第805話 無限のお小遣い
アイテムを全て手放す。仮に、この選択を取ったとしてもハルならば再起を図れる。しかし、その際に問題となるのはその時間だ。
いくらハルが手慣れた効率プレイをとったとしても、スキルに実行時間が設定されている以上は元の水準に戻すのにどうしても一定の時間が掛かる。
その間、様々な活動は全て滞ることとなる。それは個人的な活動だけではない。
領主としての貿易、ギルドを通しての契約。そういったハル個人の部分以外のところにも、大きな影響が行き迷惑をかけてしまうだろう。
「もし、<王>になるならその辺りの問題点も解決するのかも知れない。就任祝いとかのイベントで。しかし、<王>にならないなら払い損だ」
「《なればいいんじゃね?》」
「別になりたくてここに来た訳じゃないんだ。むしろ、強制されてるようで俄然成る気がなくなってきた」
「《そんな『勉強しなさい』って言われてやる気なくす小学生みてーな……》」
「くっそ、あの時、王城から回れ右で帰宅すればよかった」
「《そんな先生に捕まった高校生みてーな……》」
そんな気分にもなる。そもそも、ハルは王様のようなトップの役職に苦手意識がある。それが、強制的に成らされるのであればその嫌さ加減は推して知るべし。
この気分の悪さの根幹は、実のところまさに『勉強しろと言われた小学生』と大差ないという自覚はあるハルだった。
その感情の起源は、ハルの生まれそのものにまで遡る。
存在を定義づけられた時点で、管理者として、いわばエーテルネットの<王>として君臨することを運命づけられていたハルだ。
いや、王などと言うのは聞こえが良すぎる。もっとはっきり言ってしまえば、最高権力の指揮棒を無理矢理に振るわされている拒否権の無い奴隷だった。
ただひたすら最重要書類に判を押すだけの無為な日々、そこに、何の楽しみが存在しよう。
今の状況は、そんな過去の自分を思い起こさせるものだった。
「《まあ、私はどっちでもいーんだけどな。別にどーしても、お兄ちゃんを<王>にさせたい訳でなし》」
「君に『任命ボーナス』みたいな物はないの?」
「《ねーってば……、『勧誘ノルマ』じゃあるめーし……》」
「そっか。特殊職にする人材を、六人で取りあってるのかと思った」
「《しいて言ーなら、この隠しイベントが発生した時点でもう仕事は終了かなぁ》」
なるほど、それは確かにそんな雰囲気があるとハルも思う。
カゲツもコスモスも、ハルが<役割>を断っても嫌な顔ひとつしなかった。食い下がられた記憶も特にない。
ならば、<王>になど成らなければいいのだが、そうすると今度は別の問題が出てくる。
「ステータスがなぁ……」
「《どんまいお兄ちゃん。また地道に集めよーぜ? なに、ここまで来たんだ。今度はすぐに回復すって》」
「確かに、ゼロから復帰と比べれば雲泥の差だけどね」
「《んじゃ帰っか?》」
「いや、帰らない。ここで逃げるのも、それはそれで嫌だ」
「《このお方の負けず嫌いはほんっと……》」
本当に負けず嫌いだと自分でも思う。ここで意地になって、得るものもなくただ全財産を失ってしまっては本末転倒だ。
ならば<王>になればいいのではないかと思われるかも知れないが、もうハルの中では<王>に成る気はほとんど消え失せていた。やはり、進路の強制はよろしくない。
「そもそも、アイリスだけ条件が厳しすぎるんだよね。なんでさ? アイリスだけステータス全部とアイテム全部捨てろって条件なのは?」
「《いや『なんでさ』も何もねーんよ。最初はなかったろ? なんも。正規ルートならどこの国も、きっと厳しいんよ?》」
「確かに」
ついカッとなって忘れていたハルだが、最初にアイリスの『社長室』に呼ばれた時は、こんな重すぎる条件など存在せず、無条件で<王>となる道を提示された。
あくまで鍵となるのは、ゼロになったステータスを元の値に戻すことのみ。
他の国でも『正規ルート』を通れば、同様の過酷な条件が課されるのだろう。
さて、ステータスか、アイテムか? 今度はハルの方が究極の二択を突き付けられる立場となってしまった。
言葉遊びをするなら、『攻撃型』ならアイテムを捨て<王>となって更なる利益の為の投資とする。『防御型』なら多少のステータスは必要経費と切り捨て、再び地道に回復に努める。
「でも、僕にはステータスもアイテムも捨てずに済む第三の道がある」
「《おお! カッコいいなお兄ちゃん! まるで、『世界もお前も救ってみせる!』って感じなんさ!》」
「いや、その場合僕は世界を見捨てる」
「《カッコつかねー!!》」
あくまで、今回は両方とも自分の財産だからである。ただの強欲であった。
そんな、欲深く意地汚い第三の選択肢。それをお見せすることにしよう。
◇
「課金をする」
