第813話 自らの作り上げた怪物が立ちはだかる
しばらく車窓から流れる景色と、女の子同士の華々しいお喋りを楽しんだハルたちは、ほどなく国境沿いの街へとたどり着いた。
話にも出たとおり、この時代では列車における地上旅行などは廃れて久しい。視聴者も、それだけでなかなか楽しんでくれたようだ。
「警備お疲れ様アベル。悪いね一人だけ」
「いえ、これが騎士の務めですから」
「そうかい? それで、どうだった? 列車での移動は」
「これは、なかなか良い輸送手段ですね。ただ、オレの世界ではレールの設置と維持が難しそうです」
「そうか。なかなか難しいものだね」
「街の外には、魔物も出ますから」
特に維持が大変ということだろう。異世界では街と街の間に人の居住はほぼあらず、どうしてもその中間地点に行くほどメンテナンスがおろそかになる。
魔物については神様の自作自演なので、レールを襲わないようにプログラムすれば問題はないが、それもそれで不自然かも知れない。
推進機構についても問題だ。アベルの住む異世界では、こちらのように<召喚魔法>は存在しない。
よって魔法の得意な術者が自ら推進力となるか、魔道具を使うこととなる。
前者は優秀な人員の確保が問題となり、後者はやはりメンテナンスが問題となるだろう。
魔道具の発するエネルギーを車輪の回転エネルギーに変換する装置、タービンのような機械駆動を設計できる者はプレイヤーでも限られる。
《ハルさんに頼もう》
《何でもかんでもハルさん任せはよくない》
《しかもハルさんは国が違うでしょ》
《アベル様とは因縁もあるし》
《良く分からんけど、誰?》
《ソフィーちゃんのジャーマネ》
《プロデューサーだ! 間違えるな!》
《そんなに重要なのかよ(笑)》
《つまり敵だな!?》
《むしろ敵じゃなくてよかった》
《たまに名前聞くよね》
《有名人だ》
本人である。大変申し訳ない。
「……まあ、今は大きな輸送は『戦艦』を使わせていただいてますので。それで十分に賄えている状態です。贅沢は言えません」
「そうなんだ。そんなのもあるんだね」
もちろん知っている。艦長のモノもハルの配下なので、実質的にその戦艦、空飛ぶ円盤状の飛行要塞も管理しているのはハルだった。
そんな、ハルの本体の話から離れるように、アベルはこの場で別行動を告げてくる。
「では、主様。オレはここで」
「ああ、頑張ってねアベル。応援しているよ」
「ご期待に沿えるよう、全霊を尽くします。あちらの二人のことも、お任せを」
「ああ……、その、なんだ、リメルダさんは……」
「ですね……、あまり無理をさせないよう、オレから言っておきます……」
アベルと二人で視線を走ってきたレールの方へと向けると、そこには既に余裕でゴールしていたワラビと、たった今遅れて、ヘトヘトになりながら到着したリメルダの姿が確認できた。
既に超重量の枷を『装着』完了したワラビが、へたり込んだリメルダにも即座に同じ枷をはめようとして恐怖されている。
ハルは乾いた笑いを漏らしつつも二人に近寄り、彼女らの労を労うことにした。
「お疲れ様、ワラビさん、リメルダさん。頑張ったね」
「は、はい……、頑張りました、死ぬほど……」
「うん! この程度、なんてことなかったよローズちゃん!」
真逆の意見が返って来るのは、まあ予想通り。ハルはひとまず、文字通り死ぬほど疲労しているリメルダを労わって、拘束を施そうとしているワラビを制止することにした。
限界を越えるのが当然のワラビに対し、リメルダの方はこれ以上の負荷は精神的にも持たないだろう。
「枷はいいよワラビさん。リメルダ、今は休んでおくといい」
「ありがとう、ございます。その、走っている最中も、ローズ様は回復を施してくれていたのですよね?」
「気付いていたか」
「はい。本来の私であれば、道半ばで力尽きていたでしょうから……」
「まあ、この国で君を逃がす訳にもいかないからね」
「……危うくこの世からも逃げてしまうところでした」
彼女の察した通り、ハルは走行中にリメルダに対してこっそりと回復薬を投与したりと支援していた。
