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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部5章 リコリス編

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第798話 なんとも都合の良い話

「おお! これはローズ侯! いつこちらへお戻りに? 領地へご帰還なされたとは、聞いておりましたが」

「いや実は、たった今、なんだよね。話すと複雑な内容になるんだけど……」


 神殿のようなこの施設の奥から現れたのは、かつて『神前裁判』の際に裁判長のような立場で席を取り仕切っていた貴族の男。

 どうやら、『神官貴族』の呼び名に相応ふさわしく、城内にある儀式場関連の管理も行っているらしい。

 彼が居るということは、やはり神であるアイリスに関係する施設で間違いなさそうだ。


 ハルは彼に、簡単にこの場に来た経緯を説明する。

 とはいえ言えるのは『謎の現象にて急にこの場に転移してしまった』、などという誰が信じるか分からない言い訳じみたことだけなのだが。


 一応ハルもその『神官貴族』の一員であるので、コソ泥扱いはされないだろうけれど、重要施設に許可なく押し入ったことには違いない。問題にならないといいのだが。


「なんと素晴らしい!」

「はい?」

「転移はそれすなわち神の御業みわざ! 私は奇跡の現場に、居合わせたという訳ですな!」

「……まあ証拠は無い訳だけど。ああ、一応奥に『出口』らしき物が残ってるかな」

「なんと!」


 神官貴族は大慌てでハルの入ってきた通路に赴くと、例のバグ空間を発見して歓喜の奇声を上げているようだった。喜んでもらってなによりである。


 ハルも来た道を戻るように彼の後に続くと、ちょうど空間の裂け目が閉じるところだった。

 これは、バグ空間とNPCとの接触を嫌う意思が働いたのだろうか? 都合のいいタイミングだ。


「……ふう。なんとか消える前にこの目に焼き付けることが出来ましたぞ」

「それはよかったね……」

「まったくです。今日は、本当に良き日だ」


 神の奇跡を目の当たりにして、神官の彼は実にほくほく顔だ。確かに、この世界で『転移』といえばスキルには一切存在せず、中央神国の『六花りっかの塔』でしか行えない秘儀という扱いだ。

 神職であっても、なかなかお目にかかれるものではないのだろう。


「それで、ここってなんなんだい? 僕も、何か説明を受けてから飛ばされた訳じゃないんだよね」

「なるほど。ではご説明しましょう。ここは、『アイリスの試練』に挑む為の儀式場ですな。ローズ侯もご覧になった、真実の天秤てんびんのすぐ傍にございますぞ」

「じゃあ、ここも?」

「左様」


 ハルが軽く、こんこんっ、と壁を叩いて音を鳴らすと、神官にも言いたいことが伝わったようだ。

 あの裁判の時と同様に、この場も破壊不可の設定になっているらしい。どんなに強力な攻撃でも、この壁には傷一つ付かないのだろう。


「ふーん……」


 なるほど、予想通りではある。ハルは彼の言葉に、この室内の様子を興味深く探ってゆく。

 アイリスから説明を受けた<王>に至る為の条件。そのための『正規ルート』。その儀式を執り行う場に飛ばされたということは、それすなわち、正規の条件で<王>に至れということだ。


 いささか強引が過ぎるが、まあ言いたいことは分かる。『正規ルートを通れば満足なんでしょ?』、ということだろう。


「確かにそうだと言えるかもだけど、なんだろうその理屈は……、融通の利かないAIか……」


 いや、AIだった。それは間違いない。とはいえハルが普段相手をしている神様たちのような存在とは違う、システム制御用のAIらしい。

 ただ、それでもこれは強引が過ぎる。この人間の常識をかんがみない突飛なノリは、前時代のまだまだ発展途上なそれを思い出すハルだ。


 まあ、相手が稚拙ちせつである方がその正体を探る上では都合が良い。

 このままその目的を探っていきたい気もするが、神官も目もある。それは、セフィと共に居る分身の方で進めておこう。


「……場所については分かったよ。でも、そんな場所に突然僕が来て、何かあるのかな?」


 分かり切ったことをハルは尋ねる。何かもなにもない。『試練に挑め』、『正規ルートを進め』というメッセージ以外に無いだろう。


「それはもう、試練を受けてもらいたいということでしょうな! こうには、その資格がある」

「そうなのかな?」


 それはおかしい。ハルはまだ<侯爵>であり、この試練を受ける為の条件は<公爵>であることだとアイリスから説明を受けた。

 音の上では同じ『コウシャク』だが、別に音声認識ではないのだ、それで通る訳もなし。


 首をかしげるハルへと気分よく解説するかのごとく、神官はその条件とやらの詳細を語ってくれた。


「この試練に挑む為の条件は、<公爵>位であること。おっと、もちろん世襲せしゅうの地位ではございませんぞ?」

「前提として『真の貴族』で、ってことだね」

「いかにも。神より任命された地位の中でも、特に国家への貢献を果たしたもの。そうして初めて、挑戦する資格を得るのです」


 割と並大抵のことではない気がする。この正規ルート。

 他の国も大概たいがいだが、それは条件が不明であったからの部分が大きいようにハルは思う。


 塔の最上層に居を構えるのも、賢者の石を作るのも、<精霊魔法>の習得を打診するのも、最初から条件が明かされていれば不可能ではない気がする。

 事実、ハルはさもついでかのようにそれら条件をこなしてきた。だが、<公爵>は違う。なにせハルでさえ、まだ一つ下の<侯爵>止まりなのだ。

 あれだけやってまだ<侯爵>。少し前提が厳しすぎないだろうか。


「……でも、それじゃあ無理だね。僕はそれだと、条件を満たしていないし」

「それならば問題ありません。ローズ侯はこの度、正式に王より<公爵>位にじょせられるのですから」

「…………は?」


 条件の未達を理由に、残念がって回り右しようとしていたハルであったが、その逃げ道もなぜか不意打ちで塞がれてしまう。

 これも、右手に光るこの指輪の仕業なのだろうか?

