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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部5章 リコリス編

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第801話 極限の二択にて剣は語る

 ほんの少しだけ、しかし確かに現れた差は確実に戦闘の趨勢すうせいとなって表れ始めた。

 本来なら数ポイント、数十ポイントのステータス差など誤差でしかない。しかし、ゼロと比較する数ポイントは雲泥うんでいの差となりえる。


 素手での殴り合いはハルが一方的に打ち勝ち、切り結ぶ刃は鍔迫つばり合いを押し込んでゆく。

 魔法は特に顕著けんちょだ。互いが放つ光弾の数が一個でも勝れば、そこに対処する一手が致命的な隙となって敵の防御を遅らせた。


 ハルのキャラクターを模したかおのない黒い人型。『ブラックローズ』のそんな隙を見逃すハルではない。

 一足飛びのような踏み込みから<飛行>に繋げ加速する、あちらではお馴染みの戦法にて、一気に間合いを浸食する。

 首筋に向けて刀を振りぬくと、一撃で勝負を決めに掛かった。


「あらら。さすがに回避するか。だけど、アイテムを使うその間を見逃してあげる僕じゃない」


 一撃必殺の刀の一振りは、浅く首を切り裂いただけで不発に終わる。

 かつてソロモンがその方法で強引にメタの拘束から抜け出したように、現実では確実に勝負ありのそれは致命傷にはなり得ない。

 かすり傷はかすり傷。微量のダメージを与えただけでブラックローズは体勢を立て直しすぐに回復アイテムを使用し削れたHPを復活させる。


 しかし、そこでまたほんの少しの隙が出来る。隙が出来ると分かっていながらも、相手はアイテムを使わざるを得ない。


「アイリス、『詰み』に入ったよ。あと、えーと、もう何百手後か分からないけど、ブラックローズに逆転の目はない」

「《そうなー》」

「判定勝ちとかにしない? 僕、僕のアイテム欄をコピーした相手の回復薬を使い切らすの面倒なんだけど……」

「《うははっ! お兄ちゃんメチャクチャ貯め込んでるものなぁ。確かにダルい! でもダメさね》」

「融通の利かない……」

「《その詰みの一手一手を、ミスらず完遂できるかどうかもテスト内容なのよ? まあ、お兄ちゃんミスらんだろーけど。例外は認めん!》」


 まあ、普通はそうなる。これはアイリスが神様、AIだから融通が利かないという話ではなく、普通にハルの言っていることが無理筋むりすじだ。

 チェスや将棋ではないのだ。RPGにおけるモンスターとの戦いにおいて『チェックメイト』は普通に考えて存在しない。

 システムが勝利を判定するのは、敵のHPをゼロにした時のみ。


 このまま戦いを続ければ、その完全なる勝利も遠からず訪れるが、それでもそこそこ時間が掛かる。

 ハルのアイテム在庫は無限ではないにせよ。普段から<調合>し回復薬を貯め込んでいる。それを使い切らせるまで戦い続けては、放送再開が遅れ待たせている視聴者に迷惑が掛かるだろう。


