第814話 もう一方の協力者
ハルは視点を一度ソフィーのサポートに集中し、“彼女と会話している方のハル”の強度を上げる。
今は“ローズを演じている方のハル”とこちらが繋がってしまったので、また妙なうっかりが出ないよう警戒を強化する意味も含め、少し集中していかねばならない。
《ソフィーさん。もうじき大会のスタート時間になるけど。本当に大丈夫かな?》
「うん! 絶好調だよハルさん! いや、ハルP!」
《……言い直さないでよろしい。そしてはるぴーはやめい》
「わかった! プロデューサー!」
《はるぴーは今日もかわいい》
《もうはるぴーでよくない?》
《ソフィーちゃんはるぴーの言うことは聞かなきゃ》
《遅れたら大変だよ》
《まあ、一瞬でログアウトして戻れるし》
《街に居ればオーケーなんだよね、はるぴー?》
《はるぴー》
《君たちね……》
これではハルの呼び名がいずれ『はるぴー』で定着してしまう。それは絶対に避けねばならない。
ソフィーは何故だか『プロデューサー』という響きを気に入っており、その意味で『P』を付けて呼びたがる。
その響きの面白さがこちらの視聴者たちにも浸透し、ハルは彼らにからかわれてしまっているのだった。
ハルを知る者の絶対数は今が一番多い可能性もあり、その数の力によって多数決での定着を許すことはどうにも避けたい思いのハルである。
《……僕のことはいい。でも、本当に体調には気を付けようね。既にもう二十時間以上の連続放送してるんだから》
「はーいっ! 大丈夫大丈夫っ! ハルさんがバイタルチェックしてくれてるもん!」
《それでもね。数値は見えるけど、君が感じるわずかな違和感まで分かる訳じゃない。気分が悪い気がしたら言うんだよ。最悪ログインを遮断されることもある》
「うわ! 本当なの!? う~、それは困るなぁ、まだまだまだ行けるのに!」
プレイ中、肉体は完全に意識不明となるフルダイブゲーム。その仕様上、体調不良に対しシステムは非常に厳しい。
疲労、空腹などの生理状態が悪化すると、容赦なく警報が鳴り最終的には強制ログアウトさせられる。
健康優良児であり、今は医療ポッドに入って万全の体制のソフィーであっても、本当に無限にプレイし続けることは不可能だった。
武術大会に悪影響が出ないように、彼女のサポートのハルは細心の注意をはらって健康情報をチェックする。
ハルは今、ソフィーの命そのものを預かっている状態なのだ。
《だって退屈だもん! ログアウトしても、まだ体動かせないしぃ……》
《そうだね。窮屈な思いをさせてごめんね、ソフィーさん》
《あ! んーん! 文句じゃないよ! 治療は私が頼んだんだもん!》
《……こらこら。頭をぶんぶん振らないの》
《しまった!》
ハルを責めてしまっている形になったと思ったのか、自分の言葉を否定するためにソフィーは、ぶるぶる、と激しく左右に頭を振る。
会話は脳内の非公開のものだが、表情と態度がとても素直な彼女だ。
何かをハルと会話しているということは、簡単に周囲に伝わってしまっていた。
《まーた裏でイチャイチャしてるー》
《何か怒られたかな?》
《ソフィーちゃんは可愛いなぁ》
《ハルさん羨ましいぞ》
《そこ代われ!》
《そうだ! ソフィーちゃん立場代われ!》
《そっちかーいっ!》
《私もハルさんにお世話されたい》
《……バイタル全部さらけだすんだぞ?》
《良い!》
《重症ですね》
《真面目に、言うほどハルさん役やりたいか?》
《二十四時間勤務じゃ効かないぞ?》
《……え、遠慮しとこうかな》
《本当、不眠不休コンビだよなぁ》
《ハルさんの方がヤバイまである》
ソフィーは今、生活のほとんどの時間をこのゲームの攻略に掛けている。
それは、何も賞金を得るため、そしてひいてはこの大会で目立ちプロプレイヤーとしての一歩を踏み出す為だけではない。
単純に、他にやることがないのだ。
彼女の体は今、大規模な再生治療の最中である。ハルたちにしては珍しく、医療用ポッドを本当に『医療用』として活用していた。
これは、実はゲーム機ではないのだ。驚くべきことに。
意識のない人間、体を動かせない人間を、健康状態を保ったまま治療する為の装置なのだった。