「《お、おおお、おおおおおおおおお!! キター! 課金キター! ひゃっほう、本日もお買い上げ、まぁことにありがとうございまぁすっ!》」
「買ってない。まだ買ってないから」
心の底から喜びの雄叫びを上げるアイリスに、若干引き気味の笑いで答えるハルだ。
まあ、喜んでくれてなによりである。ハルが課金をすると、アイリスはいつも嬉しそうだ。深く考えるまでもなく、お金に関わることが彼女の目的なのであろう。
「《で、でもよ……? だいじょーぶおにーちゃん? お兄ちゃんの手持ちアイテム全てともなると、代替となる円の額も、意味不明なことになるのよ?》」
この目の前にそびえ立つ『天国の門』への捧げものは、従来の<信仰>スキルのコマンドと同様のシステムだ。
通常、アイテムを捧げて信仰エネルギーをチャージするが、『チャージ』はその響きの通り現金でも行える。ゴールドのことではない。日本円だ。
そうやってチャージしたエネルギーをもって、『神罰』や『浄化』などの奇跡を引き起こすのが<信仰>スキルであった。
その相場は決して良心的とは言えず、代替するのがハルのアイテム全てとなればその額はもう資金繰りに苦しむケイオスならその場で目を回すほど。気絶しかねない。
このゲームの優勝賞金を軽く上回るだろうその課金総額に、さしものアイリスもハルのお財布を心配し始めた。
「《お、お兄ちゃん、破産しちゃうぜぇ? ステもアイテムも失わない代わりに、リアルで借金まみれなんよ!》」
「安心しなよアイリス。僕のお財布は強い。それに、現代では借金でゲームに課金は出来ない。運営やるなら現行法をもっと勉強しようか」
「《う……、い、今やろうとおもってたんよ……! お兄ちゃんが口うるさいから、お勉強する気なくなったんよ! この鬼いちゃん! 教育ママ!》」
「小学生か……」
まあ、見た目は幼女だ。別に小学生でもいいのだが。ハルを先ほどの例の口うるさいお母さん役にするのはいかがなものか。
ちなみに、現代ではゲームを始めとした娯楽コンテンツに使用できる上限額は、個々人の個人情報、経済状況によって決められているのは以前に話していた通りだ。
そのため日本に資金データを持たないエメの課金もハルが代わりにやっている事を、彼女はしきりに恐縮していた。
そして、そのハルも別に自分のお金を使って課金している訳ではない。
「まあ、お母さんと言えば、じゃないけど、奥様はとてもお優しい方でね。このくらい余裕で支払える『お小遣い』を僕にくれている」
「《甘やかしすぎだろーー!! どの世界に娘の旦那に会社が動くレベルのお小遣いやるお母さんが居るかー!!》」
「違うよアイリス。まだ旦那じゃなくて婚約者ね」
「《余計悪いわぁーーっ!!》」
耳が痛い。物理的にも。アイリスの魂の叫びをハルは黙って受け止める。実際、甘やかしすぎである。
ハルの資産情報はルナの母の厚意によって、彼女の会社そのものと紐づけられていた。もう、個人で使い切れる額ではない。
これは、もちろんハルへの信頼度の高さを表してくれているのだが、もう一つそんなことをしても問題ない理由が存在した。
「このゲームの元締めが、その奥様の会社だからね。異世界における魔力の出資者が僕らなら、日本における資金の出資者は奥様だ」
「《あー、うん。そーな。お兄ちゃんママが一枚嚙んでくれんきゃ、このゲーム成り立たなかったさ》」
「僕ママではない」
ルナママである。まあ本人は、プライベートではハルの母として振る舞いたくて仕方ないようだが。 ハルもまた、自分には居ないはずの親代わりとして、彼女のことは深く信頼している。
「さて、せっかく奥様がくれたそんなお小遣いだ。ここはひとつ、どこまで本当に課金できるか限度額を試してみよう」
「《うーん悪い息子だぜ! だが構わん、やれお兄ちゃん! もう私も腹をくくるんよ。スポンサーから苦情が来た時は、『お兄ちゃんが全部やりました』と伝えておく!》」
「……まあ、僕が責任持つけどさあ」
アイリスもおっかなびっくりと腰が引けつつも、大量の課金の予感に興奮が隠せないようだ。
せっかく無制限で使える資金だ。ここは遠慮せず、使ってみるとしよう。
別に、ハルは奥様の会社に損害を与えたい訳ではない。実のところ、これも必要な経費であった。
お金の流れはデータの流れ。アイリスはどうやら、そのデータの流れを使って何かを計画しているらしい。それが、彼女の目的に関わっている。
今ハルの目には、不慣れながらもその流れが可視化されて計測されている。そのデータは、同時にセフィの元に送られ、彼によって詳細な解析に掛けられていた。
そこで、意味不明な量の膨大な課金をすればどうなるか。そのデータを取る、千載一遇の好機であった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/29)




