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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部5章 リコリス編

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第804話 この門をくぐる者

 その後も次々と問題は出されてゆき、ハルはそれら全てに危なげなく正解していった。

 エメの情報収集力は圧倒的で、聞けば何でも答えてくれた。彼女に知らないことはないのか。それとも、アイリスの方が回答不能な事は問題にしないようにしているのか。


《なんにせよ、よくやってくれたねエメ。偉いぞ》

《うへ、うえへへへへへ。褒められちゃったっす! これからも、どんどん聞いて欲しいっすよハル様! なにせ聞かれなきゃ、わたしも自分が何を知っているのか判断が出来ないっすからね。全てはハル様次第なんです》

《そうなの?》

《そうなんす。別に私も日頃から、全ての情報を体系化して蓄積ちくせきしてるわけじゃあないんです。雑に全部いっしょくたに放り込んでおいた箱の中からハル様からお声のかかった情報を適宜てきぎ抽出してお伝えしてるだけですから》

《それはそれで、凄いけどね》


 それだけ検索力に優れているということだ。まさに、現代に最も求められる人材。

 無秩序に際限なく情報が堆積たいせきしていくエーテルネットの海。その中から、いかに有用な情報だけを的確に抜き取れるかが問われている世界だ。


《でも、くれぐれもお気をつけくださいハル様。そこ、けっこー危ないっす》

《ん? アイリスの世界がってこと?》

《はい。ああ、いえ、アイリスちゃんだけじゃなく、そっちの『神界』全体がですが。神界と呼ばれてはいますが、そこってわたしの作った『神界ネット』とは全くの別物です。もちろんわたしの神界の方が優秀で、規格としてはデチューン版ですが》

《君もそれなりにプライド高いね……》


 最近はプレイ中も普段より大人しく、なにやら必死に情報収集をしてくれているエメだ。

 エメはこの異世界において、エーテルネットと対を成すように展開している『神界ネット』と呼ばれる魔力空間内のネットワークの基礎を構築した神様だ。

 その彼女が危険と評するのは人間にとって、日本人にとっての何かだろう。


「《おめっとー、お兄ちゃん。第二の試練突破だぜい。ささ、先にすすもー》」

「……そうだね。行こうかアイリス」

「《おおよ。ごーごー!》」


 そんなエメとの裏での会話を察した訳ではないだろうが、アイリスの急かすような言葉に二人の疑念は中断を余儀なくされる。


 祭壇のような小さな台座は眩い輝きを放ち、先ほどと同様にハルの体へとその光は飲み込まれて行った。

 また一段階、ハルは支払ったステータスを回収したということだろう。

 祭壇の光は進む先をも指し示し、この空中に浮かぶ丘の上に、更なる通路となる足場が現れていた。


 よく考えれば、<飛行>を得たハルに足場など必要はない。

 このままアイリスの導きを無視して、この果てなく続くように見える空の世界の彼方まで飛んで調査に行ってみようかとも思うが、さすがに止めておいたハルだ。

 今は休憩中ということになっている。あまり、視聴者を待たせる時間を引き延ばすものではない。


「試練って、あとどれくらいあるのアイリス?」

「《まあ、そんなでもないのよ? あんまダラダラと長くてもなー》」

「じゃあ次で最後?」

「《それはどうかな! 攻略情報には!》」

「はいはい。『お答えできません』、ね」

「《その通りなのよ!》」


 元気いっぱいに秘密であると宣言する彼女に苦笑しつつ、ハルは天空の道を上って行く。

 比較になる地面が存在しないため、ここが高いのか低いのかすら曖昧だ。

 空に怪しく光る星座のような紋章は、眺めている間にも刻々と形を変えて変化をし続けている。あれは結局、何の為のものなのだろうか?