《やっぱり、けっこう時間かかるんだね。もっとこう、ずびゃぁ! っとアニメみたいに腕が生えてくるのかと思った!》
《……まあ、不可能ではないんだけど》
《そうなの!?》
《うん。でもソフィーさんの場合は、今までずっとサイボーグボディだったからね。そことの感覚の違いを調整しながら治さないとだから》
《体に叩き込むんだね! 文字どおり!》
《そういうことだね》
ソフィーと、その実家は『機械化剣術』の流派のようなものを営んでおり、彼女自身も体の機械化を行っていた。
両手足はもう完全なサイボーグであり、それを使って人間を超えた駆動が可能であった。
しかし、ハルとの出会いによりエーテル技術に更なる可能性を見出したソフィーは、その失った手足の再生を決意するに至った。
ハルはそんな彼女をサポートし、意識の一部を付きっ切りでそちらに回し、ついでにプロデューサー業も行っている。
これが、現在ハルが意識拡張を行っていない理由の一つでもあった。
視聴者たちも言っていたが、ソフィーはとにかく休まない。彼女のサポートも、なかなかに大変なお仕事だ。
「よし! 私が元気いっぱいなところ見せるぞー。大会始まるまでに、このダンジョン攻略してやるぞー!」
《やれやれ。大会中にバテたって知らないからねソフィーさん。まあ、頑張って行こうか》
「うん! がんばる!」
そんなソフィーは、現実で動かない体の代わりにするかのように、元気いっぱいにこの架空の体ではしゃぎまわるのだった。
◇
「<次元……、斬撃>……ぃっ! てりゃりゃーっ!」
ソフィーがスキルを発動すると、迫りくるモンスターの群れの目の前に、突然宙を舞う刀の群れが出現する。
モンスターにとっては降って沸いた危機であり、突進の勢いにはブレーキが効かない。
そうして驚愕のうちに、彼らは四肢を切り刻まれ、細切れになって地に伏した。
ソフィーはといえば、隙の無い美しい構えをとったまま、ゆったりとその中心から一歩も動いていなかった。
「うーん絶好調! でも、本体が動かなくっても済んじゃうから、不完全燃焼だね! ぶー、ぶー」
《もうこの辺りの敵じゃ相手にならないね。大会を期待しようか》
「うん! 強い人、たっくさん出るもんね!」
このユニークスキル、<次元斬撃>もあって、ソフィーは一人でダンジョンに挑んでいるにも関わらず、複数人以上の成果を上げている。
当然、それによる経験値の増加も絶好調で、大会前の最後の追い込みは好調だ。
しかし、ソフィーがこのスキルを得たのは実はごく最近のことだった。
《……そのスキル、操作する感覚ってどんな感じなの? 刀を飛行機操縦みたいに操る感じ?》
「うーん、ちょっと違うんだよハルさん! なんて言ーんだろ? ちょっと離れたところに、見えない自分の腕がある感じ?」
《へえ……》
「その腕が、あの出てきた刀を握ってる感覚があって、そいつが振って敵をぶっ殺すんだよ!」
《こーら。『ぶっ殺す』なんて言ってたらお仕事取れないぞソフィーさん》
「あっ!! まだ見ぬスポンサーの方々、申し訳!」
《いいや、広告付けちゃう!》
《ぶっ殺すくらいなんだ!》
《こちとらぶっ殺されちゃうぞ!》
《ぶっころせー!》
《なに言ってもかわいい!》
《甘やかしすぎ(笑)》
《だって可愛いんだもんなぁ》
《でもそんな特殊な感覚よく順応できるね》
《そうそう。流石はソフィーちゃん》
《しかも後ろのモンスターにまで》
《腕だけじゃなく目も出て来ちゃう?》
「んーん、違うよ? 後ろは、ハルさんの言う通りに剣を振ってるだけなんだよ!」
《スイカ割り状態だね。もちろん、ソフィーさんの心眼あっての精度だ》
自然すぎる超越技巧の実践に、視聴者たちはただただ感心しきるばかり。
このほんわかした雰囲気に忘れがちだが、ソフィーは祖父から受け継いだ達人級の剣術の腕前を持っている。
それをもってすれば、彼女は例え目を瞑っていても気配のみで敵を切り伏せることが可能。いわゆる、『リアルスキル』という奴だ。
その鋭敏な感覚に全方位の遠隔攻撃が合わさり、簡単なハルの指示だけで彼女は無双状態に到達していた。
「でも不思議なんだー。同じ<次元斬撃>でも、あっちとは随分違う。いや、違うのにおんなじ名前なのが不思議、って言うべきかなぁ?」