 どうやらハルは、この度貴族の最高位である、<公爵>になることが決まったらしいのであった。





「……まって? ちょっっと待って? でもまだ、正式な叙任は先の話だよね?」

「ご安心なさい。都合よくこの場には、公爵たる私がおりまする。儀式の起動は私が行いましょう」

「ほんと都合よすぎだろ!」


 つい虚空こくうに向かってツッコミを入れてしまう。同意してくれる視聴者が居ないのが憎らしい。


 この都合よさ、まず間違いなくこれは指輪の手配と見ていいだろう。

 イベントを円滑に、迅速じんそくに進行するため。偶然にも都合よく、彼をこの場に配置しておいた。


「……なるほど。そしてこれが『抜け道』か。つまりアイリスのせいだ」


《そんなとこで私に責任求められても困るのだぜ!? だってアイリス国民しか受けれねーイベントでも問題あるしよぅ……》


 八つ当たり気味にアイリスのせいにするハルだが、まあ確かに今回彼女は悪くないだろう。

 この仕組みこそが、本イベントの『裏口』であるのだろう。これによりアイリス所属プレイヤー以外でも、この条件を達成させられる。

 もしハルがアイリス所属でなければ、この方法を使っていただろう。公爵の誰かに頼んで、こっそりと試練に参加させてもらっていた。


 いや。どのみちソロモンの<契約書>がある以上、彼を利用していたのは変わりないか。


「しかし、僕が<公爵>にねえ。何があったの? 出る前はとても出世するような雰囲気じゃなかったけど」

「そんなもの、祝福を授からぬ一部の貴族のみの意見ですぞ。気にすることはない。真王ライン陛下も、そうお考えのはず」

「なるほど、あの子が推挙すいきょしたのか……」

「ははは、他に耳のあるところで子供扱いはなさいますな? 王都急襲の阻止に、その黒幕の捕縛も達成。十分すぎる功績です」


 少年王ラインが動いてくれたらしい。これもまた、都合がいいと言うべきか。

 どうやら謎の組織の工作員を捕縛、黒幕も確保、そして謎の装置も押収、という国外で上げたハルの成果は王宮へ届いたようだ。

 ハルがこの王城へと出向くまでもなく、その功績は出世という形で報いられることが決まっていたらしい。


「まったく、気の早いことで……」

「我々も、陛下へ働きかけた甲斐がありましたな! 『神の子』たるローズ侯は、国外でも変わらずその威光をとどろかせたと」

「…………」


 余計なことを、と言いたい気持ちをぐっと飲み込んで大人しくハルは彼に続いて行く。

 魔法の灯りだけがぼんやりと照らす薄暗がりに、二人は階段を下って神殿の奥へ奥へと踏み込んで行った。


 アイリスの神界からずっと集中して意識しているハルの視界には、この場のセキュリティの高さが魔力の流れとして視認されていた。

 通常、フィールドを大きなブロックに見立てて広く大雑把に区切っているだけの『境界線』が、ここには所狭しと並んでいる。


 その境界の一枚一枚がセンサーの役目を担っており、ここへ潜入することの難しさをよく物語っている。


「……今更だけどここ、僕がいきなり入って平気? トラップとかあるんじゃない?」

「流石ですな。お気づきになられましたか。ですがご心配めされるな、私がおりますからな」

「君が鍵の代わりになってるって訳ね」

「とはいえ、貴女様ならば仮にトラップの直撃を受けても、無傷で強行突破できそうですけどなぁ、はははっ」

「笑ってる場合か……、僕が悪党だったらどうするんだ……」


 彼ら神官貴族たちの中では、万に一つもそんな可能性などありえないようだ。

 アイリスと直接交信できることを示したあの裁判以降、彼らのハルに対する信頼度は天井を突くほどに高まっている。

 ちまたに聞く『神の子』という恥ずかしい二つ名も、彼らが広めた疑惑が出てきた。


「とはいえ、例え強行突入したとて、この扉がある限りどうとも出来ますまい」


 そうして案内された階段の行き止まり。そこには石造りの飾り気のない一枚扉が立ちはだかっていた。

 確かにこの破壊不可設定の施設の中で、閉ざされた扉で隔てられてはそれだけで如何いかんともしがたくなる。最強のセキュリティだ。


 そんな扉に彼が手をかざすと、石臼いしうすくようなゴリゴリと重い音を響かせて、人一人がようやく収まる程度の恐ろしく狭い小部屋が、ハルの前に姿を現したのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。変な入力ズレを起こしてしまい申し訳ありません。

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