元々ハルは他のゲームにおいてもそうした洞察眼で勝ち上がってきたのだ。
そんなハルにサポートされたソフィーの快進撃、その無双が、始まるのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/4/2)
追加の修正を行いました。(2023/5/30)




