第803話 外部知識の活用試験
このゲームにおけるハルたちの所属国、『アイリス』。その国の歴史など、これまで特に気にしてプレイしてこなかったハルだ。
これがカナリーたちのゲームであれば、それなりに詳しいという自負はある。
アイリやメイドさん、大切な家族の暮らす世界だ。そして、その国々の歴史は同時にカナリーたち神様の歴史でもある。
だが、このゲームの主役はプレイヤー。軸となるのは彼らの演技、それらが織りなす“これからの歴史”であって、この世界の過去というものはあまり注視されない作りになっている。
「そのくせ設定上は“あっち”よりずっと長い歴史持ってるんだもの。よほどの物好きじゃないとわざわざ調べないよね」
「《んー、私の事前想定だと、『設定解説動画』とか作る奴がもっと出てくると思ったんだけどなー》」
「まあ、間違ってないと思うよ? ただし、もっと後になったら、の話だけどね」
「《なんでさ?》」
「まずはゲーム自体をもっと好きになってもらわないと、舞台裏の需要ってそんな上がらないだろう?」
彼らが『この世界のことをもっと知りたい』とそう思うのは、もっと一通りこのゲームを楽しんだ後だ。
もちろん、現時点でも需要はある。しかし、それは『ゲーム攻略』に関わる情報の需要に比べればはるかに低い。
そして仕様上、情報を纏めるコンテンツは需要の高い方に集中してしまう。
「下手にお金を稼げてしまうのが良くなかったね。そういう動画が陽の目を見るのは、大会が終わった後だろう」
「《そだなー。今はみんな、歴史なんて見てる暇ねーか》」
「そういうこと」
右を見ても左を見ても、必死に攻略に励むプレイヤーばかり。視聴者の方も、それらの人々の放送を見るのに忙しい。
そして、そうした生放送や動画はお金になる仕組みなので、コンテンツは人気を取れる内容に集中しがちだ。
これがカナリーたちのゲームであれば、ゲーム全体が完全に趣味だったのでまた違っていた。
特に、あのゲームは戦闘組と生活組ではっきりと分かれていたので、世界観そのものへの探求も需要があったという訳だ。
あちらでは、そうした探索を専門とするプレイヤーも多く、ギルドなども存在した。
「予定だと、そうした情報を参照してクイズに回答していく予定だったの?」
「《うんにゃ? まあそれも含めてだけど、視聴者に頼ってカンニングしていく感じを想定してたんよ?》」
「カンニングって……、また前時代的な単語だね……」
「《現代っこの感覚には慣れてないのよ……》」
現代におけるテスト、主に学校のテストという物において、『カンニング』という単語はついぞ聞かなくなって久しい。
この時代、あらゆる人間が常時エーテルネットに接続している。それは学内においても、テスト中であっても変わることはない。
それは『テスト』の意義そのものにも変化を与え、『テスト中だけオフラインにする』、という事も行わなくなった。意味がないからだ。
日本中どこへ行っても、オフラインの環境など存在しない。空気そのものがネット環境だ。そんな世界で、オフラインにして何を『テスト』するというのか?
唯一の例外は、ハルとルナが通っている学園である。あそこは校内が常時オフライン。
主に上流階級を中心に、突然エーテルネットが使えなくなった際に何も出来ない人間にならないようにと、子供に特別な教育を施している。
なのでハルの学園だけは、前時代的なオフラインでのテストを実施していた。
「現代のテストはすなわち、エーテルネットを使う技術のテストに他ならない。だからこれも、そうなってるってことだね」
「《そうなんよ。加えてここは一応、<王>の資質検査だかんな。検索力よか、『人望』を計ってるんさ》」
「なるほど。情報収集において、人海戦術は単純だが恐ろしく強い」
「《そうなのよ? 優秀な視聴者を、大量に抱えた奴こそここでは強いのよさ》」
ある意味、第一の試練と同じ試験内容といえる。
あちらも結局のところ、身銭を切ってポイントを自分に与えてくれる視聴者がどれだけ付いているか、そこで勝負が決まると言っていい。
ハルはほぼ互角のまま勝負を決めたが、想定された攻略法は視聴者からのポイント付与によるステータス差での圧倒だ。
「……要するに、<王>っていうのはNPCにとっての<王>様ではなくて、プレイヤー、視聴者にとってのそれということなのかな?」
そんな試練の内容を知り、素朴な疑問がハルの脳裏に浮かんでくる。
今までハルは、<王>というのはこの国の民の為の<王>だと自然と考えていた。しかし、この試練において人望を集め認められるべき存在は全てプレイヤー。
そこにNPCの、民の意思は全く関わっていないのだった。一応、表面的な内容は国の為に必要な『知』と『力』を計っていると言えなくもないが、その本質は明らかにプレイヤーを向いている。