「仕方ない。詰みを崩すか。少々強引な二択を迫る」

「《おっ、その短剣は見たことある奴だ。アイテム封じの短剣だね》」

「うん。ソロモンから押収した」


 ハルは右手に刀を持ったまま、左手では短剣を構えた二刀流に装備を変える。

 素手を含めて臨機応変にバトルスタイルを変えていたこれまでと違って、二つの刃をがっちりと握り込みこれ一本で攻める構えだ。


 この状態で重要になるのはメインウェポンである刀ではなく、サブの短剣。

 これはハルとの戦いでソロモンも使っていたもので、傷を付けた相手に『アイテム禁止』の状態異常を引き起こす効果を備えたレアなものだ。


「《でもよーお兄ちゃん。それでも『入れれば勝ち』の簡単な話じゃないぜ? 効果時間は短いし、ドッペルちゃんの方も短剣をきっちり警戒する》」

「そうだね。これで勝とうとするなら、トドメの一歩前で的確に短剣を叩きこまないといけない」


 無論、やすやすとそんなことを許す敵ではない。ハルの戦闘データを参照している相手なのだ。

 一歩間違えれば逆に、その攻撃にこだわったハルの方こそ敵に隙を晒すことになりかねない。


「だけど、これで『僕がミスらなければ確定で負け』の状況ではなくなった」

「《えっ、どゆこと? お兄ちゃんが勝ち確の状況をあえて捨てたって言ってるん? 勝負を焦ったか。悪手あくしゅだぜお兄ちゃん!》」

「それはどうかね。悪手に出来るかどうかは、相手の選択次第だ」

「《むむむ……、私への挑戦状って訳か……》」


 いつの間にか、自分が試される側に回っていることに気付いたアイリスだ。

 目の前のブラックローズを操作している、正確に言えばその戦闘ルーチンを組んだのはアイリスだ。

 そのルーチンの出来映え良し悪し如何いかんで、攻め方を変えたハルに対する今後の対応は変わって来る。


 もちろん明確な下手を打つアイリスではないだろう。その判断は、確実に効率の良い手を選んでくる。

 しかし、今までのように明確な正解のある状況ではない。大きく分けて、二種類の対応から選択を迫られるはずだ。


 一つは今まで通り、正着せいちゃくを維持すること。教科書通りの堅実な対応で、『アイテム封じ』だけは絶対に受けないように立ち回る。

 二つ目はその弱体効果をあえて受けることになったとしても、無理攻めに出たハルの隙を穿うがち勝利への道を目指すことだ。


「《……とはいえ別に、ここで私がどーこーする事はねーのよ。あくまで自動的に、ドッペルちゃんは状況判断するだけだし》」

「出来栄えを見守るだけだね。一応聞いておくけど、こいつの作成はアイリス?」

「《そーよ? 私のイベントだもん》」


 良いことを聞いた。これで、ハルの目論見もくろみも一歩先に進むことが出来る。


 こうしてハルが今、あえて安定の攻めを捨てた背景には意味がある。ただただ、決着を焦った故の行動ではない。

 もちろん勝負は早く決めたいが、真の目的は相手の性格を読むことだ。

 この場合、モンスター相手ではあるが、その裏には製作者のアイリスが居る。戦いを通し、ハルは得意とする観察眼にてその心理を読み取ろうとしていた。


「さて、どう出るか……?」


 今まで以上に神経を相対あいたいするブラックローズの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに集中し、その判断の結果を分析する。

 二刀流を構え突進するハルに対しどう出るか? ここは『好み』の分かれるところだ。


 今までのように、明確な『正解』のある戦闘内容なら結果が変わることはない。

 ひたすら持久戦にて最善手を選び続け、プレイヤーのミスを待つ戦い。そこに、個人の性格が介在する余地はない。誰がやっても結果は同じ。


 しかし、正解のない二択を叩きつけたとき。例え無機質なモンスターであっても、その二択でどちらを選ぶかの判断は製作者の姿が透けて見える。


「……なるほど、攻めを取ったか」

「《よっし、それでいいぞドッペルちゃん! アイテム封じを怖れていても、待ってるのはジリひんだ! お兄ちゃんの無理攻めを逆手に取って、隙あらばぶっころすのだ!》」


 お口の悪さはともかく、ここで分かったのはアイリスはチャレンジャーであるということ。

 とはいえただ無謀なだけではない。ケイオスのように、常に最大リターンを求めてリスクを取り続けるチャレンジとは毛色が違う。


 ハルは、短剣をあえてその身に受けながら、その両の手にはハルの最強装備である豪華な杖を握りしめてカウンターを叩き込むブラックローズの姿を見つつ分析する。

 普段は堅実に準備を重ねながらも、好機が訪れればそれを掴み取るために全力で手を伸ばす。アイリスのそうした想いがこのブラックローズには込められていた。


「……本当に、極限状況の二択は面白いね」

「《うわマゾ!? お兄ちゃん死にかけてるのに笑ってる! きもい!》」

「誰がきもいか! 笑いたくもなる。まんまと誘いに乗ってくれたんだからね」

「《でも、このままだと死ぬぜ? ほら、ドッペルちゃんも短剣取り出した》」

「ああ、それは選択ミスだね。詰めが甘い」


 思い切りが良い反面、どうしても根の慎重さが出てしまうようだ。致命打を与えたハルに、更にアイテム封じを重ねて確実に勝利するつもりだろう。

 だが、その慎重な一手が敵の対応を後手に回らせた。ハルはその短剣すら防御することはせず、貫かれながらも更にブラックローズに迫る。


「攻める時は限界まで攻め切りなアイリス。それが君の敗因だ」


 ハルは短剣をその身で受けつつも、自らも刀をブラックローズの首に今度こそ深く突き入れる。

 死にかけでもうアイテムも使えないハルであるが、先にHPの尽きたのは、先にアイテムを封じられたブラックローズの方だった。

 奇しくもソロモンと同じミス。ハルにだけは先に再生薬を使う猶予があったために、そのオート回復の分の差が勝敗を分けたのだ。


 この勝利は、ハルにとってイベントの内容以上に大きいものとなる。

 言葉では決して語らないアイリスのその内心。その一端が、聞こえてきた気がしたのであった。

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