《向こうってどんなだったの?》
《見えない斬撃を飛ばすやつ》
《ちょっと違う。前方の空間を切り裂いて攻撃する》
《ほえー……》
《そっちの方が強そう》
《分からんぞ? 器用さはこっちが上だ》
《確かに、あっちは直線攻撃だしね》
《魔力ごと切り裂けるって利点はあったが》
《こっちは魔力の扱いが単純だしね》
《それに関してはハルさんがヤバかった》
「うんうん! すっごいの! 空間を斬ることに関しては、私の完全上位互換だったんだよ!」
《いや、上位互換とは少し違うよ。僕の神剣は、結果的に空間が切り裂かれるけど、ソフィーさんのスキルはそもそもの原因として空間に断裂を起こす。これは唯一無二のものだね》
「わかんない!」
《あはは。まあ、別に分からなくても問題はないさ》
こちらでは『ローズ』ではなくハルは『ハル』なので、自然と“向こう”の話も出てくることはある。
確かにそこで気になるのは、ソフィーの身に芽生えたスキルの差異だ。
当然ながらゲームが違うので、同じスキルが出るはずもないのだが、それでも関連性が感じられるのは不思議なことだ。
恐らくは、プレイヤーの才能に関連したスキルを作り上げるシステム、何処かの神様が作り出したそれが流用されているのだろう。
《……もしかして、私が手足を再生してるから、それが影響してるのかな?》
《かも知れないね。ただ、決め手にはならないかな。同じ空間系というところは共通してるし》
《むむーっ。そもそも何で、私は空間系なんだろ。私の才能は『次元』じゃなくて、『斬撃』の方だと思ってたよぉー》
《僕も分からないや。その辺、リコリスに聞ければいいんだけどね》
《この国の神様が、スキルの担当なんだよね! よーし、頑張って聞き出すぞー!》
今はこのソフィーにも、ハルたちの特殊な事情も少しずつ伝えていっている。
彼女も張り切って、ハルの目的に協力してくれると意気込んでいる。ありがたいことだ。
……とても素直な女の子なので、不意に秘密の内容を口走ってしまわないように重々注意しておく必要はあるけれど。
あくまで秘密のままゲームを遊ばせてあげることも出来るには出来たが、『手足の完全再生』という現代技術で考えても明らかな離れ業をその身に施している以上、伝えておいた方が無難だとハルたちは判断した。
シルフィードと同様、日本におけるハルたちの協力者だ。
今はお互いにゲームが忙しいが、たまにその合間を縫って、ユキたちもソフィーのお見舞いに訪れたりしている。
《よーし! やっぱり私が優勝して、リコリスさんを引きずりだすぞぉ。ハルさん! 役に立って見せるからね!》
《ありがとうソフィーさん。頑張ってね》
《うんっ! ……あっ、でも、“あっちのハルさん”の邪魔になっちゃうか。むむーっ、でもわざと負けるのはなぁ!》
《気にしなくて大丈夫だよ。じゃんじゃん倒しちゃって?》
《わかった! 楽しそうだね、期待しておこう!》
《ワラビさんあたりが、ソフィーさんと気が合うかもね》
《ダンベルちゃんだ!》
彼女と同様に元気娘のワラビ。きっと二人は気が合うことだろう。振り回される周囲は、まあ大変になるだろうが。
そんなソフィーは宣言通り、お喋りをしながらも時間内にダンジョンの最深部まで駆け抜けていった。
たった一人で、中継地点に登録することすらせず、危なげなく一息で進撃して行く。
それによりログアウトすれば、セーブしてある街の宿までひとっ飛びで戻ることが適うのだった。ソフィーの実力あってこその荒業である。
「よーしっ、このボスをぶっ殺して帰宅だー! 先制の<次元斬撃>!!」
凶悪な力を誇るだろうダンジョンのボスモンスター。しかし、敵の悲劇は単体で、小型であったことだ。
ソフィーの<次元斬撃>によって現れた刀は、今度は全てがボスの周囲に出現し、一瞬でその体を包囲する。
その突如現れては消える反則じみた不可避の攻撃。それに対応できるはずもなく、ボスは大会開始前にきっちりと、そして一方的に処理されてしまうのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/30)