「この指輪は、NPCへの対応を重視しているんだと思ってたけど、少し考えを改めた方がいいのかな?」
「《……あのー、色々お考え中のとこ悪いだけどなお兄ちゃん? そろそろ、クイズ解いてくんね? 制限時間とか、別にねーけどさぁ》」
「おっと。確かにそうだね」
指輪の目的、アイリスの目的は気になりはするが、今はなによりこの試練を突破せねば話は進まない。
余裕ぶって失敗でもすれば、せっかく回復したステータスがまた激減してしまう。
ハルは考察を後回しにし、目の前のクイズに集中して挑んで行くのであった。
◇
「アイリスの初代国王は今から252年前、このちびっ子の啓示を受けた当時の平民が周囲の小国家群を統一して国を興したことからスタートしているね」
「《ちびっ子って言な! めっちゃ感涙にむせび泣いてたって設定なんよ!? そいつの脳内では高身長でおっぱいでけー美女になってたんよ!?》」
「そうして作られたのが城内にある石像か……」
悲しいかな、現実は背の低くておっぱいのぺったんこなちびっ子である。まあ、ハルは別にそれがなにも悪いとは思わないが。
「そうしてスタートしたのが『アイリスの国』で、今の貴族の始まりも、彼の仲間の子孫たちか」
「《そだよー。すげーっしょ。まさに『伝統と騎士の国』だよな。歴史が長い!》」
「そんなに長いかな? こうして数字にして見ると、梔子とかと大差ないような……」
「《二百五十年なめんな! 江戸幕府とどっこいだぞ!?》」
確かに、ハルのやる家紋ごっこで有名な江戸時代を一つの国家形態として考えれば、それと同等の平和と繁栄を維持しているというのは偉業である。
クイズとは関係ないが、他の五国はその期間もころころと政権が入れ替わっているらしい。
特にリコリスが酷い。戦士の国であるリコリスは、一代ごとに交代がある。
しかも国主は天寿の全うで入れ替わりなどせず、全盛期を過ぎ戦闘能力が低下したら即、入れ替わりだ。
十年二十年持てば長い方。早ければ、数年で政権交代らしい。
「今度リコリスでやるっていう武道大会、それが選挙の代わりなのか。となると、あっちも<王>がそれで決まるのかな?」
「《さーなー。攻略情報には、お答えできません》」
「知ってた」
「《……つーかお兄ちゃん、無駄に雑学量おおくね? どんなデータベースに接続してんのさ》」
「ある知識人にちょっとね。彼女、一つの質問に対する回答が長くて……」
「《エメちゃんか……》」
正解だ。このゲームの情報で分からないことがあれば、彼女に聞けば概ね解決する。
常時全ての公開情報を同時参照しているエメは、誰かが纏めるまでもない生きたデータベースとなっている。
それこそ、本人すら意識していない、『小耳に挟んだ』程度の断片情報さえも総合して、巨大な一つのパズルを完成させていた。
「《やっぱ支配者に『人望』なんて要らなかったんだね》」
「試練のコンセプトを否定するな」
「《時代はやはり中央による情報掌握よ》」
「……まあ、確かに多人数に聞くってのは危険ではある」
多くの人に聞いたから、必ずしも正しい答えが導き出せるかといえば、そうでもない。
多くの者は専門家ではなく、表面的な知識しか持っていない。それがどれだけ誤ったまま伝わって行くかは、世の中で語られている内容における真実の割合を考えれば明らかだろう。
多数決で語られるそんな誤った情報の中から、信用のおける者の語る真実を的確に抜き出して答える。
そう考えると、結構難しいクイズなのかも知れなかった。
「《それよか第二問いくぜお兄ちゃん。当然一問じゃ終わらんよ?》」
「これ、全問正解しないと割合でステータス削られる?」
「《んなことない。全問正解しないと進めないけど。ほいじゃ第二問、『基軸通貨ゴールドの発祥はご存じアイリスですが、』》」
「存じてなかった……」
「《実はそーなんよね、すげーっしょ。んで、『そのゴールド一枚に含まれる金の総量は何グラムでしょうか?』》」
「2.5グラム」
「《知らなかったくせになんで即答できんのよー!!》」
「うちのブレインのおかげだね」
なお、そのハルの回答の後も、脳内にはエメの豆知識が延々と今も続いている。
どうやら集めた知識を語る場が来て興奮しているようだ。セリフ量が普段より割り増しで多い。
エメには『ネタバレ禁止』として、ゲーム内容はあまり語らせてこなかった。その反動が出たのだろう。
「《はい次、『王室に伝わるアーティファクトの名前、』》」
「『聖王笏アイリス』」
「早押しじゃねーんだぞー!!」
そんな感じでエメの大活躍により、アイリスの国に関するクイズはその後も何事もなく正解が続いていくのであった。
※誤字修正を行いました。
追加の修正を行いました。(2023/5/29)