そうしなければ、途中で完全に体力が尽きていたことだろう。
なんだかもう不憫すぎるのでそのまま逃がしてしまってもいいかとも思ったハルだが、そういう訳にもいかない。完走できるように、影ながら応援していた。
「それに今回は、武術大会だ。重い枷をしたままでは、実力を発揮できないだろう」
「……しかし、私は虜囚の身。そういう訳にも」
「じゃあ、これをしていてくれればそれでいいよ。なるべく、外さないようにね」
「はい……! 決して、外しません! 信頼を裏切るような真似はいたしません!」
「なるべくでいいって」
ハルはそう言って彼女に、首輪型の装備を装着する。
リメルダは決意の表情と共にその首輪を何度も指で確認すると、ワラビに手を引かれて街の雑踏へと紛れて行った。
「なあなあ。あの首輪って追跡機能の特殊効果とか付いてんのローズちゃん?」
「いいや? ただのアクセサリーだよミナミ」
「フッ……、飴と鞭というわけか、大した調教師だな……」
「うわ調教だって! ソロモンくんのえっちー!!」
「何がだ! その発想の方が変態じみてるだろう!」
「……オレも、もう行きますよ主? コイツら本当に、大丈夫です?」
そんな風に騒がしく合流した男性陣も加わって、ハルたちはアベルら参加者組を見送って行く。
ここからは、彼らの戦いを観戦するのがイベントのメインとなるのであろう。
*
ハルは再び使者に案内されて、この街の領主館のような建物に通された。
大会の開始時間まではまだ猶予があり、それまではくつろいで待っていてくれとのことだ。
現実ならば、その通りくつろいでいれば良いのだが、ここはゲーム。その時間は『休憩』というよりも『待機』の色が濃くなる。
言ってしまえば空白の時間であり、ここで本当にくつろいでしまっては視聴者の評価も得られないだろう。
「さて、どうしようかね? また開始時刻まで休憩にしてもいいんだけど……」
「そりゃないぜローズちゃんさ。この時間を使ってやることなどいくらでもあるっしょ! そう、注目選手の紹介とか!」
「……それはもう出発前にやっただろう。いいから休憩にしろ、カメラを切れ」
「やーだよぉ! 決めた、意地でも切ってやらないもんねぇ!」
「この……っ」
放送に顔を晒されている状態に慣れないソロモンを煽るがごとく、ミナミは生放送の続行を決めたようだ。
ミナミが放送するというならば、ハルも放送を止める意味はない。同様に、このまま継続する運びとなった。
「しかし、注目選手の紹介か。簡単な紹介はしたから、あとはそうだな、敵情視察か」
「そういうことよ! 相手の配信をここで見てやろうぜぇ」
「趣味の悪いことだ……」
「なんたってそれが俺のスキルだからなぁ!」
ミナミはいそいそと、客室の中に巨大なモニターを作り上げてゆく。
ハルがすることはなさそうなので、ルナたちと共にそのモニターが見やすい位置に女の子で集まることとした。
横長のソファーに、ハルを中心に並んで腰かける。視聴者たちは、モニターよりむしろその光景を見たがっていた。
「うっし準備完了っ! まずは誰から見る? やっぱここは優勝候補の、ソフィーちゃんから行くとすっかぁ!」
「……すごいですね、これは。遠見の魔法はありますが、こんなにくっきりと。しかも、他の街なのでしょう?」
「ご興味がおありですかぁ、ミントのお方。秘密を暴きたい相手が居ましたら、是非にわたくしめまでご一報を。お安くしておきますよぉ」
「はあ……、そうですね、考えておきます……」
ミナミのスキルを初めて見るテレサは、その力にずいぶんと興味を惹かれたようだ。
無理もない。このスキル、彼女のような政治家にこそ刺さる内容である。ミナミが<貴族>として出世していっているのも、そのおかげであった。
「……あまり過大評価しないようにねテレサ。こう見えて、制約の大きいスキルだから」
「そうなんですね。とりあえず、お世話になるときはローズさんに相談することにしますね」
「あっ! 汚ぁっ! それじゃ本当に、格安でやらなきゃなんないじゃん!」
「格安じゃあないぞミナミ。タダでやれ」
「はい……」