「ねえ、アイリス?」

「《んー?》」

「君ら六人って何で集まったの? それぞれ、目的はバラバラのようにも思えるんだけど」

「《そうなー。まあ組織の規模が大きい方が、出資者あのバカを納得させやすいってのはもちろんあるよ?》」


 アイリスの言う『あのバカ』とはジェードのことである。相変わらず散々だ。


「《でもな。当然、私ら共通してる部分ってのもあるんよ》」

「仲良しだったんだね」

「《あー……、『似た者同士』、かなぁ……》」

「仲良しは肯定しようよ……」


 別に仲良しグループで集まった訳ではないようだ。あくまで、利害の一致。

 となると、その共通点とは何処だろうか? もちろん、大量の魔力と、日本のお金を集める目的は共通しているだろう。

 しかし、その奥にある個人個人の望みの部分で、あまり共通項は見いだせない。


 ミントはこの世界に人の意識を閉じ込めてしまうこと。まあ、これだけ言うと危なっかしいが、一応ハルとセフィの為という想いがあるらしい。

 ガザニアは人の想像力を結集し、全く新しい空間を世界に創造すること。スケールの大きな話だが、彼女はこれをもう断念したようだ。

 一方カゲツはもっと身近で現実的な話。現代においてあまり進んでいない、電脳世界における『味』の再現に力を入れている。これは非常に安全で分かりやすい。


 判明している三人だけでも、共通項があるようで無いような状態。

 さて、そこに加わるアイリス初め残りの三人はどんな願いを抱いてこのゲームを作ったのだろう。


 その思慮に潜りつつ、ハルは天空の階段をまた上って行くのだった。





「《おっし着いたぜおにーちゃん。第三の試練、『天国の門』さね》」

「でかいね。どう見ても、これが最後じゃない?」

「《だから、それはどうかな? この門をくぐった中に、また戦いが待っているかも……》」

「いや無さそうだけどね、戦闘試験が二種類は。マンネリだ」


 巨大な門の高さは十メートル以上もあり、見上げるその迫力は満点だ。

 雰囲気的にもここが天空の道の到達点、頂上であり、この門を通ることがゴールに感じる。ゲーム的な演出を大事にするアイリスだ、そこは信頼していいだろう。


「……まあ、それより気になるのは、試練の内容か」

「《よくぞ聞いたなお兄ちゃん! さあ、この試練の目的を思い出そうか!》」

「特殊職である、<王>になる為の隠しイベントだね」

「《うむ! そんで、この国の<王>ってなどう決まるんだっけ?》」

世襲せしゅう

「《ちっがーうううっ!! 神が任命すんの! 私が決めんの、本当は!》」

「うんうん。そうだね。アイリスの気持ちひとつだ」

「《くっそう……、お兄ちゃんにもてあそばれてるぜ……》」


 まったく人聞きの悪いことだ。ハルに弄ぶ気などない。ちょっといじりたくなってしまっただけである。


 それはともかく、アイリスがそんなことを言うということは、そしてこの門を『天国の門』などと語るということは、この門を開けるか否かは、彼女の気持ち一つに掛かっているという訳だろう。


「……君のご機嫌とれってこと?」

「《そうなんよ! 私にびへつらって、足を舐めるとドアが開くのよ?》」

「最悪だよこの神様……」

「《まあ落ち着け、今説明を出すから》」


 彼女の言葉の通り、すぐさま目の前に大きなウィンドウが再び現れる。

 そこにはこの門の説明と、イベントに使うだろう謎のゲージが表示されていた。


「《この門をくぐるものは、一切の希望とアイテムを捨てろな?》」

「それは『地獄の門』なんよ……」


 ……あからさまなボケに、ついアイリスの口調が移ってしまうハルであった。

 それを聞いてアイリスは、けたけたけた、と楽しそうに笑っている。まあ、喜んでくれて何よりだ。


 とりあえず、彼女の言葉を翻訳するとこうだ。この地獄門改め『天国の門』を開けるには、相応のエネルギーが必要となる。それは、普段ハルが使っている<信仰>スキルと同じようなものらしい。

 神への供物くもつとしてアイテムを捧げ、そのアイテムの価値に比例して信仰エネルギーが溜まる。

 レア度の高い物ほど、正確に言えば<解析>で見えるデータ量の多い物ほど、チャージされる信仰エネルギーは多くなる。


「<信仰>の強さを『誠意』で示せってことか。とんだ神様だね」

「《ほらほら、ごちゃごちゃ言ってねーでアイテム捧げるんさ。<王>にしてやんねーぞ?》」

「これは酷い。そして、別に<王>にならなくてもいいんだよね、僕」

「《じゃあ、ステータス返してやんねーぞ?》」

「これはひどい!」


 本当に酷い。ユーザーの資産を人質に取って脅迫してきた。赤文字で注意書きする訳だ、やりたい放題である。


「しかしまあ、僕のアイテムストックを甘く見てもらっては困る。これでも<貴族>である以前に、国一番の商人だ」

「《むしろ世界一だなー。商売の国のカゲツのイベントを、先に制覇してんだからさ》」

「そういうことだね。そんな僕に一般向けのイベントなんて……」


 そう余裕を見せながら、ハルは余って使わなくなったアイテムを次々と放り込んでゆくのだが、達成度を示すゲージの量は一向に溜まっていく気配がない。

 余りものとはいえ、平均的プレイヤーの全財産を軽く上回るだろう量を投入しているにも関わらず、ゲージはようやく底の方にほんの少し動きが見えた程度。


「……なにこれ。おかしくない? これ、クリアさせる気あるのアイリス?」

「《もちろんなんだぜ? ここまで来て、『実質クリア不能の嫌がらせイベント』なんてするような私じゃないのよ?》」

「だよね……」

「《このイベントに挑んだ人なら、“誰だって”クリア出来るようになってんのよ》」

「となると、これは……」


──黒曜、僕のアイテム全ての価値、ああ売却額ではなくデータ量を概算しろ。大まかでいい。


御意ぎょいに。概算中です。概算終了。数値を表示いたします》


──よし、じゃあ今から放り込む量と、ゲージの増加量を計算。


 ハルは自身のサポートAIである黒曜に、所持アイテム全てのデータ量を計算させる。

 そうしてその中の1%相当にあたる量をあらかじめ計って、『天国の門』に放り込んでみた。


《計測結果、出ました。多少の誤差はございますが、ゲージ増加量も1%の範囲内であると推測されます》


「やっぱりか……」

「《お? もう分かったん? そーなんよ、言ったっしょ? 『この門をくぐる奴は一切の希望とアイテムを捨てて身ぐるみ剥げろ』ってな?》」

「なんか増えてる……」

「《さあ! その豪華なドレスも全部脱ぐんよ! ぐへへへへ……》」

「やばいだろこの変態幼女……」


 ハルでなければ訴えられていそうだ。そんな末路にてサービス終了は避けてもらいたものである。


 そんなじゃれ合いはさておき、これは少し困ったことになった。

 恐らくはこの門は、『試練に持ち込んだアイテム全て』を手放してやっと開くように調整されているのだろう。

 多ければ多いほどダメージは高くなり、攻略が進んだ者ほど躊躇する。

 その葛藤かっとうに打ち勝って、あえて全てを手放せた者のみが、<王>となる栄光を手に出来るのだ。本当に意地が悪いと言わざるを得ない。


 さて、ハルにとってこれは非常に致命的な問題だ。

 別に<王>にならなくても構いはしないのだが、イベントをクリアしなければステータスの一部が返ってこない。

 ハルは門の前で、しばし唸るようにして佇んでしまうのだった。

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