「クククッ! 言質は取ったな。<契約書>も書かせたらどうだローズ?」
「お前はなに笑ってるねんソロモンちゃんよぉ!」
そんな上下関係の厳しい貴族社会ジョークも交えつつ、ミナミはソフィーの放送にスキルの設定を合わせていく。
モニターに映し出されたソフィーは、開始時間直前であるというのに何処かのダンジョンにて狩りの真っ最中だった。
「《とりゃーーー! ……うん、絶好調! 最終調整もバッチリだよ! ん? だいじょびだいじょび。時間までにはちゃんと戻るよプロデューサー!》」
画面の中の彼女は街へと戻ろうとする気配を一切見せず、モンスターをなぎ倒しながらずんずんとダンジョンの奥へと向かって行っている。
それを心配する誰かと会話している様子はあるものの、その忠告に従う様子はゼロのようだった。
……まあ、その誰かというのは何を隠そうハル自身であるのだが。
ハルは並列して走らせている思考の一部を彼女のサポートに割り当てて、常時ソフィーの戦いの支援を行っていた。
要するに、敵の側にもハルが居るという状態だ。直接戦う訳ではないが、複雑な状況である。
ハルは意識の一部で彼女と会話しつつ、こちらでもその様子を見守っていく。
「まじかよ戻る気ゼロじゃん? これ、ワンチャン受付間に合わねぇ事あるくね?」
「浅はかだなミナミ。ある訳がないだろう。どうせ、ログアウトエスケープで開始地点に選んだ街まで飛んでいくに決まってる」
「ああ! ソロモン君がそれでハメられて詰んだやつな!」
「チッ……!」
早くもソロモンとミナミの掛け合いもお馴染みとなってきた。
ケイオスの時もそうだったが、こう見えて誰かと掛け合うのが得意なのではないだろうか? まあ、本人には不本意な話であろうけれど。
「……しかし、この話しているのは誰だ? こいつの視聴者、という訳ではなさそうだが」
「あー、それが例の『ハル』さんだろーな。二十四時間配信かますソフィーちゃんを、同じく二十四時間サポートする超人だ」
「なるほど。やっかいだな……」
「……そうだね。見えているのはソフィーさんだけだけど、実質、二人組を相手にすると思った方が良い。さっき僕がリメルダさんにやったみたいに、影から回復薬なんかが投入される」
「おっ? ローズちゃん詳しいの?」
「……いや、エメが言ってた」
「うえぇ!? わたしっすか!? そ、そっすね……、もちろん、ソフィー様についても解説できます……」
詳しいもなにも、自分のことである。何でも知っている。嘘のつけないエメに急に話を振ったのは悪いことをしてしまった。
「ソフィー様はいわゆる無限配信タイプでして、その体力は恐ろしいものがあります。これは噂では専用ポッドに体調管理を任せることでアラートを抑制しているらしく、その設備はどうやら件の『プロデューサー』の資金力によるものだとか……」
「ハルさんだね」
「……っす!」
自分に自分でさん付けするハルである。表情一つ動かさずにやっているが、内心恥ずかしさが爆発する思いだった。
「その資金力は設備だけでなく、各種アイテムの提供にまで及びます。スタミナは当然、HPMPのコストもそれにより無制限っす。加えて、戦略指揮を『プロデューサー』に任せきりにすることで、ご自身は目の前の敵を切ることだけに集中できるんすね」
「そんなソフィーさん自身の能力は?」
「はい! 当然のように彼女もユニークスキルを持ってるっすよ! しかもなんと転移系スキル! あっ、といっても遠距離までワープは出来ないっす。自分自身を飛ばすことも無理っすね。刀をお使いになるんすけど、その刀をばびゅんと敵の目の前まで飛ばして操れるんですね」
「スキル名はまた<次元斬撃>らしいよ」
「『また』って?」
「……いや、何か由来があるんだとか」
あちらのゲームでも同じ名前のスキルを持っていたソフィーだ。中身は少々違うが、これは偶然とは思えない。
そんなハルの自ら生んでしまった強敵を、ミナミたちと共にしばらく鑑賞する一行なのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




